353.駅前事件、再び
一度目の駅前事件は魔剣精霊のアーカイブ 140.伝説の駅前事件。
「やめてくださいっ!」
「いいからよぉ、そろそろ観念してあっちで遊ぼうぜ嬢ちゃん」
「乱暴はいくない、っていうか離せ!」
「てめえはいい加減すっこんでろドチビ!」
……扉一枚隔てた向こうでは結構な騒ぎになっていました。冬空の下なので少し肌寒いですが、まあすぐに済むので。
騒ぎの中心になっているのは、件のボス様と少女が三人。それに三人を取り囲んで野次馬に手出しさせないようにしている子分たちでしょうか。
子分たちは相変わらず品性を投げ捨てたようなファッションをしていますが、以前よりは遥かに大人しい。問題は三人を束ねるボスで、ホストのような外見をしている癖に三人を束ねてファッションだけは良くした感じですね。
ただまあ、それでもいい感じにガタイは良くピアスやらリングやらをジャラジャラと付けているので、どうあってもファッションセンスは最悪。顔はいいのに品性ですべて台無しにしている感が漂っています。
まあその囲まれている少女三人のうち二人はとても見覚えがあるのですが。聞いているとおりであれば、間違いなく知り合いに手を出されれば暴れ鳥は噛み付くでしょうね。
ボスの方はいざ子分たちに手本を見せたがるかのように、少女三人の中で一番スタイルのいい、私が知らない子を強引に連れて行こうとしていますが……
それに抵抗するかのように一番背丈の低い子、まあ千夏なのですが……売り言葉に買い言葉で果敢に噛みついています。もう一人は付き添いで来たであろう里乃ですが、一番大人びている分冷ややかな目で牽制しています。
下手に手を出すとより厄介ごとになると踏んで、野次馬に混ざる警察官たちも手を出せないようで。千夏は手に棒切れひとつあれば叩きのめすでしょうけれど、身長が無いせいか素手格闘はあまり得手としてないんですよね。
DCOでは私と変わらない背丈にしているのは、私への対抗心も含んでそういうところもありそう。姫騎士RPとは言っていたけれど、改めてよく考えてますねホント。
「ゆきめちゃんを離せ!」
「ってぇ、やりやがったなこいつ!」
友人を庇って前に出た折、子供っぽい千夏にはまるで興味がないのか突き飛ばされ。更に見下すようにすれば……先に手を出したのはあちらとはいえ、堪忍袋の緒が切れたのは千夏の方が先。
跳ね上がるかのように起き上がれば、傍にいるゆきめと呼ばれた子の腕を掴んでいるボスの腕を得意の軽業でサマーソルトキックを叩き込みました。
いい音がして入りましたが、ただ体格差があり過ぎてそこまで痛く無さそう。むしろ掴む腕に力が余計に入り、痛がらせているようで……そろそろ介入しますか。たぶん、千夏では片付けきれないでしょうから。
「嫌がっているんですから、やめたらどうでしょうか」
「あぁ!? うるせーな外野が引っ込んでろ!」
「まあまあ待て待て。姉ちゃんも美人さんだねえ、キミも一緒に俺らと向こうで遊ばねえか?」
とりあえずまずは一喝。案の定、私の姿を見るなり千夏と里乃、そして雰囲気を無視してナンパを始めてきましたが、子分共々こちらに注意を引かせることに成功したようで。
視線も私を嘗め回して吟味するようで……確かにこれは気持ち悪い。私もそこそこスタイルが良いとは言われますが、この人に言われるとなんか腹立ちますね……
もしあの時に春奈と秋華がいたら、双子揃って即座に顔面パンチしているでしょう。朱音が関わった時はとんでもないパワーが出ますから、まあ止めなければボッコボコにして路地裏のゴミ箱に詰めるぐらいまではしそう。
さておき、千夏もこちらに気づいたようで、その口が小さく「お姉ちゃん」と動いたのも見えました。どこかほっとした顔を浮かべたようですが……まあ、大変というかちょっと疲れそうなのはここから。
二人の傍にいる里乃はすぐに察してくれたようで、千夏の手を引いて子分たちの注意がこちらに向いた隙に野次馬の中へと紛れていきました。
「お断りします。大勢に迷惑を掛けて、目立っていると感じる人は悪寒が走るほど嫌いなので」
「今なんつったコラ」
「女性に乱暴してニヤニヤしているツラが嫌いだ、って言ったんです。あと妹に手を出されて黙ってるわけにはいかないので」
私の言葉によほどカチンときたのか、顎で子分たちを動かして私を囲むように指示。どことなく朱音に酷い目に遭ったというのに、意気揚々と来るんですね……
いえまあ、私はリアルへの露出がないですからね。ボスに警戒して手を出せない周りも不安そうな顔を浮かべたり、心配する声が上がっていますが……まあそれが杞憂にわかるのは少し後の話。
腕を掴まれたままのゆきめさんも不安げな顔をこちらに向けてきますが、大丈夫。現実であれば、私は朱音より数倍強いですので。
「はーん……そいじゃあ痛い目に遭って貰おうか嬢ちゃんよお」
「そういうことをする人が嫌いなんですよ」
はあ、とひとつ呆れたように溜息を吐けば、それが癪に障ったのか子分三人が一斉に私を抑え込もうと……できるわけないんですよね。
軽く身を引いて身を少し屈めただけで左右から飛び掛かった二人が正面からぶつかり、後ろから来たのはその勢いのままにその二人の上に激突。
駄目押しとばかりに起き上がろうとしたところで、最後に飛び掛かった一人の尻を蹴とばして正面衝突した二人に被せるように。うん、弱い。
外見不相応の威力と、頭の上に乗せたので三人はそのままノックアウト。さて残るはボスだけなのですが。
「まあこの程度ですよね。知っていましたけれど」
「けっ、使えねえなあ……こんなんだから小娘にやられんだよ」
「追加で、慕ってくれている人をそういう扱いする、というのも追加しましょう」
「あーそうだなそうだな、それなら手本見せないとなぁ。可愛い顔に傷付けんの嫌だけどさぁ!」
吐き捨てるかのようにしつつこちらに乱暴を働く構え、これでしっかりと未遂であれ言い訳は付きます。何ならようやく解放されて里乃と共に喫茶店に逃げ込んでくれた証言者もいますし、警察の方々もしっかりと聞いているし目撃もしていますね。
ではそろそろ誅罰と行きましょうか。私の沸点も超えそうですから、今日は躊躇いなくやれそうな気はします。いや、してはいけないのである程度痛い目見て貰う程度に留めないと。
案の定、路地裏のチンピラがやってきそうな型もない掴みかかりの手。ああ、おじいちゃんの手に比べれば威圧感と存在感がバリバリで、速度も蠅が止まったかのよう。
簡単に腕で弾いて、ついでにその弾いた手を勢いのままに相手の顔にぶつけてやります。ごつごつとした装飾品の付いた手が顔面にヒットしたの、大分痛そう。
「っ、てぇ。何しやがんだテメェ!」
「ああ、遅いですね。妹の蹴りの方がまだ当たりそうです」
「ふざけんっ、がっ!?」
今度は力任せに殴りかかってきたので、すっと横に身を引いただけ―――あの時に朱音がしたものとまったく同じ動作で、足を引っかけて転がします。
かなり力が籠っていたのでしょう、地面とキスどころか転がって道路の端にまで転がっていきました。アクセサリが地面を引っ掻いていくので、余計に怪我したり高そうなそれらも傷だらけになってそう。
手下が見たことのあるその動作に喉を鳴らして息を呑む音が聞こえます。よほどやられた時のことが鮮烈だったんでしょうね、視界の端で三人の顔がみるみるうちに青ざめていくのが見えました。
「はあ。偉そうな顔をする割にはその程度ですか」
「ッ、こんのクソアマがよぉ!」
路地裏の近くにまで転がっていたボス様が、そのへんに転がってきたビニール管を手にして三度殴りかかってきました。
プライドをズタズタにされて相当カチンと来ているのか、顔は真っ赤で既に周囲に野次馬と警官が集まっているというのもすっかりと忘れていそうなほどに。
いいんですか、そんなビニール管程度で。力任せに振り回されるそれを避けつつ―――警察官さん、ちょっと見ていなかったことにしてくださいね。
「―――お姉ちゃんっ!」
このままだと姉がブチギレたままに体術で相手を再起不能にすると察したのでしょう。背後から妹の声、同時に何かを投げ込まれる音。
それをキャッチすれば、あとは一瞬の事。抜き放ったそれの一閃で持っていた粗雑な棒を叩き飛ばし、返しで手の甲を強打、おまけと言わんばかりにガラ空きになった脇腹にも一撃。
トドメと言わんばかりに人体の急所に対して正確無比な蹴り、仕上げに倒れ伏したボス様の目前に投げ込まれ手にしたそれ―――竹刀の切っ先を向けました。
怯えからの空気を呑む音と、私がひとつ息を吐く音。温度差が違い過ぎる二つの音のあと、あまりのことに周囲がしんとしてしまい。
「……これに懲りたら、二度とこのあたりで騒ぎを起こさないでください。とても不快なので」
「っ、ひ―――」
「もちろんですが、そちらの三人組の方も。上位互換にトラウマを穿り返されたくないでしょう?」
私が微笑みかけるようにしつつ、竹刀の切っ先を額に向けた途端にあれだけ威張っていたチンピラのボス様は気絶してしまいました。
手下もまあしっかりと、言わずもがなにトラウマを穿り返されたからかこっちも後退りして壁に背をくっつけて。傷口に塩を塗り付けてしまったでしょうか。
四人が沈黙した瞬間に、人混みに紛れていた警官数名が飛び出して四人を取り押さえていきました。
「あっちでなら見慣れたけどよ、リアルでやってるの見るとやっぱとんでもねえなソレ……」
「あの爺さんに習ってるならそりゃそうだろうよ。はい確保」
「あー、あはは……まあ、ちょっと頭に血が上っちゃいまして。見なかったことにしてくださいますか、サスタさんとアマジナさん」
取り押さえられた四人組が連行されていく中、二人の警官がこっちに来ながら苦笑。一度顔を合わせたことがあって、顔見知りの二人でした。
いや非常にこの後も合わせて色々と助かるんですけれど、二人のリアル職業そうだったんですね……
「黙っておくのは構わないが……ハンネをこっちで出すはマナー違反だろ、改めて大岩玄人だ。リアルではそっちで呼んでくれ」
「大上衛。いざとなれば俺が飛び出して収める手筈だったけど、妹さんがああ言えばなあ」
「と、とつぜん持っていかれたのでびっくりしましたっ。でもすごいもの見られましたですっ」
「千代女ちゃんまで? ということはこれ……」
「はい、私のですっ。突然ちなちゃんから貸してって言われて、何のことかと思えば」
なんというか、世間って狭いですね……
――◇――◇――◇――◇――◇――
大岩さんと大上さんからの現場での軽い事情聴取が終われば、チンピラ四人組はパトカーに乗せられて行ってしまいました。
とりあえず今回は巻き込まれた側ということで私達は御咎めなし。というか、四人組は以前の事件以外にも色々前科があったらしく、そちらの方が重く見られたようで。
なので表向きはギリギリ正当防衛かつ、助けに入ったところで同じように暴行されそうになったので撃退した、ということになるそうです。こちらも相手から手を出すのを待っていましたからね。
これだけ刻み込んでしまえば、同じことをしようとは思わないでしょう。二度目というのもあって懲りたはずですし、また何かしようものなら今度は二人が何とかすると言っていました。
「ああ、疲れた……」
「お姉ちゃん、流石の大立ち回りだったね」
「深冬さんの剣技、リアルで見られるとは思っていませんでしたです! 感激です!」
ようやく喫茶店の中に戻ってこれました。本当はもっと落ち着いて課題を進められると思っていたのに、巻き込まれたものです。
雨宮さんと佐倉さんもどこかホッとした顔で、席に戻ると用意していてくれていたおかわりのカフェラテを出してくれました。千代女ちゃんは席に着くなりすぐにサラダを注文してましたけど。
ちなみにこのあと、事が片付いたら大岩さんと大上さんもここに飲みに来ると言っていましたが、さてそれはさておいて、と。
「里乃、なんでまた絡まれたの?」
「まあ単純に絡まれただけですわ。千夏さんが説明なさったでしょう」
「うん、シトラスにスカウトされた子で意気投合しちゃって、年も一緒なんだ。ゆきめちゃん、大丈夫だった?」
「はいっ。ちょっと腕を強く掴まれたので、痛かったでしたけど……」
先に避難していた里乃曰く、どうやらそういうことだそう。まあパッと見てもゆきめと呼ばれた子はアイドルタレントと言われても何の違和感のないくらいの美少女でした。
流石に朱音や紫音と比べると僅か見劣りはしますが、それでもダイヤの原石と言われても遜色がなく。未来のスター、その卵が目の前にいるといってもおかしくないほど。
そんな子と早速友達になっている千夏も千夏。この子、妙にアイドルと友達になりやすくなっていませんかね……
「あのっ、お姉さん。先ほどはありがとうございました!」
「いえいえ。私はただ騒いでいるのが気に入らなかっただけですから……」
「その、えっと、すっごく、格好良かったです!」
ただその見劣っている部分といえば。知っている芸能人達と比べてちょっと前に出るのを躊躇うところだ、というところでしょうか。
まあそれは見た目通りということで、ちょっと気が弱そうなお姫様といった印象を強く受けます。なのですけれど……
……なんでしょう。彼女にものすごくキラキラとした目でこちらを見られているんですけど、しかもそれは二度の既視感がある、燦然と輝く憧れの星を見るような目で。
「白羽ゆきめと言います! 深冬さん、私、あなたのファンになっちゃいました!」




