41.気分転換のウェポンチェンジ
「そぉい!」
ジュリアが道を塞いでいた大熊を大剣の一撃で葬り、すぐさまその横にいたもう一匹に斬りかかりました。
私はそれに追撃を掛けるように、弓に矢を番えて弦を引き《ストレートショット》のアーツを使って矢を放ち、熊の額を射抜きます。
想定外の方向から飛んできた矢に面食らった大熊が仰け反り、一瞬こちらに注意が向いた隙にジュリアが大剣のアーツ《ビッグスラッシュ》で不意打ちするように殴りつけてトドメを刺しました。
「お姉様、さすがですわね」
「これくらいでしたら。唯一部活動でも使えるものですし」
「何度かヘルプしてますものねぇ」
大剣を背負いながら、ジュリアがこちらへと戻ってきます。まあ、弓術に関しては特に綺麗に狙って射るだけなので、部活動のヘルプはできなくもないですから。
先の見えない獣道を彷徨う事すでに一時間。これでもまだ目的の場所は遠く離れた場所になります。
周辺に湧くのは河原に寄れば《トビトビウオ》が、森林地帯では《フォレストベア》と《クレイジーベア》に《タンコロリン》、《フォレストウルフ》と森林に関係するMobが盛りだくさん。
レベルは平均して二十五から三十と高いのですが、持ち前のプレイヤースキルと他のスキルレベルが充実しているため、こうしてまったく使っていない武器でも苦戦はそれほどしません。
「しかし、それにしても……」
「先が長いですわねえ」
「マップを見る限りだと、これでまだ五分の一も進んでいないですもんね」
「相当長くかかりそうですわねえ……」
この道、本当に長い。普段のダンジョンのサイズを全て一直線の道にしたような長さがあります。
あの手合わせのあと軽く入り口近辺を散策した後に、入口のセーフティで一度休憩や夕食などを済ませているので、夜はじっくりと攻略に専念出来はするのですが……
地図上から見ても不自然な程に長くなっているのでもしや……そう思えば、案の定このへんはダンジョンと化していました。それも―――
○龍の試練への道程
ダンジョンランク:D
備考:ボス不在
●《サク》より下された竜の試練を受ける為に向かう《他無神宮》への道。しかし《世界樹》の暴走によって道が歪み、ダンジョン化してしまった。
酷く長い道程を突破し《他無神宮》でサクより龍の試練を受け、無事に突破しよう。
と、このように長い道程であるのがすでに示唆されてしまっていました……
しっかりと準備をした方がいい、と言われていたのはこういうことだったんですねと納得したものです。
結構余分に、持てる限りのポーション類と余った食料をそれなりに持っていて良かったと今更ながら思ったのでした。
「今日は《悠二》さんと《遮那姫》さんとやり合ったので、もうすぐ休むつもりですが……」
「幸い、次のセーフティが近いのが救いですわね。この調子だと、後半につれて敵が強くなるのも考慮に、踏破できるのに二日ほど掛かりそうですわよ」
「それは仕方ないでしょう。本来はこのバージョンで戦う手合いでないというのは予め知らされているようなものでしたから、ダンジョンも相応になっていても仕方はないですし」
ルヴィアが別の《荒れ果てた神宮》というソロ専用ダンジョンに挑んでいますが、あちらはバージョン内での攻略を視野に入れたものであるのでレベルは適正でしょうね。
こちらはまあ……手合わせをした完全に悠二さんと遮那姫さんの力量を考えれば、本来は別の理由で戦うとでもしないとあまりにも割に合いませんから。
……多分あれ、もしこのベータテストで気づいた人向けのシナリオプランな気がします。それにしては仕込み方がよく出来ている気がしますが。
「おっと、姉様。右方向に狼が二と前方に森熊が一。ついでにその隣の樹に柿玉でございますわ」
「ではこちらは狼一頭と柿玉を。熊は協働で残りの狼はお願いしますね」
「任せてくださいませ」
まだゲーム中では扱い始めてそれほど経っていない弓を構えて、遠距離にいる《タンコロリン》に対して射撃の準備を。
狼はジュリアが仕掛けてから、横からさっくりと頂くつもりなので先に厄介なこちらから。《タンコロリン》はルヴィアの配信で出てきたバスケットボール大の柿に人面が付いているというもの。
先程と同じように矢を番え、今度は《弓術》のスキルレベル10で覚えたアーツ《ダブルショット》を使い矢を二本にしてから放ちます。
放った矢は放物線を描いて《タンコロリン》の額に直撃。ダメージは三分の二と言ったところでしょうか、こちらを探す合間にもう二射ほど撃ち込んで討ち取りました。
その横でジュリアが大剣での急速接近用のアーツ《ブランジカット》を使って狼の片割れへと飛び込み斬り。狼一匹の体力を三分の一を消し飛ばしてから《ビッグスラッシュ》で追撃し、さらにもう一度叩きつけて仕留め。
残ったもう一匹の狼がジュリアへと飛び掛かる寸前に《ストレートショット》で射貫いて、そこから二射入れて一気に追い込んでからジュリアが不意打ちのように剣撃を叩き込んでトドメ。
「こちらについても大分手慣れて来ましたわね」
「風向きの計算とかあまりしなくていい分、現実での感覚がズレてしまいそうなのが玉に瑕ですが」
「それでも直感で当てるのでしょう?」
「そりゃあもう」
何を一体さらっと言っているのでしょう。なんて呆れ顔を浮かべているジュリアを余所に、残る熊へと弓による射撃の有効範囲にまで息を殺して近づきます。
距離を詰め終われば、ゆっくりと弓を引き絞ってから。的確に額へと狙いを定めたところで手を離し放って矢が放たれ射貫きました。
そこにジュリアが《パワースラッシュ》で一気に削り、怯ませてから派手に上段からの振り下ろしで的確にダメージを与えます。
「少し残っていますね」
仕留めきれなかったところに《クイックシュート》を使ってトドメ。出が早く、これは次に使うアーツのクールタイムを半減するという独特な効果を持っています。
弓は手数で仕留める武器だ、というコンセプトが薄々感じられますね。扱いやすくていい感じです。
一方、ジュリアの使う《大剣》の方は一通り威力の高い単体対象のアーツが揃い、前線で殴り合いができるラインナップとなっているようで。
隙は《槍術》の時と同じように《火魔術》で消しているようですが、元々槍がカバーできない至近距離で戦うので使うのも《レッドエッジ》や《バーニングアロー》と言った遠距離に絞っているようですね。
「うーん、スキルレベルがまだ足りてないので計算がまだ合いませんわ」
「そう言いつつももう大剣のスキルレベルは25を越えているのでしょう?」
「まあ、そうですけれども。後半に行く頃には槌も上げませんとね」
「その時は私も《格闘術》に切り替えるのでちょうどいいでしょう」
「見えてきましたね。あれがセーフティ……祠のようですね」
暫く歩けばようやく最初の祠が見えてきました。
木造でちんまりとしていますが、ちょっとした長椅子と日陰に壁があって一休みするにはちょうどいいもののようです。
もっとも今日は先程も言った通り、手合わせの疲れが尾を引き掛けているので今日はここで切り上げなのですが……
と、セーフティである祠へと近づけば予想外の出迎えがありました。
「にゃ。おみゃーらなんでここにいるのにゃ」
「《夜霧》さん? なんでまたこんなところに……」
「それについてはにゃーが聞きたい事にゃーが……この先は横に逸れなければ《他無神宮》しかないにゃよ」
「はい、そこに用事があって向かっているんですよ」
祠のちょっとした屋根の下で休んでいる夜霧さん(相変わらずのネコのすがた)がいました。ダンジョンの中にいるというのは驚きです。
口振りからすると、このダンジョンを経由して他の場所にも行くことができるということなのでしょうか。
ゆっくりと伸びをしつつ、人の姿へと変わった夜霧さんが目を丸めながらこちらを向いて見つめてきます。
「……にゃ、あー、そういうことにゃあか。そうするしかないとはいえ、サクも無理するにゃあね」
「ええと……?」
「こっちの話にゃ。まあでもおみゃ達が受けるのなら妥当にゃね、ちょっとくらい手伝ってあげるにゃ」
「それは嬉しいのですが、具体的には……?」
「にゃ、セーフティごとに数は少ないにゃあがポーションを売ってやるにゃ。修理はひとつずつくらいなら次のセーフティで届けてやるにゃし」
これはとてもありがたい。どう見ても長期戦ですから、たとえ武器を三種用意してあるとしても修理無しで持つとは思えませんからね。
だからと言って出入り口に戻るともう一度入れるかどうかわからないうえ、相当な距離を戻る羽目になるのでどのみち大幅なロスになりかねません。
本来なら同じ武器を複数個持って挑むべきであり、ポーションも足りなくなってくるでしょう。もしかしたら《バージョン1》想定であれば、武器の素の耐久力が大きく耐えるのかも知れませんが。
夜霧さんがこのように手を貸してくれるのは今までたっぷりと好感度を上げておいたからかもしれませんし、救済措置なのかもしれませんし……まあ、今は助かることに変わりはないでしょう。
「ま、お代はいただくにゃがね」
「……エルでお支払いですか」
「さて、最初の御触書を思い出してほしいのにゃあ」
最初の御触書……ですか。最初の御触書というと、《船屋敷鼠掃除》《田園街道の化生》《酒蔵地下の不思議迷宮》の三つのダンジョンの攻略でしたね。
船屋敷は僅かに採れる海産物や秋の収穫に向けて得た食料を保存するための船屋敷の掃除。不思議迷宮は普段酒類を作る大御所の倉庫地下がダンジョン化してしまったのでそのダンジョンをクリアすること……。
私達が攻略した《水田迷宮》こと《田園街道の化生》は、稲作するために必要な田畑の水質汚染の元凶を討つのが目的、でしたっけ。
それぞれ別個のように思えますが、本来の目的はどれもその付近にある食糧庫が呪いに蝕まれているためその解放でした。
……今だその食糧庫が必要になった理由である、北方からの食料供給は途切れたまま。つまり夜霧さんが言いたいこと、そして求めるものは……
「……食料品ですか」
「大正解にゃ。肉でも魚でもなんでも、それとポーション類は交換してやるにゃ。修理は移動があるから、ちょっとマシマシで貰うにゃあよ」
「いくらでも取って回れますから、多少は」
「では契約成立にゃ。とりあえず今は武器の修理を承るにゃ」
にへらーっと嬉しそうな顔を浮かべる夜霧さん。なんだかんだと民想いなのは表の《紗那》さんと同じなのでしょうね。
今は修理をしなくても大丈夫ですが、同じ道程が続くとなれば次のセーフティで修理に出すのがちょうどいいでしょう。
とりあえずお礼として《トビトビウオの身》をひとつ差し出すと、にゃ、とひとつ呟いてから受け取ってくれました。
「ちなみに、この道ってどれくらいあるんですか?」
「そうにゃあねえ。ここが一番近い祠だからにゃあ……あと七つ分と言ったところにゃあね。あ、ちなみにこれは《精霊界》には繋がってないにゃ」
「なんというか、何も気配を感じないですからね。これは一体?」
「にゃ。ここは一番最寄りの龍神を祀る寺社への道であるために、《蓮華》たち《八葉の巫女》の力を使ってダンジョンになるのを抑止していたにゃ。サクはああみえて慈雨を齎す龍神として祀られている側面もあるからにゃあ、農耕が命の《幻昼界》の民からすれば恵みの陽である《綾鳴》に並んで重要な神格なのにゃあよ」
「昔から龍神はその側面を持ちますから……確かにそれなら、この道はとても重要なものになりますね」
「にゃ。民草にとっては長い参道みたいなものにゃ、《魔力汚染》による事件の前はこの道も獣道でなくもっと短くて多くの人が往来していたにゃあよ」
祠の祭壇の方へと近づいて覗いてみれば、稲の花を模した紋様が描かれた木版が祀られており、その周辺には小さな田圃のようなものがありました。
本来は《八葉の巫女》によって守られた道ではあったのですが、その護りが崩れた以上はダンジョン化してしまうのも仕方ないでしょう。
そして、サクさんがどうしてこの先にある神宮を指定したのかも。自分に対する信仰の残る地であれば、力も出しやすい……そういうことなのでしょうね。
「とりあえず、今日はここまでですね」
「ですわね。もういい時間ですから、明日からゆっくり攻略しましょう」
「にゃん、今日はもうおやすみにゃあか。それなら明日までにある程度仕入れておくにゃ、そんなに量は用意できないにゃあがね」
「こちらとしては用意していただけるだけでありがたいので……」
任せろ、と言いたげな夜霧さんは早速黒猫の姿になるなり逆方向、王都の方に向かって走っていきました。なんでしょう、何時になく生き生きとしている気がします。
それでは今日はログアウト。この長い道のりをゆっくりと進んでいくとしましょうか。
弓道は他人を殴ったりしないのでクレハが唯一お手伝いを頼まれる部活動です。隙あらば適当に一撃入れるのが癖なので武道系の部活できないんですよこの子。
一方のジュリアは動体視力がいいのもあって球技系の部活動なら参加します。時々相手に向かってボールが飛んでいきますがそれ以外は優秀です。
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こちらも「魔剣精霊」と同じ頃合いにバージョン0編の完結を考えています。サイドストーリーという体ではありますが、面白いと感じてくだされば友人の方々にも御宣伝をどうぞよろしくお願いします。