287.狂乱幻想夢界 アザトース・ドリームランド
「では参るか、大変待たせたの」
「はい。準備は出来ています」
昼界王都は新嘗祭のイベントで賑わう中、私たちのパーティは屍羅さんと従者であるメイドさん達を連れて別の場所へ行っていました。
行先は行方市こと《新當》。夜津さんが隠れているという《愛護神社》から呼び出してもらうためで、その麓にいるにも関わらず妹の気配を感じ取った屍羅さんはやや不機嫌な顔を浮かべています。
さて、待ちに待った夜津さんとの再会なのですが……おそらく、一筋縄でも行かなさそうなんですよね。
「夜津のおる場所は、あやつが作り出した異界の最深部であろうな」
「開くだけでは終わらない、ということでしょうか」
「その通りじゃ。母様も容易に夜津の気配が探り出せぬようになっておると言っておった」
「……ロクでもないことになってそうですわね」
村人たちによって再整備され、以前よりも遥かに奇麗になっている本殿への階段を上りながらそう屍羅さんが口にします。
母であるシャルルさんが探り出せないほどの深層に引きこもっているとなると、漆咎さんが傷付けられたことに対してよほど怯えているのでしょうか。
いえ、むしろ怒りを抑えている……そうとも取れそうですが。彼女の力ひとつですべては解決せしめるでしょうけれど、それは世界の崩壊に等しいことでしょうからね。
「ということは、会いに行くにはダンジョンになっていそうですねー」
「絶対恐ろしいことになってそうなのだな……相手はあのアザトースなのだ……」
「側面としてはヤトノカミ、でしたっけ。そっちが出てくるのかも」
「どっちにせよ大変なことになるのは間違いなさそうです」
イチョウさんの言う通り、奥深くにいるということはそこまで行かないといけないというわけで……となれば、その道中は間違いなくダンジョンでしょう。
高難易度ダンジョンであることは容易に想像できますが、問題は相手の種類。ダンジョン名さえ明らかになれば、ある程度推察は出来そうなのですけれど、今回はそれすらも未開示ですし。
ただ、わかるのは彼女の作り出した異界であるということだけなんですけれど。ただでさえコズミックホラー神話最高級の魔王を象徴する彼女なので……想像するだけで今から怖い。
雑談を交わしているうちに階段を上り切り、神社の前に。以前来た時と同様に異質な空気で満たされており、いつの間にかできた奉納殿には大量の食材などが置かれています。
「……うう、嫌な空気じゃな。早いところ開けてしまおうぞ。ミーギュ、ヴィミア、クーシャ、手筈は伝えたはずじゃ」
「「「了承しました、マスター」」」
三人の武装メイドさん達が返事をし、四人で四角形を描くように立って。それぞれの武具を手にして掲げます。
屍羅さんは時折手にしていた金の盃を、一番背丈の小さいメイドさんことミーギュさんが白牙の大斧を、ヴィミアと呼ばれた隻眼のメイドさんが大きな黒鉄の魔銃を、最後に金髪のクーシャさんが鎖を掲げて。
「異なる位相を造りしものよ」
「異なる位相に潜みしものよ」
「異なる位相へ進みしものよ」
「我らが前に、隠したその姿を見せたまえ」
ヴィミアさんの魔銃の砲身から黒い溶鉄が垂れ落ち、クーシャさんの鎖がひとりでに動いて複雑怪奇な魔術陣を描き出し。描き出したその魔術陣の中央にミーギュさんの斧が振り降ろされます。
瞬間、何もないはずの場所から大きく砕けるような音が響き渡り。その斧の切っ先には亀裂が生じ、そこに屍羅さんが持つ金の盃が透明の液体を流し込んでいき―――
「……む、不味いな。クレハ殿、戦う用意をするのだ」
「予想はしていましたが、早速ですか」
「いっきなりですわね!」
液体が流し込まれ続けるのに応じてヒビが大きくなっていき……人がそれなり通れるほどの数の大きさにまで広がれば、その中から何か這いずり出すかの如く動き始め。
屍羅さん達の儀式は成功したのか、四人ともすぐに飛び下がり。同時に裂け目となったその場所からは大きな黒い蛇が姿を見せました。
赤い双眸にその身を漆黒で塗り潰したかのような異質な体躯、鮮血で満たされたかのようなその口とちらちらと覗く舌、その額には一本の大きな角が付いていました。これは、まさか。
夜刀神の眷属 Lv100
属性:闇
状態:
「はぁ!? レベル100!?」
「想定以上にとんでもない怪物が出てきたのだ!?」
「なんなんですかこれー!?」
「やはり潜んでおったか。手伝うがゆえ、あれを大人しくさせるぞ!」
そのレベルに驚く一同。それはそうというか当然というか、カンストレベルから大きく超えた魔物がいきなりポンと出てきたのですから当然とも言えますが。
ポンというにはしっかりと登場演出がありましたが、想像していた高難易度の遥かその上に行きましたね……流石に、屍羅さん達も手伝ってくれるようで各々武器を構えています。
屍羅さんは盃の代わりに打って変わってなんでしょうかあれ……朽ちた縄のようなものを手にしていますけれど、あれはいったい。
ちなみにその屍羅さんとメイドの方々のレベル表記はされているのですが、安定の《???》ですね。相手が相手ですから手は全く抜けませんが。
「最初からフルスロットルで―――《狐八葉・黄昏舞踊》!」
「《鬼一葉》! からの、《ドラゴンダイヴ》!」
二本のボスゲージが出てきたのと同時に情け容赦のない初撃を加えますが、その手応えは軽く。結構重めの一撃を撃ったはずですが、削れたゲージ量も二人合わせて一割ちょっとですか。
続け様にのたうっての攻撃を仕掛けようとしたところに挟み込むかのようにキユリちゃんの《トラップ》多重設置。爆発で跳ねた巨体をイチョウさんが頭から尻尾の先まで貫通するように矢を放ちました。
が、それでもやはり奥義ほどは削れずちびりと削れた程度。流石にイチョウさんも頬を膨らませ、キユリちゃんも溜息を吐きますが、間髪入れずにトトラちゃんの《フローズンガーデン》が叩き込まれます。
「動かしたら不味そうな気配しかしないのだ!」
「その動きの鈍らせ方、助かります。《儀典・猟犬王の牙》よ―――穿て!」
凍結効果で動きが鈍ったところに、屍羅さんからミーギュと呼ばれたメイドが白牙の大斧を振りかぶって一撃を。武器の名称が曰く付き過ぎるのについてはあとで問い詰めましょう。
流石に私たちのレベル以上を持つ彼女の攻撃は相当に効いたようで、がっつりと削れましたね。おそらく今回は、彼女達を支援する方が立ち回りやすくはありそうな予感がしますが……。
「わらわはサポート向きであるがゆえ攻撃に向かぬ! クレハ達の援護をするゆえ、あやつを叩きのめすのじゃ!」
「―――そっちの方が早いですね!」
「あれは夜津謹製の眷属じゃ! こっちも手加減しておったらやられかねん!」
屍羅さんが手にしていた縄を一撫でした途端、大蛇に追い打ちをかけるかのように地面から無数の縄が蛇のように伸び、蜘蛛の巣のようにその巨躯を絡め捕りました。
……なるほど彼女、蜘蛛の怪物ですけれどクチナワっぽい側面も持っているのですね。おそろしくマイナーですがそれもまた蛇神であり、各地に怪異の一種として伝わるもの。
彼女も名前から察せられる原典が他の姉妹と違ってなお蛇姫姉妹の一角として数えられるのは、蜘蛛糸をああして縄にして扱っているのでそういう見立てもあるから、でしょうか?
そうとも考えれば以前から自分は戦闘に向かないと口にしていました理由もなんとなしにわかるような。
動きが止まっている隙に接近して攻撃を加えますが、それでもその表面から黒い影が伸びてきて攻撃してくるため一方的にとは行かない様子。
ある意味では流石、言葉通りに夜津さん謹製の魔物ということになります。確かにこんなの相手は変に手加減をすると大変なことになりそうですね。
「動き、次はこちらが封じます! 《儀典・時神の魔鎖》、起動!」
「クーシャ、助かるぞ! わらわだけではどうにも拘束するには弱いからの。皆、今じゃ!」
次に動いたのはクーシャさんですね。手にしていた鎖がひとりでに動き、屍羅さんの拘束の上から絡みついて動きを更に止めさせました。
またなんか聞いてはいけないようなワードが飛び出した気がしますが、我慢我慢。屍羅さんの掛け声に合わせて花月と月天の合わせ、そこに居合斬を嚙み合わせて十二連の斬撃を見舞います。
チヨちゃんもフルスロットルでいきなり必殺の《夢想白幻斬》を繰り出していますし、今がチャンスと言わんばかりにイチョウさんも《十六夜金月・繚乱》で一気にダメージを与えにかかっていますし。
ただキユリちゃんはすぐに出すわけにはいかなさそうなので、いつもの高速飛行をしながらボスが拘束から逃げ出そうとした折、身を揺すった時に触れる範囲に《トラップ》を仕掛けて回っています。
設置位置がものすごく絶妙で、私たち近接組には影響のない場所に設置しているのは流石といいますか。あれほど無詠唱という最大の特色を持つ《竜眼》を有効活用しているのは彼女くらいのものでしょう。
「クーシャさん、あれはどれくらい持ちますか!」
「あと十数秒です、ヴィミア。お願い」
「はぁーい、皆さんできればミリで動かさないようにお願いします」
「うおおなんかとんでもないもの撃つ予感がするのだな!」
気が付けは少し離れたところでヴィミアさんが先ほどの魔銃を"先端に取り付けた"重砲を構えていました。まるで大砲のようなその内側には煌々と輝く火口のマグマが如き輝きを放っています。なにあれ。
二人の武装が《儀典》であれど関してあるのはこれらもクトゥルフ神話に関するもので、あの大斧はティンダロスの王ミゼーアを名を冠していますし、鎖の方は《アフォーゴモン》という時間の神の名前を持っています。
どちらもアザトース、ひいてはその番いであり最も有名な邪神の関係者ですね。ミゼーアはその敵対者であり、アフォーゴモンはその化身……と、考えるとあれは何でしょう。
「ダメだお姉ちゃん考察タイム入ってる!」
「はっ、いけないいけない。《清流遠呂智》!」
「クレハさんのいけない癖ですー!」
いけません、考察状態に入ると思考が鈍りますね。一応なりと皆が大技を連発するために既にゲージ一本を割りかけるところまで来てます。
なので反射的に状況を一瞬で見て繰り出したのはすぐに持ち替えた唯装《清流水蛇》で放った唯装奥義。八連の斬撃は流石に効いたようでその残りも僅か。
すぐにまた持ち替えて今度は《白雨》、深めの前傾姿勢になりながら構え深く一息。その合間にキユリちゃんも奥義を放ち、クーシャさんと交代でバインドして―――いや思ったより暴れてる!
下手をすると外してしまうかも、と一瞬考えてしまった矢先。
「やっぱりこれ本来はこれ攻撃用だ!」
「仕方ないのう、《フィフスワイド・―――ブースト》!」
今一瞬屍羅さんが使ったものは全体へのバフというのは理解出来ましたが、効果を示すひとつの言葉が多重に重なったかのように聞こえたような。その多重に重なったうちの聞き取れた分だけでも強力なバフが掛かりました。
一体何を、と聞くのは後として、このバフのお陰で一瞬キユリちゃんによる拘束が強くなりました。後方からも強力な魔術や射撃が飛んでくる―――であるならば、今がタイミング。
「―――《水龍閃》!」
抜刀からの一撃。いつも以上にキレが良く、軽くも重い一閃が大蛇に炸裂すると同時にそれで一本目のゲージが尽きたようで。
その衝撃か、あるいは怯んだのかゲージが割れると同時にぴたりと動きが止まり。動かなくなった途端、背後から声が上がりました。
「射線上から退避を。当たったら来訪者の方であれば即死しますので―――穿ち抜け、異なる輝きよ、《儀典・銀門の輝き》!」
重い引き金が引かれる音と同時に、眩い一条の輝きが言葉通りに大蛇を穿ち抜き。その痕跡は一片の無駄もない奇麗な正円を残すのみとして大蛇を貫いており、二本目のゲージは消し飛んでいました。
直後に大蛇が溶け落ちで影へと溶けていくかのようにその姿を消していってしましましたが……先の一撃を放った魔銃は赤熱していましたけど、すぐに折り畳まれて元の形へ。
私たちも戦闘終了を確認して、それぞれ武器を収めていきます。種類は違えど同じ魔銃ということで、トトラちゃんが屍羅さん達へと駆け寄っていっていますが……
「なんだあれ! すっごいのだ!」
「一撃必殺のロマンですわね……」
「こういう使い方は滅多にさせぬのだがのう、今回は相手が相手であるからにな」
「普通に撃った方が実際は小回りが効きますけど。今回は皆さんがいたので」
……なるほど、ウムルタウィル。正しくは《ウムル・アト=タウィル》、ヨグ・ソトースそのものである銀の門の守護者の名ですね。
ここに来て屍羅さんは関係ないとはいえど、ハロウィンイベント時に関わったものがいなかったヨグ・ソトースの周辺が急に固まったような……一瞬だけ、嫌な想像が頭を過りましたけど。
屍羅さんがそうである、とは考えにくいですけど、ならばもしかして、いやまさか。
一旦考えるのはここまでにして、折角門番を倒したのですから色々確認しておかないと。
「して、クレハよ。手間をかけさせたがこれで報酬としては完了であるな」
「……この先に、夜津さんがいるのですね?」
「まあ、おるであろうな。内部は試しに見せてもらっただけであれば、グチャグチャという言葉が似合うような場所であるが……」
トトラちゃんがメイドさん達とやいのやいのしている間に、先ほどの大蛇がいた場所に大きなダンジョンの入口……歪みが出来上がっていました。
屍羅さんもあまりよくない顔を浮かべているところを見るに、以前見せてもらっているのでしょうね。あの夜津さんであり、先ほどの門番を用意するような人ですから中はあんまり考えたくはないのですが。
試しにとイチョウさん達とダンジョン入口に触れてみた途端、アラートと同時に警告文が出てきました。普段はこんなことないのですが、えーっとなになに……
「……《異界へ通じる暗路》の推奨レベルは100以上となっています。また内部は大変高難易度の仕様となっているので、何が起きても自己責任でお願いします……ですか」
「こんな警告文が出るってことはこれはよっぽどですねー……でもクレハさんとジュリアさんって」
「ええ。レベル25キャップで《他無神社への道中》を踏破しているので、ある意味久々のヤバいダンジョンの気配がしてます」
「あの時もなかなかブッ飛んでましたけれど、針の穴のような開始条件だったのもあって結局当時挑めたのは私とお姉様だけでしたものね……」
先ほどの門番がレベル100でしたから、内部も相応にえげつないことになっているのは間違いないでしょう。
ともかく一応ダンジョンへの突入準備はしてあったとはいえ、ここまで高難易度の設定となると一度仕切り直して準備しなおした方が良さそうですね。
何なら全員が唯装奥義を使い切っているので、これから注意書きが出るほどの中の化け物達と戦うにはちょっと不安要素が大きいですから。
一応なれど私とジュリアはベータ時代に似たようなところを突破していますが、あの時は上り幅が比較的緩やかで組みしやすい相手だった、尚且つ夜霧さんの支援があったので何とかなりました。
ただ今回は最初から差を付けて来ていますし、屍羅さんは手伝ってくれなさそうなところを見るに道中での支援が皆無となればそれだけで難易度という難易度は跳ね上がっているでしょうから。
「こうなるとなると……攻略するためにトップ勢に情報を流布するのと、今日は一度撤退して準備を整えた方が良さそうですね」
「ええ。神社道中と同じであれば定期的にセーフティと一時中断できるエリアがあるでしょうから、まずはそこまで行くための準備ですわね」
「賛成ですー、経験者の言葉でもあるのでー」
「はい、私もその方がいいと思います」




