39.槍使いの九尾竜
はじめての対NPC戦。
「……ええと、はい。それは構わない、のですが……」
どう見ても文面が不穏です。やってくれましたね《九津堂》、強烈なクエストを用意してくれたものです。
目の前のイベント対象二人はさわやかな笑顔を浮かべていますが、どう考えてもこれ……私達にとっては今から自分たちよりも圧倒的に上のレベルの相手に挑むからその前準備、と言われている気がします。
土曜日にこっそりと聞かされた最後のは、この戦闘を踏まえて調整されているのでは、と一瞬頭を過りましたが……うーん、そう考えても内容的に違和感が無い……
「お、助かるぜ。それじゃあ街の外でやろう。遮那姫はともかく、オレの方は広さが足りないんだ」
「どちらにしろこんなところでやったら通りの邪魔でござるよ」
「はは、確かにそうだ。それじゃあ西門の前……どうせだ、確か西門から出て南に行った先に広い広場があっただろ。そこでやろう」
「わかりました。以前大うさぎが陣取っていたところですね」
そう言って二人は一足先にぼすうさぎのいた広場、通称うさぎ広場に行ってしまいました。なんだか変に緊張しますし、何より……ミズチ以上の相手とやれるとは思ってもみなかったのです。
形式的に一対一でしょうから、個人としての実力は出しやすいのですが……私達、結構突出しているので参考になるかはわからないのですが……
それ以上に、明らかに格上とされているNPCと《決闘》が出来るとはまずもって思っていなかったのです。
「……ジュリア、どちらがどちらとやり合いますか?」
「私はあのお兄さんの方とやりますわ。お姉様は刀術なら刀術同士の方がやりやすいでしょうし」
「その方がありがたいです。手酷くはやられそうですが、覚悟は」
「そんなものあの死にゲーシリーズで慣れましたわ。何をいまさらですわ」
何時になくジュリアがやる気に満ちています。そうですね……ミズチもきっとソロで戦いたかったでしょうが、属性の相性で無理でしたからね。
周囲にまばらにいたプレイヤーは何事なのかと怪訝な目を向ける中、先に行った二人を追うように西門から出て、うさざ広場へと向かいます。
ルヴィアは今現在《及波》からソロプレイ用のダンジョンへと向かっているようですね。固有イベントは……おそらく追えないでしょうから、しばらくは我慢しましょう。
うさぎ広場に他のプレイヤーはいるにはいましたが、何事かと追いかけてきた少数と、ようやくこの辺りを突破したという後進達くらい。
それでも見慣れない装備をしたNPCが来れば驚くのも無理はないでしょう。ちょっとした騒ぎのようになっていました。
その上私達もルヴィアの配信に出てますし、身の上も明らかになっているのでちょくちょくと人増えるでしょう。そこは仕方ないのですが……
「来たでござるな。それでは先にどちらがやるでござるか?」
「では私がお先に。悠二さんとやらせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「んー? まぁいいか。同じ得物だし、計りやすいしな」
同じ得物、と言えどどこにも持っているようには見えませんが……と、思えば、悠二さんが自分の尾の一本に触れて強く握りました。
それを引き抜くようにすれば―――尾の一本が雷を纏う槍へと変化して、その手へと納まります。槍のデザインこそ違いますが、ここでようやく悠二さんが誰なのか、はっきりと理解しました。
そう、彼は……最初のCMにて、槍を手にしてあの大猫と対峙していた槍使いの狐人。尻尾が多いので見分けがつきませんでしたが、広場に向かう背を見れば合致します。
「よっし、それじゃあやっか!」
「お相手、よろしくお願いいたしますわね」
私と遮那姫さんは邪魔にならないように距離を取れば、《決闘》を受託した二人の間から透明の壁が広がってフィールドを作り出します。
カウントは私の画面にも表示され、その間ジュリアだけがポーションを五本懐に入れます。おそらくハンデでしょうね、あまりにも力量差があり過ぎるのもありますから。
ジュリアは槍を構え、慎重に間合いを測り。悠二さんの方は槍を突き立てたまま、時折槍を縦に一回転させています。
〔DUEL START!〕
開始を報せるアラームと同時に、先に飛び出たのはジュリア。《ダスクラッシュ》で飛び掛かりつつ、《フレアプロード》を悠二さんの目前で爆破。
続け様に《ジャンプアタック》のために高く飛び上がり、槍を構え直して直撃に向けての構えを取りますが―――
悠二さんの方は涼しい顔で、上から降ろうとするジュリアへと顔を向ければ息を一つ吸い込みました。
「たあああああっ!」
「《プライマル・ハウル》」
「っ……!?」
一瞬の閃光と轟音の後、思い切りジュリアが跳ね飛ばされてその体力が三割ほど削り取られていました。《ジャンプアタック》失敗のダメージはないようで、単純に跳ね飛ばされただけのようですが。
すぐに起き上がりジュリアが槍を構え直せば、今度は駆けるようにして接近しようとします。再び同じものを使うと言った素振りは見せず、今度はちゃんと悠二さんは槍を構えます。
大振りであれど隙の無い、大きく振るわれるジュリアの槍を受け止めれば、それから数度の打ち合いへと発展します。
「あの、今のは……?」
「《プライマル・ハウル》でござるか? あれは悠二殿が得手としている、最初の威嚇で使う咆哮でござるよ。上位の《竜種》が戦闘の始まりを示す威圧にござる」
「は、はあ……」
「あれをきっちりと使うという事は、しっかりと見定めるつもりでござるなぁ。ははは、見応えがありそうでござるよ」
けらけらと笑いながら遮那姫さんがその打ち合いを見守ります。私から見ていてもジュリアの猛攻をしっかりといなしている、というだけで強さは窺えます。
先程放ったそれはおそらく、全方位に対する衝撃波によるダメージ、ということでしょうか。雷属性を帯びていたようにも見えましたが……
おそらく自分の属性に合わせたものになるのでしょう。連続で使わないということは、文字通り戦闘開始時のみなのかも知れません。
「ッ、これでも喰らえですわ! 《フレイムスロア》!」
「魔術を絡めた槍撃か、いいね! 《ライトニングロア》!」
「あっさり避けて攻撃を返すあたり、読まれてますかッ!」
ジュリアが手のひらから放った《フレイムスロア》が薙ぐように炎を吐き散らし、その炎に紛れるようにしながら至近で蹴りを繰り出します。
悠二さんは蹴りを槍でいなせば、お返しとばかりに槍から《ライトニングロア》を放って目の前を薙ぎ、同じ事をすると察したジュリアは大きく飛び上がって回避。
そのままアーツを絡めない上空からの槍撃も悠々と振るわれた槍で受け止められ、力任せにそのまま振るわれた槍の勢いでジュリアの身体が派手に跳ね飛びました。
地面を転がりますが、すぐに受け身を取りながらジュリアが立ち上がり、ポーションを二口。全快まで持っていくなり再度接近してひたすら接近戦を挑みます。
もちろん合間合間でクールタイムごとに魔術を撃ちこんでいるようにも見え、出来うる限り一度に攻め立てているようにも。
「思っていた以上にやりおるなぁ、某の妹君は」
「あそこまでジュリアの猛攻をいなしているの、私あんまり見たことないんですけれど」
「む? そうだったか。拙たちが相手にするのはあれよりも幾らか下と聞いているでござるから……うーむ、アーツは使わない方がいいでござろうか」
「どれくらいかの力加減に寄るかもですが、間違いなく跡形も残らなくなるかと思いますからその方が……」
目の前で行われる練り上げられた槍技の打ち合いですが、互角に見えてジュリアの焦りが感じ取れているのがわかります。
同時に、それを全力で楽しんでいるとも。得手とする連続攻撃による畳みかけにもまるで動じず、それどころかそれをすべていなした上でしっかりと見せた隙を逃さない相手。
私でも全てとなると無理が過ぎるので、祖父くらいでしょうか。あそこまで出来るのは。そのレベルにまで設定のできるシステムの方も恐るべきなのですけれど。
着々と積み重なっていくダメージに、三本目のポーションを使うジュリアに対し、今だ一度も攻撃に当たっていない悠二さん。
プレイヤーとして対応できる技量の限界の限界に設定してあるのでしょうね、これは。願わくばこの先で戦う大百足さんがこれ以下であることを祈るばかりです。
「そこ! 《バーニングアロー》!」
「うおっ!?」
「か、らの、《ヒートホーミング》!」
そう思っていた矢先、ジュリアが《連唱》を使いありったけのMPを使って火矢の弾幕を形成して発射。避けるために飛び下がったところに《スパインダイヴ》で喰いつきました。
数十本もの《連唱》複製をしてからの面攻撃。同時に追尾弾である《ヒートホーミング》を絡めてあるのが嫌らしい。
流石に避けそこなったのか、あるいはそれも加減しているからなのか。《スパインダイヴ》の一撃を寸で避けた先、変則的な軌道を取った《ヒートホーミング》が悠二さんの腕を掠めていきました。
「やった、一撃入った!」
「嬉しそうでござるなー」
それもそうです。始まって既に三分以上、一撃すらも入れられないままに一方的な展開をしていたのですから、姉としても嬉しいに決まっています。
ちなみに周囲の観客は一体何が起きているのかぽかんとした顔で試合を見ています。普通の人が見ればあまりにも一手一手が非常に早すぎてわかりませんからね。
ジュリアもこれには手応えを感じたようで、当てやすい《ヒートホーミング》を絡めた《バーニングアロー》の連唱を軸に接近戦を仕掛けます。
「っは、オーケー……だいたい実力は判った……それじゃあ決めさせてもらうぜ」
「受けきってやりますわよ!」
「いい返事だ!」
ジュリアが三本目のMPポーションを捨て、五本目のポーションを飲み切って既に後はない状態。悠二さんの体力は一割削れるかどうか。
悠二さんが大きく飛び下がり、槍を大きく回して大技の準備をし始めますが……一体何をする気でしょうか。ジュリアは阻止しようと《ファイアバレット》を数度打ち込みますが、それで怯むことはなく。
槍を回すたびに槍が纏う雷が発光し、数度繰り返して地面へと石突を地に突き立てれば……手に持つものと同じ八本の槍が左右四本ずつ突き立ち、槍を構えて突進の体勢を取り。
一体何をする気なのでしょうか……ジュリアも何かあれば、すぐに避ける体勢を取ってはいるのですが……
「受け止めてみろ、《セントール・チャージ》!」
先程の《プライマル・ロア》以上に何が起きたのか。悠二さんの身体が紫色の雷に包まれたかと思えば、一度の踏み込みと同時―――落雷が落ちたかのような音と共に、その直線上で受け止める構えをしていたジュリアの身体が空を舞いました。
喰らったジュリアの体力ゲージは空に。悠二さんはその上へと跳ね飛んだジュリアの後ろへと移動していて……帯電している雷を振り払うかのように槍を振るえば、先程突き立たたせた雷の槍が消えて。
手に持っていた槍も消えて、その尾へと戻ればジュリアが地面に叩きつけられて試合終了のアラームが鳴りました。
決闘エリアの壁が消えてもなお、広場がしんとしていました。ジュリアは体力が戻り、負けたのを悟りながらゆっくりと起き上がりました。
「うぐぐ、さすがに……見えないのは無理ですわぁ……」
「いーや、あれを出させるまで頑張ったお前もすげーよ。感覚は掴めた、ありがとな」
ジュリアがよろよろと起き上がったところに悠二さんが寄っていけば、頭をぼふぼふと雑に撫でられて。それからうー、と呻きながら起き上がって私達のところへとやってきました。
ようやく広場がわっと騒がしくなり始めましたが……なんてシンプルかつ一撃必殺なのでしょうか。突進系なのはわかりましたが、《唯装》ではないにしろほぼ最高の装備であり、レベルキャップでもあるジュリアを一撃とは。
こんな大技や強敵がいるとなれば先がどんどん楽しみになってきますね、これは。いずれ私達もこんなアーツを習得でき……るんでしょうか。
これ固有だったりするんですかね……使えるのなら使ってみたいものではあるのですけれども。
「あれは一体?」
「あっはは、すまん。この槍で使える大技だ。ちょっと大人げなかったな」
「……痛いとか感じる間もなく吹き飛ばされてましたの。あんまりにも一瞬過ぎましたわ」
「使えるようになる時期が来たら教えてやるよ。もっとも、今は全然無理だけどな」
ということは、将来的には使えるかも知れない……ということでしょう。それが何時になるのかはさっぱり分からないのですけれど……
このレベルと装備を考えて、それを一撃でになるのでバージョン幾つ分先になるのやら。まあでも、ジュリアもそれなりに出し切ったのか満足そうですし。
悠二さんはしっかりと感覚は掴めた……掴めたんですかね……あれで……。うーん、頑張ってくださいね、稽古を受ける方……
「では、次は姉様ですね」
「しっかり見せて貰うからな、頑張れよ」
「えぇ、もちろんですよ」
入れ替わるようにして、広場の中央へ。外周の観客たちはわいのわいのと盛り上がっていますが。
……遮那姫さんは一体どんな剣技を使って来るのか。悠二さんみたいな大技を繰り出すのか、それとも……
はい、彼の本来の戦闘スタイルはこんなもんじゃないです(おい)。
プレイヤーサイドが辛うじてやり切って三分耐えれるように設計されているので、彼は槍を一本のみしか使っていません。九本出ていた? ありゃ幻覚だ。
本来の戦闘は……まあそのうちですね、大分先になりそうですけれど。
今回ちょっとした元ネタがあります。とはいえ技だけですが。わかったら答え合わせだ!
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