51.これでも半分に満たない力らしい
ようやく夜草神社決戦の日。
さて翌日、案の定のようにいつもよりも遅れた時間に起床。まだ現実との感覚が違って、進化などの影響で寝起き早々転びかけましたが……
特に千夏は露骨に転げかけましたし……この現実との差もしっかりと慣らしていかないといけませんね。というわけで早々に用事や食事を済ませてからログイン。
「さてと……」
「タイムリミットが近いですわね」
昼の《他無神宮》もいいものですね。そこまでゆっくりしているわけにはいかないのですけれど。歩きながらステータスを確認しておきましょうか。
進化によって種族値が変わったようで、レベルに合わせて振り直されているためです。
クレハ Lv.25(Levelcap)
性別:女
種族:龍人
属性:水
特殊:
VIT:95
STR:270(+150)
AGI:170(+50)
DEX:120(+50)
INT:70
MND:70
種族スキル:《飛行》Lv.4 《八卦》Lv.1 《宝玉鑑定》Lv.1
汎用スキル:《格闘術》Lv.28 《弓術》Lv.32《剣術》Lv.40 《刀術》Lv.40 《歩法》Lv.40 《跳躍》Lv.40 《居合術》Lv.40
《解体》Lv.40 《索敵》Lv.40 《攻撃予測》Lv.40 《直感》Lv.40《採掘》Lv.3 《回避》Lv.40 《調理》Lv.15 《釣り》Lv.13
結構バランスよく育っているのではないでしょうか。種族値はVIT+3/STR+4/AGI+4で他が2ですね、癖は少なさそうですが、その分特化しているわけではないと。
種族スキルが《飛行》の他に何やら気になるものが二つ増えていますね、確認しておきましょうか。片方は判り易い鑑定スキルのようですけれど、《八卦》……詳細は、と。
○八卦
武器に八属性のうち好きな属性をひとつ付与する事ができる。
スキルレベルに応じて付与した属性の威力が上がり、特殊効果を付与する。
また、一部アーツが属性が付与され名称が変化する。
《八卦・火》……武器に火属性を付与し、物理攻撃威力を上昇。
《八卦・風》……武器に風属性を付与し、攻撃速度上昇およびアーツのクールタイムを僅かに減少。
《八卦・水》……武器に水属性を付与し、魔術攻撃ダメージを一定割合軽減。
《八卦・雷》……武器に雷属性を付与し、攻撃の際にガードブレイク率上昇、パリィ成功率低減。
《八卦・氷》……武器に氷属性を付与し、攻撃した対象の攻撃速度低下およびアーツのクールタイムを僅かに増加。
《八卦・土》……武器に土属性を付与し、物理攻撃ダメージを一定割合軽減。
《八卦・光》……武器に光属性を付与し、付与している間ステータスをスキルレベル分強化。
《八卦・闇》……武器に闇属性を付与し、攻撃してダメージを与えた際にダメージの一定割合分HPを回復。
……あれ、強すぎませんかコレ。ああでも、複数同時には付けられないので、ほぼどれかひとつを選んで付けておくという形になるでしょう。
相手の弱点を突くか、もしくは相手が不得手とする効果を付けて戦うか、とか……意外と幅広く対応できる気がします。
例えばルヴィアを相手にするなら、速度に対応するために風、あるいはパリィ封じの為に雷、弱点を抜くのに火が選択の内に入りますから。
フリューやルプスト相手なら水も有用ですし……これは使いこなしがいのあるスキルですね。ただ、現状スキルレベルが低いので、光だけは使い辛いかも知れません。
「ジュリアの方はどうですか?」
「ふふ、私はとんでもないものを手に入れてしまいましたの」
薄ら笑いを浮かべるジュリアに軽く引きますが、そんなにいいスキルを得たのでしょうか……?
ダンジョンの入り口から近くに見えた《ハイラビット》に向けて視線を向けると―――
「《真の英雄は目で射殺す》!」
魔術の詠唱と共に、ええと、なんで……眼からビーム、もとい《フレイムスロア》が放たれました。
放たれた火属性の光線は大兎を弱点属性で貫通。以前は火炎放射として放っても牽制程度にしかならなかったものが一撃で三分の二ですか……
残った体力は上がったAGIを生かしての《飛行》と《ランスピアジング》を組み合わせての突進でトドメ。レベル差は相変わらずですけど、かなりスムーズに処理できるようになってますね。
「……ええと、今のは一体?」
「《竜人》の種族スキル、《竜眼》ですわ。《シュート》も《ポイント》も使えるみたいで、INTに加算してSTRからの割合で魔術威力が決定されるようですの」
「ただ《シュート》の場合は目を起点にすると眩しいのでは……?」
「それはちゃんと手でも撃てるみたいですわ。《ポイント》だけ視線の先固定になるので、これだけは慣れが必要みたいですわね」
《竜眼》、厄介なものを手に入れましたね……今まではジュリアの挙動で何をするかが見えていましたが、更に視認がしづらい視線が起点になるのは各段に相手をする際の難度が上がります。
そうでなくても、そのスキルを手に入れた事で威力の補正がとんでもないことになっているのは明白。《竜人》の種族値は不明ですが、ジュリアはほとんどの自由値をSTRに振っているのですから……
「む、お主ら来ておったのならば見送りくらいはしたのじゃが」
「……ちょっと、かなしい」
「あ……《サク》さんと《ツィル》さん。もうやる事は済んだんですか?」
ドヤるジュリアを余所に、背後から声を掛けられました。サクさんとツィルさんですね、 昨夜と変わらない様子ですが、どことなくげっそりしているように見えます……
多分ですけれど、例の薬でしょうか。毒を飲んでいるようなものですから、効き目が凄まじいのは判りますが……
あの量は本当に害が薄くなるほどまで薄まるものなのでしょうか、とちょっと心配になりますけれど。
「調合の配分は完璧だから、ちょっと顔色が悪いのは副作用。気にしないでほしい」
「用事も済ませて余達も戻るところじゃな。ちょっとくらいならば力を貸せるからの、というわけで……」
「……パーティ招待?」
「分岐点である《蓮華の祠》までであれば手伝えるのでな」
「その練度だと、そこまでがとても大変だと思う」
サクさんからのパーティ招待。ジュリアも驚いて受託しますが……流石にサクさんもツィルさんもレベルは不明扱いになっていますね、当然ですけれど。
何事かと驚くジュリアも寄って来て、これからの強行軍に道中まで同行する次第を伝えました。身を案じてはいましたが、やはり薬があるからと一蹴されてしまいました。
「心配してくれるのは助かるのだがの、量が量じゃからなぁ……」
「どちらか失敗するかと思ってた。でも二つも持って来た。だから、結構猶予はある」
とのことです。ひとつは一連のクエストの報酬として、もうひとつはここからの手伝いとして、ということなのでしょうか。
そう考えると妥当……ではあるのでしょうか。どこまで力を振るっていただけるのかはわかりませんけれど……
とにかく時間が無いので出発することになり、《飛行》を使い滞空。ジュリアは昨日の様にロケット花火にはならず、ちゃんと滞空できており翼を動かしてます。
「行きましょうか」
「うむ。まあまずはあれらじゃな。少し高いところを動けば兎と猪はどうにでもなるかの」
「飛び掛かってくる鶏や大柄の牛が問題、任せて」
ツィルさんが先に出て杖を構えながら先導し始め、それに追従するようにして移動し始め―――
「……《ヒートホーミング》」
手に持った杖を一度くるりと振り回した途端、ジュリアが放つそれとは二回り大きさが違い、かつ形成された火弾も四つどころではなく数を数えるのも諦めるほどの数が現れ。
振り下ろすのと同時に、そのへんにいたMobすべてに爆発するような音と共にその火弾が降り注ぎ、あっと言う間に殲滅してしまいました。
「……ほぇ……」
「か、格が違い過ぎますわ……」
「このくらい、序の口。急ごう」
呆気に取られているうちに、ただの広い道となったところを先導して進んでいきました。
……剥ぎ取りしてる暇はなさそう……ですね、とても勿体ないのですが。手持ちの食料もまだあるので、今日一日をボス含めても持ちはするでしょう。
転がるMobからはどれも香ばしい匂いが漂っていますが……これレアどころかミディアムになってますね。ジュリアが昼食を終えたばかりというのにちらちらと見てますが。
先頭はツィルさんで次にサクさん、私達はその後ろに付く形になっています。ほとんど歩いてきたかのような調子だった来た時と比べ、ある程度Mobを無視しながら進めるため速度は段違いですね。
「《ウィンドアロー》」
「《連唱》の量が桁違いですわね」
「まだあれで手を抜いてるほうじゃぞ。むしろこの一帯は物理系が多いからのう」
「「………」」
再びMobの群れが見えてきたところで先に手を出そうとしたサクさんよりも先に、ツィルさんが《連唱》で最早弾幕と化した《ウィンドアロー》で一掃。
ここまで大規模な連続して力を使っても大丈夫なのかと思いますが、それでも手を抜いているという話。最初は鶏だけが厄介だからって言ってませんでしたか……
そんな調子でしばらく飛ぶこと三十分、本来は最初の祠である《向日葵の祠》へと難もなく辿り着いてしまいました。三時間掛けて突破した道中がこんなにもあっさりと。
ですが、今回は通過だけして先へ、立ち止まっている間はないですからね。何かあった、かと言われれば、突然のホップアップウィンドウで――
《運営公式チャンネルがユニオンメニュー画面の使用を求めています Y/N》
などと出たので承諾……して良かったのでしょうか。とりあえずは押してみたのですが。
すぐにルヴィアの配信を開いて事情を確認し、運営の計らいだったのは把握しました。あ、ちゃんと画面には私達だけが映るようになってるんですね。
先導してくれるツィルさんが一掃してしまうため、なんだか手持無沙汰になってしまったので昨日の会話で聞きそびれていた話をいくつか聞くとしましょう。
「そういえばツィルさんが無理矢理出されるくらい重用されていた理由ってなんなのでしょうか?」
「む、その話かの。あやつが持つ《固有魔術》でな……多分今使っておるな?」
「……使わないと、ダンジョンの中で汚染されるから」
「通りでの。それでこっちも先程から力が使えんわけじゃ」
「サクは発生させる方だから使うと危ないし」
昨夜のやり取りを聞く限り、ツィルさんはどこかで引き籠っていたところを《ノア》という方に引き摺り出されて戦線に立っていたとの事。
そこまで重用される理由が気になってふと聞いてみましたが、これに関してはツィルさんが扱う《固有魔術》……キーワードとしては、特定人物のみが使える魔術アーツ、だそうですね。
知らないうちにもう使っているらしく、サクさんが先に手を出そうとして出せなかったその理由がそれだと言いますが……
「ジュリアよ、ちょっと魔術を使ってみるとよいのじゃ」
「私が、ですか? では……《ファイアバレット》!」
サクさんに指示されて、眼下でツィルさんの殲滅から生き残っていたMobに対して《ファイアバレット》を使おうとしましたが―――
本来手の生成され弾丸のように飛んでいくはずの火の玉が、生成すらされませんでした。ステータスは問題ないのですし、何か状態異常というわけでもなく。
「あら……? MPもあるのに発動しませんわね」
「流石に詠唱間違いでもないですし、これが?」
「……それがこやつの固有魔術じゃよ。《根源廃絶》……実態は魔力を自分を中心として一定範囲を支配下に置く、というものじゃが」
「サクのは《根源隆起》。私みたいに細かい操作はできないけど、特定属性の魔力を過剰に激増させて天変地異を起こす力……また群れ、《レイホーミング》」
「余は天候操作にしか使わんがの、今回の《魔力汚染》の呪いは魔力を媒介にして伝染するものなのじゃよ。であるから《根源廃絶》でまとめて汚染した魔力素だけを排除できておったのじゃ」
「それでも操るのだから当然私に伝染する。だから汚染の進行も早く、一度前線から引いた。特に今の夜草は、夜界の最前線並みにひどい」
なるほど、一時的な魔術禁止空間を作り出す、と……確かに、原理を聞けば納得できますし、《幻夜界》の最大の主力でもあったことが窺えます。
ですが、ここでひとつ思い出してしまった不自然なことがひとつ。行き来するための《転移門》が封じられているのに、どうしてツィルさんがこちらにいるのでしょうか?
これも聞いておきましょうか。本人は何食わぬ顔でまた道中のMobを一掃してますけれど。
「ツィルさんはどうやってこちらに戻って来られたんですか?」
「……《幻夜界》には《転移門》のシステムを作った人がいる。その人に頼んだ」
「あやつであれば世界間の行き来も確かに可能であるからの、確かに確実であるか」
《幻夜界》の方にも元々から結構な実力者が揃っているようにも思えますが……それでも汚染の拡大は止められず、応援を呼んでようやく抑え込んだ、と。
あちらに《転移門》の作り主がいるということでしたら、一度会ってみたいものですが。そのうち出て来そうですけれども。
「む、次が見えたの」
「ええ、これであと二つ。こんなにもスムーズになるとは思いませんでしたけれど……」
「……ぶい」
主にその最大の理由であるツィルさんがこちらを向いて一瞬ニヤリと笑いました。
結構無表情だったのですが、ちゃんとああして感情を示しているところを見ると可愛いですね。
ツィルの固有魔術は一定範囲内の自分以外に対して強制マホトーンかつ自己魔術強化みたいなものです。
一方のサクは自分のみ魔術威力倍化と天変地異の発生となります。どっちもえげつないですね。
勿論ですが前々回に出て来た千歳姫ちゃんにはどちらも効きません、前者はそもそもあの子は物理攻撃、後者は魔術無効なので完全メタです。うわむかでつよい。
ちなみにちらりと触れたノアですが、こちらは杜若スイセン氏の持ちキャラとなります。そのうち出てくる……かも?
そしてこの場でとなりますが、多数の誤字報告ありがとうございます。
お互いチェックし合っているのですが、どうしても漏れは出てしまうのでとても助かります。