382.でっかい幽霊さんはお好きですか?
「あと一割ちょっと!」
「クレハくん、キユリくん、決めたまえ!」
「にゃっは! ここまでにゃーよ!」
「了解です、キユリさん先に!」
「合点承知っ! 《サウザンド・ドラゴローズ》!」
夜霧さんが大量のデバフを付与して動きを鈍らせたところでキユリちゃんが手を左右に大きく広げ。
そこから単一命令に従う無数の茨蔦が生え伸び、異形の幽霊へと絡みついていきます。
魔力で作られた茨蔦は鋭い棘を喰い込ませるように締め上げつつ動きを止め、大幽霊に苦悶の声を上げさせ―――
「―――《水龍閃》!」
一瞬動きを止めた直後に、続け様に私の唯装奥義を発動。青い閃きと同時に拘束された大幽霊を両断し、残りのゲージを消し飛ばしました。
両断された巨大な幽霊はそのまま端から煙と塵へ、一息ついてゆっくりと納刀する頃には綺麗に消え去っていました。
主だった攻撃はヒルデが防ぎ、軽い身のこなしで夜霧さんとホカゲさんが翻弄、攪乱を行っていました。夜霧さんの参戦は思った以上に大きく、大量のデバフをランダムながらに付与しながらの動きは強烈。
私とローランドさん、巴さんにレイリさんの四人で前衛を務め、後衛としてキユリちゃんとミスティア、ラメルにジェイムズさん……それにレイリさんと同じ所属のノインさんが的確に支援することで安定してダメージを稼ぐことが出来ました。
やはり道中が一番大変だっただけで、このボスに関して割とあっさりとも。まあ、大きく薙ぎ払ったりと厄介な攻撃もいくらかありはしたのですが……
「あれが唯装奥義……か。やっぱりすごいな、これは」
「ローランドくんは強欲だねェ。でも私もそろそろ欲しいかナ?」
「オーナーと私も持っていませんからね、入手難度はなかなかのものかと」
「オフィサーズにも一人いるんだけど、アレはトップ勢だからねェ……なかなか見せてくれないし」
後ろでローランドさんとジェイムズさんが初めて見た唯装奥義を興味深げに見つめています。二人ともかなり手練れでしたし、更にもう一段階踏み込もうとするのであれば欲しくもなるでしょう。
動画越しでしか見ることの無かった実際のそれだったでしょうから、興味深くもあるでしょうね。特に補助にも攻撃にも使えるキユリちゃんの方はジェイムズさんにはとてもよいモノと映ったでしょうが。
その話には少し興味がありますが、それままた今度としてこのあとの本題がありますからね。
「ミスティア、それでこれから……」
「はい。この奥……のはずですが」
「ちゃんと見ないと気づかなかったですわね。前もって聞いてる前提でしょうか」
「うにゃうにゃ、まあ閉じこもるのならこれが一番にゃし」
一見すると壁のように見えて、引き戸になっていたようですね。まるで認識阻害に掛かったような気分。
夜霧さんをここに連れてくるのも条件だったのではないかと疑いますが。そんな彼女は久しぶりに思い切り戦えたからか満足そうに歩いているようで。
そうして連れられるままに引き戸を開けてその奥へ。一緒の面々も興味深そうに覗き込んでいますが……
どうにも中は暗いようですが……夜霧さんはまるで気にせず率先して先へと歩いていき、私達もそのあとについていきます。
「にゃは、やっぱりおみゃたちだったにゃあね」
「ふぇー……? あっ、よぎりちゃん!」
「ヨギリ様? ということは……もう外は安全ですの?」
「まだまだにゃ。でも計画通りに進んで、ひとまず関東は安全になったのにゃ」
その通路の奥にあったのは、和製シェルターとでも言えそうな一室。おそらく土壁、その上にキレイな漆喰を縫ってはいますが……
シェルターと表現したのは、その部屋には窓という窓がひとつもなく、魔鉱石の明かりひとつだけという不思議な部屋であり、また食料に類するものが何一つないというところ。
代わりに、魔力を含んでいるという魔石がいくつか転がっていて……そんな部屋の中にいたのは、ふたつの白い影でした。
おそらく彼女達が件の探し人でしょう。にしては、目の前にいる猫娘と似た顔立ちをしているような。このパターン、既に何度も見ましたね。
「夜霧さんの知り合いということで、予想はしていましたが……」
「はい、彼女達が私が連れてくるように言われた方々ですね。お名前は……《雨月 牡丹》さんと《カタリナ・バルデラグナ》さんで合っていますでしょうか」
「うんうん、私がぼたん!」
「……カタリナですわ。合っていましてよ」
「ヒトニス様が頼るのにゃら、まあ間違いなくと思っていたのにゃ。まあ元気そうにゃあね」
「よぎりがたくさんくれた食べ物のおかげ!」
「ボタンったら、起きて食べる時はたくさん食べますので……本当に、二年分頂いて良かったですわ」
「《幽霊》と《ゴースト》は本当に燃費がいいにゃあね。まだまだ残っているのにゃん」
幽霊の《雨月 牡丹》さんと、ゴーストの《カタリナ・バルデグラ》さん。若干ながら透けているのは彼女達はそれこそ幽体だからでしょう。
そして何よりも、夜霧さんと顔立ちがそっくりということは彼女達も《サナ》達のひとりということ。さてどこの地方のでしょうか……
昼界の方はかなり埋まって来ていますが、もしかして夜界の方の……? にしては、表っぽい方が和風ですから、昼界の方だとは思うのですが。
とりあえず後ろでサナだと知って大興奮しているヒルデはラメルの指示のもとローランドさんに羽交い絞めにしてもらって、色々と聞きましょう。
ですが、その前に……
「まずは移動しましょうか。ここだと暗すぎて」
「そうにゃあね。一年振りの外になるにゃあが、大丈夫かにゃ?」
「だいじょーぶ!」
「問題なく。少しくらっとするくらいですから」
――◇――◇――◇――◇――◇――
「やあ、無事連れてきてくれたみたいだね」
「ひとにすさまだ! おひさしぶりです!」
「ご機嫌麗しゅうございます。ヒトニス様」
「クレハくん達も……一週間振りかな」
「こんなところにいたんですね……」
「支部はあちこちにあるからね。本部のある《ミッドガルド》に今は近づけないし、ここで研究させてもらっているというわけさ」
ミスティア先導のもと、進化に興味を示した@ぷろメンバーとレイスへの進化希望者達も連れてヒトニスさんのところへ。
案内されたのはなんと王都の辰の通りにある大き目の一軒家……に見えて、掛かっている看板には《魔術協会 天竜街支部》と書かれている場所でした。
相変わらずヒトニスさんはラフに軽く手を振り、ニコニコとしながら手を振って出迎えてくれます。本当に調子の崩れない人ですね……
一方のこと、牡丹さんとカタリナさんは緊張している様子。牡丹さんの方はほとんど緊張していないようにも見えて、ここに来るまでおかしなくらい陽気だったのがちょっとだけ大人しくなっていますし。
「それで、もう準備は出来ているよ。ミスティアさん、どうぞこちらに」
「はい、よろしくお願いします」
「牡丹ちゃん、カタリナくん。ここに来るまでに色々聞いていると思うが……」
「うん! れいすになるのを見届ければいいんだね!」
「なった後に外から見て不備がないかどうか、ですね。畏まりました」
代表者であるミスティアを先頭に、ヒトニスさんが儀式場へと案内してくれます。
何やらミスティアは綾鳴さんに提案を受けた時から、ヒトニスさんに出会った際にそういう話をするようにと言われていたようで。
なのである意味では、この間合流したのがある意味ひとつのキーになっていたようです。そこから話を改めて聞いて、最後の一手間として幽霊二人の救出を頼まれたのだそう。
理由としては、この儀式は結構軽い調子で承諾はしてくれたものの術後が結構不安定になるのだそうで、その後の調整と感覚合わせがその役目なのだとか。
「牡丹さんは北陸のサナ……ということで間違いないですか?」
「そうにゃね、500年も前に発生した幽霊なんだそうにゃ。片割れはここ最近……といってもにゃあ達が生まれる前に、ふらっと現れたそうにゃ」
「綾鳴さん達に次いでかなり長命のサナさん達なのですね……」
「幽霊種は、本人たちの意思と糧となる魔素がある限り半恒久的に生きるのにゃ。だから、本人が満足したら消滅……成仏するのにゃね」
「つまりいうところ、牡丹さんはもしかして……」
「にゃ。サナとして"北陸の地を守る役目"を自覚していて、"めいいっぱい遊びつくす"こと。そのふたつが意思の要になっているにゃーから、ああして長く生きているのにゃ」
ふわふわと浮きながら、ミスティアがレイスに進化するための儀式を眺めている幽霊。のんびりとして子供っぽい性格からは想像もつかない長い年月を生きているということなのだそうな。
その片割れとしている洋風貴族令嬢のゴーストは、そんな彼女のお節介を焼きつつも、同じ北陸の地を守ることを意識として持っているということ。これなら確かに、世に留まるとするための意識としては十分ですね。
ただ牡丹さんは意識自体はしっかり持っているものの、遊びたい盛りの性格が災いし、北陸以外のあちこちによく出没していたのだそう。なので夜霧さんをよく覚えているのは、その出先でよく出会うからなんだそうな。
カタリナさんもああ見えて結構な暴食……こほん、美食家なのだそうで、霊体で毒等が効かないのをいいことに、料理を霊化して食べるためにあちこちを回っているとかなんとか……
にしてもこの二人、外見が本当に対極的。牡丹さんは幽霊らしい白装束に、翠華様に匹敵しそうな溢れんばかりの果実がふたつ付いています。無邪気でひたすら陽気な性格に見合わない、大人の外見といいますか。
なのにカタリナさんは真逆。背丈は同じにしても、同じく真っ白なゴスロリチックなドレスに身を包み、対と比べてあまりにも"ない"のでまるで洋人形のような出で立ち。儚さを通り越して、真っ白な肌と合わせて本当にゴーストのよう。
同じ洋のサナとしてはサーニャちゃんとリーシャちゃんが挙がりますが、彼女達は吸血鬼の童女たちといった共通のイメージがあって、それを元にふたつの姿が作られているようですから。
名前だけでなく容姿でも極端に和洋、表裏を示しているというのは……その分、彼女達の思考がとことんまでに似通っているから、だったりするのでしょうか?
なんて、色々と聞いているうちに。
「……さて、これで儀式は終わりだ。ミスティアくん、どうだい?」
「はい、確かに……違和感はありません。少し霊体に慣れるのに時間はかかりそうですが……」
「それはよくあることだね。ゆっくりと慣れていくといいよ。牡丹ちゃんとカタリナくんから見て、違和感とかは?」
「よく適合しているかと。乱れもありませんし、術式としては何一つ間違いない……流石、ヒトニス様です」
「うんうん、これなら失敗してばらばらー!なんてこともないとおもう!」
傍ではレイスへの進化を終えたミスティアが体の調子を確かめていました。進化前に比べると姿が少し薄く、色白になったという印象があります。
元々ミステリアスな雰囲気をしていたというのもあって、なおさらそれに磨きがかかったというか……もののついで《飛行》から速度をなくした分、常時浮遊した状態となる《浮遊》というスキルも手に入れたのだそう。
魔銃を撃つのにも色々なテクニックに使えるとかで、ちょっと話が盛り上がり――――あっ。
ふと思い出した頃には、入口に見覚えのある姿がありました。うん、トップ勢でも上から数えた方が近い黒衣の唯装を纏った魔族の幼馴染と、その弟子を称する白い魔竜という二人の魔銃使い。
そういえば彼、魔銃使いとしてはトップクラスの使い手でしたね。なんなら魔銃の解放条件でもあるガンスミスのグリーティアさんが最上級の使い手と称し、さらなる技を求めるなら彼に聞いてみろと言ってましたからね。
ただしここ数日、私達とのファーストコンタクトのあと、娘のナイアさんに連れられて以降は王都にはいると言ったもののぱったりと姿を消していたのです。そしてその所在が明らかになったということは……
もちろんそれを忘れていなかったのだから、この二人がここに来たわけで……ヒトニスさんも何事かと目を丸めているのですが。
「「たのもー! 魔銃の扱いを改めて教わりに来ました(のだ)!」」
「お、おおあ、おうおう。もちろんいいけれど……これを掃いてからでいいかい?」
「「もちろん! 是非!」」
魔術のことに意識を向けていた分、唐突にそちらの方で話しかけられてびっくりだったのでしょう。唐突に二人に話しかけられて思い切り動揺していますね。
そっち方面の人達集まり始めてきたので……随分と長い一日になりそうな気がします。興味もありますし、こちらの方も見させて貰うとしましょう。
レイスへの進化に魔銃の伝授と今日は大忙しになりそうなヒトニスさんは苦笑していますが……なんだか頼られてかどこか嬉しそうです。
むしろ色々と肩書が大きすぎて、ひとつ顔を出そうものなら頼られ放題になるのはわかりきっていたことだったというか……




