321.Vengeance Crimson Dragonewt 2
「単純だけど苛烈なのだ! 《ネプチューンガード》!」
「トトラちゃんがガード使うなんてよっぽどだねえ!」
緒戦を終えて一巡。最初に戦い方を見せたからか、あの後は順調に進んではいた。
……そうだね、第一ゲージの半分を削れるまではというところだった。第一パーティへの負担が結構重いことを除けば、だけど。
悪化した理由は火燐の"ギア"が文字通り上がったからだった。たぶんだけど、あの時私が戦ったのはそのギアが三段階飛ばしぐらいで上がってたのはこの時にわかった。
なんか妙に遅いと思ったんだけど、これが原因だ。実際にその三段飛ばしギアの時は本当にえげつない速度だったし、彼女は火属性の他に風属性を伏せ持つということは……
最終的にはフィニアさん並み……具体的に言うと精霊竜のトップスピードを超えるそれにになってくると思う。そうなれば私とライカでもギリで反応できるかどうかだ。
話を戻そう。
火燐はおそらく、体力が減ってくると段階的に強化されていくタイプだったのだろう。その第一ゲージが半分を過ぎたところで、それが火を噴いたのだ。
具体的には機動力と攻撃速度が一段階上がって、ついでにお供の火竜の数も一匹増えた。なんだけど、素がただでさえ高スペックなのだから一段階上がったというのがこれまたえげつない。
機動力が一段階上がったということは、それだけでフィールド上で比べれば圏外組が相手にできるところから、最前線組……トップ層でもやや下層に位置する面々が戦えるレベルにまで跳ね上がる。
もうちょっと補足するなら、バイクが全速力でトバす速度が一般車が全速力でトバす速度に変わった。うん、これがわかりやすいか。それぐらい速度が変わったのだ。
まあ最終的にはジェット機級の速度に様変わりするだろうから、今のうちに慣れてもらうしかなさそうだ。私達はさらにその上、ブチ切れフィニアさんの最新鋭戦闘機級の速度を経験しているのだから言えることだけど。
「速度はまだマシですけれど、如何せん攻撃速度が」
「《爆火竜・火燐》の名は伊達ではないってことですねー」
「あははは! でも楽しくなってきた!」
「ライカは楽しそうじゃのう……っと《三撃・火護》!」
そう、攻撃速度が上がったというのも問題で、ただでさえ火燐は超広範囲攻撃を連発してくるというのに、その頻度が跳ね上がってしまった。
前半でも懸念はしてたけど、足が遅い後衛組はより一方的に範囲攻撃を叩き付けられることになってしまい、防戦一方になってしまった。激しく動き回り機動力がある前衛組はあまり気にしなくてもいいんだけれどね。
これもあってかギアが上がり始めて以降、小型で避けやすく、少しでも機動力のある妖精が中心となってこちらに編成されるようになっている。ちょうどお姉ちゃんのほうが妖精お断りになったからちょうどよかったのもあるけれど……
それともうひとつ。全体的にフェーズが進んできたところで、思わぬ増援があった。
「にしてもすごい動きなのだ。惚れてしまいそうなのだ!」
「あれは私の! あとで戦うの!」
「あの手の武術家タイプってライカさん、すごーく好きそうだもんね……」
現在、第一ゲージもあと少しで割れるというところで、それぞれが各地で縁を結んだ双界人という強力な援軍がやってきた。
お姉ちゃんのところには涼さんと海佳さん、それにクトゥルフの三姉妹……水葵さんに晴風さん、立花さんが向かったらしい。
ちょっと絵面がオーバーキル気味だけど、ようやくそれでイーブンになるぐらいえげつない動きをしてるからお姉ちゃん以外だとそれくらいカバーはいるだろうね。
そして私のところには―――
「任された以上は、無理に使ってくれて構わないからな―――!」
白銀の髪を持つ、銀狼の竜。悠二さんの息子と言われる《黒神 狼哭》さんが来てくれた。これまで顔を出したことは少ないながらも、独特の拳技を使う狼竜であり火燐さんの手下である火竜をボッコボコしている。
その動きは同じスタイルのライカですら見惚れるほどで、こちらに参戦して早々……というより、お姉ちゃんの配信で初登場して以降は昼界の城下町で姿を見るようになってて、そこそこ女性人気があったとか。
だけど実際に戦闘する姿は今回が初らしく、ビジュアルに寄らせつつも私から見ていてかなりガチな挙動で圧倒している様がかなり映えている。
それもあってかSNSではすごい勢いで動画が出回っているらしく、女性人気が爆発しているらしい。これは……たぶん、終わった後が大変になりそうだ。
「フィア、アレ撃ちますわ!」
「はい! そちらには近づけさせないので、しっかり詠唱してください!」
「凍てつけ《北極の星》よ、燃え盛れ《極火の星》よ―――」
「《ホーリーフィールド》! 火燐さん、ちょっと頭、冷やしてください!」
そして姉妹弟子である火燐さんに挑むためにフィアさんとセレニアさんも来てくれた。
本当は代わりに涼さんたちが来たかったそうだけど、今回は汚染濃度が高い地域であり、かつ近親相手だと汚染が伝染する可能性があるからと代わりに二人が来てくれたらしい。
二人は第二パーティに参加しながらも、狼哭さんが火竜を受け持って余裕があるからか、第一パーティと一緒に第一ゲージを叩き割る役目を受け持ってくれている。なので、しっかりと大技を披露してくれるようだ。
機会はなかったけど、セレニアさんが詠唱しているのはそれぞれ氷属性と火属性の独自魔術だ。フィアさんが光の結界で機動力を封じている間、その名の通りに白い巨星と赤色の巨星を作り出し……
「ジュリアさん達、思いっきり距離を取ってください!」
「でしょうね! 逃げますわよ!」
「―――火燐さんに通じるのは、これぐらいしか思いつきませんでしてよ、《リアクション・スターブレイカー》!」
その炎と氷を合わせるようにして合成しつつ、動きの封じられた火燐へと叩き付ける。激突の瞬間に起こるのは普通の爆破魔術の比にならないほどの大爆発だ。
多少の科学知識もファンタジーであるこの世界でも通用するとはいえ、熱と冷気を同時にぶつければ……何が起こるのかは容易だろう。コールがあったとはいえ火燐と戦う私達を危うく巻き込みかけたのはよくないけど。
でも、その分威力は十二分すぎた。本当なら大技で削り切るつもりだったところを、その一撃でまるっと削ったうえに第一ゲージを綺麗に空にして破砕した。
なんなら、次の瞬間に見えた第二ゲージも既にちょこっと削れている。そのかわりと言っては何だけど、MPを使い切ったのかセレニアさんが一時的にダウンしてフィアさんが介抱に走ってるけど。
「ぐ、るぅぅ……!」
「……あれ喰らってまだ平気そうなのだ……?」
「ちゃーんとダメージは入ってますよ!」
「ええ、だから……本気モードのようですわよ」
あっさりとした形で第二ゲージに移った形にはなったけれど、もちろんそんな楽観視できるわけはない。
火燐の足元から吹き上がった爆炎がその身を包み、他の姉妹同様にその姿を変える。以前も見た半竜人の姿で、深紅色の鱗に覆われた四肢や大きくなった竜としての箇所が目立つ。
こうして改めて他の姉妹たちに比べて竜としての要素が最も色濃いのも特徴的だ。それだけの相手、ということでもあるんだろうけど。
後半戦の開始を示すかのように甲高くも重い咆哮を上げると同時、私をロックオンした火燐がいきなり突っ込んできた。
「っ、と! このスピードもちょっと慣れてしまいましたわね!」
「あれだけやっていれば嫌でも目が慣れるよ、えへへ!」
だけど、速度としてはまたひとつギアが上がった程度だ。まだ私もライカもなんとか目で追えるし、一回り図体が大きくなったおかげでまだ捉えられる。
ただまあ、振られる大槍には火を纏わせているし、一振りごとに明らかに当たると大ダメージ必至のような音を立てている。やり辛さは格段に増したとしか言いようはないけど、まだ取れる手は温存させてくれた分たくさんあるから。
と、安心しきっていたのも束の間。すぐにその温存していた手を切らざるを得ない状況になってしまった。
私とライカが攻撃を避けた直後、おもむろに手にして振り回していた大槍に両の手を掛けたと思えば。
「―――っわぉ」
「まぁ、これまで通りになんては……っ!」
パキン、という軽い金具が外れるような音。それと同時に、火燐の手には左右一本ずつの双槍を手にしてた。
明らかに取り回しが悪そうだけれど、それは人の力で槍を二本も握るとどうあっても振り回されるからだ。では、それが完全に制御できる前提だとすれば。
その次を考える前に火燐は突っ込んできて、その双槍を振るう。もちろん速度は先ほどと同じ、それどころか得物の重量に半分になったからか振られる速度自体は早くなっている。
「ッ! ライカ、これ対応できますの!?」
「うーん、ちょっと近づきづらいかもね! てぇいやっ!」
「とか言いつつ避けたうえで攻撃してます! 《カースパルス》!」
だからと言って引くわけには行かないし、むしろこれだと思うと俄然やる気は上がってくる。
振られる初撃を避け、続いて振られる二撃目はライカの方へ。軌道が見えているライカは横っ飛びで避ければお返しと言わんばかりにダイナミックな踵落としを繰り出す。
もちろん火燐は避けようとするけれど、それは飛び回るキユリが許さず衝撃魔術を放って、軽く、ほんの一瞬だけ気を逸らさせる。本当にそれだけで十分なほどで、秒の間隙のあとにはその踵落としが炸裂していた。
叩き落されたかのように見えたが、火燐はしっかりと当たる寸前に地に足を付けて着地しており空中から叩き落されるのだけは避ける。それでも綺麗に入った分、体力ゲージを僅かに減らす。
その隙を逃さないわけもなく、けれどそれはお互い様であり、私が踏み込んで槍を振ろうとすればその竜の瞳が一瞬赤く輝く。次の瞬間には《魔力覚》で察知したキユリが《サターンガード》を張りながら超高速飛行を始め、無言で放たれた《プロード》を回避。
けど、その無言で放てるという最大の強みを持つ《竜眼》は発動が見えるだけで十分なブラフとなる。その視線の先というのは至近だと見えづらいもので、至近距離にいた私とライカを見ていなかったからギリギリ判別できただけでもあるけど。
「そうだよね、あたしたちが出来ることは相手もできるもんねー!」
「うん、そうこないと!」
「ルヴィアさんに教わっててよかったー! っと、トットさんところに!」
キユリが宣言をすると同時にトットのゴーレムが動く音がする。足音が大きいからわかりやすいね、後方に飛んだ《プロード》を代わりに受けたらしい。
魔力の動きを視ることができる精霊特有のスキル《魔力視》、まさかそれが《竜眼》に対抗できうる力となったようだ。それがどちらもバージョン0で進化した同士で対となるとは、何かしら意図的なものもちょっと感じるけど。
二槍になったことで槍での攻撃頻度が増し、《竜眼》の使用頻度が上がったけれど、見ていてもそれ止まりだ。ライカはすぐに対応し始めるし、《竜眼》はキユリがコールをすることで対応可能。それに―――
火燐が槍を構えて私に襲い掛かろうとした矢先に、前衛の私達へと強固な光のバリアが張られる。ということは。
「みなさんお待たせしました! 私も戦線復帰します!」
「後方支援はカエデと一緒に行いましてよ!」
「助かるのじゃ!」
セレニアさんの戦線復帰に合わせて、フィアさんも戻ってきたのだ。挨拶代わりにフィアさんからの《ウラヌスガード+》に、セレニアさんからは《クアトロ・アイシクルランス》が飛んでくるという豪華っぷりだ。
お供の方は目は向けられなかったけれど、そちらにも強化が入ったようで三匹になっている。もちろんこっちも対抗するかのように狼哭さんが竜人化し、イケメン度が跳ね上がって別の意味で騒ぎになっていた。
前半戦であれば難所となった第二ゲージ戦だけど、三人の参戦と共に一気に戦況が有利に傾いた。他のレイドも同じようで、第一ゲージよりも削りがいいらしい。
耳元で飛び交うフィニアさんからの報告を聞くに、特にラインさんが参戦したらしい茉莉のところが物凄い勢いで削れているとか。そうでなくてもカザキリのところには火扇と火撫の双子が参戦し、暗所で発揮される強みをほとんど消してるんだそう。
この調子で行けば、この火燐との決戦も早々に決着が付きそうだ。今度こそ逃さずにきっちりと仕留めてやることにしよう。
バージョンボス前哨戦終了! 次回からいよいよ……




