57.八卦の実力
階段を下りればダンジョンに入ったのが確認できました。そのうちここも脇道に逸れて入口になると思いますが……
確かここに湧くのはほとんど今までに登場した面々、でしたか。飛行したままに抜けたので、ほとんど確認できていないんですよね。
「このあたりは……《薄刃陽炎》ですか」
「それと《桜木霊》ですわね。このあたりは《桜街道》の連中ですわね」
「私達は初見になりますね。あそこを攻略していたのはルヴィアでしたから」
入って早々目にしたのは《落花繽紛桜怪道》の後半で姿を見せる面々でした。木霊を見つけられたのはジュリアが種族スキルで《鷹目》を習得しているからでしょう。
そちらは風属性なのもあるので、ジュリアに任せるとして……陽炎の方を対処しましょうか。
こちらは兎ほどの大きな虫で、配信に出た時は大きさもあって嫌悪感を抱く人も多かったそうで。あのサイズは慣れないと無理でしょうね。
「……《八卦・水》」
《八卦》を発動させれば、ゆっくりと刃に薄く膜が張ったように包み込みます。武器の属性も水属性へと変わったのも確認。
通り道に陽炎がいるのを捉えて、一気に《行月》で近寄って一閃。む、弱点とはいえそれでも僅かに残りますか、それでは……
「《波濤》……!」
一度飛び下がってから刀を一振り。そうすれば纏った水の一部が剥がれ落ちるように刃を形成して飛び、体力残りわずかの陽炎を切り裂きました。
雷属性の《天鳴》が特殊なだけで、他はほとんどその属性の刃が飛ぶ形になっているのでしょうか?
それはそれでちょっと仲間外れ感があるので、どれか……多分土属性もなんだか違いそうな気がしますけれど、一通り試してみますか。
「ジュリア、ちょっと失礼」
「はい?」
「《八卦・火》……《焦熱》」
「わお、っと!?」
火属性に切り替えて、ジュリアが戦っていた木霊に対して《三日月》―――《焦熱》を放ちましたが、こちらも他と同じく火の刃が飛びました。
《レッドエッジ》と似た感じですが、あちらは赤い魔力の刃を飛ばすのに比べ、こちらは火そのものを飛ばす様なカタチになっていますね。
それぞれ癖があるようで、属性の切り替えによる特殊効果の付与も考えて立ち回らないといけませんか。
「火魔術よりもちょっと豪華ですわね」
「ほんのちょっとだけですけれどね。威力は申し分ないのですけど、飛ばすのにちょっと癖がありますね」
「《天鳴》だと振り上げてましたし、他にも変わった動作や飛び方が特殊なものもありそうですから」
「……ちょうどあちらに土属性の猪がいますわ、試すのにいいのではないでしょうか?」
「いいですね。試してみましょう」
ジュリアの指差した先にいた猪を視界に収めてから《八卦・氷》を使えば、今度は刀身に霜が降ったかのような様相へと変化しました。
確かこちらの付与効果は攻撃した対象の攻撃速度およびアーツのクールタイムを僅かに増加させる……俗にいうスロウ効果ですね。
こちらの挙動に関しても少し試してみましょうか。傍にいたジュリアは試すことが少ないのか、《飛行》による飛翔から私の邪魔になりそうなMobの始末を始めました。
「……《氷針》……っと、わぉ」
アーツの挙動に身を任せるようにすれば、切り裂くように、ではなく刀を地面に突き刺して猪の真下から鋭い氷柱が飛び出しました。
……全く違う挙動になりましたね。足下からに対する攻撃で……うん? これ《連唱》が効くようですね?
「ええっと……《連唱》は、と……」
「連続で唱えるイメージですわよ……って?」
不意打ちの一撃を貰って軽く混乱し、ついでに付与効果で動きの鈍った猪に対して《連唱》を発動すれば、意識した二回、三回に合わせるように続け様に氷柱が猪を串刺しにしました。
これ、定点の敵に対して物凄い威力を持つのではないでしょうか……氷柱はすぐに砕け散って、残ったのは猪の残骸のみ。ささっと解体して回収してしまいます。
特性から考えても不意打ちには持って来いですが、些か使い辛さがあります。《ポイント・キャスト》ってこんなに難しいんですね……多分、慣れてないだけだと思うのですが。
「《連唱》付きとはなかなか派手ですわねぇ」
「使い慣れないので扱いは難しいんですけれどね。何度か試さないと何とも」
「道中で色々試すといいですわね、私も大分飛行しながらの《槍術》にも慣れてきましたし」
「おや、それは厄介」
「ふふん、《ローカルプラクティス》でいくらでも見せてあげますの」
《ローカルプラクティス》とは、この《DCO》のベータテスト当選者に対して配られた練習用ソフトです。
今後一般の予約購入者にも配布されるらしく、特にルヴィアは配信していない時は結構な割合でこちらで練習していました。
一応こちらの中でも《決闘》が出来るので、皆ともやり合いましたが……ジュリアを除けばルヴィアとルプストが一番相手し辛かったんですよね。
ルヴィアは結構な精度でパリィを、ルプストは確実な不意打ちを決めて来るので、なかなか削り辛かったと言いますか。それでもジュリアほど厄介ではなかったのですけれど。
《氷針》の扱いや細かな切り替えによる差を試しながら歩く事十分ほど。少しばかり景色が変わり、河川敷と水田の合い子の道ですね。
本当この風景を見ると古き良き日本の原風景という感じがしっかりと伝わってきます。いいですよね、本当。
「もう中ほどまで来てしまいましたわね」
「結構小さくなってますよね、やっぱり」
「この辺りはトビウオとゲンゴロウと……鹿ですわね。氷属性の鹿もいますわ」
「ではこちらも試しましょう……《八卦・土》」
トビウオとゲンゴロウに関してはお互い簡単にあしらえるので、そちらはジュリアに押し付けて……同時に湧いているその氷属性の鹿へと視線を向けます。
付与した《八卦》の属性は土。ダメージカットの効果も付いているので、そちらもちょっと試してみましょう。
レイドボス戦は終始被弾が少なかったので、ポーションの類が結構残っているんですよね。
《千歳姫》さんとの戦いは一撃でほぼアウトのような戦いでしたし、その後にやった《稲花》さんとの戦闘はそれに比べれば、というものでしたし。
むしろ雑魚がひっきりなしに押し寄せてくる肉ロード終盤戦や《梨華》さんの分身との戦いの方が消耗具合としては激しかったですし……
と、そろそろ本題に戻りましょう。
「《岩突》! ……ふむ」
とりあえず試し打ちをしますが……刀を振る挙動は火風水と同じ、なのですがそこからが違いました。
《八卦・土》を付与した刀身は薄く砂と石粒を纏っているのですが、振られると同時にその砂と石粒が鹿に目掛けてまるで散弾のように飛んでいき炸裂しました。
こちらは純粋に飛び道具になりますね……とはいえ、かなり広範囲かつ飛ぶ距離が短いため、散弾のように至近距離広範囲に対する攻撃用として扱うのが良さそうです。
あ、ついでに軽い目潰し効果もあるようで、《岩突》を喰らった鹿は混乱したかのように暴れていますね。
「それで、っと」
付随効果がどれほどかを試すために、暴れ狂う鹿に対して接近。角の振り回しをわざと喰らえば、体力の二割ほどを持って行かれました。
すぐに距離を取ってからポーションを飲み……最後の属性を試すついでに切り替えてもう一度喰らってみましょうか。
最後に試すために切り替えたのは《八卦・闇》。こちらは与ダメージの比率に応じて私の体力を回復するというものであり……土の軽減無しだとさて、どうなるか……
「あいたぁ!?」
「お姉様、さっきから何を……」
「ちょっと試し事ですよ」
はい。角の振り回しで三割持って行かれました。今までわざと当たる事は無かったのですが、結構痛いですねこれ!
もう一度離れ終える頃には鹿も目潰し状態からも復帰したらしく、しっかりとこちらを見据えて角の攻撃をしようと構えています。
さてそれでは、どれくらい吸えるのか試してみましょうか。刀を構え、ある程度の距離まで寄ってきたところで―――
「……っ、《闇霧》」
抜刀して、《三日月》の闇属性版……《闇霧》を発動。こちらは……手の平から放たれる黒色の霧がちょうど向かってきた鹿を包みました。
そして霧で包んでからは挙動の外になったようで、ちびちびと鹿の体力を削っている様子。
どうやら《闇霧》は継続ダメージを与える霧のようですね。こちらは視界阻害の効果はないようなので、そのまま突っ込んできた鹿の攻撃を回避。
与えるダメージは少ないですが、じわじわと体力を吸って効果が切れるまでに一割ほど。効果時間も三十秒とあまり長くはないですが、継続して回復できるのはいいですね。
発動時がやや隙だらけなのは少し気になりますけれど、これも慣れれば問題なく使えるでしょう。では、実験台になっていただいた鹿さんを《新月》から《斬月》でトドメ。
「ああ、やっぱり一撃のダメージに応じての回復ですか」
「ぐいーっと回復しましたわね」
「でも多分これ上限ありますよ。多分一割か二割が限界でしょう」
「そうでなくともさっきの《闇霧》……でしたか、そちらと組み合わせればポーション要らずですわね」
「たぶんきちんと当てないと掛かってくれませんよ、これ」
「でしょうね、でないと対してダメージにはならないとはいえ延々と継続回復されますもの」
ほどほどに削ってあったのもあって、その一撃で鹿は倒れ伏しました。同時に、体力も削れていた分ほぼ全快まで回復。まあ少し回復し切れていないのは《闇霧》で削っていたからでしょう。
一度に回復できる量は上限こそ付くようですが、そうでないとジュリアが言う様に非常に厄介な代物ですからね。もっとも、属性を切り替えると《闇霧》での回復は出来なくなるのですが。
さて、これで変化した《三日月》の挙動が出そろった訳ですが……火風水光は属性の刃を飛ばす、土雷氷闇は特殊な挙動をする攻撃、ですか。
大きく分けて三すくみ別で動きが違うと覚えておくのが無難でしょう。ある意味では付随効果が強すぎるほどピーキーといいますか。
特殊な挙動を行う四属性はそれぞれ、氷は《連唱》可能な氷柱、土は近距離広範囲型の散弾、雷は落雷、闇は継続ダメージの霧の放射。
ただ《闇霧》は使えれば優秀な分、速度が遅く放射されるのも近距離に限るのでまず当てるのが非常に困難なので、使える時は、或いは至近距離での当て逃げが出来るくらいならというものですね。
「これで一通り使ってみましたが……あとは、属性と他の《刀術》などとの組み合わせくらいですか」
「えっ、他のも変わるんですの!?」
「ああいえ、そんなことはなくて。ただ気分的に属性の付随効果も相まって別物を使ってる気分になるんですよ」
「……あ、あー……なんだが少し分からなくもないですわね」
「だってほら、さっきジュリア……飛翔から《ジャンプアタック》の着弾に合わせて《フレアプロード》を使ったりしていたでしょう?」
「一発で致命を与える練習だったのですけれど……なるほど、そういうことですか」
「アーツではないですけど、自己流の技みたいなものですよ。ほら、例えばですけれど……」
色々と試しているうちにまた切り替わるところまで来たようで、すでに兎もぴょんぴょんと跳ねている場所になっています。
その中で風属性の兎を見つければ、《八卦・火》を付与して火属性へ。先ずは《行月》で距離を詰めてから……普通に、横回転で繰り出す《円月》。
「火炎車輪!」
「……ああ、なるほどですわ」
普通の《円月》と違って火属性を纏っているため、まるで火炎を伴った車輪の様に風属性の兎を斬り付けました。
先に縦回転であれば《飛行》しながら繰り出したパターンがあったので、あちらを参考にしたものですね。ついでに混合食虫植物に対して放った流星落しもぱっとの思いつきでしたし。
他にも幾つか感覚が変わっているのもがあるので、組み合わせ方次第で色々できるでしょう。《新月》を使えば、属性威力も少し強まるのは確認済みですし。
「こんな感じで色々考えてみようかと」
「そのうち実採用されたりとかもありそうですわね」
「そこはおいおいになるでしょうね。やっぱりこうして名前を付けるとカッコイイ感じも……」
「それは同感ですわ。私も何か考えてみましょうか……」
出口までそれなりにまだ距離はありますし、そこまで時間が差し迫っているわけではないのでゆっくりとしていきましょう。
そんなわけで色々と自己流の技を試したり開発したりとしながら、《生い茂り過ぎた樹海》を抜けて王都に向かったのでした。
あまり他の属性に触れられなかった八卦の内容でした。
当たるも八卦当たらぬも八卦という言葉もあり、八卦といえは占術に使われるものでもあります。
こちらではその源流、そもそも八卦とは何ぞやとは自然現象の八つを当て嵌めたものをちょちょっとそれらしく八属性に当て嵌めたもので、八属性を隆起させその一つを武器に纏わせる、となります。
この力を与えたサクちゃんが持つ《根源隆起》は正にその自然現象を操るそれである、と考えて頂ければ納得も行くかと思います。
ちなみに他の武器でも八卦により属性を付与するといずれかのアーツが変化し、その属性と効果に応じたものに変化するようです。今後他の物が出て来るかどうかは不明ですが。
さて、『魔剣精霊』の方は本日ベータ編の完結を迎えましたが、まだしばらくこちらのお話は続いていきます。
次回はサクちゃん達へのお礼参り。遮那姫さんと悠二さんは特別稽古で大暴れしていたそうですよ。