3.悪戯の結果と招集命令
二週間後、私は再びテレビを眺めていました。
悪戯の結果は大成功だったようで、無事彼女は看板キャラクターとして父の会社である《九津堂》へと採用されたそうです。
問題は社長さんの御眼鏡に適うかどうかでしたが、そこも全く問題なかったようです。
私達の知らないところでも様々な人々が動いていたようですが、結果的に通ったようでよかったよかった。
初のCM公開のあった週の末でしょうか。恐らくその通知を受け取って喜々とした様子で用があると一足先に学校を出るのを確認しています。
私達が仕組んだものとは知らず、楽し気なものよのう、ふっふっふ……なんてやり取りを事情を知る千夏としていました。事情を知らない友人達は頭を傾げていましたが。
彼女が足早に、楽しそうに向かった先は恐らくクローズドベータテスト募集開始に合わせ、本日公開される予定のCM撮影の準備だったのではと今は思いますが。
「……深冬、そろそろじゃないかしら?」
「お父さんのからの話だとそろそろのはずなんだけれど……」
さて。今日はその新CMの公開日。
先んじて父から放送時間についての連絡を貰い、妹と並んでリビングでテレビを見つめています。
時計とテレビを交互に眺め、その時刻を待ちます。夕方のニュース番組も終わりに差し掛かり、ニュースキャスターが締めの雑談を繰り広げていました。
わくわくと胸を躍らせながら、にっこりと笑顔を浮かべて。ただし、妹と私の手元には試験勉強のために開いた端末が置かれ、後ろには私達がサボらないように見張る母の姿がありますが。
試験勉強も佳境、既に再来週にその時が迫っているのですから、勉強にも手を抜くわけにはいきませんからね。
どちらかと言うと、見張る意味としては妹の方でしょう。やりはするのですが、細かいところで手を抜きがちですから、そのチェックとして。
「それにしても、あの子もいよいよテレビデビューねぇ……」
「私達からしたらようやくだよね、ってところ。前からクラスでもデビューはいつになるの、って話はあったし」
「紫音ちゃんも嬉しそうにしてるんじゃない? もう聞いてるんでしょ?」
「うん、言ってた。って言っても、映るのは本人じゃないんだけど……」
ニュース番組が終わり、CMへと切り替わりました。あと数分がどんどん待ち遠しく思えて来始めました。
このCMは友人の初めての晴れ舞台にして、私達が行く仮想現実の世界がまた少し見られるのですからね。
そのどちらもが楽しみでない、嬉しくないと言えば全くの嘘になるでしょう。
最も、当の主役は私の平穏な学生生活さようなら、なんて嘆いていそうでしたが。
「あっ、始まったよお姉ちゃん!」
妹の声に合わせて視線をテレビの方へと向け、注視します。
前のCMが終わり、真っ暗な空間の中にポリゴンの破片を散らしながら銀髪の少女―――友人のキャラクターですね―――が降り立ち、映されるのはその背中。
とん、と足先が水面に触れた瞬間、そこを起点として雄大な、世界の広さを感じさせる壮大なBGMが始まると共に暗闇が晴れて世界が映し出されます。
自然豊かなファンタジー世界―――中世日本、江戸の時代の頃を再現したかのような、昼の世界。
そのまま後ろにカメラを引いて切り替わる。獣人や鬼が混ざる江戸時代くらいの街角、街道を走り去る早馬、森の中に佇む遺跡、天まで届きそうな大樹、そして豊かな田園風景。
広大な自然の中、小高い丘に先の少女の姿が、そしてキャラクターの名前が表示されます。
キャラクターの名前は、《ルヴィア》。確か常用しているキャラクターネームで、前に一緒に遊んでいた時もそうでしたね。
『ここが、《幻双界》……!』
ルヴィアの一言の後、一陣の風が吹いたかと思えば明るい空が曇り始めました。
途端に周囲を不安に見回すのと同時、視界の各地で地で獣や怪物が暴れ始めていきます。獣だけではなく、植物の化物、妖怪までもが。
音楽も明るいものから不穏なものに変わり、眼下の景色も薄く黒いもやに覆われていく。ついには人々も街の外壁から出られなくなってしまった。
平和な世界が一変、不穏な空気に包まれ―――その中、戸惑うルヴィアの背後にひとりの獣人が近づきます。
『ようこそ、《来訪者》さん』
カメラはルヴィアの視点へと切り替わり、その声の主へと視線が向いていきます。
ゲーム内でのUIが表示される視界の中、彼女、九つ尾の彼女へと繋がった青色のネームタグが表示されました。
この少女は確か―――前のCMの時、城の上へと立っていた彼女ですね。NPCの名は《綾鳴》、何とも儚げな顔と金毛九尾がとても印象に残ります。
軽く愛想を持たせるかのような、少しばかりの微笑みを浮かべながら腕を広げます。
『どうか力を貸してほしい。この世界を、救ってほしいんだ』
九尾狐の少女がそう告げると同時に、カメラが引いて画面が曇り暗転、タイトルロゴが浮かび上がります。
「《デュアル・クロニクル・オンライン》、クローズドベータテスト受付開始」
別の少女の音声で告知が入り、BGMが途切れてCMが終わり次のまた別のCMが流れ始めました。
なるほど。平穏な世界に訪れた災禍の元凶を討ち、世界を救ってほしい……ですか。これはまた設定の漁りがいがありそうですね。
存在すれば黒幕の存在、どうして災禍に襲われる事になったのか、救うために何をしていかなければならないのか。知りたい事は尽きません。
と、様々な事に思考を広げて考えていましたが、妹が声を掛けてきたので意識をそちらに戻しましょう。
「ねえ、お姉ちゃんはいつものメンバーでやるの?」
「その予定ですね。まだ聞いてないけれど、少なくとも三人は決まっていますね」
「ってことはー……うん、また賑やかになりそう」
私と親友二人。それに時々朱音というところでしょうか。多分言わなくても千夏はついてくるでしょうし。
火力面と指揮面は問題ありませんが、情報面が少し心配ですね。早いうちに聞いておかないと、後々情報収集に困ることになりますから。
元々パーティプレイゲームをするにおいて、メンバーが身内で固められていることの心強さはとてもありがたいものです。
その分、対人戦になるとそれぞれの長所が出過ぎるので他を追い落とす際の手札が限られたりするんですけれどね……。
特にその辺は親友の妹が得手とするところで、何度引っかかって騙された事か。逆にその姉は騙されやすく簡単に引っかかるのですが。
「でも、役割的には千夏もいた方が助かりますね」
「じゃああたしもいつも通り参加するー!」
「それは嬉しいですけれど……色々考えてたんですが、今回は二手に分かれるのを提案しようかと」
「あっそっかぁ……昼と夜があるもんね……。ってことは、どう分割するの?」
「そうですね……それぞれの役割を考えて振り分けたいところ、ですけども」
ゲーム、特にロールプレイング系ではキャラクターによって様々な役割を持つ事になります。
大まかに分けて、敵を引き付け一手に攻撃を引き受け高防御力また高回避力で耐久を行うタンク、パーティ全体の回復と状態異常のケア、それに補助を行うヒーラー。それらのサポートを受けつつ、敵を殲滅するための高火力をぶつける火力職の三つとなります。
タンク、ヒーラー、近接攻撃の火力職であるメレー、遠隔攻撃による火力職のレンジもしくはキャスター。分類すればまだまだ色々と分けられるのですが、基本であるこれらのうちどれかが欠ければ、そのゲームでのロールの重要度によりますが一気に壊滅もあり得ます。
普段はそれぞれが一人ずつになるように組みますが……おそらく大別の役割分担……ジョブロールは極力薄くしてある気がします。理由はまあ色々あるのですが……恐らく用意された舞台の都合、一人プレイの自由度も非常に高めている気もします。
二つの世界ですからね、あまりに広大ですからひとりであちこちを旅をする必要も出て来るでしょう。そうであれば、少人数あるいは一人である程度を行えるようにしているはずでしょう。
特に私達姉妹は近接火力型を得手としてましたから……一人で行ける場所にも結構制限が強かったんですよね……。
ふっと思い出されるその数々の苦しい思い出。特に前にやっていたものは割とそれが強かったもので、ヒーラーとタンクがいないがために、強敵相手なら倒される前に倒すを徹底していましたからね……。
それにダンジョンも私達二人では行けなかったので、それこそみんなを集めてでないと攻略できませんでしたから。
きっと《DCO》にはそんなことはない、と信じましょう。前情報を調べる限りは。
というわけで、今回はこうしましょう。多分そうしておいたほうが、いざ配信にお呼ばれした際の負担をかけることは少ないでしょうし。
「んー……いえ、今回は自由行動にしましょう。必要に応じて集まって動いて回るのが一番だと思いますから」
「確かにその方があっちこっち回れるしいいかもね……クロニクルミッションって言うののシステム次第じゃ、単独であっちこっち回らないといけないかもだし……」
クロニクルミッションとはそのゲームの舞台である《幻双界》の各地に散りばめられた条件を達成し、開拓を進める鍵となるクエスト。
前線にあるダンジョンのクリアが条件になったり、後方でとある情報を手に入れることが新たなミッションの発生の条件になったりします。
これはゲーム全体で全プレイヤーが参加するクエストであり、そのゲーム一度きりのクエストです。
というのが先日更新された公式サイトに書かれていた詳細です。ちなみに、そのクロニクルミッションの節目にて、そのミッションの貢献度によって報酬も出るそうです。
貢献した人は名前も出ますから、有名となる人が出てくるとすればそのタイミングになるのでしょうね。
「お姉ちゃん、武器は何を使うつもりなの?」
「私はいつもどおり刀を。特に、VRであれば慣れた得物の方が扱いやすいでしょうから」
「あー、そっかぁ……じゃああたしは槍を使お。お姉ちゃんとやり合うならこっちでしょ」
「VRでも試合をするつもりですか……いえ、むしろゲームだから?」
「ふふん。ゲームでもお姉ちゃんに負けないもんね」
「でも今のところは勝敗の比率は半々ですよね……」
私達は、母方の祖父祖母に護身として武術を習っており、私が龍ヶ崎流剣術、妹が龍ヶ崎流槍術と名付けられたものを叩き込まれています。
かなり実戦派の流派で、対人や対動物を想定して練られたもの……ならしく、度々妹と試合をするのですが、傍から見ていても実試合では反則もいいところの振り方や狙い方をするため、そちらでは使えないものでした。
VRのゲーム内であれば、そんな試合形式のルールなどはお構いなしなので使えるでしょう。となれば、折角習ってもいるんですから使わない訳にはいきません。
ちゃんと型の通りに動けるかどうかはまるで別ではあるのですが、そこはそこ、それはそれ、でしょうけれど……。
「お爺ちゃんとお婆ちゃんが喜びそうね」
「伝承者が増える、って喜びそうだけど……そもそも東北の山奥で細々と伝えてるものですからね……」
「大きな道場を構えられるほどの、じゃないしね。危ないし……」
卓上に並べられていく夕食に尻目にゲームの話を止めない私達。ついでに自身も同じものを習得する母は苦笑いをしています。それもそうでしょうね……。
母はゲームこそ私達ほどではありませんが、それなりにやっていますし。やりすぎない程度に止めて、とは言います。ただ睡眠時間が崩れるようであれば厳しい叱咤が飛んでくるのですが。
理解がある、というのはとてもいいことでしょう。何より、こう見えて母はフリーランスのゲームグラフィックデザイナーですからね。
夕飯を作ってくれたということは仕事が落ち着いているということですから。……なんだか若干、目元に隈が見えますが。いつも無理をするなという割に自分は無理をしているんですから。
「ほら、夕飯出来たわよ。今日は勉強については大目に見てあげるから、ちゃっちゃと食べてから打ち合わせしてきなさい!」
「「はーい! いただきまーす!」」
夕飯を並べ終えられれば、一旦ゲームの話はやめ。これも家族での決まりです。
でも食べる速度は自由。誰にだって用事がありますからね、急いで食べるのは全然大丈夫だったりします。
ちゃっちゃと打ち合わせしてきなさい……ですか、私達二人のことをよく分かっているといいますか、いえ、この場合は私達のグループでしょうか。
確かに早々に食べてしまわないと、あちらから先にメッセージが飛んで来かねません。多分物凄くハイテンションなメッセージが。
「「ごちそうさま!」」
白米に味噌汁、沢庵の漬物にほうれん草のお浸し、ついでに刺身が少しとあっさりそして早々に食べられるもの。
私達姉妹は早々に食べ終わると、勉強に使っていた端末を手に、怪我しない程度に急ぎ二人揃って階段を駆け上がり、部屋に飛び込みます。
部屋は普段から綺麗にしてありますからね、そのままベットに飛び込みながらVR機器のスイッチを入れて慣れ親しんだ仮想現実の空間へとダイブの準備をします。
『フルダイブモード開始。クイックスタートは』
「《VRクラブハウス》!」
『バーチャルチャットルームへダイブします』
ロール概念はゆるゆるです。ステータスの振り方と取得するスキル次第となります。
武器種で得手不得手が別れますが、タンクをするならタンク系スキルを。
ヒーラーをするならヒーラー系スキルを取れば大方そのように出来ます。
次回から本編と共通のキャラクターが出てきます。お楽しみに。