315.Lurking in the Dark Wolf 1
ジュリア視点。
「さあて、ようやく私達の番ですわね」
「一巡目でおおよそ察したのだな、三巡目となればもう余裕なのだ」
「昼でよかったねぇ~、あれ、夜だと難しいどころじゃないよアレ?」
「おわー、まったくですっ」
薄暗い日が差す平野で繰り広げられるのは、何時ぞや繰り広げた闇の狼竜との激戦。
とはいえど。その竜の姿は以前のような姿―――雄々しさを兼ね備え黒々とした鱗と薄灰色の毛並みに覆われたものではなく。
「っち、人が相手だとやりづらいなー!」
「対人もうちょっと練習しておくべきだったぜ!」
「左! 来るぞ!」
「「あっぶねぇ!」」
あの時よりはいくらかも小さい少女の姿。漆色をしたセミロングの髪を三つ編みに、蒼く輝く瞳を。その手にただそこに黒があるような、大剣の形をした何かを得物に戦っていた。
《闇狼竜シグレ》。私達が実際に相対して戦い、取り逃がした竜の少女で……確か、姉妹の上から二番目でブレーン役を務めてるって言ってたっけ。
大剣が片手で振るわれる。けれどその剣閃は本来それが振るわれた方向ではなく。あらぬ方向からの斬撃がパーティを襲い……予めその軌道を見切った面々はそれを上手く回避して見せる。
これは先陣を切った私達が見つけたもので、最初こそは彼女が振った剣とは全く違う方向から斬撃が来るのが不可解だったんだけど。キユリが習得した《魔力覚》が正体を暴いてくれた。
なんて言っていればシグレさんの手にした大剣の刃が伸び、薙ぎ払いの構えを見せていて。
「影どっちだ!」
「おめーの方!」
「右に振ったからこっちだな、っとぉーぅ!」
彼女の持つ固有のギミックについては、以前戦った時の最後……私が追いかけた時にその片鱗を見せていたね。まさにあれそのものだ。
涼さんも散々教えてくれたけど、人姿におけるシグレさんの動きは"影"を使ったもの。だからほとんどの攻撃の起点が彼女の影からであり、黒い雷を使って襲い掛かってきた竜の姿の時とは全然違った。
だから……今、彼女自身が大剣を水平に薙ぐように振るったけれど、彼女が振るった剣には当たり判定はない。むしろ判定があるのは、彼女の影が剣を振るった方向。
例えば彼女本人がフィールド左側を薙ぎ払ったとするとそこに判定はなく、判定があるのは彼女の影の左側だ。挑んでいるパーティ、それも前衛の誰かしらの方向を向いて振るうから、影の方向を逐一見る必要があるね。
で、どうやって見抜いたかと言えば。最初は全員が起点が分からずモロに喰らってキユリとカエデが爆速ヒールをしていたところで、キユリが《魔力覚》で見えているものと違うと言い始めたからだ。
そこからはキユリの視点と実際見えている範囲との照らし合わせ。この薙ぎ払いの斬撃は多少上に飛んでいる程度だとまとめて斬られるくらいの範囲があって、私も超高空にいてもあんまり安心できなかったし。
そして結構な被害を出しつつ、その答えが出たのは開始から十分が経過したころだった。予想以上に消耗が激しいことになり、そこで一度交代することになったものの第一ゲージのギミックはこれで丸裸にすることには成功。
そのおかげで後続のパーティも見るべきところを見て対処出来、見ての通り夜側ではもっとも順調かつ被害を抑えたままに残り二割ほどにまで削れるまでに進んでいた。
「そろそろ交代お願いします!」
「じゃあ一気に削るね! 一番乗り!」
「それじゃああたしも続くよぉ~!」
ちょうど交代のタイミングが来たと同時、待っていたと言わんばかりにライカが吶喊してシグレを相手取り始めた。回避盾みたいなことしてるけど、アタッカーも兼ねているので特に何も言わない。
何なら続け様に向かっていったトットもちゃんとヘイトスキルを使って誘引しているし、そこは抜け目がない。彼女らに遅れるようにしつつも、私も緋色の竜翼を大きく広げてからシグレへと飛び掛かる。
カエデはどうしても実力の劣る二パーティ目、圏外組でもトップ勢にまでは及ばないパーティへの連携伝達とサポートが役割になる。一戦目の時は謎解きの最中に壊滅してしまったので、構成を色々と考えられて入れ替わったりしているけど。
あとは、まあ言ってしまえば私たちのパーティとしてはいつもどおりだ。みんなの攻撃を縫ってキユリが《トラップ》で吹き飛ばすし、トトラも空を飛び回りながら魔銃を撃ちまくっている。
「振り上げ! トット姉お願い!」
「あいあいさぁ! しっかり受けちゃってぇ!」
シグレが大きく剣を振り上げれば、一番敵視が高い対象に縦の斬り降ろし。ただ強力な一撃というわけではなく、これは振り降ろす寸前に影の大剣が巨大化し直線範囲をまとめて斬る範囲技だ。
だからといって放置するとそのまま横薙ぎをするので受け止めるのが正解となる。だからトット姉の《シャドウアイアンゴーレム》で受け止めて貰うのだ。
振り降ろされる剣は途中から赤黒い雷を纏って超巨大な刃を形成して叩き付けるように斬り降ろされる。その刃をゴーレムは見事に受け止め、ガリガリと削れる体力をカエデに回復してもらって受け切る。
そうすれば今度は前横薙ぎに剣を振ろうとする。これはさっきのと同じ、誰かを正面にするように影が伸びて――――あ、私か。
「前薙ぎで私!」
「うおおお回避回避なのだぁ!」
「後ろががら空き! 《トリプル・カニバルトラップ》!」
軸の対象になった人はこういうこともあるせいが、直接の実体の刃に当たらなければダメージはない。私以外のメンバーが慌ててシグレの背後に回ると同時にゴーレムに対して振られる。
突然黒い斬撃が私の方に向かって現れ切り裂くけれど、もちろんダメージはない。不思議な感覚だけど、まあこういうギミックであるし巻き込まれた人もいないのでセーフ。
キユリはこの攻撃の際は動きが止まることから、植物魔術の《トラップ》こと《カニバルトラップ》を足元に生やして喰らい付かせて大きめのダメージを与えているし、トトラもここぞどばかりにお得意の《ヘイルブレス》を叩き込んでいる。
動きが鈍重、というわけではなく攻撃範囲が大きすぎるからかその場から動くことはないため、隙あらば大技を叩き込むのは容易なほうだと思う。
ただまあだからといって気を抜けるわけではなく、もちろん剣以外の攻撃も充実している。竜の姿の時にも見た、真っ黒な影の狼による攻撃や赤黒い雷を使った攻撃だ。
戦闘開始から一定時間経つと呼び出してくる仲間呼びに近いもので……あ、三匹出してきて一緒に戦ってる別パーティの方にいったね。仲間呼び系だと油断しているとあっさり体力を減らされてしまうのもあってなかなか油断はできないんだけど。
もうひとつ、周囲に放つ黒い雷や黒雷球は前の戦いの時でのメインウェポンだったそれだ。おおよそ影軸で大剣を振る攻撃とのセットで、振ると同時に放ってくることが多い。
前と違って直線で飛んでくると思っていると、どうにも人状態であれば滞空後にちょっとだけ誘導して飛んでくるらしく、直撃と同時に炸裂して小さな範囲攻撃になるからちゃんと打ち返すか避け切るかしないといけない。
「そろそろゲージが割れるのも近いのだな!」
「ゲージ割れた時は大範囲の放電をやってくると思いますの!」
「うへぇー、それどうするのさ? おっとまた振り降ろし」
「一番いいのは守りを固めるか、そのタイミングで防御力高めのパーティに入ってもらうかじゃが……《大癒》!」
気づけばシグレの体力ゲージもほとんど削れて残り一割となり、第一段階が終わるのも近くなっている。この調子であれば私達と交代したパーティがしばらく戦って割れる、といったところ。
ローテーション通りなら第二ゲージ突入直後はトップ勢が引き受ける予定だけど、間の悪いことにそのタイミングはちょうど全員が圏外組の手番の時だ。削りの調子がいいというのも考え物だね。
最悪ずらすしかないかも知れないけれど、それでもポーション酔いが明けてるかどうか。間違いなく強烈な全域攻撃を放ってきそうと考えると、ちょっと悩みどころだ。
あるいは削り具合を調節するかだけど……まあそれはしない方がいいだろう、それならやることはひとつ。
「各自、唯装奥義使用後のクールタイムは?」
「おうおう、やるんじゃな? いっぺん使ったら二時間は使えぬぞ!」
「トトラのは三十分少々なのだ!」
「キユリも同じぐらいですっ!」
「えー、持ってない! でもえむぴー吐き切るぐらいは殴れるよ!」
「んへへぇ、次のまではあと一分ちょっとだねえ」
私の《唯装奥義》は十分、もうひとつの奥義は三十分。《豊穣》は使うと六時間くらいだから―――まあ、豊穣だけはここで切るのは不味いだろう。
最長でカエデの二時間であれば安い方か、であれば―――今ここで一気に削り切って、ついでに第二ゲージのギミックを割るまで!
「司令部! ここからシグレの第一ゲージを割る! オーケー!?」
『おやおや大盤振る舞いですわね! 了解いたしましたわ!』
「みんな聞いたね、トット姉のデバフに合わせて叩き込むよ!」
「「「あいあいさー!」」」
そうと決まれば動きは速い。カエデを通じて第二パーティには阻害になる影狼を誘導してもらうように伝達し、できるだけ私たちのパーティでシグレを上手く追い込むように動く。
もちろんシグレの影ギミックを何とか攻略しつつだけど、三周目となれば圏外組でも割と慣れたように避ける。掠り傷程度に貰っても迅速なヒールが飛ぶので、ほとんど万全といった感じだ。
トット姉が言った、大槌特有のデバフ系アーツのクールタイムが明けるまでに下準備を整えて、それと同時にみんなが動き始めた。
「それじゃいくよぉー! 《ガードクラッシュ》!」
「《ブレイクポイント》!」
「いっけぇー! 《サウザンド・ドラゴローズ》!」
まずは初手に私とトット姉のデバフアーツを叩き込む。それと同時に追撃を掛けるのは、無数の茨鞭―――キユリちゃんの作り出す茨の園、《サウザンド・ドラゴローズ》。
シグレを絡め捕ろうとしたうえでライカと乱撃と一緒に叩き付けて滅多打ちにするものの、流石は竜というだけありいくつかは弾くし、捕まえるというまでには至らない。
だが、そうして動きを限定できれば、次の一撃が輝く。続け様に放たれたのは白霜の弾丸と、巨大な狐を模した炎の塊だ。
「《フローズン・ガーデン》!」
「《月下火狐》!」
トトラの放った唯装奥義はただ足元に着弾するだけでいい。それだけで一気に放たれた氷の魔力がシグレの足を捉えて凍り付かせ、凍傷によるダメージを与えていく。
そこに追撃で掛かるのがカエデの唯装奥義で召喚された、炎を纏った大狐。動きを止めたシグレに噛みつきつつ、尻尾の一振りと同時に少し離れたところにいるレイドパーティの体力を回復させ炎のバリアを張る。
ヒーラーなんだけど実に攻撃的……に見えて、召喚系の攻撃かつ、参加するレイドメンバーに若干ながらバフを与えるというものらしい。使ってるところを見るのはこれで二度目だけど、かなり手広い万能型の唯装奥義だ。
ただし攻撃力は見た目に比べてちょっと低めで、これに関してはカエデ当人へ唯装効果として攻撃強化があるからっぽい。そういうバランスを取るんだ、と思ってしまったのは言うまでもなく。
唯装奥義を使った連携を食らわせれば、流石にボスといえど体力を大幅に削り取って残りも数ミリ。これならば、次の私の番で割れる。
「喰らいなさいませ! 《ドラゴンダイヴ》!」
超高空、戦闘エリアのギリギリまで上がってからの《プロメテウス》の唯装奥義を発動する。それと同時に槍が爆炎を放ち私の身に包むと同時に降下が始まる。
その炎は竜の頭を模して、その切っ先をシグレに向けて降下。動き自体はしっかりとキユリが操る茨とトトラの氷が封じ込めてるから、直撃は確実、というより降下し始めたら地面は殆ど一瞬だ。
僅かな時間の間に微調整と標準を定め、シグレを勢いのままに穂先で叩き付けると同時に纏っていた炎が爆発するように弾けて吹き荒れ、動けないシグレの体を焼き尽くす。
荒れ狂う炎に合わせて、さらに駄目押しの追撃としてもうひとつの《唯装奥義》も発動させる。
「ぐっ―――」
「出番ですわよ炎の狼姫、《ソウルバーンロア》!」
続け様に私の翼飾りに取り付けられた青い宝石に火が灯り、深紅色に染まり狼の遠吠えが轟いた瞬間に膨大な熱波を放ち炎の嵐を生み出す。
宣言通りMPが空になる寸前まで乱撃を叩き込んだライカは既に距離を取ってマナポーションを口にしつつゲージ攻撃に備えているし、キユリの《ドラゴローズ》はドンピシャで時間切れしている。
残っているのはシグレの足を凍らせ草原に縫い付けている《フローズン・ガーデン》のみ。二つの熱波と侵食する氷の園はシグレの第一ゲージを削り切り、空になったゲージが砕け散った。
同時に至近距離で咆哮を上げるシグレ。どこまで遠くに響き渡りそうな、狼の遠吠えにも似たそれが上がると同時に私の唯装が放つ熱波も収まり、私も飛び下がりみんなのところへ。
第二形態については以前のフィニアさんや火燐との戦いを見ていれば大方想像はつくけど―――動き出したシグレは真っ黒な煙を噴き出し、それと同時に足を拘束していた氷を砕き、先ほど私がしたように高空に飛び立って。
「―――予想通りじゃな!」
私達はカエデの召喚した火狐を盾に、私達にもダメージを少しでも軽減するためにバリアを張ってもらい。そうした直後間を置かずにシグレが再び着地、それと同時に大規模な黒雷の放電が仕返しと言わんばかりに周囲を灼く。
以前の時と全く一緒で、あの時はこれでパーティが半壊したんだっけ。レベルも練度も上がり、新しい仲間を得た今ではその時と違ってしっかりと耐えさせてもらうけれどね。
黒雷の放電が終われば、立ち上る土煙と赤黒い瘴気の向こう、半竜状態になったシグレが先ほどよりもより大きくなった影の剣を手に構えていて、体表に浮き上がっている黒めの灰色の鱗がこれまたいい味を出している。
額には角、尾は灰色の毛並みと鱗に覆われた太い狼の尾にも見える竜尾。翼は小さく、どことなしにライカに似て翼が少し小さいのは狼竜の特徴なのだろうか。
「第二ゲージ突入じゃ!」
「適度にギミックを割ってから交代しますわよ!」




