55.咲き乱れし百花繚乱
いざ、ベータ編のラストバトル。
午後10時10分、全てのレイドパーティが《夜草神社》本殿境内へと集結。最終決戦の火蓋が切って落とされました。
まず出現したのはフィールド中央、大樹の麓にいる巨大なアルラウネ《植物神の娘・梨華》の根元から無数に湧き出てくる分身でした。
いつか見たみつひめさんのような小さい梨華さんがいっぱい湧き出てきてますね。どことなくシュールですが、それでもレベルは27~30で物量が凄まじいことになっています。
「お姉様、そっちに三!」
「わかってますとも! はっ!」
ふわふわとこちらに寄って来た分身三体を《新月》からの《月天》で仕留め、さらに寄って来たもう一体を《斬月》と《八卦・氷》による合わせ技……"氷天唐竹割"で仕留めます。
開始から20分、とにかくの物量、そして無数に放ってくる魔術攻撃。私達は必然的に分身体のレベルが高い中央に居座ることになりました。
虚ろ気な顔を浮かべた本体と同じ金髪の少女達が群れを成して襲ってくるのはやっぱり怖い。目に生気がないので、まるでゾンビの大群を相手にしている気分です。
何より魔術攻撃は見極めをしないと厄介で―――ルヴィアは見て判断して対処していますが、私達はほとんど撃たせる前に仕留めているので……
「《フレアプロード》!」
「本当にそれ、使い勝手良さそうですね」
「おほほほ、視線の動かし方にも大分慣れてましたの」
流れる様な動作で寄って来ていた分身体を致命となる位置で爆破するジュリア。容赦ないですねほんと。
細々と繰り返していた《竜眼》を大分仕上げて来ているようで、かなり精密に、ピンポイントで魔術を撃ち込むという芸当が出来るようになっているようです。
ですが、この《竜眼》が適用されるのは自属性のものだけらしいので、今後自分の属性を増やすことでも出来ない限りは火属性のみをメインに使うようですね。
もっともそれだけでも十分に厄介ですし、牽制で敵が倒せるようになった、の方が本人には重要らしく、それよりも使い勝手の向上の方が喜ばしいようで。
「バックアップは任せるのじゃよー!」
「援護射撃。倒せる人はどんどん倒して」
「うふふ、ほらほらどんどんいくわよー、《アイシクルアロー》」
「ガードちゃんはいこっち! でも二人は殆ど守る必要なさそうだよね!」
すぐ近くではフリューとルプスト、カエデさんとルナさんがこちらを支援しつつ分身体の処理をしています。
ルプストが《連唱》を軸に範囲攻撃で仕留め、取りこぼしをルナさんが。攻撃を察知したらフリューが複数体操る《サモン・ガードナイト》で防いでカエデさんがバフとメインの回復を担当。
意外とバランスのいいパーティとなっているようですね、いざとなればこちらからも助けにもいける位置になりますし。
「それにしても、本体と直接戦えませんか……」
「大きいにしても人の群れが凄まじいことになりますもの。よっと」
「もう幾らか大きくないとさすがに無理でしょうね……そいっと」
「最早辻斬りのようなことになってませんか、お姉様」
「そういうジュリアこそ、一薙ぎで二体三体は当然のようにしているじゃないですか」
「ふふふ。槍の一撃はとんでもなく重いですから出来る事ですのよ」
極力四人と離れないように、間を埋められれば軽く刀を振るって合間にいる分身たちを辻斬りするように道を作ります。
ジュリアの攻撃範囲が広すぎるため、こうして適度に距離を取っておかないとこちらが巻き込まれるんですよね。フレンドリーファイアがないとはいえ、それでも掠るのは怖いですから。
「ルヴィア姉が集中砲火されていますわねー」
「あちこちのレイドを回っていましたから、その所為でしょう」
巨大な梨華さんがぐるっとルヴィアの方を向いて多種多様な魔術を連射し、それを寸で上手く避けているのがすぐ近くで見られました。
分身体の攻撃もちゃんと避けてはいますが、あまり近寄らせないに越したことはないでしょう。というわけで、ルヴィアに近づいていた分身体の一団に飛び込んで《新月》から《円月》で薙ぎ払い。
あとは梨華さんとルヴィアの間の射線上に立たないように立ち回りつつ、適時に《月天》と《円月》、あとは《居合術》によるカウンターを使って寄る前に、撃たれる前に始末することを徹底。
魔術を撃たれたら、すぐ近くの別の分身体へと《行月》を使って回避しつつ処理、または《瞬歩》で距離を取るか、ですね。
ルヴィアが積極的に狙われているのは、今回の《八葉の巫女》のレイドへの参加回数によりボスマークというカウントが増え、それを一番多く持つ人が狙われる、とのことらしいです。
梨華さんの格好こそ金髪アルラウネであり下半身を白い百合の花で覆われているとはいえ、上半身は際どいビキニなんですよね。全年齢向けの境界のギリギリを攻めた感じです。
そんなことでルヴィアが集中砲火を受けていますが―――ちょっと、私達よりも"ルヴィアの方が最強"とのコメントをちらり見た瞬間、
「お姉様?」
「わかっています」
「「ルヴィアに負けてたまるかぁ!!!」」
さすがにそんなものを目にすれば、こちらとて意地があります。なので、ちょっと本気を出します。ええ、ちょっとだけ、髪はもう上げていますのできっと気のせいです。
ジュリアも本気を出す合図―――顔の半部を手で覆ってから、ゆっくりと目を見開きます。進化して《竜眼》を手に入れた事で、ちょっとだけ格好良さが上っていますがそれはそれ。
《新月》から《円月》を放てば、氷属性を纏った刃が分身体を引き裂いた上で地面を凍らせます。《八卦》で付与した属性の威力も《新月》で上がるみたいなんですよね。
その上に乗った分身体の動きが少しばかり鈍ったところに《瞬歩》から《薄月》による突きを見舞い、そこから《月天》を使ってトドメとさらに左右にいた二体を切り捨てます。
ジュリアはここまで抑えていた跳躍系スキルを使い、薙ぎ払ったあと離れた分身体へと飛び掛かるために使い始めました。
もはや飢えた獣のような獰猛さであり、飛び掛かると同時に槍撃のラッシュを浴びせかけてから《火魔術》を叩き込んでからできるだけ巻き込むようにして槍を振るい。
容赦ないなあ、なんて思いながら近寄って来た分身体に《斬月》を叩き込んでついでに蹴り飛ばして押し込み、クールタイムの明けた《円月》でまとめてざっくりと。
「ぎゃおー! 覚悟しろ!」
「ま、ああなるとRPも剥がれますか。あっちの方が本性ですからね」
ジュリアのRPが剥がれて……うーん、ぎゃおーと言ってるあたり、一応あれも《竜人》のRPなのでしょうか……?
さておきそれは置いといて、ゲージが半分を切ってからルヴィアの方が騒がしいですね。見た事の無い《植物魔術》や《土魔術》を放っている辺り、SL40を越えた先で覚えるものをボスが多用している様子。
それを初見でも避けるルヴィアもなかなか極まっているというか。まあ、私達の方が倒した数(与ダメージ)は多いので、回避タンクを頑張って貰いましょう。
ともあれ大荒れする様子もなく削れているので、このまま何事もなければ、主にルヴィアがしくじらない限りは余裕で削り落とせるでしょう。
――◇――◇――◇――◇――◇――
「―――《斬月》!」
「―――《レッドエッジ》!」
「…………!!」
午後10時47分、開始からおおよそ40分ほど―――私達が最後に倒したであろう分身体が倒れると同時、梨華さんの身体を大きく揺らぎました。
そのあと数度身震いをしたと思えば、巨大な身体が指先から崩れ落ちて黒い粒子となって散っていき……根元にある花の中、先程のボスを遥かに小さくしたような少女がごろりとその場に転がり落ちて。
あれが梨華さんでしょうけれど、それを見るなり回りは大歓声に包まれました。
《デュアル・クロニクル・オンライン バージョン0》、《植物神の娘・梨華》の討伐の瞬間だったのですから。
「つかれ、たー……」
「私もですよ、と……ふむ、ジュリア、休むなら上空の方がいいですよ」
「え、なんで?」
「だって、ほら」
私が一足先にふわりとやや高めの位置に浮き、ジュリアも続いて翼を動かして浮き上がれば。その足下を暴走特急のようなフリューがルヴィアへと向けて駆け抜けて行ったのですから。
えぇ、もう少し遅ければあの暴走特急に轢かれていましたね。あぶないあぶない……
それにですが……残された大樹、これはボスの一部ではないのでしょうね。もしくは……と周囲を少し観察してみます。
と、《八葉の巫女》達と戦った部屋の方から一筋の光が漏れていますね。ジュリアの肩を小突いてそれに気づかせれば……私達が参加した《再誕の間》、《豊穣の間》へそれぞれ浮遊したままに向かいました。
それぞれの部屋へと向かうと、巫女を閉じ込められた洞がほんの僅かに開いてるようでした。これは助けろ、ということでしょう。
あちらではムービーシーンが始まっていますが、私達は私達でおいしいところを。少し離れているだけで見えはしますし、なんならルヴィアの方は配信も開いてありますからね。
「よっと」
絡まり合った蔦の檻を《薄月》で簡単に切り開き。中に居たのは巫女装束に身を包んだ狐耳の少女。おそらく、私が対峙していた混合食虫植物と化していた《再誕・稲花》さんでしょう。
きちんと狐尾も付いているようで、衣服も着ているので特にどうする事もなく抱きかかえ、再び本殿境内へと戻ります。
私達の動きに気づいた他プレイヤーも残る五人を救出しに出たようですね。私と同じように助けて戻って来たジュリアが抱えていたのは、これまた小柄の鬼少女でした。
「こっちは《豊穣・陽華》さんですのね」
「私の方は《再誕・稲花》さんでした。やっぱりこの二人、ちょっと重要な立ち位置だったのでしょうか」
「そりゃあもう、《豊穣》と《再誕》ですものねぇ……」
「その辺の考察は後にして……フリュー、カエデさん、ちょっと手伝ってもらえますか?」
ルヴィアはイベントのために《翠華》さんと共に深部の本殿へ。ここからは配信画面で見ることになるでしょう。
彼女が場を離れたことで手の空いたフリューとカエデさんを呼んで、《治癒魔術》を使って貰います。他の面々も同じように治癒を受けているようですからね。
「……ん、んぅ、ここ、は……」
「気が付かれましたか」
抱えていた狐の少女、稲花さんが目を覚ましてゆっくりと起き上がりました。周囲を見回すようにすれば、自然と私達へと視線が行きます。
おそらく先の梨華さんと一緒でしょう。彼女達は私達の事を全く知らないのですから……
「ああ、まだゆっくりしていてください……私達は《来訪者》。《綾鳴》さんからの異世界召喚に応えた者達で、貴女達の救出を頼まれたんです」
「ぁ……申し訳ありません、私達が不甲斐ないばかりに、逃げそびれて……助けてくださって、ありがとうございます……」
「いえ、いいんですよ……」
短い説明でしたが、それだけで察してくれたようで……それでもこうなってしまった事を悔いているのか、少し俯いてしまいました。
「少し辛い話になるかも知れませんが、一体何があってあんなことに……?」
「……はい。お話しますと……」
少し辛そうなので、ゆっくりと話すように諭しながら背を撫でて。本当にゆっくりとですが、語り始めてくれました。
この神社で異変が起きた日、本堂の奥から呪いが突然の様に噴き出してきたそうです。一番近くにいた翠華さんはすぐに皆を逃がすように動いたそうですが、そこを娘の梨華さんが庇ったと。
他の巫女達も散り散りになりながらも何とか逃げようとしたのですが、また一人、また一人と暴走する梨華さんの蔦に捕まっていき、最後に陽華さんと共に翠華さんを逃がすために滝に落としたあとの記憶が途切れてしまった……と。
……それで、翠華さんは滝壺に落ち、衣服だけが川に流れて《水路》に、そして翠華さんは流れるままの最中に《桜街道》へと漂着し、ボスに捕まってしまったということです。
「そういえば、蓮華の姿だけ見当たりませんが……」
「彼女でしたら、《四方浜》の方で保護されていますよ。彼女だけ、無事に逃げ延びれたようで」
「よかった……本当に、ありがとうございます。ですが、その……」
語り終えて、ここにいない一人の安否も確認すればどことなく安心したような顔になります。
ですが、その顔は未だ晴れやかとは言えず、しどろもどろで。それは、たぶん……
「……もしかして、呪いの所為とはいえ私達に攻撃した事を?」
「……はい。その、大変申し訳なくて……」
「いいんですよ、こうして無事に助け出せたんですからね」
「で、ですが……それでも、その……」
潤んだ黄色の瞳で私を見つめてその言葉の先を言おうとしますが、それをそっと静止しながら。私は、口にしました。
「私達はこの世界を救う為に来たんです。ですから―――気にしないでください。
この世界丸ごと、《来訪者》が全て救ってあげますから」
そう告げれば、稲花さんの暗かった顔がだんだんと晴れやかになって。ようやく落ち着いた笑顔を見せてくれました。
ふと、《夜草神社》の祭殿の方から眩い輝きが漏れ、ようやくこの《デュアル・クロニクル・オンライン バージョン0》の《クロニクルミッション》が終わったのだ、と知らせてくれました。
その眩い輝きは何処までも広がりながら。私達も包み、この一帯全てを暖かい輝きが包んでいきました。
〔〔CHRONICLE MISSION cleard!〕〕
〔〔Clear Rank:S〕〕
〔〔全プレイヤーの貢献度算出を開始します:残り22時間4分〕〕
〔〔ダンジョン《生い茂り過ぎた樹海》攻略参加者全員にダンジョンチップを付与します〕〕
〔〔Ver.0 cleard!!〕〕
〔〔全プレイヤーに報酬を付与します〕〕
〔〔ハイライトの作成を開始します。全プレイヤーは出演許可を選択してください〕〕
〔ハイライトへの出演を許可しますか? Y/N〕
〔〔《デュアル・クロニクル・オンライン バージョン0》をクローズします。残り25時間4分〕〕
というわけでベータ編は終わりです……とでも思ったのか、もうちょっと続きます。
とはいっても、残り一日の中で起きたちょっとしたエピローグ的なもの。幻双界NPCが好きな人は是非に。
二人の分身体撃破数ですが、たぶん軽く他の人たちにダブルスコア近く付けていたのではないでしょうか。