59.クラフター達の店仕舞い
「お、なんだなんだ。今日は大所帯じゃねえか」
「ガインさん。半数以上の方々は料理目当てですけれどね。コシネさんの料理を食べたいそうですよ」
「……今ベータ最後だからって料理組総出で料理してるぞ、俺達は作るもん作ったからもう手は空いてるが……」
クラフター広場に来ると良い香りが充満していました。様々な調味料の混じった香りと、肉の焼ける匂い。
おそらく私達が昨夜大量に持ち込んだ大量の肉類と、ここしばらくの攻略戦で溜め込まれていたであろう食材の数々の組み合わせでしょう。
調味料は多少なりとも付いているのは知っていますが、追加の調味料は多少なりとも《採取》を使わないと採れないのだとか。
「肉、多分あの参道に出てくる奴らの分なら揃ってるんだろ?」
「であればステーキとかあるかのう。久々にがっつり食べたいのじゃ」
「ねぎま。ねぎまはある?」
「ネギがとれるところが見つけてあればだのう……」
うん。《サク》さん達からは一度離れておいても良さそうです。むしろ着くなり匂いに釣られて行列に加わっていきました。
この人達見た目で目立ちますし、まず固まって動いているみたいですから合流しようと思えば容易でしょう。
現に有名NPCですから、声がするなりプレイヤーが一斉に振り返るぐらいには目立ってますから。特にその、後追い組の稽古をしていた悠二さんに。
さて、私達は私達でやることを済ませてしまいましょうか。幸い、料理所以外はガラガラですからね。
食器などの日用品を買いに来たであろう町人NPCや、《バージョン1》で購入予定を立てるプレイヤー……あとは買うものを買って立ち食いしている面々くらい。
「で、ガインさん。注文と相談なんですが」
「わかってらい。出来上がるのは次開いた時で、刀も含めて新技術で作り直すぞ」
「私とジュリアの槍については、《唯装》が貰える事が確定したのでその分副武器の方に回して貰ってもいいですか?」
「おう。そいつは構わねえが……結局貰えるのか」
「私達が色々とすっ飛ばして条件を満たしてしまったので、まだ用意できてないそうなんですよ」
「うっはっはっはっは、なんだそりゃあ!」
ある意味当然の反応ではありますね……いえ、普通そうなります。私だってガインさんの立場だとそういう反応になるかと。
ともかく、私達の今の相棒に関してはもうちょっとだけお世話になるのでしょう。なんだかんだ愛着もあるんですよね、この刀は。
「あー、笑った、とりあえずそういうことだな。他の装備の方は《バージョン1》でまた色々素材が手に入ったら作る予定だ」
「ありがとうございますですわ」
「昨日まで物資支援込みで忙しかったが、その分たっぷりと看板に稼がせて貰ったからな。見込みは間違ってなかったんだ、そのへんの支援は続けるさ」
「ではこちらも引き続き、新規素材などはこちらに卸すようにしますね」
「おう、頼むぞ。つっても、今んとこはレイド素材は有り余ってるから別のモンとかだな」
レイドの素材ですが、これは《梨華》さんの素材は共通になっていますけれど《八葉の巫女》それぞれの素材は該当のレイドに参加した人だけだそうです。
なので、私は《再誕》の素材を持っていてジュリアは《豊穣》の素材を所持しているのです。各所を回ったり総大将だったルヴィアは色々持ってそうなのが羨ましいところ。
ちなみに、それぞれの《ダンジョンコア》に該当する素材も私達は最後の飛び入りになってしまったので取れず、知っている限り《再誕》の素材はフリューが持っているとか。
当然の如く、あのレイドには多数の人が参加していたので目いっぱい素材は持ち込まれるでしょうね……
「新天地の開拓をしてこないといけませんね……」
「つっても、始まっても色々開くまでは大分あるだろうしな。まあ気長に集めて来てくれや、それなりに買い取りもするぞ」
「もちのろんでございますわ。特に私は夜界の方に行く予定ですから、任せてくださいませ」
「あっちは何があんだろうな……ミスリルとかアダマンタイトとか現実にはねぇ金属がありそうだな……」
「ファンタジーですからね、でもその素材に興味は?」
「ないわけねぇだろ。むしろばっちこいだ」
今はまだ鉄や銅、青銅など現実でも簡単に扱える範疇の鉱石素材しか採れませんが、この先はどんどんファンタジー特有の不思議金属が出てくるのでしょう。
それこそ他のゲームでよく目にするような架空の金属や、伝説の金属。ミスリルもアダマンタイトもその一部に過ぎませんし。
鍛冶師のガインさんからすれば、その手の金属は大歓迎そのものなのはわかっていました。私も早くお目に掛かりたいものです。
「あっ、クレハちゃんジュリアちゃんじゃないー」
「おうホーネッツ。そっちは片づいたのか?」
「まあなんとか手持ちに全部収まるくらいには。売れるものは売り尽くしたわよ」
くすくす、と三人で笑い合っていればホーネッツさんが寄ってきました。
会話の内容からしてガインさんもその最中だと思いますが、在庫処分と手持ちの整理を兼ねたかのような商品陳列をしていますからね。
ベータテスト終了に向けてクラフター組合もそれぞれ一度店仕舞いをしているのでしょう。約一組、それどころではない人達もいますけれど。
「にしても、進化しちゃうとデザインの細部が気になっちゃうわね」
「現時点でも結構気に入っているのですが……やっぱり、気になりますか?」
「そうね。応急で合うようには細部を仕立て直したけれど……やっぱり服飾デザイナーとしては気になるのよね」
「うーん……私はあんまり気にはなりませんけれども……まあ強いて言えば、腰元とかですわね」
「そう、そこなのよ。ジュリアちゃんは大きな翼が付いて、そこがすごく目立って腰回りに目が行くようになっちゃうから、そこをもう少し……こう、凝りたい……」
ろくろを回すような手つきをしながらホーネッツさんが説明します。このあたりのこだわりに関しては母の事があるのでわからなくもないですが……
確かに、進化したことで人間の時にはなかった特徴的な部位が追加されています。角や尻尾まわりの違和感もやっぱり作り手にとっては気になるのでしょう。
特に肌に竜鱗が若干ながら加わっていますし袖のデザインなどで種族の特性を見せたかったりと、そういうワンポイントとして使いたいところもわからなくも。
「確か、エルジュの奴もそのへん気になるって言ってた気がするんだが……?」
「そりゃそうでしょ、クレハさんは尻尾とか飾れそうだし、ジュリアちゃんとかこう翼にも飾りを付けたらもっと貴族っぽくなりそうだし」
「うぉ、お前もいたのか」
「ホーネッツの声が聞こえたから装備に関わったメンバーはみんないるよ。じっくり見る時間はなかったけどほんと……うーん」
「大集合ですね……」
いつのまにやらわらわらと人が集まってきていました。服飾関係メンバーが主に、私達二人を取り囲むように。
何事かと思ったお祭り好きの面々も集まってきているあたり、進化したプレイヤーを見に来てるというのもありそうですけれど。
こう、やっぱりまじまじと見られると恥ずかしいですね。ルヴィアほど慣れているわけではないですから……
「あ、あの……ええっと、あんまりこんなに見られると困るんですけど……」
「それもそうだったわね。あはは、ごめんなさい」
「ほらお前らもまだ片付け終わってないだろ! 戻った戻った!」
ガインさんが一喝すれば、それぞれの持ち場へと渋々と戻っていきました。それでもエルジュさんとホーネッツさんは残っているんですけれど。
ともかく取り囲む視線は脱したので一息。ああいうの採寸の時くらいにして欲しいですね……
「ああそれで、本題の話ですけれども……」
「武器の注文の方だな。デザインというか細かいところは聞けるぞ」
「私からは短弓に近い形の弓、作って貰った謹製の拳と靴の仕様を基にして打点に重みを。で、ジュリアは……」
「威力重視の槌と大剣、あとは……前に言っていたとおり片刃剣を二本ですわね」
「片刃……ほう。費用はこっちの宣伝用を兼ねるから、三割負担でいいか?」
「それでお願いします」
「細かい装飾はこっちで。鞘に関してもクリヌキに伝えておくよ」
注文をすればガインさんが手元のメモに書き込み、懐に仕舞います。元々は結構な分厚さだっただろうメモも、大分ページを使っているようで。
ここ数日でどれだけ繁盛していたのかが一目でわかりますね。それだけ注文が舞い込んでいたということでもあるでしょうから。
細かい装飾に関してはやっぱりエルジュさんの担当になっているんですね。今の《鉄刀》の装飾も見事ですから、次も期待が持てます。
「しかし片刃か。両刃で使うのかと思ってたが……」
「片刃の方が色々と扱いやすいんですのよ。応用も色々効きますから」
「へぇ……ま、その辺は使い手次第だ。どんな使い方するのかはまた見せてもらうさ」
「えぇ、しかと見ていてくださいまし。姉様にも負け劣らずの刃使い、見せてあげますの」
ジュリアは色んな武器を扱うつもりみたいですね。現在の槍にしたって、選び抜くまでは色々触っていましたから。
決めたのも私に勝ちやすいから、っていう理由でしたから。どこまでも妹でありながら私のライバルでいるつもりのようです。
今回はおそらく、ですが……パーティを組む機会はあれど、一人旅が多くなるので多種に対応するためでしょうね。
私も同じ理由で握ってはいますが、《八卦》が便利過ぎるので使う機会はあるかどうか。
「それじゃ、そろそろ最後ですわね。ルヴィア姉の配信もそろそろ始まりそうですし」
「ですね。あとでここに来ると思うので、よろしく言っておいてください」
「おう。あー、そうだ、そういやお嬢も進化するんだろ?」
「ええ、確か《精霊》に進化するとか言っていた気がしますね」
「……いいかお前ら、くれぐれもまた詰め寄ったりするなよ?」
「「はーい」」
「それじゃ、次は正式版でな」
「はい、エルジュさんもホーネッツさんもまた」
「またいい服を作らせて頂戴ね」
「アクセサリもね!」
エルジュさんとホーネッツさんが釘を刺されて返事を返しますが……さてさて、どうなることか。
ガインさん達ともこれで正式版までお別れですね。たぶんまた三か月後、元気に逢えるといいのですけれど。
手を振って別れれば、一緒に付いてきた三人を探すために広場を歩き回ります。すぐに見つかったんですが。
「おぉうむ。これ美味いぞ、蜜姫の料理を思い出す美味さじゃ!」
「あー、懐かしいなぁ。これで茶菓子があればいいんだが」
「はむはむ……」
クラフター広場の隅で、大量に買い込んだと見える食料を貪る三人がいましたからね。見間違えようがなく。
ついでにそこそこ広場の視線も集めているので余計に分かりやすいというか、なんというか……。
「サクさん、こんなにたくさん買って……」
「ふぉー、くれふぁ。大丈夫じゃぞー、食べたら余達は門に戻るのじゃ」
「あ、はは、ですか。遮那姫さんへのお土産、忘れないようにしてくださいね」
「わかっとるわい。んー、しかしこの素焼きうまいのう」
ああ、駄目ですね。完全に食事を楽しんでます。ツィルさんも同じように無心で貪っているので話を聞いてくれそうにありませんが……
悠二さんは落ち着いた顔をしてボアの焼き串を食べているので、そちらに伝えておきましょう。
「悠二さん、それでは私達は夜霧さんに逢いに行くのでこれで」
「ん、りょーかい。そういや大分世話になってたみたいだしな、多分城門前にいると思うぜ」
「わかりました。それでは、また」
「おー、またな。猫の紗那と夜霧にもよろしく言っといてくれ」
手が塞がっているためか、尻尾の一本を振って見送るように。私達もそれに返すように手を振って。
……そういえばあの尻尾はモフれませんでしたね。今度機会があったら触らせて貰いましょうか。
それでもって紗那という名にびくりと反応するサクさん。同名だからって敏感に反応しますか……あ、ついでに嫉妬の視線を向けてます。
「実に賑やかな一家でしたわね」
「これからもきっと関わるんですから。仲良くしていかないといけませんね」
「ですわね。昼の方では結構重要なキャラクターとして絡んできそうですし」
私達は彼女達のお陰で生えた尻尾をゆっくりと揺らしつつ、夜霧さんに逢うために王城の前へ。
割とこの子達食いしん坊です。まあ竜種だからね、仕方ないね。
クラフター達とはここで一旦お別れ、次に会うのはバージョン1のオープン後です。
これからもきっと彼女達が唯装を一揃え分手にするまで振り回される事でしょう、彼らはノリノリでしうけれど。
早いもので年の瀬です。一年が早いものですね。
次回の更新は1/2になります、それでは皆様、良いお年を。
追伸:筆者の14ちゃん零式踏破状況ですが、ゆっくり目の固定に所属しているのでまだ4層前半です。