268.関東名所めぐり
「そういえば、二番街の方なんて足を踏み入れた事無かったですね……」
「そういえばそうですー。だいたいは門の周辺、西側地区にお世話になりますからねー」
「と、隣の一番街よりかはまだ足を踏み入れやすいですけど」
「あっちは……そうですね、わからなくもないですが」
翌日。帰ってくるのとほぼ同時……午後六時を基準に久々の大規模クエスト発令こと《天竜城の御触書》が発令されました。バージョン0振りですね。
リストアップされた各地のダンジョンを皆で攻略することが目的で、数十か所のダンジョンが張り出されています。
もちろん攻略に参加するに応じて適正レベルのダンジョンであればお金と経験値のボーナスが入り、全て達成することで参加者全員に追加ボーナスが入るという大盤振る舞い仕様。
難易度もレベル5くらいから入れるものから、上は最前線級の70レベル対象まで大小様々なダンジョンがピックアップされていました。
もちろん私が昨日突発イベント発生の告知をしておいたので、既に攻略が始まっているところもありますね。
「それで今回私達が向うのはー」
「はい。別口で屍羅さんからのお願いを聞くことになっているので、そのひとつめですね」
「この方向からすると、浅草神社でしょうか……?」
「その通り。一番街と二番街の境目近くにある神社、浅草神社が今回の目的地となります」
そして発令に合わせて昨日の約束通り、屍羅さんが観光したい三つのダンジョンを提示して来ました。
その最初の一つが私達が今向かっている浅草神社こと《風雷神社》。たぶん浅草雷門の両隣にある風神雷神の像から持って来たのでしょう。
もちろん適正レベルは70以上なのでいくつかある難関ダンジョンのひとつとなります。予想通りですが、それはそれとして。
「それにしても一段と町中が賑やかです」
「こっちの方向だと《葦原遊郭》と《空橋之塔》が近いですから、その所為かと」
「《天竜遺物展示館》や《鬼口魔獣園》も近いですねー」
「空橋塔はちょっと行ってみたいですが……またの機会にしましょうか」
それぞれ吉原遊郭、東京スカイツリー、国立博物館、それに上野動物園でしょうか。吉原遊郭はともかくとして、スカイツリーは二千年代のような気も。
少し未来の建造物も何かしらの目的があって建てられたのだと思いますが。ちなみに今は秋葉原のあたりを歩いている最中で、この辺りは木製からくりを作っているようですね。
後々何かしらに関わって来そうなことをしていますね、からくり人形の他にも木彫り人形や水墨画なども数多く売っている店があるようで。
うーん、未来の姿がちょっと想像できるのがちょっと面白いところ。ちなみにここ秋葉原にもダンジョンはありますが……
「おかしいな……しっかりダンジョンしてるぞここ……」
「しかも色々有名どこの建物混成してね?」
「それだよそれ! 場所は駅の隣ってわかりやすいトコなんだけどなー」
……現代において秋葉原駅のすぐ傍の通りにある有名なスポット、秋葉原ラジオ会館のある場所に大きな建物があり、そこがダンジョンになっていますね。
その名称こそ《紅羽原技術会館》。推奨レベルは40から50の中級者向けであり、中はなんとまあ秋葉原の様々な有名な建物が混成した混沌としたものになっているのだとか。
人工衛星が突き刺さったりはしてないので大丈夫そうですが、始まってすぐの今はまだまだ入口かその辺までしか進んでいない様子。一体何が出て来るのやら。
あちこちの数十にも及ぶダンジョンの攻略情報が飛び交っているので把握し切れていませんが、後々まとめられるでしょう。目を通すのが楽しみですね。
ちなみに発令されたダンジョンの多くは現実に照らし合わせた観光名所が多いのですが、その中でも一部は地形に合わせて位置を変えているようです。
元々の番地振りからして似つかわしくない場所も少なからずありましたから、それを反映するためだったのでしょう。
ある意味では、現実世界とこちらの世界における違いといったところでしょうか。現実であれば埋立て地を作っている箇所も少なからずありますし。
それと余談ですが……まだ私達の手には負えないと判断したのでしょうか、件の塚は発令された内に入っていませんでした。格も考えるとそれはそうなんですけどね……
「クレハさんー、気になるのはわかりますけど浅草はこっちですよー」
「ふふふ、ルヴィアがイベントを先導してるのはいつも少し羨ましかったですが、こんな感じなんですね……」
――◇――◇――◇――◇――◇――
「では到着しました。こちらが風雷神社……《轟風雷轟神社》ですね」
「名前がパワーアップしてますね」
「ここら見るだけでも楽しそうですー」
さて問題の私達が今回攻略するダンジョンなのですが―――浅草雷門から神社にかけてがダンジョン化しているようですね。
ダンジョン化したのも最近らしく、多くの人が困惑しているのだとか。多分、この調子だと指定された残り二つも厄介そうな。
そのうちの片方は既に名前からして嫌な予感はしていますが。これはまた最後に攻略するとしましょうか。
また私達の他に入ったプレイヤーはいないようですね。流石にここの推奨レベル帯となると今は最前線が動いているので、ここまで戻ってくる人も少ない様子。
もちろん推奨レベル未満、或いはギリギリであれば入っては来るでしょうが苦戦必須でしょうからね。
「……黒い煙みたいなものがちらちらいますね」
「どちらかというと雲みたいですけど」
「あれが今回の第一魔物ですねー?」
一歩門の中へと入ると、綺麗な石畳の道の上に黒い塊がぷかぷかと浮いていました。早速の魔物のようですね。
どことなーくギ〇モとかその手のように見えますが、よく見ると色は二種類。風属性のような緑色の発光をするものと、黄色い雷属性のような発光をするものの二種類。
これが今回のメインとなる魔物のようですね。ダンジョン化して距離感が狂う程に長くなった本殿までの道中にたっぷりいます。
雷雲化生 Lv70
属性:雷
状態:汚染
風雲化生 Lv70
属性:風
状態:汚染
なるほど、予想通りですね。三人共属性を確認したのですぐに私が土属性を、イチョウさんが火属性を付与して弱点を突けるように。
チヨちゃんは昨日雪花さんから貰った《水連雪花》を手にしており、イチョウさんも同様に白菜さんの《白蔓緑弓》を装備しています。
その耳にはもちろん同じように水連と白菜の耳飾りが。この二人はどう生かすのか楽しみですね。
「では先に仕掛けます。ちょいや!」
「あれ、完全にクレハさんの影響ですよねー?」
「私はああいうの教えてないので、どうやってもあれはチヨちゃん発案です」
チヨちゃんのそらをとぶ攻撃が手近にいた雷雲に炸裂。ジュリアの使う跳躍攻撃に似たものでしょうけど、単純に出の早さを求めているのか刀での攻撃はしていません。
実際に接近技に比べてとんでもなく速度が速く、どちらかと言えば《瞬歩》や《飛燕》寄りの速度。素早さの高さと鳥人特有の飛行速度の加速を応用したものでしょう。
ただあれを応用してなお敵に対して突っ込むというのは《跳躍攻撃》同様に度胸が要るので、真似する人は早々出ることは無さそうですね。
ある意味では私とジュリアのミックスとも言えるでしょう。飛翔してからの着地際に蹴りの代わりに《剣閃一刀》を叩き込んで斬り抜けるのは流石に腕がいいと言いましょうか。
剣閃の溜めを飛行からの接近動作に組み込むことで、その溜めの動作という隙を消し着地と同時に発動させられる……上手く考えたものです。
先日まで挑んでいたダンジョン達に比べれば相当レベルが緩いですからね。それもあって今日は三人での行動なのですが。
サクサクと進みそうな雰囲気になっていますが、どうにも私には二段構造になっていそうな気がするんですよね。
ただ本殿に到着して終わりというのもこのレベル帯にしては呆気なさ過ぎる気がしますし。それで済むなら容易いのですけども。
「ではそろそろ私もー!」
「動きますか」
さて。エアリーのナンバー3をトトラちゃんと争うイチョウさんがどう《想装》を扱うのか見せてもらいましょう。
手に入れてから白菜さんと一緒にあれこれ相談していましたから、何をやらかすつもりなのでしょうか。元より弱点看過と精密射撃と射手が使えるものに関しては殆ど得意ですからね。
いつも通り弓に矢を番えて弦を引き。狙っているのは少し離れている風雲ですが……
「《ストレイフ・インクレイス》!」
「なっ!?」
ストレイフは矢を四連射するアーツ、なんですけど……
にこにことした笑顔を浮かべつつイチョウさんが放ったそれは様子が違い、本来四本の筈がその姿がブレて……八本にも増え、そして十六本へ増えて降り注ぎ。
もはや別のアーツ、《アローレイン》のような様相を呈した矢の散弾が風雲二体を蜂の巣にして消滅させました。威力は分裂した分弱くはなっているようですが。
まさか分裂を手数に応用させるとは、これまた考えたものです。レベルが同等かそれ以下であればこれだけで軽々と殲滅できることでしょう。
まさかの単体技が範囲殲滅へと化ければコメント欄は大盛り上がりもいいところ。ただこれ、使い方に難がありそうですが。
増殖する前に射貫いたら折角の効果も無意味ですし、威力が落ちるので適度に集めなければいけませんからね。
分裂点と着弾位置を見極めているイチョウさんだから出来る芸当でしょう。他の人が使おうと思えば相応に練習しないと駄目でしょう。
「イチョウさん……なんてことを……」
「ふふんー、ずっと考えていた事ですよー。流石に増殖のクールタイムもあって連発はできませんけれどねー」
「~~~っ! それなら私も見せちゃいます、本当はボス戦で使いたかったですけど!」
イチョウさんの大技を見てチヨちゃんもいきり立ったようで、雲達が集まっているところに再び跳躍して接近。
今度は何を見せてくれるのかと見ていれば、チヨちゃんの姿が一瞬ブレました。いつもの《影分身》ですが、少し様子が違う様子。
不意打ちした相手にそこからいつも通り斬りかかるのですが、いつもより大振りに見えた矢先―――その大振りの隙を潰すように四方八方から分身が飛び出して斬り付け。
分身以上に薄らいでいるように見えるそれら攻撃はダメージこそ微量ですが、意識をそちらに向けさせて混乱させるには十分。全力の《月輪》を喰らった雲達がまとめて消滅しました。
おそらく幻惑の応用でしょうけど、彼女の場合は必殺の一撃を幻惑による分身と自身の影分身を織り交ぜて悟らせないようにしたのでしょう。
イチョウさんの増殖と違って実体を持たない分身体なので、一目で騙すにはちょうどいいくらいでしょうね。
これによって長らく私達に意識を向けさせてから致命の一撃を狙っていましたが、こうすることで一人でも叩き込めることが出来るように。
ついでにパッと見の物量も凄いので、これまでおとりに使っていた影分身の攻撃も本命に加えることが出来るようになったのはいい点。とてもいい方向に発想を持って行ったものです。
「よしっ、だいたい上手くいきました!」
「チヨちゃんもすごいですー!」
「祖父に見せたら腰抜かしそうですね……」
「はい、お時間ある時にお爺様に詰めの稽古をしてもらうつもりです」
出会った当初を思い出すと物凄い成長をしていますね、本当に。ちょろちょろと走り回りながら私に合わせて攻撃していた頃が懐かしいほど。
影分身を手に入れてから闇討ちという方向にしっかりと舵を切り、翼を手に入れたことで速度にも磨きがかかり。そして今幻惑を手に入れたところで両方を伸ばした。
イチョウさんも私のファンから始まってサポートをするためと追っかけて来てくれていましたが、今では立派なアタッカーの一人ですからね。
ちゃんとヒールもしてくれますけど、最近はキユリちゃんに投げがちで……いえ、あの子も大分火力面で猛威を振るっていますか。
「そういえばー、クレハさんは八種八本全部貰っていましたよねー……?」
「うっ……」
「しっかり見ていましたよ!」
「え、ぇぇー……」
二人共、戦闘後にずっとそれぞれの相手と話し込んでいたかと思えばちゃんとこっち見ていたんですね……?
その通りに、ちゃんとあのあと稲花さんとの決闘が始まり。以前削り損ねたその僅かを削り取って勝利を得ていました。
稲花さんが約束通り残りの七本全部を渡して来たので、実を言えば《水連雪花》を含めて耳飾りも私の手元にあるので先程のチヨちゃんと同じ事は出来たりする……はずだったんですが。
今後は気分によって入れ替えつつ使ってあげたいな……かと思えば、八本も一斉に扱う事はできないでしょう、と見ていた翠華さんからお叱りを受けていました。
そのため、少し"特殊"な形で私の手元にあることになります。そう、このように……《幻咲稲穂》を素体として。
「あると言えばあるんですけど、ちょっと違うんですよね……」
「前とはちょっとだけ飾り付けが変わってますけど、それ《幻咲稲穂》ですよねー?」
「もしかして、ちょっとだけパワーアップしてるとか?」
「これの真価については、それこそボスでしかお見せ出来ないかと」
「「クレハさんのけちー」」
超高難易度ではなく、ただの高難易度程度であればみんなこれくらい緩くなります。




