275.十二の河流らる水の龍
さて翌日、昨日は予想外の大群の処理に追われてボスまで辿り着けず。中間地点からスタートですね。
とはいえあれだけのレア魔物を引き連れて来たお陰で、結構素材が集まったのでいい……としましょうか。
水属性の素材としては兎角優秀な様子。特に《鬼水蜘蛛》の甲殻はレアなのもあって軽く頑丈だそうで、前衛の防具素材として使えそうな。
私の装備にも強化素材として……とは思いましたが、私とジュリアの一点ものの製作装備はそれらを飛び越すほど強力な防具なんですよね。
何やら、私の知らないところで誰かしらから使うようにと渡された素材を使っているのだとか……なんというか、その誰か、については想像が付きそうなのが怖いところですけれど。
「きょ、今日はそこまで離れないように狩ります……」
「昨日の事は反省している……」
「とはいえ、今日はボス戦がありますからね。温存させてくれるのであればそれはそれで」
「貯めに貯めて水蜘蛛数体は勘弁ですけれどねー」
ユエさん曰く、今回はそう深いダンジョンではなさそうとのことなのでゆっくり進みたいところ。
とはいっても屍羅さん指定のダンジョンであるからにして、その分強力なボスが控えていそうな気配もしますが……
なんて言っている隙に、チヨちゃんが見かけた《サカナ兵士》に飛び蹴りからの《花月》を喰らわせていますね。半分オーケーを出した途端これですか。
消耗自体は一番低いですし、ほぼ一方的なので彼女の負担も少ないんですけどね。何より楽しそうとも。
「もー、行った傍からですねー」
「まあまあ。その分楽させて貰ってますし」
「私は見ていて面白いのですが。なかなか見られるものでもありませんからね……」
観戦側にも楽しそうな人が一人。とは言っても、今回はボスが控えているのでそちらも楽しみだと出発前に言っていますが。
そうこうしているうちに鉄壁のアカラギさんとそれを補佐する紫陽花ちゃんも参戦。カルンさんもすぐに行ってしまったので、イチョウさんと私は手持無沙汰に。
……仕方ありませんので、ボス部屋までユエさんも交えて適度に雑談をするとしましょう。
――◇――◇――◇――◇――◇――
「して、ここが最奥ですね」
「中は……わかりやすいぐらいボスが出て来そうな大広間ですか」
「外側が水で満たされてるってことはー、水棲系なのは間違いなさそうなんですけどねー」
「でっかい大水蜘蛛でしょうか!? それはそれで面白そうですが!」
そんなこんなでボス部屋の前。ちょっとした抜け道の向こうにわかりやすいぐらい広い広間があります。
洞窟全体の水源も兼ねているようで、上層から穴を伝って川水が流れ込んできているようですが。これもこれでまた絶景と言いますか……
私の心象を示すかのようにユエさんが反応して覗き込んでは目を輝かせているところを見るに、こういった風景も好きなのでしょう。水路奥の竹部屋もそうですが。
「では早速入りましょう、回復は大丈夫ですね?」
「ばっちりです! 紫陽花のカバーが上手いので!」
「ほとんどノーダメージでしたもんね。バリア量といいとても上手くなってました」
「こないだキノコと殴り合ってた時にタイミングを計れるようになったので……」
準備も出来ているようですから、早速。さて何か出るやら……
ボス部屋へと入るとムービーに入りました。珍しいですね、こうなるのは。
「あれは……」
清らかに見えるこの水源の水……ですが、その水中を動く何かに沿って薄く濁りはじめていきました。
細長い影から、それは蛇でしょうか。ボス部屋の外周にある水路をぐるぐると巡り……私達と相対する位置にある大滝へと来ると、ゆっくりとその中から顔を出します。
最初に見せたのは黒ずんだ鼻、鹿を思わせる角、所々が黒ずんだ白銀の鱗に覆われたその貌、そして青色の毛並み……
水中から姿を見せたのは、水の蛇ではなく。水の中から出て浮かび始めた白銀の龍の姿でした。
「よもや、昼の王都に棲むという同族に巡り合えるとは」
「ということはあれが噂に聞いていた……」
「はい。おそらくですが、王都の河を揺蕩う龍、《四季媛》かと思われます」
水精の龍 四季媛 Lv80
属性:水
状態:呪化
その白銀の水龍は濁った眼でこちらを視認するなり咆哮を上げ。勢いよく初撃として噛みつこうと飛び掛かってきました。
サイズこそそこまで大きいことはなく、水路を泳ぐと聞く通りのサイズ。ただ長さ自体は結構ありますし、初めての龍相手ですからね。
様子を見つつも慎重に戦いたいものですが。さてさて、頑張っていきましょう。
すぐに散開しつつ武器に風属性を付与。早い物でチヨちゃんとカルンさんは先鋒の役割を果たすように飛び掛かり、数度攻撃を加えています。
二人の速度に一手遅れつつもアカラギさんがヘイトスキルで自分の方を向かせ、他の皆が動きやすいように対面に立ち。
今回はヒーラーがいるということでイチョウさんはヒーラーではなくアタッカーとして構えていますね。既に弓を引き、その矢先は水龍を捉えています。
「そういえば、屍羅さんは観光で彼女を見たいと言っていましたね」
「彼女はある意味でサク様と同じほどに顔が広いですからね。龍としては全然成長途上ですが、王都のマスコットでもありますので……」
「どのような経緯で、というのはまた聞くとして。まずはあれの対処からでしょう」
「水属性の攻撃に気を付けてくださいませ、彼女、昨日語った《水精龍》ですので」
そうユエさんが伝えてくれた直後、最早懐かしさすらある水を圧縮したウォーターカッターの如きブレスが私達の傍を引き裂いていきました。
派手さこそないにしろ、圧縮された水の刃が作り出す飛ぶ斬撃とも言えるシロモノ。威力はランスにも劣らないのに弾速が凄まじいことこの上ありません。
同時並行で水魔術も放っているところを見るに、確かにこれは精霊の特色も強そう。多様な属性を取り扱えるのが龍の強みとはいえ、かなり水属性に偏重しているようにも思えますが。
「ミズチさんとは別物の動きしてますー!」
「これが龍……!」
「涼ちゃんとはまた違った動きをしますね! ですが!」
前を張るアカラギさんが更に一歩前へ、そして魔術攻撃に対しても怯むことなく一撃を加えました。
忘れがちでしたが進化している彼女の種族は《トレント》。魔術攻撃に強い耐性を持つタンクタイプですから、精霊など魔術攻撃主体の相手には滅法強いのです。
その上に紫陽花ちゃんの手厚いバリアがあるので、むしろガンガンに殴っていく攻撃型のタンクという動きをしています。
もちろん《大樹の腕》を使っての小技のような受け流し方もしているところも流石と言えますか。
「ブレス、来ますよ!」
「アカラギねえこれ分かり易いから避けて!」
「もちろんです! でやーっ!」
そして、もちろん避けれるものは避ける。紫陽花ちゃんもギルド内では最年少ながらしっかりと実力が出始めたようですね。
ハチドリが如く飛び回りながら近接攻撃を見舞っているチヨちゃんとカルンさんが受ける軽微なダメージもケアしつつ、自身も結構な頻度で攻撃を仕掛けています。
バリアを張る、というのはそれが切れるまではあまりケアしなくても大丈夫なわけですし。各々のバリアの残耐久ともにらめっこしないとですけれど、その間は自由ですから。
今後はこのタイプの魔術も実装されそうですから、そうなるとまた色々変わって来そうですね……攻撃が両立出来てると慣れも早いでしょうし。
ボスの体力はダンジョンのレベル相応ではあるのですが、やはり手練ればかりだと減りも早く。流石に大技で一気に削るほどの速度ではないですが、かなり順調にボスの体力が削れていますね。
撃ちたくてうずうずしている二人の様子も見て取れるんですけれど、そうさせたのは私ですからね。何しろまあ、されると私の新アーツの数々も出番も無くなるので。
とはいえどちらも使いどころが難しいのでタイミングを計りかねるので置いておくとして……ううん、折角バージョン1でのカンストアーツなのにやや勿体ないのですが。
「ユエさん、彼女に関する情報は何かご存知だったりしませんか?」
「水刃の吐息を避けながら話すことではない気はしますが……噂で聞くくらいでしたら」
「何か糸口があるかも知れないので」
白龍が放つウォーターカッターのブレスを避け、水飛沫を潜り抜けつつ二連の踏み込み移動で急接近。
そのまま威力倍加を乗せた振り下ろしによる一撃を喰らわせ、怯ませると同時に捩じ込むような蹴りを見舞ってから距離を取り。
やや呆れ気味のユエさんの言う通り、まあ確かに話しながらやるような事ではないのですがそれはそれ。もしかしたら第二形態があるかもという先読みも兼ねての事ですね。
「彼女が天竜の河川に住むようになったのはここ十数年の話とは聞いています。もちろん紗那姫様から許しを得て住んでおり、地下の水路や城の池を寝床にしているのだとか」
「十数年で割と最近ですか……」
「長命種にありがちな数年を最近というやつですねー?」
「それを感じ始めるのは齢が三十を越えてからだそうですよ。私の祖母も言ってました」
「その祖母さんが幾つかは、まあ聞かないことにしましょうか……」
「今年で七百を数えるとか言っていましたよ」
「………ななひゃくさい」
「そこで答えちゃうのがユエさんらしいというかー」
七百歳と聞いて紫陽花ちゃんの手が止まってしまいました。イチョウさんがすぐにカバーに回りますが……バリアの手厚さもあって特に止めても問題なかったようですね。
長命の代表格とも言える竜種ともなると世代間の隔たりもすごい。翠華さんや綾鳴さんも千、二千を経て娘たちを得ているので、違和感はないのですけれど……
……あれ、ふと思いましたが、有力者たちの娘の歳を聞くとここ最近が多い気がしますが。外見が維持されるのであれば、年齢はバラついてもいいような気もしますけれど。
ですが、まずそこまでの長命が実存しない現実では結構衝撃的でありコメントでの反応も様々。一番注目されるべき外見がどうなのかは気になりますけれど、それはそれとして。
「ふふふ、はい。本題ですね、やはり地球界とは色々と差があって面白いこと」
「こちらも驚く事ばかりですよ。それで……」
「はい、水属性の龍というものは住家となる河川、或いは湖を守るものの役割も持ちます。彼女にとってはここの河川一帯がそのようですね」
「となると、もしかしてこの湖が穢れる程に弱ったりするんですー?」
「流石はクレハ様側近の狐龍、ご名答です。自身が管轄する水が穢れると、自身も弱り果てていきます」
「ということは、今彼女にそこまで力がない理由は……汚染によって水が穢れているからですか」
「そういうことでしょう。なので好機ではあるはず」
そうなると、この戦いにしても少し見方が変わってきますね。彼女も住家を守っていたのに、汚染され呑まれてしまったのでしょう。
故金さんのことを思い出しますし、何なら汚染されている方々は皆そう……今回は同族ゆえか、ちょっと感傷的になってしまいますね。
ならば、早々に汚染から解放してあげなければ。
「―――では、新アーツ使いますよ」
「はーいー! では援護しますねー!」
図らずもこれで決め切る形になりそうですけれど、それはさておいて。
四季媛の名を持つ龍は幾つかの魔術を並行して撃ちつつ、本命のブレスで仕留めるという動きがメインであり。強みとしては常時滞空なので近接を当てるにはやや一手間必要といったところ。
しっかりと今回イベントで提示されたダンジョンボスはコンセプト通りの動きをしていたので、彼女は空戦特化といったところでしょうか。
ですが、動きは見えています。あの子、最初から同じ場所から動いてませんので。
「《飛燕》、《行月》!」
「隙作りはお任せください! 《ウッドストライク・パイル》!」
「もう解禁でいいですよね! 《百影分身の術》!」
「私も負けてられないね、《ウィンド・ピアース》!」
私が一気に前へと出たのに合わせるかのように、全員が《唯装奥義》を。図らずも一斉攻撃となったようで、後方ではイチョウさんも弓を引いています。
カルンさんも先日出し損ねた唯装を使っています。風を纏った一撃であり、単純に突撃刺突技……かと思えば、あの加速振りは特筆するべきものがありますね。
見ているだけ妖精の最高速度を人の姿で出す様な感じで、相当の速度が出ていることでしょう。細かい空中機動操作とすれば、エアリーでジュリアの次点となるでしょうね。
白龍がそれらをまともに喰らって怯み、動きを一瞬留めれば。後方からイチョウさんの《十六夜金月》も放たれれば、あとは剣を抜くだけ。
「稲花さん直伝、使わせてもらいますよ」
腰に佩いていた《幻咲稲穂》が手元を離れ、黄金色の輝きに包まれればその数を増殖させて七本に増え。
それぞれが勝手に動いて次から次へと白龍を斬りつけていきます。一応コントロールこそできますが、今は自動にしておきましょう。
配信画面と周囲の皆さんは目新しいそれに驚いていますが……私はこれを二度喰らったことがあるんですよね、本家本元を。
「―――《狐八葉・黄昏舞踊》!」
光の刃となった七本が白龍へと突き刺さって動きを止めたところに向け、飛び掛かっての黄昏色の一閃。
直前に《十六夜金月》での削りもあって、ぴったりトドメになったようで。ゲージが尽きたと同時に白龍は低い唸り声を上げ、その下……湖へと落下していきました。
大丈夫でしょうか……後方で一緒に話を聞いていた紫陽花ちゃんが覗き込んで、アカラギさんと共に心配そうに湖面を見つめていますが。
「稲花さんの必殺じゃないですかー!?」
「はい。八人全員から頂いた特典のようなものですよ」
「これはまた圧巻でしたね……幻惑と分身を噛み合わせるよりインパクトあります……」
言われた通り、これは稲花さんが扱うその奥義でもあります。本来であれば彼女の本来の姿、尾を模した七枚の葉で切り裂いた上で尻尾の一撃で叩き伏せるというものですね。
その上私がただ一度、明確に黒星を喫してしまった技そのものであります。それがこうして私の手で使えるというのは、これまた感慨深いといいますか。
ただこれ、当然なのですが威力は抜群ですがクールタイムが大技並みに長い。その代わり、《狐八葉》を使うとちょっとだけ短くなる効果があるんですよね。
戦闘時間の長い複数ゲージ持ちなどとの長期戦となればこの追加効果を上手い具合に使う事で、複数回使う事も視野に入りますね。何にせよ、面白いことはできそうです。
「クレハさん! ちょっとこっちに!」
「四季媛ちゃん浮いてきましたー! たぶん連れ帰れるんじゃー!」
おっと、やはりこちらもイベント。ちゃんと連れ帰りましょうか。




