31.焼き魚って獲れたてに限りますよね
ただし小骨は勘弁な!
夕飯とお風呂を終えてからログイン。寝る時間はあまり変えたくないので、少し短めにですが。
ジュリアを待ちながら、ぐるっとセーフティエリアを歩いて回ります。一応の明かりはあるので、真っ暗ということはないですが。
上を見上げれば、ちょうど城の堀下になっているのか、大きな機構によって汲み上げられた水を貯めた場所になっているようですね。
その底はというと、どういった仕掛けをしてあるのかまるで水族館のように底から貯水越しに空が見えます。もっとも、この時間ですから月夜なのですけれど。
「綺麗ですね……」
おそらく不純物が入り込んだりした際に、上からではなく下から探すときに使うのでしょうね。
薄い月明りの中、魚が混じって泳いでいるのが判ります。
……それと同時に、ぼんやりと堀の上から夜霧さんが魚を狙ってるのがわかります。やっぱりネコの気が色濃いのでは……。
「お待たせしましたわ」
「あんまり待ってないですよ。それじゃあ下に降りますか」
「はい、ですが、その前に」
「それは降りながらにしておましょう」
少し遅れてログインしてきたジュリアとも合流し、先行して第二層の様子を見る為にセーフティエリア中央の階段を下って行きます。
はい、自分のレベル、およびお互いの使っている武器のスキルレベルがこのベータテストにおける上限に達したのです。
スキルレベルは40、レベルの方は25で上限に当たるようです。これ以上上がってしまうと正式版で参入してくるプレイヤー達と大きく差が開き過ぎてしまうからでしょうね。
ちなみにこれ以上に稼いだ経験値やスキルレベルは、住民からの好感度やお金に変換できるようです。
最大になった事でこのバージョン0最後のアーツも解放されています。さて、それなのですが……
○刀術
・三日月
威力:小での斬撃を飛ばす遠距離物理攻撃。
○居合術
・静水
剣気ゲージを半分回復する。これを習得すると永続的に剣気ゲージを1.5倍に増加する。
「遠距離攻撃……ですか」
「《刀術》はどうしてもリーチが足りませんもの。それを補う為でしょうか?」
「牽制など色々な用途に使えるので、戦術の幅が一気に広がりますね」
《三日月》は飛ぶ斬撃と言ったところでしょうか? 実際に使用しないと何とも言えませんが、近接武器で遠隔攻撃が出来るのは大きいですね。
例えば、以前戦った大藁人形など。自身の周囲を攻撃する合間にこれで攻撃するとか……そうでなくても様子見、接近中の牽制、離脱時に追い打ちなど幅が多彩です。
しっかりと考えれば、ただ飛ぶ斬撃と侮ることなかれ。という程に使用頻度が多くなりそうなアーツですね。
剣気の消費がないのも大きいところですね。もうひとつ、居合術の方は……これもこれで使い道が多そうです。
特に不意打ちに多段攻撃を貰ってゲージがごっそり削れたときにも有効でしょう。結構雑(私の感覚で)にアーツを使っても底を付くということも少なくなりそう。
何より一番なのはゲージ量の増加なのですが。このお陰でおそらくこのベータテスト中はゲージ残量に困る事はないでしょうね。
「ジュリアの方は何を?」
「《槍術》の方は《ブレイクポイント》、《火魔術》の方は《レッドエッジ》。後者の方は、姉様の《三日月》の魔術版と言ったところになりますわね」
「魔術の最終習得は飛ぶ斬撃系ですかー……これも使い勝手良さそうですね」
「挙動を含めなくてはなりませんので、使い勝手は同じかと思いますわ」
「それでも優秀には変わりない、ですか」
どれも最終段階に相応しい性能のアーツのようですね。これは今後が楽しみになってきそう。
《ブレイクポイント》ですが、防御力低下能力のデバフを持ちつつクリティカル率の高い攻撃を仕掛けるものだそう。ジュリアにとっては天啓のようなスキルですね。
これを最初に組み込むとデバフによってその後繰り出す攻撃の威力を軒並み底上げすることになりますし、これ単体で使ってもクリティカル率上昇が乗る為に威力が高くなりがち、と。
次に《決闘》をする時は一番用心したいスキルになってくるでしょう。
さて、話しているうちに長い螺旋階段を降り終えて、この《天竜十二水回廊》の中核にも等しい第二層にやってきました。
「街の川を通って外縁に沿って流れ出た川の水が地下に流れ込んで、そこから真ん中のこの汲み上げ塔に向けて流しつつ浄水する……と言った構造でしょうか」
「意外と入り組んでいるかのように見えて……ほとんど直線通路のようですね」
「直線通路、ということは……質が高いか、量が出るか」
「……前者であって欲しいですわね」
「後者は《水田迷宮》でたっぷりと味わいましたからね……」
単純な道であれば、罠や敵を警戒してしまうもの。直線通路とは称しましたが、上下に通路が別れている箇所もあるので移動を余儀なくされる場合もある、と想定しますか。
ぐるりとある時計回りに十二本の道が並んでいますが……とりあえずは入ってみましょう。ジュリアが見えたというトビウオについても気になりますからね。
下った先の広場にはネズミがちょろちょろとしていますが、上と違い積極的に仕掛けてくる様子はありませんね。楽に進めそうには見えますが。
「……ネズミが仕掛けてこない。嫌な予感がしますわね」
「……わかりますか」
そんな短い姉妹のやり取り。はい、とてもとても嫌な予感がします。
ネズミに構える手間もないほど厄介なものがあるのか、それとも通路の都合か……どっちにしても厄介な事には変わりないです。
とりあえず、七と書かれた水路の方へと入っていきましょうか。水路の左右にそこそこ広い通路があり、そこを歩いていくようですが……
「ああ、上の水路を泳いでいた魚がそのまま落ちて来てもいるんですね」
「そしてそのまま上に汲み上げられていく……のですわ。なんだか海流の流れのようにも見えますわ」
「それ、私も思いました。ということはあのトビウオ、実のところ上の水路にも潜んでたりするんでしょうか……」
「可能性は……わっと!?」
水路備え付けの明かりに照らされる水面の一部がきらり一瞬光ったかと思うと、そこからダーツのように魚らしきものが飛んできました。
寸で回避したジュリアの目前には、その水面から飛び出してきた魚がプルプルと震えながら突き刺さっており―――
外したのを悟ったのか、身体を振動させて壁からその鋭利に尖った鼻先を抜くと羽根のようなヒレを使って滑空、水路へと戻って行きました。
「な、なんですかアレ―――!?」
「予想以上に奇天烈な魚でしたね……うおっと!?」
再び水面がきらりと光って、今度は私の方へ。まあ納刀したままなので居合が発動し、上方向へと弾き上げました。……弾き上げた?
かと思えば、今度は落下を生かして真上からの強襲。これは流石によこに避けて回避し、地面に突き刺さったところに横斬りで寸断。
《索敵》で見る間もなくでしたが、やっぱりトビウオには違いないようです。それにしては獰猛すぎますし、ゲンゴロウよりも硬いし厄介です。
「ゲンゴロウより厄介ですわね!?」
「差し詰め、トドメを刺さないと何度でも飛んでくるし弾く程度では倒せない超強化型ゲンゴロウと言ったところでしょうか……」
「タチ悪いですわ!」
「どうどう、お嬢様言葉お嬢様言葉」
「言ってられる状況ではありませんの!」
今度は二回の発光。この発光をトリガーに、一定時間ごとに飛んでくるようですね。
流石に三度目ともなると私もジュリアも軌道はある程度読め……読め……
後ろに軽く身体を逸らして避けようとした、のですが……
「曲がってきた!?」
「追尾性能付!?」
おそらくその羽のようなヒレを舵に、逸れた私に対して軌道を曲げて直接私に向かって飛んできました。
運良く再び《弾き返し》が発動して弾き飛ばしましたが、くるりと空中で一回転してから再び突撃。今度は多少の調整ではどうにもならない程に大きくバックステップ。
ジュリアは面倒になったのか、飛んでくる顔面に向けて《ファイアバレット》、僅かに減速したところに《レッドエッジ》で撃墜、できずに引き付けてから大きく回避。
両方とも壁に刺さったので、瞬間的にトビウオのステータスを拝見。
トビトビウオ Lv.21
属性:水
状態:普通
「また水ですわー!?」
「御愁傷様です」
「ここのボスに八つ当たりして差し上げますわ……ふふ、ふふふふ……」
「どうどう」
とりあえず壁に刺さったので、刀の峰で鋭い鼻先を折るようにして撃破。あ、これだとちゃんと《解体》で《魚の身》が取れますね。
それと折れた鼻先は《トビトビウオの尖角》ですか。どこかの狩りゲーみたいな素材名ですがそれはそれ……
と、それとは別にジュリアが業を煮やしたようです。いや、水路なんですからそりゃ苦手な水属性がいっぱい出てくるでしょうに。
なんとかして気を逸らさないと……と、思ってふと思いつきました。
「ジュリア」
「なんですのっ!」
「いい匂いしません?」
「こんな時に何を……確かにしますけども……あっ」
そうです、さっきジュリアが《火魔術》で叩き落したトビウオです。表面が割とパリっと焼けていい感じになって香ばしい匂いを立てているのでした。
……まだ生きてて尻尾がびくんびくんと震えているのがなんだか哀れなので、先と同じ手法でトドメ。こう見えて育ち盛りのジュリアですから、食べ物で釣ります。
私の言葉から察したジュリアは、したり顔で水路の方を見つめながら槍を構えて。なんだかものすごーくニヤけてますけれど、それはそれ。
「かかってきなさいですわトビウオ! 今夜のお夜食にしてあげますわー!」
「……単純でいいですね」
――◇――◇――◇――◇――◇――
さて、数十分後。だいたいボスまで三分の一程まで行った後に切り上げて広場のセーフティまで戻ってきました。
先行している人達はやはりあのトビウオに手を焼いている様子で、ほとんどが少し行っては戻ってくる、の繰り返しをしつつ先に進んでいるようです。
ルヴィアやブランさん達の人気に他二つのダンジョンに人を吸われたのか、こちらは人が多すぎず静かなものでした。
……もっとも、おそらくいるであろうボスの数には到底足りないパーティしかいないのですが。
「ではお姉様、トビウオの畜生めをお渡ししますわ」
「言い方……」
そう言ってこの数十分で仕留め、《解体》で回収できたトビウオの身の方を渡されます。まあ、何をするのかは明確なのでセーフティエリアの端っこの方へ。
人が少ないとはいえ、それでもやや人目を引いてしまうのです。知名度があまりにも広がり過ぎて、もはや視線が自然と集まってしまうというか。
久し振りに調理キットを広げ、《調理》の準備を。クラフター広場にいる《調理》専門のコシネさんほど上手くは出来ませんが、まあ、野で腹を満たすくらいは。
「……結構雑にいきましょうか」
「それで構いませんわ。大根があれば完璧でしょうけれど」
「一般のトビウオより身は乗ってるので、食べ応えありそうですね」
まずは一匹ずつ取り出し、身を開いて手早く内臓を処理。そうすれば串を刺し、丁寧にコンロの周辺に開いている穴に串の持ち手を刺し強火で火を付けて適当に炙ります。
魚の皮に焼き色が付くまで、じっくりと回しながら綺麗に焼き色を付けていきます。水棲なので火が通るのは早いため、長々と焼き過ぎると焦げるので程々に。
焼き上がれば適度に塩を振って備え付けの小皿を用意、調味料棚から醤油を出して小皿に入れて添えれば……物凄く雑な焼き魚の出来上がりです。
○トビトビウオの丸焼き
・トビトビウオを丸焼きしたもの。比較的身が多いため、旅の猫人に好かれる。
品質:E-
「品質は低いですが、まあこんなものでしょう」
「いただきまーす!」
ジュリアに差し出せば早速齧り付きました。中まできっちりと火も通っている様子。出来上がり次第に皿に載せますが、ものすごい速度で消えていきます。
食べすぎでしょう、とツッコミは入れたさあるんですが、まあジュリアですからね……。私の分は別に取り分けて、ほどほどに食べさせてもらいます。
十匹全部焼き終えたところで自分のものに手を付けます……味はちょっと物足りないところはありますが、雑にやったのでこんなものでしょうか。
「あひたにはボスにいけそうでふね、おねえふぁま」
「ですね。トビウオは初見はびっくりしますが、それほど厄介過ぎるというわけでもありませんし」
「あんまり私達の感覚で話をしてしまうと、むぐっ、後続が折れてしまいそうれふが……」
「慣れって怖いですね……それでも掲示板には簡単な対処の仕方がちらほら出始めているので、すぐに安定しそうですが」
「だといいのですけれど……そもそも、やっぱり人が少ないですわねえ。あ、ご馳走様でした」
「お粗末様です。このまま行くと不足も出てしまいそうですね……またルヴィアの時のように《紗那》さんが触れ回ったりしそうですけれど」
このセーフティエリアを見渡すだけでも、大方が同じ顔で特に人が増えているという様子はありません。
ここまで来れている人が少ない……というのはないはずなので、やはり人が偏っているのでしょう。
長引いたら長引いたで、御触書・壱の時にあったように人が足りず、攻略が難航しているダンジョンがある場合は紗那様が直々にお願いをして回るということがあったのでそれに頼る事になるかも知れません。
トビウオ焼きを食べ終わったところでちょうどいい時間になりました。
マップの探索もそれなりに進んでいるので……明日には多分ボス戦でしょう。早い人はもう到達していそうですが……。
弾丸ゲンゴロウ(改)再び。ただし今回は魚なので食べられます。
意外と無傷で進んでいるように見えますが、描写外では結構掠ったりしてポーション使ってたりします。
さすがに全部全部無傷とはいきませんからね。
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