2.秘密のようでそうでない策略
久々の父の早帰り、そして世界初のフルダイブ型VRMMORPG 《デュアル・クロニクル・オンライン》 の話題もあって、今日の夕飯の席は大いに盛り上がりました。
質問攻めにする私達を、父は守秘義務を貫き通すためにのらりくらりと躱すように、肝心なところははぐらかされていましたが。
こう見えても父は会社勤めが少し長いため、そこはかとなく上の方の席にいるそうです。以前のゲームの際、新パッチの話でもこうでしたから巧みな話術もひとつあるのでしょう。
「でもやっぱりVRMMOってやっぱり作り込み大変だったんじゃない?」
「勿論。でもAIの設定は世界設定班がまるごと担当していてくれてたからね。その分開発側は細かいシステム面とかに時間を割けたんだ」
「なるほどねー、前は設定とかシナリオ出すだけだったんだっけ?」
「管理用のAIソフトも優秀だったのが幸いしたかな。よっぽどやりたかったのかプログラム管理面の習熟が早いのなんの」
「……あれ、ってことはそっちの作り込みも相当掛かってる?」
「そりゃ当然。リソースが余れば余った分つぎ込んでくるのが設定班だからね……」
「千夏、当然私は今回も隅々までやるつもりですよ?」
「だよね……お姉ちゃんは大満足でずっとやってそうだね……」
私、ゲームの世界観はとにかく気になるタイプですから、設定のあるところは回らないと気が済まないんですよね。
お陰様で丸一日を裏設定の書かれた記事を眺めて過ごしたり、部屋には大量の設定資料本が立ち並んでいたり……とか。
感極まるシーンでは何度もその場面を繰り返し見たり、続編が出るゲームの前作を発売前にもう一度やり直したり、とかとか。
両親や妹もこのあたりは知るところですから、反応するのは当然のことでした。
「まあ、今回深冬は残念がるかもだけど。開拓系の趣向を強めにしてるから全部を追うのは難しいかな」
「昼と夜の物語が同時進行するから、ですか」
「さっきサイトにあったけど、その通り。進行度によってストーリーが変わってくるし、起きた事のやり直しもないからね」
ということは、昼夜両方の話を追おうとするのは無理ですね。口惜しや。
旧くから小説で描かれていたフルダイブ型のオンラインゲームは大方がそのゲーム内で起きた事のやり直し……重要人物の死亡や街の崩壊が起きた際のロールバックはありませんでした。
このデュアル・クロニクル・オンラインも例に漏れず、そのようになるシステムを搭載しているということの暗示でしょう。
恐らく賛否両論とも成り得るシステムではあるのですか、ひとつひとつの戦いの緊迫感を出すためには最も適しているのでしょうし、これが新しい"仮想現実"だ、という意味合いもあるのでしょう。
ということは一戦の失敗が大きな事態の変化に繋がるということでもあるのですから……これはまた或る意味でシビアなゲームになりそうです。
昼夜が分かれていて、再演もない。ううん、それなら……大人しく……そう、あのCMの最後に飛んでいた白と黒、二人の少女が気になります。
姿からして双方とも竜なのでしょうか。どちらも竜に見えて角の形状が明確に違い、白い方は翼がないなどの違いがありました。
白い方は中国や日本の昔話に出てくるような麒麟や龍を思わせる鹿の如き角、もう片方の黒い少女は対象的に欧州のお伽噺や伝承にありがちなドラゴンのものを感じさせます。
龍娘と竜娘。二種は東洋と西洋で大きく意味が異なり全く別物であるのに両方がいる……ということは何かこの辺りもありそうですね?
「おっとそうだ、ベータテストは昼世界だけの予定だよ。夜世界の方まで広げると規模が大きくなり過ぎちゃうからな」
「見てるだけで世界すっごく広そうだもんね……」
「それじゃあベータテスト期間中は一緒に行動しましょうか」
「うんっ」
テスト版は昼側だけですか、これは予想外……いえ、あくまでもベータテストはテストですからね。仕方のない事ではあるでしょう。
恐らくいくらか縮尺しているとはいえ、昼だけでもそれなりに広い場所になりそうですからね。二つ用意して行き来するのは手間なのでしょう。
ベータテストの期間中は千夏と一緒に行動するようにしましょうか。検証班ではないですが、色々と手探りをしながらやらないといでしょうしね。
現状公開されている情報で、父から聞き出せるのはこれくらいでしょうか?
会話も食事もひと段落したところで、点けっぱなしになっていたテレビの方へと視線を向けます。すっかり忘れかけていました。
「……あれ」
ちょうど、〈突発企画:突撃! アノ人の家族〉と書かれたコーナーが始まりました。
映し出されるのはなんだか見覚えのある一軒家……それに、その右下のワイプ画面には見知ったある女優と子役が映っています。
よく私達のグループで一緒にいる同級生の家、右下に映っているのは確か、その母親と妹さんの姿。
……ああ、なるほど。その妹の側に見てね、と言われたのは自分たちが出るからと。なるほど、ほうほう。
『さて、どんな美少女が出てくるのか』
『シオンちゃんのお姉さんでしょう? もう間違いなさそうですよね』
『伝説の歌姫・久遠美音の長女でもありますし』
……あっ、なるほど。色々察してしまいました。聞いていたのはその友人の妹から、先に紹介されたシオン……本名、九鬼紫音の出る生特番であって、その上にお宅訪問というわけですか。
この時間であれば番組には出ていないその姉の方は在宅中でしょうし……明らかに狙ってますよね、これ。
いつも少しばかり儚げな印象を受け、けれど確かに母親の血筋を感じさせる友人の顔がどう揺らぐのか少し見てみたさに番組を見続けます。
ということはデュアル・クロニクル・オンラインの話を受けていると思われる別の親友である双子、その姉の方はまるで聞いてはいませんね、あとで確認も兼ねて連絡してみましょう。
玄関扉が開けば、その友人が姿を見せます。私達のグループの一番の苦労人の姿が。
ほんの少しその表情は驚きと焦りの影が見えましたが、女優の娘らしくすぐにそれは消え去り、毅然とした態度で応対をし始めました。
カメラは何度も通った覚えのある廊下を通り、それからリビングへ。時たまここに集まって遊んでいるのでよくわかります。
インタビューの始まる最中、ふと室内に視線を巡らせれば、几帳面な彼女らしくなく、テレビを点けっぱなしにしているのが目に入りました。
「……へぇ、なるほど……?」
夕飯を食べる手を一旦止め、テレビを見つめていて気付いたものです。突然の訪問でも切っておくのを忘れていたのでしょうか。
彼女が魅入ってテレビを消すのを忘れるほどに……と、少し推測染みたものですが、直近でそれがあるとすれば、《DCO》のCM、でしょうか?
読書好きの彼女の事ですし、僅かに聞きうる限りの幼少期の環境から、仮想空間で自由に身体を動かせるVRMMOに興味を示していたとしても不思議ではないでしょう。
インタビューが始まり、なんだか中継越しの家族漫才をしているかのような感覚で、バラエティ番組らしい質問と応答を繰り返しています。
その受け答えにくすくすと微笑みながら、再び箸を動かしつつ私が番組に目を向けている間に《DCO》に関する話を再開した妹と父の会話の方にも耳を傾けることにしました。
「で、まあ。あとは宣伝用のキャラクター……まあつまりプレイヤーの看板役を立てるだけ、ってところだな。今の段階だと基本種族以外になれなくてね。用意するにしてもこれ以上コストは出せないし、中の人にちょっと知名度があればいいんだけどな……」
「それなら、芸能人や女優さん、アイドルとかに依頼するっていうのは?」
「アイドルを起用するって案は上がってるけど、どこも初のフルダイブ型ゲームってことで、事務所からはことごとく断られていてね」
「……ああ、確かに色々な問題が付随してきますからね」
はぁ、と疲れたかのように父は大きくため息を吐きます。開発もアルファ版完成というところで一区切りした今は大分落ち着いていて……となると、そのあたりを手伝わされているのでしょうか。
どんなゲームでも看板は大事です。特に、これまでに前例のない事柄であればあるほど。
人を集められるかどうかでその事柄が長く続くかどうか、また集金による運営状態などなど……も、ソーシャルゲームを前例とすればとてもわかりやすいでしょうね。
ただこれに限ればVRMMOというだけでも大きな看板足り得ますが、その案内役も必須。演技も出来てそれなりに大衆の注目を集められる存在……となると、候補は必然的にアイドルや女優に絞られて行くのでしょう。
しかしフルダイブのVRMMOで、仮想であれど五感を没入させるRPGというのは、戦闘の際に感じるものは痛覚は無くてもリアルそのもの。
例えば、そう……凶暴な熊や肉食獣などと相対した時に感じる威圧感や恐怖感。それを直接感じてしまうのですから。
一種の恐怖、下手をすればトラウマを植え付けてしまう可能性もあることから、本人からも、良くても事務所の方からもNGが来るというのも納得です。
有名であればあるほど、今度はゲーム内における立ち振る舞いのサポートなど、別の対処も必要になって来るでしょうからね。
と、ぼんやりと考え事をしていた私の耳に、付けっぱなしで傍目で見ていたテレビの音声が耳に入りました。
『でもこれ、明日にはスカウトが届いているんじゃないですか』
『うちの社長が欲しいと言っています……カンペを何に使ってるのマネージャーさん』
『お姉ちゃん、そのうち一緒にお仕事しようね!』
……あ。ちょうどいい人がいるじゃないですか。興味を持っていて、しかも私からも後押しできる人。先の問題も難なくクリアできるであろう人材が。
それにまだ世間全体から大きく注目されているわけでもなく、けれど低いという訳でもなく。面倒な事務所というバックもなく。
こうして大衆の眼に触れても大きく慌てる事もなく、きちんとした対応が身に付いている未来の女優候補が。
彼女であれば、いざという時は私や他の子も手助けをするくらいはできるでしょう。友人のうち一番くっついていくであろう彼女は一歩間違えれば廃ゲーマーですし。
思案と考証を頭の中で組み立て、しっかりと売りつけるように文句を考え付いたうえで、私は心の中で笑みを浮かべながら口を開きます。
「お父さん、それなんだけどひとつ提案があるんだけど、いい?」
「お? なんだ? 救いの手があったか?」
「うん。ちょうどぴったり……ね?」
視線をテレビの方へと向ければ、父も釣られて画面の方に。
映っているのは家族漫談をする友人一家の姿であり、勿論お互いを知っている両親は、なるほど、とどことなしに頷きました。
私の通う学校は中高大の一貫であり、私の親しい友達なので母親同士の方も繋がりが出来ているわけで。
……父の方の繋がりはよく分からないのですがね。確か……もうひとりの親友の父も含めて三馬鹿として色々とやっていた……という話を聞いたような。
「よし、じゃあ僕から主任に言ってみよう。テレビでこう放映された後だし話題性も十分だ、これなら……ね」
「……ふふふ、上手く引きずり込んでくださいね。私も楽しみにしていますから」
「私からも紫音にも持ち掛けてみようっと」
そんなこんなで。私は友人をゲームへ引きずり込むための策略を提案していくのでした。
上手く行くかどうかはわかりませんが。きっと……上手くいくでしょう、本人次第というところはあるのですが。
朱音が看板に取り立てられた元凶イズこの父娘のせい。けれど結果的にこれは大成功だったのでした。