229.やっぱり一筋縄でいかない人だった
「クレハ達、ご苦労。おかえり」
「はい、只今戻りました。あれ、シャルルさんは……?」
「ちょっと見ておきたいところがあると言われて、外へ」
ところは移って再びメルシナの職員室。霊稀さんとその妹様を連れて戻ってまいりました。
最後のダンジョンである《夜界闇神聖堂教会》も少し前に解放され、ジュリアはそこに向かったので入れ違いですね。
中はとうとう隠されもしなくなったクトゥルフ要素全開の場所で、ダンジョンの主はナイア・エルザマリアさん、出現するのはシャンタクにハンティングホラー。
……シャンタクはともかく、ハンティングホラーは再現度の高さから行かなくて良かったと思いましたね。イソメなんて釣りの時くらいしか触りたくないです。
「むう、仕方ないとはいえやはり狭いのう」
「………おネぇ」
「大丈夫じゃ、夜津の誘いだから何も怖がることはないぞ」
「ダイジョウブ、おネエとイッショなら、ワタシはドコでも……」
「うむうむ。ならばよいのじゃ」
私達の後ろについて入って来たのは片や白面九尾とも言える純白の九尾狐、もう片方は……ちょっと色の悪い狐色毛並みの女の子。
先に入って来たのが《黒神 霊稀》。もう何人目かののじゃロリ系狐さんですが、もしかしてこの喋り方は流行っていたりするんでしょうか。単に時代的な物も感じられますけれど。
そして一緒にいる妹が《霊華》さんで、喋り方が誰よりも特徴的で……人形と話している気分になる不思議な子です。
やはりどちらも綾鳴さんの娘さんらしく面影は見えますが、《サナ》としての共通部分は見えません。狐っぽいというだけで、冷淡さも感じる程ですし。
どちらかと言えば、夜津さんや神奈さん、璃々さんに近い雰囲気を感じます。つまり、サナの娘たち側の存在ですね。
……綾鳴さんの裏ってどちらに居られるんでしょう。そういえば聞いたことなかったような。
「さてまあ夜津よ、妾を呼んだ理由……まあ手紙と街の様子で大方予想は付いておるが」
「うん、クレハ達の世界にあるハロウィンというお祭り。私なりにみんなを集めて、開催」
「成程のう。昼の方で言えばこの時期は収穫祭……催し事があるとすれば、なるほどのう」
「霊稀も、霊華も、楽しんでほしい」
「わかった、タノシむ……えへへ……」
「霊華も珍しく楽しそうであるしの。であれば、妾も乗らん手はなかろう」
ここまではいつも通りの会話で……霊稀さんはかなり、というか相当に妹思いのようです。霊華さんが普通とは違う様子といい、ずっとそれを気に掛けているのでしょうね。
ただ彼女の尻尾ですが、狐のようには見えるのですが……何というか、それっぽくないといいましょうか。尻尾は尻尾ではあるんですけれど。
おそらくそのうち明らかになるのでしょうけれど、狐人、というにはちょっと違和感があるような。無理に擬態しているような、そんなふうに見える様な。心当たりはあるのですけど。
気になる。聞きたい。けど霊稀さんガードが強すぎます、どう突破したものか。リスナーからも期待されていますが、私がなんでも引き出せるという訳ではないですからね……
「ソトにいたカイブツ、あれはナニ……?」
「私が、力を振るったから、寄って来た」
「それにしては種類とりどり、何というか……そうじゃな、お主、呼んだものの性質を写し取っておらんか?」
「あ、確かに! ずっとあそこで戦ってたミスティアさんもそんなこと言ってました!」
「ダンジョンをクリアして人が来るたびに種類が増えていって、今は相当ごちゃごちゃになっているとか言ってましたねー」
街の外周に湧いていた魔物達のことですね。最初の説明によれば、夜津さんが祭りのために力を振るったことが原因で現れた魔物だそうですが。
最初はカボチャ頭に触手の魔物といった、ハロウィンかつ夜津さん主催らしい魔物が沸いたのは見ていた通り。
ジュリアinカボチャヘッドのスクショがネタとして出回っているのは置くとして……なんか滅茶苦茶SNSで拡散されているんですよねアレ。
話を戻して、実はダンジョンがクリアされる度に一つずつ追加されていっているんですよね。属性が増えて倒しやすくなったとの声が上がっていましたが。
水葵さんが来てからは、水蛸のようなものが追加され。ラインさんが来ると白い鳥らしきもの、立花ちゃんと晴風さんが来ると花の怪物とつむじ風を纏った玉の魔物が。
火扇さんと火撫さんが来ると赤と青の火の玉、シャルルさんが来ると……レア魔物らしいですが、毛玉に細い手足が付いたものが出て来るようになったのだそう。
その次にアナスタシアさんが来ると宙に浮く氷の結晶、そして今回霊稀さんと霊華さんが来て……真っ白な狐霊と、不定形のアメーバじみたスライムが追加されたとのこと。
……待って、これまでは多少なり本人に関与している魔物が出て来ていたんですけど、最後のスライムって……
もしかして霊華さん、お姉さんがいるのであんまり考えたくないのですが。ショゴス、あるいは……夜津さんと同格とも言うウボ=サスラだったりしません……?
ちなみにですが、シャルルさんは新生物の参考になるかもと言ってこの魔物達の調査に行ったのだとか。
私もイベントが終わる前に一通り戦っておくとしますか。何かわかるかもしれませんし……
「……なんで出て来たかは、ちょっとわからない。でも、何かには使えそうだから、撤収するときには片付けておく」
「それがいいと思います。折角場所を貸してくださった町長さんにも申し訳ないですし……」
「えへへ……でも、とってもオモシロい……ハクブツカン、みたい……で」
「うむ。であるなら後で妾たちももう一度行ってみようかの。祭りであるなら、色々見廻るのも良かろうて」
「来訪者からも、色々聞くといい。そこにいるクレハは、お話し好き」
夜津さんからそう聞いた霊稀さんが、訝しみ観察するような眼でまじまじとこちらを見て……警戒されてます?
綾鳴さんの娘さんであるなら、少なからず私についても聞いているでしょうから。なんでしょう、やっぱり一部の人からは距離を置かれるのも仕方ないのでしょうか。
つつっと迫って来て、じいっと見つめ……あ、背が童女並みなのでこれはこれで可愛いですね。なんて思っていたら頭突きを喰らいました。
ちゃんとダメージも貰ってます、僅かですけど。ただし霊稀さんも痛かったようで、片手で額を抑えてますけども……
「ぐわー!?」
「お主か! 夜霧姉から聞いておるぞ、魚や肉で都の人々を餌付けしてよからぬことを企んでおると!」
「……おネエ、それチガう。トリヒキ、で、キいてる。ワタシタチも、イロイロ、オシエて、あげよ?」
「ぐぬぬぬ……」
「……霊稀、ちょっとお話」
「む、夜津。な、なにをするのじゃ、は、離せー!」
私に頭突きをした霊稀さんは、夜津さんに首根っこを掴まれて部屋の隅に連れていかれて説教され始めました。
……えぇ、何してるんですかほんと……。耳も尻尾をしょんぼりしているのがこれまたカワイイんですが、とりあえずどうしようか迷っている霊華さんに話をしてみましょう。
コメント欄? NPC同士の掛け合いが非常に面白いとか、霊稀ちゃんしょんぼりカワイイとか、夜津さんの感情がここだけわかる……とか。
そのうちルヴィアと出会ったら、これまた面白いことになりそうですけど……放置されてしまった霊華さんに色々聞いてみましょう。
霊稀さんバリアーの無くなった今がチャンスです。
「ワタシのアネが、モウしワケない。デキアイ、してくれるのウレしいけど、トキドキ、ああなる……」
「それだけ貴女が大事という事でしょう、まあちょっと、やりすぎっていうのは否定できませんが」
「過保護ですねー」
「まるで誰かさんみたいな……」
「ど、どうして私の方を……あの、ええっと……」
視線が同じように動揺していた漆咎さんに集まります。確かに立場がよく似てますね、この二人。
違いがあれば自覚しているかそうでないか、そして正体によっては立場も逆になるわけなんですけれども……
「それで、ネエネエから、あなたタチにはこうすればいい、ってキいてる。ワタシにキキたいこと、ある?」
「いつもどおりですねー」
「あ、ならずっと聞きたかったんですけど。尻尾……ちょっとヘンじゃないです?」
「……これ?」
私より先に珍しくチヨちゃんが。それはもう気になりますよね、普段からイチョウさんやカエデさんのもふもふ尻尾を見ていると違和感が凄いですし。
霊華さんはゆらゆらと尻尾を動かしますが……ああ、毛並みが揺れないですし、不自然な柔らかさを作っているような……
今一瞬、ぐんにょりと不自然な動き方をしたような。うわこれ間違いなく擬態してます、可愛らしい狐っ娘ではないです、わかってましたけど!
「……、おネエの、サンコウにしたんだけど。チガう?」
「さ、参考ですかぁ……」
「え、えぇ……と……そう、ですね。ちょっと、こう、ええと……」
「こんな感じ、ですよー」
「ん、そういうの。サワっても、いい?」
「どうぞー?」
……ちょっと怖い事を言い始めましたね? 興味を持ったのかそーっと手をイチョウさんの尻尾へと手を伸ばし。
一応《狐龍》の尻尾なのでちょっしだけ硬さはありますが、まあそれはそれとして。霊華さんの小さな手がぺたぺたと触ってカタチを確かめているようですね。
そのまま狐龍としての特徴がある部位……耳や角まで触っていき、こくこくと頷く様子を見せています。一体何を学んでいるのか……ちょっと怖いんですけど。
触られてるイチョウさんはくすぐったさを感じつつも、なんだか和やかな雰囲気に頬が緩みそうです。
そろそろ夜津さんも霊稀さんへの説教が終わりつつありますね。霊稀さんはしわしわ顔になってますが。
「ナル、ホド。こういう、カタチ……」
「はいー。こんな感じなんですよー」
「ん、ん、ん……こー……?」
霊華さんが満足げになるまで触った後、自分の尾を振れば……その尾が黒ずんだ後にぐちゃりと黒い油のようなものに溶け落ち、形を変え始めました。
それを見たチヨちゃんとキユリちゃん、あとリスナー諸氏が短い悲鳴を上げており、特にキユリちゃんは顔を青くしてますが。いやこんなの見せられたら仕方ないですが……
ついでに耳の方も同じようにどろりと溶け落ちて、形を変え始めました。ううん、やっぱりこの子……得体の知れなさで言えば夜津さんと同等かも。
呆気に取られて見ているうちに溶け落ちた部分が再び固まり始め、イチョウさんの、狐龍のそれに似た耳や角、尻尾が出来上がっていきます。
先程よりもふわふわで、質感も似たそれが出来上がれば軽く振ったりして確かめて。霊稀さんに合わせての白い毛並みで質感も変わり、先程よりも自然な揺らぎもしますね。
「ん、それ、久しぶりに見た。女禍のに似てるけど、やっぱり霊華のも面白い」
「これ、その力は人前で使うでないとあれほど……まあ、擬態の精度が上がるのであればよいか」
「おネエにチカいホウが、ブキミ、がられない、から。クレハは、コワがらない、んだ?」
「ええ……そういった物には慣れていますし、むしろ驚いたくらいで」
「……へえ、えへへ」
驚くに留められただけで好感度が上がった気がしますし、私とイチョウさんに向ける目の色が変わった気がします。
こういう能力はこちらでも結構不気味がられるんでしょうか。それとも隠す必要があるのかも……単純に箱入りなのかも知れませんけれど。
霊稀さんの様子を見るに何かしら理由があるのは確実でしょうが……あ、やっぱり重心が変わると歩きづらいみたいですね、ちょっとだけふらついてます。
「来訪者は無下に扱うでないとは言われておったが、あまり信用が出来ておらんでな。無礼な振る舞いをした、申し訳ない」
「それは仕方ない。綾鳴さまの一手としても、突然異界から現れる人々を誰しもが、警戒したりしても、おかしくない」
「特に霊華の力は常人であれば怖がられて当然じゃ、配下の狐共でも怖がられるからのう。まあ少しは、信頼してもよ―――あだだだ!?」
「霊稀。わかるけど、それは言わない」
ぐいぐいとまた夜津さんが霊稀さんの頬を引っ張ります。やっぱり霊稀さんは初めて出会うタイプの双界人ですね。
最初から信頼してくれている双界人がいる方が不思議ですし、まず綾鳴さんという神様の一言があるとはいえ、そう異界の人をすべてを信じられる訳もありませんし。
コメントの方も結構荒れているようですね。今後、先に進んでいくと警戒されることもありそうです。倫理ゲームの要素もある、とは誰が言ったものか。
「順当に考えれば確かにそうですよね。突然世界を救いに来たって言われても、正体不明の相手は実力も含めても警戒されるでしょうし」
「チヨちゃんに同じですね。っていうことは……」
「私達ももっと強くなってー、信頼して貰えるようにならないとですねー」
「……助けに来ている、としてもやっぱりそう簡単には信用されないとは思っていましたが……」
「私達も汚染には無力だとは分かってはいても、それでも信頼しきれない人もいますから。何とか説得に回っている人達もいますし」
「だから、マナ様やサク様に認められるというのは、ひとつ大きな信頼そのもの。最初に、あなたとルヴィアを信頼できたのは、そうだったから」
「ワタシは、シンライ、デキる。だって、ワタシをコワがらなかった、し」
なるほど、エクストラ進化でなければ信頼しなかったというのはそういうところがありましたか。
確かに実績という面では確固たるものですし、双界でも絶対的な力を持つものの信仰対象の力を得るというのはそれだけで信頼の種になりますし。
こうなるとやっぱり積極的に双界人との縁を作っておくのは間違いではなさそう。ルヴィアのお陰で、《アズレイア》関係や《百鬼戦録》系は盤石ですけれどね。
……うーん、そうなると私はサクさんの繋がりから《ドラグメントエイジ》、あとは現在の繋がりを活かしてDCOオリジナルの面々でしょうか……
「霊華が信頼できるというのなら……余も少しは……ううむ」
「おネエ、シンチョウは、ワかるけど。タヨる、のも、ダイジ。ミンナも、タタかえるのミて、シンライ、してもいいって、イってた、し」
「……母様からもそう言われておったし、無下には。だからといって心まで許すわけではないからな!」
「ツンデレですねー」
「ツンデレだー」
「つんでれ、どういう、もの?」
「それはですね……」
「ああっ、霊華に変な事吹き込むでない!」
……なんてあれやこれやと賑やかにしているうちに、大聖堂の攻略も終わったようですね。
これですべての高難易度ダンジョンが終わったわけで、一通りちょっと見て回っても良さそう。
ジュリアにもこの件について話しておきたいですからね。配信を見ているので、ひょっとしたら気付いているかもしれませんけども。
クレハ「……紗那さんの年齢、聞いた時は本当にこれぞファンタジー世界って思いましたけど」
ジュリア「一瞬疑いましたわね、流石に……」




