70.グランドオープン
翌日、午後0時50分。
私達は割り当てられた部屋でVR機器の起動チェックを行い、《デュアル・クロニクル・オンライン》を正式版へとアップデート。
続いて機器を起動し、純白の空間でオープンを待ちわびていました。
「……いよいよですね」
これから始まる《バージョン1》はオープンベータテストだった《バージョン0》と比較にならない広さのマップが解放されます。
昼と夜の二つの世界を舞台にしたゲームが始まるのですから、実質フィールドの広さは倍近くなるのでしょう。楽しみで楽しみで仕方ありません。
一度目を閉じて深呼吸。入って早々、物語を追おうとして千夏に止められては元も子もないですから。
視界隅にあるデジタル表記の時計が55分を示し、アップデートを終えてアイコンの柄を大きく変えた《DCO》を起動。
何時もと……四ヶ月前と変わらない起動画面とタイトル画面ですが―――既に、タイトル画面の背景は時間経過で昼と夜の風景が移り変わるようになっていました。
昼はおなじみの《昼界王都》の様相を見せており、遠くには《夜草神社》、そして《世界樹》の姿も見えます。
夜の方はゴシック建築に彩られた街並みで、街路を無数のランタンを使った街灯が照らしています。
おおよそ《昼王都》と似通った街の作りになっていますが……こちらは街路が入り組み、裏通りなども存在するようです。探検が捗りそうな様子ですね。
実際に行ってみないと何とも。規模も昼王都と同じくらいですし。
「……では、ログイン」
時間になったのでログイン。さて、四か月ぶりの《幻双界》の昼王都ですね。
ログインした場所は王都の《転移門前広場》。ほとんどのベータテスト参加プレイヤーはここにログインになるようです。
というのも、おそらくそのほとんどが最後のイベントを見届けたからでしょう。新規のプレイヤー達はこことはまた少し離れた場所でランダムでの開始になっている様子。
辺りに変化はあるかどうか、と少し見回していれば真隣にプレイヤーがホップ。まあ、想像の通りの人だったのですが……
「お姉ちゃん!」
「来ましたか。と、久々だからでしょうけれど、口調外れてますよ」
「おっと……よし、これでいいですわね」
「はい、それでこそジュリアです」
やはり開始直後ということでログインが殺到しているようで、同じ部屋にいたとしても僅かにラグがあった様子。もっとも、ジュリアの場合別で遊んでいた可能性もあるのですが。
ルヴィアは少し遅れて配信の準備をしてからログイン、それから配信を始めるようですね。
まずは何処に行くか、ですが……露店広場は今はきっと開店の準備中でしょうからあとで……身体を慣らすのも兼ねて、まずは周辺探索に行きますか。
「早速ですけどまずは街を見て回りますよ」
「早めに露店広場にも行っておきたいですが、まだログイン開始して間もないものですものね」
「ええ。ですから、新規追加のイベントもあるでしょうから見て回りたいですし」
私達の名目は《サク》さんから連絡が来るまでの時間潰し。各自それぞれの行動は決まっていて、皆するべきことの方に向かって行っているようです。
フリューとルプストは早速夜界の方へと足を踏み入れたようで、ミカンは寺子屋へ、ルヴィアはVtuberの愛兎ハヤテさんと早速のコラボ配信だそうです。
私達も手の空いている今できる事を進めましょう。さて、まずはと《転移門周辺》を見渡しますが……
「……流石に《サク》さん達はいませんか」
「多分神社に戻っているのでしょうね。それならここにいないのも納得ですし」
「なら、そちらはあととして……祭祀街へと行ってみましょうか」
転移門のある広場である九番街からひとつ下に祭祀街という、おそらく全国に散らばる神社の分社を並べた通りがあります。
過去の話あれば、ルヴィアが今の相棒を手に入れる切っ掛けとなった社があるところでもありますね。
さて、ここは何があるのでしょうか……結構NPCの方々がせわしなく動いていますが……
「まだここは慌ただしいみたいですわね」
「むしろまだ音信不通な場所も多いでしょうからね。それに、新規プレイヤーの方々も混じっているのが見えますが……っと」
「知った顔がいますわね、少し挨拶していきましょうか」
祭祀街のちょうど中ほど、といったところでしょうか。見たことのある巫女姿の二人が一軒の家屋の前で考え込みをしていました。
片や赤い髪に額に角、片や黄金色の髪に狐耳と尻尾。《八葉の巫女》である《陽華》さんと《稲花》さんですね。
お二人は《バージョン0》でそれぞれレイドボスを務めたのが記憶に新しいですね。もっとも、対峙した際は《魔力汚染》によって全く違う姿だったのですが。
確か、時間的にはあの戦いの翌日となっていたはずです。身体はまだ不調だと思うのに、こちらにまで来てどうしたのでしょうか。少し話してみましょうか。
「あの、陽華さんと稲花さんでした……っけ」
「あら誰かと思えば……クレハさんとジュリアさん」
「先日はどうもありがとうございました」
「いえいえ、いいんですわよ。それにしても、どうしてここに?」
「それなのですけれど……」
どうやら人違いではなかったようです。そんな二人が、茶屋を見上げて……《翡翠堂》という店だそうですが、中は少し埃積もってしばらく閉店していたように思えます。
内装は和菓子屋と何かの売り場を併設したような感じになっており、そこに食事処もあるようですね。売店とレストランが一体になっているような感じといいましょうか。
それもそう長い間ではなく、少し掃除すれば使えそうなとこですが……一体、どうしたのでしょう。
「……この店が、どうか?」
「はい、ここ私達《八葉の巫女》で切り盛りしている出張店なのですが……」
「私達が汚染で動けなくなってたせいで、しばらく閉店していたの。それで、これを開かないといけないんだけど……」
「何か、問題が?」
「掃除は私達で出来るけど、売り物が問題なの。まだ麓もダンジョン化したままで危なくて神社から運べないの」
……ははあ、早速ですがこれはイベント発生の香りがします。とりあえず詳しい話を聞いてみないといけませんね。
つまり《夜草神社》からここ《翡翠堂》、または王都まで売り物を運ぶので護衛をすればいいということでしょうか?
物資輸送系のイベントになりそうですけれど、お店を開くとなると長期的にやるクエストのようにも思えます。
「私達が神社から王都までの道のりを護衛すれば大丈夫……でしょうか?」
「ですが、それではお二人の手を煩わせてしまうのでは……」
「定期的に行わないといけないもの。だいたい二日か三日くらいの周期になるから、定期便になるわ。それでもいいの?」
「……長期、いえ、継続的なものですか。それなら……」
「私達だけでなく、もっと多くの人に手伝って貰えればいいのですわ。《来訪者》は沢山いますもの」
私が言おうとしたことをすぐにジュリアは言ってしまいます。まったくもう。
これはゲームであって、私達だけがプレイしているわけではありませんからね。多くの人が参加できるようになるはずです。
しかし、こういう大人数が必要なクエストをシステムとして用意してない訳もないはずですが……はて……
「じゃあ、頼もうかしら。《翠華》様に話をしないとだけれど……」
「そうなりますね……とはいえ貴重な収入源ですからすぐに承諾は得られると思うので、明日夜草神社の方に参られてもよろしいでしょうか?」
「わかりました。では、こちらも……おっと」
〔条件が達成されたため、レギュラークエストが解放されました〕
と、二人に返事をした途端に通知が来ました。どうやら《バージョン1》における新しいクエストの扱いのようです。
ふむふむ、定期的に起こるクエストはレギュラークエストに分類されるようで、これは集落周辺で特に多く増えそうですね。
定期的な退治や運搬は貴重なクエストにもなりますから。と……ちゃんとレギュラークエスト一覧表示できるようになっています、ここから確認が出来るでしょう。
もっとも今はこの一つしかない様子で、開始地点は《夜草神社》……明日の昼開始となっていますね。たぶん、夏休みシーズンだからこの設定でしょうけれど、そのうち夜にも発生しそうですね。
「……本当《来訪者》って不思議なところがあるわね」
「あはは、まあ気にしないでください。とにかく、明日は人が集まりそうですから心配せずとも」
「それはとても嬉しい事です。では、今日はこれから片付けをしますので、明日よろしくお願いしますね」
ぺこり、と稲花さんが頭を下げます。もふっとした耳がぴんと立っていますが、これでも彼女は《アルラウネ》なんですよね……
二人はすぐに《翡翠堂》の中へと入り、中の片づけを始めたようですが……ああ、まだ私達は店内に入れないようです。ちょっと残念。
レギュラークエストに関してはすぐに話が広まり、既に掲示板でもちらほらと話が出ているようです。
とは言っても、参加レベル制限は割と低めに設定されているあたり、新規プレイヤーのレベル底上げの目的も入っているのでしょうね。
報酬は……先の《翡翠堂》の開店と経験値、そして好感度ですか。他にも色々とありそうですが、それは達成してからになりそうです。
「邪魔をするわけにもいきませんし……《夜霧》さんのところに行ってみますか」
「そうしましょう。久し振りに顔を見ておきたいですわ」
というわけで、いつまでも店の前に立っている訳にも行かないので王城方面へと向けて歩き始めます。
前回の様にすぐにゲームの進行目的が出てはいないので、とりあえず新規の方々は戦闘に慣れる事と……ベータ組は探索や後援でしょうかね。
あとはスキルレベルの上限も解放されたので、色々また新しく覚えているのでそれを試す事もしなければ。
これからやる事を考えるように歩いていれば、城の前へと着きますが……
「……様子がおかしいですわね」
「なんだか慌ただしいようにも感じますが」
いつも夜霧さんが上から襲撃を掛けてくる城門前ですが……どうやら城の中が騒がしくなっている様子。
以前は開け放たれた城門から見える範囲では人の姿はあまりなかったのですが、複数の人達がばたばたと動く気配や音がしています。
そんな城内を覗き込もうと身を少し乗り出すようにしていれば……いつもの頭にふにゃっと落ちてきて座られる感覚。
「にゃ、半日ぶりにゃーね? っても、おみゃ達からするとちょっと時差があるんだっけにゃあか」
「あ、夜霧さん」
頭の上に座ったものをふにふにと撫でれば、特徴的な語尾で話す黒猫。夜霧さんです。
ううん、私達にとっては四ヶ月ぶりですから、つい昨日今日逢ったという感覚ではないんですよね。
なのでこうして少し気遣ってくれるというのは大変ありがたくもあります。
「ちょいにゃっ」
「っとと、なんだか慌ただしいみたいですが、どうしたんですか?」
「あー、にゃー……まあまだ伏せておいて欲しい話なのにゃが……」
「なんだか事件の気配がしますわね」
私の頭から飛び降りてその表情を見せた夜霧さんは、どことなしいつものような快活さが感じられません。
疲れ切ったかのような、憔悴しているかのような。細かく歩く動きも少しふらついているように見えます。
以前、《サナ》について教わった時の様に警戒……いえ、その時よりも更に強く警戒をしてから私の肩に乗り、耳打ちするように。
「……今朝方《紗那》が《呪い》で倒れたにゃ」
「えっ」
その一言は、オープン開始初日からかなり飛ばした勢いに等しいものでした。
まさか姿を見ないと思えば、そんなことになっているとは……とにかく、現状を聞いてみるとしましょう。
「紗那はああみえて、おみゃ達が召喚されるまではあちこちを飛び回っていたにゃ。目下最大の問題だった夜草の問題が解決して一気に気が抜けたのだろうにゃ……」
「だから、私達が再召喚されても……」
「にゃ。ここまで気合か力で表に出ないように抑えていた可能性だってあるにゃし」
「……その間、城の管理は」
「《悠二》がやってるにゃ。あやつは《綾鳴》かーさまの直下の部下にゃから、それなり顔も知られているからにゃ」
……開幕一番で爆弾を投げつけられた気分です。バージョン0中ではそのかわいさを振りまいてかなりのファンが付いていますから、もし敵対する事になれば……
戦うことに躊躇いを感じる人も多いかも知れません。それでも、戦って《呪い》を抜くことで元の姿に戻れるというのは先に経験していますから。
しかし、言われてみれば紗那さまのあの性格です。王都の人々を想って相当の努力をしていたのでしょう。
夜霧さんであちこち飛び回って動いていたほどなのですから、倍以上彼女が動いても何らおかしくはありません。
その過程で、だんだんと溜まった《魔力汚染》による《呪い》が。気を緩めた瞬間に一気に彼女を襲ったのでしょう。
「しばらくは問題はにゃいけれど、紗那はよく出歩くからにゃあ。おみゃ達より先に住民達が気付くにゃーから、明日には告示されるにゃ」
「大丈夫なんですか、それ……」
「心配ないにゃ。この程度で折角立ち直り始めた王都が揺らぐほどヤワな住民をしてないにゃーよ」
芯が強いですね、王都の皆様。その分、私達《来訪者》に掛かる期待も大きいのでしょうけれども……
であれば、彼女の呪いが深まった時に。そうだからこそ期待に応えて祓わなければいけないということでしょう。
こうして情報が出回ったのですから、その時までに心を決めておけということだと思います。
……シナリオ班、初っ端から結構えげつない展開を組んできましたね。おそらく、こういった事例は今後彼女だけとはいかないでしょうし……
「今はその発布の準備にゃ。だからまあ……まだ、そう、まだにゃ、大丈夫だと思うにゃ」
「ということはそのうち……ということですか」
「にゃあも相当走り回っているにゃあからね。もし、にゃあがそうなった時は……頼むにゃあよ」
「その時は……」
「にゃ。それなら安心にゃあよ」
どことなく安心したような顔を見せれば、肩から飛び降りた夜霧さんは転移門の方へと駆け出していきました。
もしそうなった時の腹は決まっている、ということでしょう。あちこちを飛び回っているわけですから、事例を耳にしたのもきっと少なくはないのでしょうし。
今はそんな彼女を見送ることしかできないのでした。
というわけで初日の様子でした。初っ端から大事件? そうですとも。
翡翠堂及び八葉の巫女の面々はこれからもちょこちょこ顔を出すつもりです。
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