56.再誕し豊穣をもたらす八葉の巫女達
翌日、午前8時30分。この日はいつもより少し早い時間に起き、我が家の階段を下ってリビングへ。
何ら何時もと変わりない風景です。私達よりも早く起きた母が朝食の準備をしつつ、朝のニュース番組を見ていました。
「おはよう、お母さん」
「深冬、おはよう。昨日は大活躍だったみたいじゃない」
「あ、あははは……朱音の方が凄かったよ」
「次は出遅れないようにしないといけないわね」
「運営さんからの挑戦状が長引いたから仕方ないよ、今回ばっかりは」
と、その朝食の席に同席していた父へと声を掛けます。千夏はまだ起きていないようですね。
声を掛けられれば、ふっふっふ、と笑みを浮かべながら父が返事を返してきました。
「いやあ、あれはお見事だったよ。直前のヒントを綺麗に読み解いてくるとはね」
「針の糸を通すように弱点を見つけろ、ですね。まあ、あれだけ素早いのにそれが付いてくるのは予想外でしたけど」
「さすがに開発陣もやってくれたなって言ってたよ。本当は朱音ちゃんしか進化させる予定なかったんだぜ?」
「その割には龍人と竜人、しっかりと調整されていた気がしますけど」
「会社内で凄腕と評判の僕の娘達だからね。そりゃあご褒美くらいは用意してあったさ。それよりもクリアおめでとう」
「ありがとうございます」
「ま、僕達運営チームはサーバーが閉じたら、一ヶ月はデスマーチの開幕なんだけどね……」
「……頑張ってください。テストで気になるところがあれば報告しますよ」
「嬉しいね。アンケートは用意していても、深冬や秋ちゃんくらいしっかり書いてくれるのは稀だから」
「今回はそこに朱音も加わりますよ。期待していてください」
「あの子はむしろ配信中のコメントから辿ってデバック案件になったりしてるけどね……」
「周りも優秀でしたか」
と、父と会話を交わしていれば千夏も起きてリビングに降りてきました。まだまだ眠たそうですね。
すこーしふらつきながら食卓に着けば、袖で目元を擦るようにして。
「おはよ、千夏」
「おふぁよ、ございますですわ……」
「千夏、こっちリアル。帰っておいで」
「んぅー、うん、もどる……」
「仕方ないですね、もう。ああ、お母さん、今日は夕飯は……」
「わかってるわよ。朱音ちゃんのところで済ますんでしょ」
「……どこ情報?」
「春ちゃんから。朝から今日は冬ちゃんと千夏の晩御飯作りますので!って」
「……テンション高いなぁ」
「そりゃあ朱音ちゃんが関わるならとんでもなく高いでしょ、あの子」
「それはそうだけど……」
春菜も相変わらずですね、ほんと……。それでも先に事情が伝わっているのは楽ですね。
千夏も起きていますし、早々にログインをして朱音の家に行く時間ギリギリまで色々と見て回るとしましょうか。
今日の24時にはしばらく《デュアル・クロニクル・オンライン》とお別れですから。
――◇――◇――◇――◇――◇――
朝食を終えてログイン。ジュリアもなんとか目を覚ましたので、少し遅れてログインしてくるでしょう。
昨日はすぐにログアウトしたので、《夜草神社》からの開始です。ダンジョンがかなり縮小されたようで、すでに千段階段下からの一帯付近のみになっているようです。
《夜草神社》自体は麓から伸びる千段階段があり、小さな小山の中腹に本殿、さらにそこから階段を上がった先の山頂付近に祭殿があります。
既にほとんどの面々が王都へと《転移》しているようで、残っているのは遅れてログインする面々だけでしょう。
「さてと……」
「あっ、《来訪者》様……」
「ああ、《梨華》さん。もう大丈夫なんですか?」
「まだ少し、遠くまで出歩いてはいけないとは言われていますけれど……」
ぐるっと見回して見つけた展望台に向かおうとした矢先、昨日と変わって巫女装束に身を包んだ梨華さんがとてとてと歩いてきました。
どことなく歩き方がぎこちなさそうに見えますが、これは《呪い》から解き放たれて体力が回復しきっていないからでしょうか。
「……こちらから見えるあれが、お母様の世界樹です」
「やっぱり相当大きいですね、ここから眺めてもこれだけの大きさとなると」
「近づくためには許可を取ったり、巫女達の案内が必要だったりするんですけれど。いつ見ても立派です」
「いつか行く機会がありそうですね、私達も」
「お母様は平然としていますが、まだ呪いに蝕まれたままですから。しばらくは祭殿に籠るのかと思います」
そういえば、翠華さんもきっとここに戻ってきているであろう《蓮華》さんもまだ呪いに蝕まれたままなんですよね。
いつかお二人とも戦うことになるのでしょう。胸の痛い話ではあるのですけれど……。
「……梨華さんは、もう呪いの方は大丈夫なんですか?」
「はい……その、《魔力汚染》のせいもあって力は上手く使えないのですが……一度ああなって倒されてしまうと、呪い自体は幾分か和らぐようで……」
「新しい情報ですね。覚えておきます」
「きっと、私達だけでなく……呪いに苦しんでいる方は大勢いると思います。その人達も……」
「わかっています。稲花さんにも言いましたけれど、ちゃんとお約束はしますよ」
「はい……どうか、よろしくお願いします」
《梨華》さんが嬉しそうな顔を浮かべ、こくりと頷いて見せます。まだ見ぬ人々もたくさんいるのですから、どれだけ掛かるのかまでは判りませんけれど……
ですが、元がNPCだと判っている魔物と戦うとなるとかなり心構えが必要かもしれません。
もし今後、《紗那》様や《蓮華》さんなど、見知った人々と戦うことになればプレイヤー側もそれなりに覚悟しなければ。
さて、ここからは趣味の時間。本殿をぐるりと見回せば、昨夜大ボスの姿で梨華さんがその前に立っていた大樹は歪さが消え、青々とした元気な大樹となっています。
あれは一体何の樹なのでしょうか。折角ですからまずはそれについて聞いてみましょう。
「ところでひとつお聞きしたいのですが……あの大樹は一体?」
「あっ、あの……あれは、私の"樹"です」
「樹……というと、ええと、ひょっとして、翠華さんと同じ?」
「はい! 私の種族も《アルラウネ》と《ドリアード》の混合なんです」
「それでその、あの樹が梨華さんの宿る樹と……」
「だから、あの樹だけは私の生命線ですから……そのせいで、私だけ上手く逃げられなかったんですけど……」
「そういうことですか……確かに、自分の宿る樹が直接呪いに罹ったのなら……」
本殿前にあった梨華さんがいた大樹は、これは《ドリアード》と《アルラウネ》両方の性質を持つ梨華さんの宿る樹なのだそうです。
そうであれば、逃げられなかったのも納得が行きます。本体であるこの樹が魔力汚染されてしまえば自分自身もそうなってしまうのですから。
「他の巫女達は今?」
「あ、はい。みんな神社の中を呪いに気を付けながら掃除をしているみたいです。蓮華も朝のうちにこちらに戻ってきましたから」
「そうですか……それなら、邪魔はしない方が良さそうですね」
「……もしかして、《八葉の巫女》について聞きたかったんですか?」
「ふふ、わかってしまいましたか?」
「《来訪者》の中でも、あなたはこういうことを聞いてくるだろう、って蓮華さんを連れてくるついで様子見に来た夜霧さんが言っていましたから」
「夜霧さんから、ですか……」
「いいですよ。《八葉の巫女》についてお話します」
夜霧さんも吹き込んでくれますね……ですが、彼女のお陰でまたひとつ情報が集まるのですから、またお魚案件ですね。
少し話しやすいように、この展望台にあったテーブル付の椅子に座ることにしました。青々とした植物に覆われた屋根付きと、この神社らしいものでした。
「"《豊穣》により刈り取られた命は《再誕》を繰り返し、《幻惑》のように《増殖》し続ける。生い茂る枝は《策謀》の手の如く命ある者の《復讐》か、飾る万華は《予言》か惑いの《誘惑》か"」
「……それは」
「母様が時たま唄う、この世界の草木の詩の一片です。この詩篇から抜き出した言葉が《八葉の巫女》なんです」
「そこから性質を与えて、それぞれの力を持っている、と?」
「はい。それにあの子達は元々からの《アルラウネ》ではなく、何らかの事情があって世界樹の麓の森……《千山万水の神庭》に入った少女達なんです」
「……それで、罰を与えられてアルラウネに?」
「梨華。その先は私がお話しましょう」
「あ、翠華さん……」
その続きを聞こうとした矢先、後ろから声を掛けられました。
振り返れば、そこには艶やかな萌黄色をした癖のある長髪、そしてこの場には似つかないゴシックロリータの衣装に身を包んだ女性―――翠華さんがいました。
梨華さんがびくりと震えて口を押えます。もしかして、言ってはいけない話だったのでしょうか……?
「別に言ってはならない、という話ではないのですよ。これからそちらに成ろうという《来訪者》の方々は知る事になる話ですから……」
「《進化》に関わるお話ですか……」
「ふふ、言ってしまえばそうなります。隣、少し失礼しますね」
梨華さんが少し傍によって、その隣へ。やっぱり間近で見ると美人さんで本当にいいものをお持ちで……
と、さておいて……ここで《進化》の話が出ましたか。植物系への進化はこちらを経由するようですね。
「こほん。先に梨華の言った世界樹のたもと……《千山万水の神庭》は、何人たりと侵入してはならぬ神域。入れば相応の罰が下ります、しかし……」
「しかし……?」
「それは巫女達や私に見つかった時の事で、時折住処を追われた者達や飢えた者達がそこに食べ物を求めて足を踏み入れる事があるのです。
私達が目に掛けずとも彼らは《神庭》の罰を受けることになります。《世界樹の実》をそのまま口にすることによって……です」
「あの《世界樹》が落とす木の実、が……」
「世界樹の実は適切な処置をすれば桃源郷の桃にも勝る甘く栄養のある果実となるのですが、そのまま口にすると……身体を世界樹の魔力に侵され、食べた果実に身を蝕まれて《アルラウネ》、もしくは《ドリアード》に変化し……最悪の場合、森の木々の仲間入りを」
……なんだかとんでもない事を耳にしましたね?
思わず息を呑みます。遠くから見れば、青々としその存在感をしっかりと伝える世界樹ですが、その木の実はそんな危険な代物だったとは。
ということは、もしかしてですが……
「……つまり、聞いた話の通りであれば《八葉の巫女》は皆、その実を口にしたと……?」
その問いに、翠華さんはしっかりと頷きました。
「あの子達は何れもアルラウネと化す前は、飢えたり不幸な目に遭った子供たちでした。力を強く持ったのは、きっとすんなりとその変化を受け入れたからなのでしょうが……」
「身体が変わる事をすんなりと受け入れるほどに……ちょっと重い話、ですね」
「……ああ、心配なさらずとも花精になりたい方には相応に調整した木の実をお渡しするので安心してくださいね」
「あ、あはは、はは……はい、そう伝えておきます……」
さらっととんでもなく重たい話を聞かされた気がします。ですが……どんな物語もすべてが綺麗では収まらないのですからね。
彼女達にとってはそれが救いであったことを祈りましょうか。あと翠華さん、重たい話をしてからさらっと笑顔に切り替わるのが早いですね……
「ふふ、あとはお聞きしたと思いますが。詩篇から抜いた言葉に適した、植物にまつわる権能を分け与えたのが彼女達となります」
「先程聞いた詩篇のことですね。なかなか味があるというか、なんというか……」
「元は《綾鳴》さんが幾つか残した詩なんですよ。私が気に入っているだけなのですけれど」
「えっ、母様それ初耳……」
「祭殿の中には《太陽司る九尾狐の像》があるでしょう? そこの供え物が時々減っているのも」
「……もしかしてあれが減ってるのって……」
「ふふふふ。秘密です。というわけで、これが《八葉の巫女》になります」
しれっと綾鳴さんの秘密を聞かされた気がするんですけれど……これはちょっと黙っておきましょうか。
《八葉の巫女》がどういうものかわかりましたが、なかなかに重い話でした。ついでで《進化》にまつわる話が聞けたのもおいしいといえばおいしい……ですか。
「《来訪者》さん……いえ、確か名前はクレハさん、でしたか。この後はどうする予定なのてしょう?」
「私の名前を知ってるのは夜霧さんの仕業ですね……ええ、妹と合流したらサクさんのところに向かおうかと」
「そうですか……今は片付けをしているので入れませんが、また来た時は本殿だけでなく祭殿の方もご案内しますね」
「その時は是非に……っと、言っていたら案の定ですね」
結構遅れてジュリアがログインしてきたようで、私の姿を見つけるなりこちらへと文字通り飛んできました。
もうすっかり飛ぶ事に慣れ切っていますね。《飛行》スキル、ひょっとしたらもう私よりも高くなっているのではないでしょうか。
「お待たせしましたの……ぉ」
「ふふ、それでは私達もそろそろ……でないと、稲花ちゃんに叱られてしまいますから」
「クレハさん、ジュリアさん。それでは門開けの時にまた会いましょう」
「はい、是非その時に」
翠華さんと梨華さんは軽く私達に手を振ってから、本殿の方へと歩いて行きました。
ああして並んでいると本当に親子ですね……髪の色こそ結構違うのですけれど……
「……お姉様、今のって翠華さんと梨華さんですわよね?」
「ええ。《八葉の巫女》について色々聞かせて貰っていました」
「うぐぐ、私も聞きたかったですわね……。それで、今日はどうしますの?」
「まずはサクさんのところにお礼をしないと。それにクラフター広場に行って素材を卸すのと……夜霧さんに挨拶」
「予定詰め詰めですわね。少なくとも午後三時には家を出ないとならないですのに」
「あとは、ダンジョン規模は小さくなっていますが《生い茂り過ぎた樹海》でじっくりスキルを試したいくらいですね」
「それは私もしておきたいですわね。細かいところはまだ使っていませんもの」
「何分こっちは派生が多くてですね……《八卦》を使うと僅かに挙動が変わるものがありますから」
ジュリアと相談をしながら、《夜草神社》の境内から麓へと繋がる千段階段へ。
《バージョン0》のラストダンジョンだった《生い茂り過ぎた樹海》はその規模を大きく縮め《夜草神社》の麓近辺にまで小さくしています。
むしろ《夜草神社》が切り離された形になったというか……一応《転移》を使ってもスルーして抜けられるそうですが、ちょうど試したさもあるのでそのまま抜けましょう。
それに私達の場合、《飛行》スキルを使って突っ切ったような形ですからね。一度くらいはちゃんと通ってあげないと。
そんなわけでベータ最終日編の最初は八葉の巫女についてからでした。
翠華はゆるふわ洋混じり巫女さんですが植物神の名に恥じない相応の権能は所持してします。
具体的に言えば、幻双界における文字通り"全て"の植物を管理しており、現在はその力を八葉の巫女達と梨華に上手い事分け与えるようにして自分の負担を減らしている最中です。
なので、最終的には梨華にその中心たる力を出来る範囲で移譲し、隠居を考えていたりします。
この辺もそのうち掘り下げられればなぁ、と思います。番外編か何かになるかもしれませんけれども。
さて、相棒である杜若スイセン氏の『魔剣精霊』サイドの方はもう少しでベータ編が終わるとの事。
こちらのベータ編完結まではあと8話ほどあるのでゆっくりと御覧くださればと思います。
……できれば完結までに総合評価4桁くらいは行きたいなー?なんて思ってますので、まだ評価を入れられてない読者の皆様方、よろしければ下の方にある評価をぽちーっとしていただければ嬉しい限りとは思います。




