19.応龍の少女
今回は短め。
「……本当に《転移門》が樹木で覆われて……いえ、この広場全体が、ですわね」
改めて歩いて《転移門》のある広場に来ましたが……広場全体がちょっとした雑木林のようになっていました。
そして、生えたツタが転移門を包んで開けられないように絡み付いてしまっており、まるで森の奥にある古代遺跡のような、そんな様相。
ある程度は歩けるようになっている道の上を通り、その樹へと近づいていきます。
「これが《転移門》ですか」
「相変わらず近くで見ると大きいですわね……」
「大型の魔物くらいでも通れそうな程……まあ、ファンタジーの世界ですから、巨人でも潜れないと駄目でしょうから」
「荷物も、でしょうね。幾つか壊れた仕切り柵もありますわ」
《転移門》の材質は見た目から察するとかなり良質な石材で造られているようです。
それに細かく多くの紋様や彫刻が刻まれており、本来であればとても立派なものだったのではと察せました。
にしても、目を見張るのはその大きさでしょう。配置されている位置からして、西側門から入ればすぐに判るほど……そう、十数メートルはありそうな大門です。
複数の人々や多くの荷物がこの門を通して行き来していたのでしょう。それが今や、植物にびっしり覆われて。
「……これの向こうが夜の世界ですか」
「きっと、夜の世界を拝めるのは早くても夏頃でしょうね……」
《バージョン0》とはいえ、まだベータテストですからね。テストが終われば、意見収集と検討、反映から不具合箇所の修正、データの調整とさらに追加調整テストプレイで大方三ヶ月ほど。
あとはこの昼世界のシナリオ、夜世界のシナリオやデータを追加してそちらでも社内テストプレイと調整などを考えて……やっぱり夏頃ですね。
私達もきっとストーリーには関わらない辺りでテストプレイに駆り出されるのでしょう。ちなみに今年の夏は田舎で過ごす予定ですから、きっと朱音や春菜達と実家での合宿にもなるでしょうし……
……あっ、この《DCO》の話を聞きつけた田舎に住む祖父は、今年来るのであればと出来る限り良いネット回線を準備しようと張り切ってるそうです。
ついでにみんなで役立ちそうな体術なども教えて貰いましょうか。ルヴィアは見稽古で動きを作っているのでしょうから、もっと凄まじい動きを見せてくれるかも知れません。
「それでは、本題ですわね」
「はい。《サク》さん、いらっしゃいますかー?」
門から少し離れて、上空を見回すように。門の大きさに比例して木々の大きさも凄いですからね。
遠くから見るとあっさりどこにいるのか判ったのですが、下から見ると無数の枝葉に隠れて見えないんですが……
探していれば《転移門》近くの一本の樹、その枝に座って竹の水筒から何かを呑んでいるサクさんの姿が見えました。
すぐに私達の声に反応してか、風切り音と枝の揺れる音がし、それから―――
「……む、来訪者か。何か用かの?」
少し待ってると、上からすとっ、と影が降りてきました。
《紗那》さんよりも小柄で赤いチャイナドレスで着飾っており、白く長い髪を揺らし腕を組みながら私の方を見つめています。
頭には黄色の龍角が一対、尻の付け根からは白鱗に覆われた尻尾。こうして間近でしっかりと見ると紗那さんと結構細部が違いますね。胸もサクさんの方が大きいですし。
「初めまして。ええっと、蓮華さんからお手紙を預かりまして……」
「ほう? あやつは確か《四方浜》の神社で身を休めていたはずじゃが……ふむ、預かろう」
《蓮華》さんからの手紙を渡すと、クエスト達成の報が出ました。
手紙を受け取ったサクさんはじっくりと中身を読みながら、うんうんと唸っているようです。
……読んでいるのを待って数分。それから顔を上げて私達の方を見ます。
「なるほどのう。《蜜姫》……ああいや、元の名前であれば《リコリス》について知りたいのじゃな」
「はい。確か……オレンジ色の髪をしたメイドのアルラウネさん、でしたよね」
「概ねは合っておる。まああやつの正体はアルラウネではなく《華龍》なのじゃがの」
「華龍……ですか」
「元々はアルラウネであったのじゃがな。とある竜に恋し、生涯寄り添う為に、自分自身もその身を龍に変えたのじゃよ」
とうとう名前が出ましたね。蜜姫さん、もといリコリスさんというそうです。
それにアルラウネかと思っていたのですが、恋路の果てに龍へと身を変えた、ですか。なんだか少しロマンチックな子の気配がしますが。
それに、ただの龍ではなく《華龍》という種族のようですね。
……いずれ派生種族として我々プレイヤーもなれるのでしょうか。華やかであれば人気も高くなりそうですが。
「ま、それであやつなのじゃが……現在は《龍北》の地に沸いた魔物達を抑え込んでおる。その旦那……旦那なのかの、あのバカ竜の補佐としてのう」
「《龍北》……相当先、ですね」
「もっとも相当経験を積まねばあそこには通してやれぬな、そもそも発生しておる魔物がこことは桁違いに強いからの」
「……龍と付くほどの方が相手取るのですもの、当然ですわよね」
「その通りじゃよ。あそこは本来余とバカ竜二人で管理しておったからな」
……さらっと新情報ですね。《龍北》のオープンはまだまだ先、むしろいつ開くかという東北に当たる地で、そしてサクさんとバカ竜と言われる方が統治する場所であるという事。
《リコリス》さんも最前線で戦っているので、あまり連絡が付かない、ということでしょうか。思ったよりも私達の見えない前線に戦力を割いているのですね。
流してましたけれど、やはり龍と竜で別種の扱いのようです。ちゃんとサクさんも言い方を変えていますし。
「まあよい。お主ら……《来訪者》の中でもそれなりに腕は立つ方なのじゃな?」
「一応は、一番レベルが高い方ではありますから……」
「うむ、ではちと余を手伝うのじゃ。余は前線で《魔力汚染》による呪いを受けてから以降、ここを《紗那》に任されたが故にあまり動けぬでな」
「サクさんのお手伝いですか。ええ、私達に出来る事なら喜んで」
「内密に集めて来て欲しいものが多いが故、《直接依頼》になるでな。……お主ら、名前は?」
「クレハとジュリア、ですわ」
「うむ、わかった。では時が来たら伝えよう。と、それとな」
少し畏まったように息を吐き、もう一度私達をまじまじと見つめ観察して……それから。
私達に対してフレンド登録と専用のメッセージチャットへの招待が飛んできました。
NPCと仲良くなるための第一歩、ということでしょうか? 何にせよ、こういった繋がりが出来るのはとても嬉しいことでもありますから。
「改めて名乗ろう、余は応龍姫の朔月。本当の名はあるが……まあ皆区別の為にサクと呼ぶのじゃ、そちらで頼む」
「わかりました、サクさん。よろしくお願いします」
「……うむ、こちらこそじゃな」
……色々とすっ飛ばして応龍と来ましたか。それなら一地方を統べるとしても違和感はありませんね。
応龍。それはよくRPGで使われる四神……青龍、朱雀、白虎、玄武よりも格上とされる四霊……麒麟、鳳凰、霊亀、そして応龍とその一角です。
とんでもなく高い位、ほぼ神様と言っても全くおかしくないもので……それですら手こずらせる今回の元凶は一体。
紗那様も実は《猫又》に見えても大妖怪だったりするんでしょうか。そもそも母の《綾鳴》さんは九尾の狐ですし、全く違和感もないですが。
「それにしても応龍、ですか」
「ふふふー。凄かろう、とは言っても、呪いを受けてからは上手く調子が出ぬのじゃがのう」
ものすごいドヤ顔で自慢するサクさん。力を失ってなお威厳を保とうとしている……ように見えなくも。
ですが、龍であるからに怒らせたらとんでもないことになるので、恐る恐る、もうひとつ聞きたかった事を。
「……ええと、つかぬ事をお聞きしますが。対になる黒い竜の子……がいたような気がするのですが」
「ほう。それを余に聞くのか。まあ確かに余の関係者ではあるし、そう遠くないうちに会うであろうしなぁ……」
一番最初のCMに出ていた龍の子が彼女であれば、それと一緒に飛んでいた黒い竜の子も知っているはず。
ということで聞いてみたのですが……名を聞いて驚いた顔を浮かべながら見た後、笑顔で教えてくれました。
「あやつは《ツィルニトラ》と言うてな。まあ、訳ありの双子のようなものじゃよ」
「双子……にしては、印象が全く違った気がしますが」
「その通り、ある意味余の対と言ってもおかしくはないのだがの。それで、あやつであれば今《幻夜界》で戦線を支えておるよ」
「あちらで戦っているんですね」
「うむ。あちらもいつまで耐えられるか分からぬ。お主ら《来訪者》には期待しておるからな」
「期待に応えられるよう頑張る所存です」
そう言い返せば、にっこりとした笑顔を私へと向けてきました。紗那さんとはまた違った意味で可愛くてフレンドリーです。
聞きたい事を聞き終えて離れる際に、クエストが発生。とは言っても、先程の会話の通りにサクさんのお手伝いのクエストでした。
〔ダイレクトクエストが発生しました:龍神様のお使い〕
○龍神様のお使い
区分:ダイレクトクエスト
種別:イベント
・転移門前にいる龍神サクからお手伝いを頼まれた。クロニクルミッションの進行にあわせて言い渡されるクエストを達成しよう。
報酬:ひとつ達成するたびにサクの好感度(小)
ふむふむ、複数回依頼されるのでその度にこなしていくタイプのクエストですね。
すべて達成する頃には好感度どれくらい高くなっているのでしょうか。楽しみにしながら頑張っていきましょう。
と、そろそろ日が暮れ始めました。夕飯の時間が近いので一度ログアウト。
サクや紗那は似た顔ですが、それについてはおいおい。
冒頭の方でも語っていましたが、西洋系のドラゴンは"竜"で東洋系ドラゴンは"龍"と分けています。
このへんはちょっとしたこだわりなので……
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