46.他愛のない友人たちとの会話
「ありがと、深冬」
「ううん、いいんですよ」
翌日の午後、秋華との買い出しの帰り道。桜も開き始め、もう少しで咲き始める時期ですね。
ほんのりと温かくなり、葉も開き始め春の息吹を感じる通りを歩き、朱音の家へと向かいます。
「そっちはどう?」
「えぇ、あと少しですね……」
「私達は合流できたれど、まだ掛かりそうだものね。ふふふ」
くすくすと微笑む秋華は、春菜と一緒に既に昨晩の内に唯装を確保。そしてクロニクルクエストへ合流していました。
既に前線に向かい、翠華さんの護衛に付いているそうです。もっとも私達は二番目の祠……水仙の祠から、一番目の向日葵の祠までの間、あまり配信の方をあまり見れていなかったんですよね。
メガタウルスの数が増えた所為と、レベルがもう10以上差がついたものが現れ始めたのでまったく気を抜けなくなってしまったのが原因といいますか。
さすがにレベル差が大きくなると一撃が非常に高く、牛も猪も突進系なのもそれに拍車を掛けているんですよね。私も不意打ちで貰って体力が四分の三が消し飛んだときは冷や汗が出ましたし。
「そちらが攻略してるところはどんな感じなの? かな?」
「そうですね、猪に兎に鹿に鶏……あと牛と魚ですね」
「なにその食材ダンジョン。鳥皮とか穫れたりしてないかしら?」
「穫れてますよ。そろそろインベントリが一杯になりそうですからなんとかしたいのですけれど」
「私達も行きたいわねえ……けど、大抵のイベントダンジョンって受注者のパーティしか入れないようになってるらしいもの」
「転移が使えないダンジョンなので、私がいるところまで歩くだけで一日半はかかりますよ?」
「……大人しく正式サービスの時に教えてちょうだいね? ね?」
私達も戻るだけで大変ですからね、今更引き返すわけにはいきません。
正式オープンしたら連れて行ってあげるとしましょうか、おそらく正式なダンジョンか道に変わっているでしょうからね。
特に調理好きな人には需要が高いと思いますし、すぐに人でいっぱいになりそうですが……正式サービス開始の頃には夜世界もオープンしているでしょうから、まあいっぱいということは流石にないでしょう。
話をしているうちに九鬼家に到着。先に春菜が今日の昼食の準備を始めているはずです。
今回のイベントの総大将であるため、朱音は連絡のためにちょくちょくと席を外していなくなってしまいますけれど。
昼食の時間くらいはさすがに取ってあるので、その短い間にこちらの進捗も伝えておかなければ。到着予定もだいぶ遅れそうですからね。
既に見慣れたリビングにみんなで集まって昼食の時間。すぐに千夏も頼まれていた掃除を終わらせてやってきました。
用意されていたバスケット一杯に作られているサンドイッチを皆で囲んで食べます。前にリアルで逢ったのが学校で、そしてゲーム内では月曜日以来ですから、こうして顔を合わせるのは久々です。
「春菜、お昼はもう出来てる?」
「うん、できてるよ朱音。夜はちょっと長丁場になりそうだからカレーとポテトサラダにするつもり」
「そしてお昼は手軽に食べられるようにサンドイッチ、と。愛妻精神丸出しねぇ? ね?」
「カレーは辛めでお願い。わかってるとは思うけど……」
「ああ、だから買い出しリストにガラムマサラとか入っていたんですね」
「もちろんもちろん、カレーチェーンの三辛目安でいいんだよね!」
「こないだは辛さがブレてたから、ちゃんとね。前は甘かったから」
「……う? 私間違えるはずないんだけど……」
「もしかして、耐性付いて辛みが物足りなくなってたり? してる?」
「ありそうですね……」
朱音が食べるカレー、いつも辛口なんですよね。しかも結構辛めのですから、市販のカレールーではなくいつも春菜のお手製になっています。
絶妙なほど同じ味を再現する春菜の舌は、一時料理人になれるのでは朱音に言われたほどですが……それが出来てるのは朱音への愛情からであって、他だと結構ブレるんですよね。
それでも隠し味などをしっかり当てたりはしているので、舌に関しては確か。それを再現できる腕もしっかり持ってるのは確実ですけど……やっぱり朱音至上主義ですから……
なんで調理を取ってないのか気になったんですけど、あとでそれも聞いてみますか……
それとなしに、今現在の進捗の話になってこちらに朱音が話題を振ってきました。
「深冬、間に合いそう?」
「今日中にはなんとかボスに。道中に三日ほど掛かっているので」
「そんなに……? 荒れ果てた神宮は一日で終えちゃったから、そんな掛かるってよっぽどじゃない……」
「敵の平均レベルが奥に行くほど上がって、今はレベル31から36あたりを相手にしてますから。それと、ちょっと厄介なのがいまして」
「さっき言っていた奴ね。メガタウルスって言ってたかしら」
「そうです、この大牛の耐久力が高くてですね……」
「あたしSTR特化なのに、最大レベル付近のが出てくると結構殴らないと倒れてくれなくてねー」
「う? タウルスって言うと牛……?」
「牛ですけれど? 何なら他にも鶏もいましたが……」
事実、昨日大幅に手間取って最後の道すら見れなかった原因がそれであり。最後の祠に辿り着くころにはジュリアがぐったりとしちゃっていたんですよね。
さすがに10もレベルが離れてしまえばいくら鈍重なメガタウルスでも避けたりしますし、こちらも猪に上手く攻撃が当たらなかったりと。
と、それはさておいて春菜がタウルスに興味を示しました、珍しいですね? 基本的に朱音最優先ですっ飛んでいくのが春菜なので、ちょっと珍しいのです。
そんな気になるような事があったのでしょうか、とふと秋華の方に顔を向けます。そうすると、いつもの悪戯調子でにやーっとした顔を浮かべてきました。
「実のところ春菜はコシネさんに対抗意識燃やしてるのよ、ほら、朱音がおいしそうに料理食べてたからって。それで調理を取るつもりだけど、得意料理が……ねぇ? ね?」
「ああ、そういえば……一般家庭に流通するような食材の調理なら得意でしたけれど、現状だと猪や兎、レベル帯に合わせれば食べれるものの方が少ないくらいでしたっけ」
「そうそう、だから牛豚鳥の肉が穫れるところすごーく探してたのよ、春菜」
「なるほどそれで。残念ですが、連れていくにもあまりにも距離があるので諦めてください」
「うぅ……正式バージョン始まったら絶対行くもん……」
「ついでに実家で熊と兎、鹿料理も学ぶといいですよ。春菜の料理も食べてみたいですから」
うるうるとした目で春菜がこちらを見つめてきますが、とりあえずなだめておきます。変に暴走されて、朱音に余計な手間を掛けさせたくないですからね。
春菜が調理を取ってない理由ってそういうことでしたか……。まあ見たのはつい水曜日の事ですし、そこからやろうと思っただけ追いつけるかどうかははてさて。
それでも元の腕の良さはありますし、レシピも付いているんですからすぐに追いつきそうですけれど。
田舎でしか食べられない肉の話題の一言で、また次の話題に繋がり……今年の夏の話になり始めました。
「そういえば朱音姉、今年はウチの実家に来るんだっけ」
「うん、その予定。龍ヶ崎のお爺ちゃんに色々教わりたいこともあるから、ちょうどいいかなって」
「うちの祖父、気合入れてネット環境を整備してるそうですよ。初夏には工事が終わると言っていましたから、たぶんあちらで配信も出来ると思いますし」
「それはありがたいかな。せっかくのオープンなのに配信できないなら諦めるしかなかったし」
「こちらの事情も既に伝え聞いているので、配信やゲーム用に空き部屋も作ってるって言ってました」
「今年の夏はみんなで一緒に正式版かしら? かも?」
あれから祖父はしっかり準備を進めているようで、かつその話が父の上司である水瀬プロデューサーさんにも伝わったらしく……何故か九津堂のバック付きで整備がされてるとか。
まあその。おそらく配信が出来る環境かつ、伸び伸びと都会の喧騒から離れてするにも一番いい環境ですからね。
特に朱音の動きはこちらの稽古を何度か見たのを覚えて生かしているのでしょうし、教わりたいこと、というのはそのことでしょう。
……祖父、記憶にある限りだとリアルではとんでもなく超人ですけれど、VRに全然慣れてないのでVR空間では動きのキレがすっごく悪いんですけど。
「橙乃の家も配信環境も揃ってるけれど、あそこはバタバタしがちだし、何より……」
「下手したら密着取材が始まりそうだもんね……密着! 世界初のVRMMOトッププレイヤーと看板娘の一日! とか……」
「それは流石に会社の方が流石に止めそうだけど。あと橙乃本人も」
「そういえば今日は橙乃は?」
「私の代わりに橙乃に指揮を取ってもらってるの」
「確かに重要な仕事ね? なのね?」
「ずっと張り付くわけにもいきませんから、それは止む無しでしょうね……」
最前線を支えられるトップヒーラーの一人に数えられていますからね、彼女。陣頭指揮も慣れたものですし、適任でしょう。
それで思い出しましたけれど、あの水田迷宮の時に組んだ面々も頑張れているのでしょうか。配信に他のプレイヤーが大きく映る事はまず少ないので、ちらりとでも姿を見れればいいのですけれど。
アマジナさんは斥候として、サスタさんは前線の壁役として活躍できているでしょうし。カエデさんも一応ヒーラーですから、きっとルナさんと並んで前線を支えている事でしょう。
どこかで見る機会があれば、軽く挨拶くらいはしておきたいですけれど……とにかく今は間に合わせる事を優先しなければ。
「聞きそびれていたんだけれど、春菜姉と秋華姉が手に入れた唯装ってどんなのなの?」
「私も聞きたかったんですよ、あの時戦闘に集中してて聞きそびれていたので」
「それはね―――」
――◇――◇――◇――◇――◇――
騒がしい昼食もひと段落すれば、残る家事を手伝ってから帰路につきます。すでに時刻は日が傾いて夕方になってしまいましたが。
足早に帰りつけば、既に母が夕飯を用意してくれていました。それを食べて入浴などを済ませば、時刻は午後六時を示していました。
すぐに妹と示し合わせたように準備を終えて、今日も今日とてVR機器をセットして。
「それじゃあ、一気に突破しに行きましょうか」
「うんっ、今日で龍の試練、終わらせちゃおう!」
《DCO》へとログインをすれば、昨夜ゲームからログアウトした地点……向日葵の花を象徴とした祠の前へと降り立ちます。
その祠の周囲は枯れた向日葵が立ち、ここもまた物悲し気な雰囲気を醸し出していて。ちなみに二番目の水仙の祠には、祠の他には何もない池と何時もの休憩所があるだけでした。
装備を確認すれば、後ろから聞き慣れた鳴き声。散々お世話になった《夜霧》さんのそれに反応して振り返ります。
「いよいよこの先にゃーね、頑張るのにゃあよ」
「いえいえ、夜霧さんもここまでありがとうございます。とても助かりました」
「いいってことにゃあよ。その分こっちも色々貰ってるわけだしにゃあ」
嬉し気なのは、二本の尻尾をゆったりと振る猫の姿のままの夜霧さんからでも伝わってきます。ここまでたっぷりと肉も魚をお渡ししましたからね。
特に《トビサーモン》を渡した時は狂喜乱舞しながらその場で食べてましたね。やっぱりどこまで行っても猫ですよ、この方は。
それに物々交換に応じていなかったら、荷物が多分溢れていたでしょう。ほとんど全て交換してきた今ですらギリギリですからね……
「それでは、私達は行ってまいりますわね」
「にゃん。ここから先、最後まで気を抜かない事にゃあよ」
「それは勿論。ふふ、ダンジョンの最後はどんな奴らが待ち構えているのか楽しみでございましてよ」
「あー、にゃん。とにかく頑張るのにゃあよ。それじゃあ、奪還作戦が終わったら《王都》で逢おうにゃ」
にゃーん、と初めて会った時のような声を出せば。このダンジョンの入口の方へとまた駆け出していきました。
今まで一体何往復したのやら……おそらく、NPCではありますから《転移》は使えているのでしょう。でないと、先回りするとか到底無理ですからね。
私は武器を《鉄刀》へ。ジュリアは《鉄槍》に持ち変えて、いよいよ最後の道へと踏み出し―――
「………なんですの、これ」
「オールスターですね……ある意味、最後に相応しいような」
湧いているMob達……《ハイラビット》、《ハイホーン》、《クレイジーボア》、《クレイジーベア》。そして《マッスルチキン》と《メガタウルス》。
それら見て一瞬表情を固めつつ、ダンジョンの奥にある目的地《他無神宮》に向けて突貫するのでした。
というわけで今回はちょっとしたコラボ回でした。幼馴染がリアルで揃うとこんな調子になります。
ちゃんと杜若スイセン氏に朱音ことルヴィアのセリフは監修して貰っています。
さて、いよいよ長かった《他無神宮への道》編終わりです。
いよいよ次回から龍の試練編スタート! さて強敵と言われる大百足とは!
次回、ご期待ください!