40.剛剣の鬼侍
先程のジュリア達のように、同じように真ん中で立ち合います。準備が整ったと見れば、《遮那姫》さんから《決闘申請》が来ました。
内容を確認して受託。遮那姫さんにはレベル差から相当のハンデが付くようですが、それをもまるで意に介さない様子です。
ジュリアと同じようにポーションの数は私は五本で遮那姫さんはなし。ついでにですが、相変わらず私は魔術を習得していないのでMPポーションはなし。
「それでは《サナ》が一角、《九集》を守護仕る遮那姫がお相手致す」
「……よろしくお願いします」
エリアの中央でお互い抜刀し、戦闘開始までの静寂に気を静めます。
それは私も遮那姫さんも同じで、黙しているだけだというのに目の前からは気が感じられ、だんだんと大きくなるそれが強く感じられて。
カウントの音がゆっくりに感じられるほどの短い時間。そして、カウントはゼロを示し。
〔DUEL START!〕
開始と同時にお互いに刀を振り抜き、いきなりの鍔迫り合い。純粋に力と力のみでの圧しあい。
しかし相手の方が素の力は上。だんだんと押され、しっかりと踏み込んでいるはずなのに身体ごと後ろへと押し込まれ始めました。
遮那姫さんの身体はこれだけ押しているのに関わらずビクともせず、まるで大木を押し倒そうとしているような気分になってくるほど。
「さすが、鬼族……!」
「なんの、それに対抗してくる気概や良し」
余裕が感じられる言葉と共に、一際圧す力が強まったかのように感じ。これ以上は不利と感じるやすぐに一歩引き飛び下がった瞬間、凄まじい剣圧を持って遮那姫さんの大太刀が振り下ろされました。
そこからすぐにさらに踏み込んでの一閃を躱しますが、大きく引いていて良かったとほんの少し安心感を抱いてしまいました。
一撃の圧が重すぎて、刀剣が振るわれるたびに聞こえる暴風の如き風切り音に強烈な威圧感を感じてしまうほどなのですから。
しかし、だからと引くわけにはいきません。だって、妹はこの相手と同格の相手に向かってひとつも物怖じせず、突っ込んで行って見せたのですから。
「《新月》、《斬月》」
「来い!」
開幕からですが、少しでもこの威圧感を拭えるのであれば切らざるを得ません。そして、同じ刀使いだからこそ強烈だと判っている一撃を堂々と受けようとする遮那姫さん。
強化された必殺の一閃が瞬き炸裂するも、その刀を大きく弾くに留まり。すかさず一歩踏み込んで《薄月》を見舞いますが……咄嗟に身を引いたのか、その切っ先は胴鎧を掠めていきました。
さらに踏み込み一撃、それを加えたい心を抑えて一歩引いて刀を構えて次の機を狙います。
でなければ、おそらく……踏み込んでいれば。遮那姫さんはすでに弾かれた刀を指先で持ち直しており、その振り下ろしで持っていかれていたでしょうから。
「ほう! 勘も良いでござるなあ!」
「流石にそんな判り易い隙を見せるなんて……おっと……危ないですから!」
構え直した遮那姫さんが、お返しとばかりに袈裟の一閃。上手く避けれはするのですが、その一振りだけですら剣圧が凄まじく、触れてもいないのに装備が削れそうなほど。
おそらく遮那姫さんのスタイルは一撃必殺。NPCにも適用されているのかは判りませんが、元より筋力が非常に高い鬼族らしい戦闘スタイルであり、あまりに噛み合い過ぎです。
一歩踏み込んでくると同時に、またもう一振り。それに対して納刀しての居合を見舞ってみますが……反応し弾けたとしても、その大太刀の軌道を逸らすのが精一杯。
少しでも気を抜けば一撃の餌食となりかねません。たった数度の打ち合いに関わらず、手が握った刀の振動で少しばかり痺れるような感覚。
「っ……!」
不意を打つように脇腹を狙った《円月》を放ちます。ですが、それも軽々と受け止められて再びの圧し合い。
すぐに身を引いて《行月》で押し込もうとしますがそれもすぐに受け止められ、後ろにすら下がらない筋力の差。
まるで巨人を相手にしているかのような威圧感がひしひしと伝わり、先の悠二さんの戦い方とはまた違う感覚。技術ではなく力と気迫で圧倒する戦い方。
真正面からでは無理。なら、小技を使わざるを得ない―――さらに踏み込むと見せかけての足払い。
を、掛けた、のですが……!
「おっと。小技もいいでござるが……それはお粗末過ぎるでござるな?」
「な、っ、ひゃ!?」
あまりにも堅く、足払いを掛けた筈がまるで鉄筋でも蹴ったかのような感覚。それに驚いている合間に、一瞬のうちに遮那姫さんに襟元を掴まれて遥か上へと投げ飛ばされました。
伸びてくる手は私と同じくらい華奢に見えるのに、まるで巨人の腕に掴まれたかのような感覚で。上空に投げ飛ばされるのも一瞬のうち。
すぐに投げ飛ばされたと察して《降月》の構えを取りますが……既に遮那姫さんの方が追撃を掛ける構えをしていました。
「ふむ、ひとつ教えておこう―――《円月》はこういう使い方もある」
私がそれに気づいて、刀での防御姿勢を取った途端。遮那姫さんが飛び上がり、高度を合わせると同時に縦回転での《円月》を繰り出してきました。
遠心力が掛かり、そこに遮那姫さんの強烈な力も加わる訳で。刀で受け止めても凄まじい速度で叩き落され、私の体力ゲージが大きく削れます。
普段《円月》は薙ぎ払う為に横方向にしか繰り出せないとしか思っていましたか、こうして縦方向で繰り出すことも出来るとは。
ひとつ学ぶことはできましたが、その代償は非常に大きく……残りの体力は二割。一撃で落ちなかっただけマシと言えましょうか。
「っ、く……ま、だ……!」
「さあ、まだまだ行けるでござろうよ」
起き上がるなりポーションを二本使い、体力を全快に戻してすぐに構え直し再び対峙するようにして。大きく深呼吸して意識を集中。
唯一、彼女の攻撃を上手く弾き掛けた攻撃は、まだ試していないことは。と思考を巡らせ……腰を落とし、納刀して居合の構えを取りながら出方を窺い始めます。
何かを察したかのように遮那姫さんが鋭い一撃を放ってきますが、それを上手く《居合術》のカウンターを合わせて撃ち返し今度は刀を跳ね上げ……その隙に出の早い《薄月》で追撃。
先に《斬月》を放った時のように、次に繋げる際の僅かな遅延をする動作もないので、明確にその剣閃はダメージを入れました。
が、そこから再び反撃の気配を察知して後ろへと飛び下がり。遮那姫さんは今度は力を込めての足の踏み出し、ですが上手く回避。地面が一瞬揺れた気もしますが、おそらく気迫の所為でしょう。
「ふむ、気付かれたか」
「一撃が重い分、やはりこうして削るしかないようですね……」
「ふふ、何処まで削れるか。試してみるでござるよ」
削れたダメージに楽し気な笑みを浮かべる遮那姫さん。まるでジュリアと戦っている時かのように感じ……相手は恐らくそれに匹敵するほど、なので違いはないのですが。
一撃の振りが重い分僅かに速度が劣り、《居合術》のカウンターであれば僅かな隙が作れる。そこを突くしかないのでじっくりと削っていくしかなさそうです。
離れて《三日月》なんて撃とうものなら一瞬で距離を詰められそうで、なかなかそれに振り切れないため近接戦を挑まざるを得ないんですよね。
一拍の間を置いて、遮那姫さんが再び斬撃を仕掛けてきます。それに合わせてカウンター……が発動せず、一歩下がって更に二撃目を誘い、発動したこちらが刀の軌道をあらぬ方向に逸らしていきました。
その隙を突くように今度は《新月》から《月天》による連続攻撃を仕掛けます。抜き打ちから返し刃、踏み込んで傍を通り抜けるように斬りつけて振り返り様にさらに一撃。
全て入っても削れるのは一割にも満たないほど。遮那姫さんが腰を落として横方向の《円月》の構えをしたので、そのまま《瞬歩》で距離を取ります、が。
「《鬼の型・回撃》!」
「うわっ、とっ!?」
抜き放たれたものは大きく振り回すのは《円月》と同じに見えたのですが、一瞬引き寄せられるかのような突風に足を崩しかけつつもなんとか持ち直し。
すぐに向き直り次の動作を待ち……別の型のアーツが出てきましたね。おそらく引き寄せと範囲攻撃の合わせ技で―――鬼の型、ですか。
ちらりと経過時間を見れば、そろそろ三分。悠二さんと同じであれば遮那姫さんも決めにくる気配がして慎重になりたくはなるのですけれども。
頑丈だと判っていてもダメージの与え方さえ理解すれば、と《行月》で接近。遮那姫さんが腕を伸ばして再び掴みかかろうとする手を発動した《居合術》で弾き、《薄月》で深く斬り付けます。
すかさず離脱して蹴りによる攻撃を回避。こうして少しずつしかダメージを与えるしか出来ないとはいえ、遮那姫さんの一撃一撃に派手な風切り音がしているので、当たれば一溜りもないでしょう。
「ふむ、これくらいであろうな。では、拙も決めさせて貰いにいくとしよう」
「来ますか……!」
その言葉は先程のジュリアと悠二さんの一戦を見ていれば、これだけ学べれば十分なので終わらせる、という意味合いに聞こえるそれです。
繰り出されるのは一撃必殺でしょう。それも、現時点では回避が非常に難しい類のもの。
遮那姫さんは深い前傾姿勢になりつつ、刀を構えて。私は《静水》を使い、多段の攻撃に対してもカウンターが出来るように構えて。
さて、一体何を繰り出してくるのか。遮那姫さんの一挙一動をしっかりと見据えます。
「《二重月影》」
アーツ名の宣言直後に一瞬の踏み込み。たった一度のそれで私の目前にまで接近すれば、抜いていた刀とその鞘を手にしての二振りによる横裂きの同時攻撃。
一撃目を受け止めるどころではなく、カウンターも発動せず。それでも身構えていたためか一瞬だけ耐えましたが、刀を弾かれその二撃を貰って体力ゲージが空になりました。
遮那姫さんは刀を悠々納めて一息。《決闘》終了のアラームが鳴り、私の体力が全快されてから起き上がります。
「いやはや、久しぶりに楽しめたでござるよ」
「いえ……攻撃を捌くのが精一杯でした……」
「何を。後半は積極的に攻めに来たではないか、はっはっはっ!」
手合わせが終わり、騒がしくなり始めた周囲を余所に。こっそりと悠二さんと遮那姫さんに案内されるようにうさぎ広場の西側へ。
よく見れば茂みの先に道があるのが窺えます。ここからこっそり行けということなのでしょうか。
道の先は遠く、少し曲がり気味にも見え。言われた通り獣道のようになっており、鬱蒼とした林の中を歩いて行けばいいようです。
「さてと、改めて助かった。お陰様でいい感じの稽古が付けられそうだ」
「あ、あはは。私達はまるで参考にならないかもしれませんけれど……」
「それでも《来訪者》の中でも強ェ方がどんなもんか判ったから、あとはオレ達で調整するだけさ」
「そう言ってもらえれば助かります」
どれくらいの相手をするのかは判りませんけれど、この二人の相手をするのであればとんでもなく大変なのではないでしょうか。
ですが、まあ……前線組に急速に追いつくためであれば、これぐらいぎっちりとやらないと辛そうですし……頑張ってくださいね、稽古を受ける方々……
「《サク》の言ってた神社はこの先だ。つっても、結構長い道中になるから気を付けてくれ」
「無事に試練を突破出来る事を願っているでござる。きっと今回の手合わせで学んだことは貴殿らにとっても色々と役立つはずでござるよ」
「ありがとうございますですわ。では、後続の方々をよろしくお願いしますわね」
「おう、任せとけ!」
悠二さんがジュリアの頭をポンポンと叩きながらお互い笑い合います。同じ槍使いなのもあって気の合うところでもあったんでしょうか。
多分、ですけれど……二人がアドバイスとして教えたかったのは、相手の動きをよく見て、細い針穴に糸を通す様な攻撃の仕方。おそらく、試練ではこれをやれということなのでしょうね。
ここまで応援された上にアドバイスを貰えば、もう流石に試練に失敗しました、は出来ないでしょう。僅かな緊張と昂揚感が沸き、気を引き締めます。
「では、行ってきます」
「頑張るでござるよー!」
「っわぁ!?」
私達がそう言って背を見せれば、思い切り遮那姫さんに背を押され茂みの向こうへと押し出されました。
広場の方では二人が手を振りつつ、《王都》の方面へと走り始めました。広場は祭りが終わった後かのような熱気に包まれ、触発されて真似をしている人もちらほら。
目の前を偶然通った人がこちらを認識して……いないのを見るに、おそらくここは隠し道の入り口なのでしょう。
「行きましょうか」
「はい、お姉様」
日が傾き始めるのを見つつ、私達は鬱蒼とした森の獣道を走り始めるのでした。
遮那姫のフルネームはもうちょっと伏せますが、こちらの本来の戦い方です。
鬼族故の圧倒的な力と培われた技術、気迫で相手を圧倒して真正面から叩き斬るかなり真っ直ぐな戦闘スタイルです。
なお『魔剣精霊』にて示唆された稽古にて、実際に相対したプレイヤー達にクレハの上位互換と呼ばれてクレハちゃん対抗心燃やしまくってたりします。
さて、次回から二人だけで攻略するダンジョン珍道中が始まります。期待してね!
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