174.火噴く山の中へ
「よし、気力も十分ですからいける……と思いたいのですが」
「ほっほっほ、クレハが少しばかり弱気とは、柄にもないのう」
翌日。ログインしてさあ街の散策……をしようとした矢先、声を掛けられました。
声の感じや、ゲーム内でそんな口調の方で私を知っているのはたった一人な訳ですが……
「お爺ちゃん。追いついて来てましたか」
「多少、あのごうれむとやらは苦戦したがのう。カルパ君が粉砕してくれたお陰ですぐに進めたわい」
「おう、クレハ。久し振りだなァ!」
小柄な拳術師の老師に、大猪の毛皮を被り荒々しい大斧を手にした大男。祖父シリュウと肉体派タンクのカルパさんですね。
相変わらず祖父は農業と弟子の育成をしているようでレベルは少し低……最前線で十分通用するレベルですけど、それは置いておくとして。
カルパさんは念願の《唯装》を手に入れたようで、その背に携えた荒々しくも無骨、そして派手……はい、もうどう見ても山賊になっている気がします。
「カルパさんも……それが手に入れたという《唯装》ですか?」
「おうよ、まァ詳しくは進みながらだな。もう山賊っぽさが上がってるってのは気にしねえぞ、そういう方向性にした」
「もう諦めたんですね……そして……」
その二人の後ろへと視線を向ければ。懐かしくも、またあの時とは格好を変えた少女が一人。
得物としていた大太刀は新造されており、軽装の侍甲冑の下には裾の短い和服姿。大太刀だけではなく、打刀と太刀も腰に佩いていますね。
髪型は相変わらず膝まで届きそうなポニーテール。でも、トトラさんやカエデさんに似た無邪気な笑顔も変わらないままです。
「お久しぶりです、師匠」
「チヨちゃん、お久しぶりです。稽古はいかがでしたか?」
「はい、大変ためになりました! それに、沢山戦い方も教わりましたので、お任せください」
「どんどん教えた事を吸収していくからのう、教えがいがあったぞ」
「それは……期待してよいということですね?」
「俺も道中一緒に戦ってたがよ、いつ最前線で名が通ってもおかしかねえ逸材だぜ」
「そこまでですか……」
「そんなに褒めてもな、なにも出ませんよぅ……」
「ふふふ。そんなお爺ちゃんにまたもう一人、この戦線が終わったら観て貰いたい子がいるんですよ」
「ほう……? 早速次とはのう! これは楽しみじゃ!」
それを聞いた祖父はニヤニヤと笑みを浮かべていますが……それはあと。ジュリアからキユリちゃんを紹介されるでしょうから。
さり気にあの時《璃々》さんから貰った《ダンジョンコア》の巻物は、《夜草神社》で浄化もしてあるようで、あとは解放待ちになってもいるのだとか。
集合時間までにはカルン兄妹も集合するとのことですから、今のうちに状況の確認と次について確認しておきましょう。
――◇――◇――◇――◇――◇――
「では後続組は火山周辺の解放に手を付けている……ということですわね」
「ああ。アガフィヤ火山周辺となると、レベルが高過ぎて初心者組にはまだキツいみたいだからね」
「ジュリアが率いて攻略に当たっていたのはだいたい……」
「はい、40から48の間でかなりバラつきがあります。私はジュリアさんに見込まれてパーティ入りしたので、早々に引き上げられましたけど……」
「キユリちゃんだけレベルが51ですもんねー……如何に振り回されたのかよくわかりますっ!」
「それは置いておくとして……確かに、そうなってくると海渡りですら辛い面々もいそうですね」
「はい! 流石に低すぎる方々はまだ《カラドゥリア》近辺で頑張って貰っています!」
「ヒールする以前に倒れられてしまうとぉ、流石にどうしようもぉ……」
全員が揃ったところでいざ火山の中へ。溶岩煮え滾る洞窟の中を三パーティで進みます。
《トレント》のアカラギさん、《アルラウネ》の紫陽花ちゃんが大丈夫かと心配でしたが、特にこれといったフィールドダメージは無く進めています。
紫陽花ちゃんは《マーキュリーガード》を一応使っているのですが、それが功を奏したのでしょうか。
しかし、こうも《エアリー》がほほ全員揃うと壮観ですね……タラムさんだけ現在《精霊》への進化のために来れないのがちょっと寂しいところですが。
「しっかしまあ、魔物が一匹もいねえ」
「一応溶岩流にはスライムが浮いてますわね。それ以外は……フィールド外ですか」
「飛んでいけば相手はしてくれそうですー、けどあっちもこちらに気付いている様子はない……むしろ深部から逃げてますねー?」
「今回の竜はよっぽど気が立っているのかな。以前のシグレは率いていたようだったけど」
「周辺地域に結構な影響を及ぼしていると考えると、逆……嫌われていそうではありますね」
この溶岩洞に入ってから目に見えて魔物に遭遇しなくなっています。この洞窟に辿り着くまではゴーレムや狂暴化したスライムに襲われたりはしたのですが。
イチョウさんが語ったようにむしろ深部から逃げている魔物がちらほらと見られ、マップ上で通れる箇所には一切いません。
深部にいると言われている竜から逃げているようにも見えますし、ボス戦の邪魔にならないように……とも思えます。
歩いていても威圧感というか、ピリっとした感覚を先程から感じ続けているのです。影響は特にないのですが、どことなく気が引き締まってきますし。
「こいつを振るえるのはボスでか……まァ、それは仕方ねェか」
「そう言いつつさっき使っておったよのう……ゴーレムの外殻を一撃で吹き飛ばしておったな」
「豪快。とてもカルパらしい一撃だった」
「がーっはっはっは、こいつの威力はあんなもんじゃねェよ。まあ見てな」
「………私も早く使えるようになりたいな」
「ダンジョンコアはダンジョン解放しないと使えませんからね、そこは仕方ありませんよ」
戦闘を期待してきたであろうカルパさんはどことなく暇そうにしていますけれどね。
それはまあ、もう少ししたら深部が見えてきますから。ボスで存分に振るって貰いたいものですけれど。
チヨちゃんは先の戦闘では祖父に先を越されたため、まだその戦い方を見れていないんですよね。
むしろ三パーティ……十八人もいれば乱戦になりがちなんですが。それは仕方ないとして……
「シグレ戦での反省を生かすなら、壁となるタンクパーティとアタッカーのパーティを分けるのが得策だと思いますが」
「そうだな。俺もそれについては賛成だ」
「となれば、バッファーも欲しいのでフロクスはこっちに配分するとして……」
「ヒーラーも一人欲しいか……カエデを貰うか。イチョウは八卦があるからアタッカーの比重が高い方がいい」
「はいー、今回は弱点を突ける人が少ないので出来ればサブヒーラーをやりたいですねー」
魔物がいないのであればと前回までの対竜戦での知識を生かしてパーティの再編成を開始。
ヒーラーが多い方が安定感は増しますが、逆に討伐に時間が掛かってしまえば消耗や負担が多くなり、リソースが尽きれば即壊滅ですからね。
それなら出来るだけヒーラーが余力を持っているうちに討伐してしまう方がいい、なので、弱点属性を突けるイチョウさんも出来るだけ攻撃頻度を多くしたい……そういう狙いです。
シグレ戦では確か、ヘイトが高い対象を中心にした大範囲攻撃を仕掛けて来た……という話を聞きましたね。
同様に先日の《暮奈》もヘイトが高い相手に対して咆哮による攻撃を仕掛けたと聞きますし、ヘイトが集まる方向には高防御力の面々を集めておきたいという狙いもあります。
「拙者とアマジナ殿はサブアタッカーの役割に徹した方が良いでござるな」
「それならトトラとイチョウ以外のキャスターはこっちだ。いつもの四人一組の方が動きやすいだろ?」
「チヨちゃんとキユリちゃんもこっちへ。いざという時は私がタンクをやりますので」
「ほっほ、そうなると儂もさぶあたっかーに付いた方が良さそうじゃな」
おおよそこれで今回のパーティ編成が決まりましたね。私のパーティは役割に沿ってかなり攻撃偏重といった形になります。
私のパーティはイチョウさんにジュリアとトトラちゃん、チヨちゃんとキユリちゃんになります。盾役がいないのを除けば、相当火力が高いパーティとなっているはず。
ボスの攻撃を一手に引き受けるパーティはサスタさんをリーダーに、ウケタさんとカルパさん、アカラギちゃんにフロクスさんとカエデさん。
援護を行うサブアタッカーのパーティですが、祖父シリュウをリーダーとしてアマジナさんとホカゲさん、ルナさん紫陽花ちゃんカルンさんですね。
祖父がリーダーなのは……まあ実力があるから、なのは当然ですが、最近パリィの練習をし始めたとかなんとか。拳で……?
「よし、パーティはこれで良さそうだな」
「では姉様、頼りにさせて貰いますわね」
「ジュリアと正式に組むのは久方ぶりですね、こちらこそ」
「イチョウ、頼りにさせて貰うのだ!」
「ふふー、このパーティなら何でも倒せそうな気がしますー!」
再編してからは個々のパーティで交流を図っているようですね。それぞれが別地域で戦っていましたから、改めて情報交換をしているのでしょう。
こちらのパーティは私達四人は最早知った仲ですが、チヨちゃんとキユリちゃんは直近で加入したのでまだ知らない事が多いですからね。
ボスがいるのはもう少し奥のようですし、ちょっと交流も兼ねて聞いてみましょうか。二人は早速話しているみたいですが。
「チヨさんはどこで加入をしたんですか?」
「えっと、ちょっと前にクレハさんと攻略したダンジョンで、ですね」
「ほぇ。ということはー、ほぼ同期ですね!」
「たぶん……そう、かもです?」
「早速仲良くなってるみたいですわね。私もチヨさんの事を知らないので、教えてほしいですわ」
「トトラもーなのだ!」
ジュリアはチヨちゃんの事を聞いてから興味津々でしたからね。同じ一撃離脱型という戦闘スタイルもありますから。
とはいえそれも修行前までの話。私も祖父がチヨちゃんに行った指導が気になりますからね。耳を傾けておきましょう。
キユリちゃんは……まあ、この後かなり茨の道に挑む以上、祖父の指導を受ける事は確定していますし。何なら先程紹介されていましたからね。
参考にならないかもですが、キユリちゃんは聞き入っているようです。なんか、違う……みたいな顔はしていますけど。
ちなみに修練に使われたのは《他無神社》の手前だそうで、祖父の噂を聞く《神奈》さんからは新しい挑戦者かと疑われたそうな。
「私がやってみろ、って言われたのは……一度の接敵で、どれだけダメージを加えてから離れられるか、です」
「まるで私のスタイル……に似ていますけど、その猛攻で決め切るつもりでやるので、やっぱり少し違いますわね」
「はい。決め切る、というよりは次の攻撃が来るまでに斬りつけてから、予兆が見えたら離脱でした」
「武器がトトラの魔銃以上にピーキーなのだ。確かにその方がいいのだな」
「ふええ、ということはあのお爺さん、人に合った戦術を見出して伝授しているんですかー……?」
「そうですよ。とはいえキユリちゃんは結構特殊な立ち回りをしますし、祖母の担当になるかもですけれど」
ふむ。一撃離脱の型を更に伸ばした形にしつつ、その後は祖父や門下生の攻撃と合わせられるかという方向にシフトしていったようです。
……どちらかというと不意打ち気味な動き方ですね。恥ずかしがり屋、というより怖がりな一面があるチヨちゃんには最適かも知れません。
何にしろ、これまでの戦い方も不意打ちというか、遭遇した魔物だけを的確に倒しながら進んできていたわけですからね。
門下生と合わせるというあたりが、より他人との連携を重視した形と言えますか。ソロ思考だったものを、そのままパーティプレイに活かせるような形に変えたように感じます。
少しばかり会話と交流を楽しんでいれば、火口の真下……噴煙立ち上る場所の麓、溶岩湖にまで辿り着きました。
その中央の島に、黒銀の竜が丸くなって眠っています。話とは違って黒いのですが……まずは《鑑定》をしてみましょうか。
斬炎竜・涼 Lv65
属性:火
状態:汚染 狂化
……間違いないようです。あれが今回の目的である竜……《涼》ですね。レベルも飛びぬけて高いあたり、ボスの風格が漂っています。
島民が目にしたと言っていた銀色の外見というには黒々としているのは、狂化の所為でしょうか。確か、外見や特性が一部変質していると聞きますからね。
溶岩湖の中央にある島は相当に広く、戦うためのフィールドとするなら十分な広さでしょう。思い切り待ち構えている形になっているようですし。
「トトラの《唯装》の時と一緒なのだな。あの時に比べて外周はとっても危険なのだ」
「できるだけフィールド中央に陣取るように戦うぞ。でないと何があるかわからんからな」
「突き飛ばしとかあったら大惨事だしなァ、踏ん張りながら戦うしかねェ」
「溶岩、多分落ちる事にはならないけど。たぶん、ひどいことになる」
「継続ダメージだとしてもリソース消費がエグいからのう。出来るだけ喰らわないように頼むのじゃよ」
「飛行組は問題ないですけどー、それでもSPが尽きて落下は洒落にならないのでー」
「そう言う時のビーフジャーキーですわよ。お爺様が持って来て下さって助かりましたわ」
「いいなそれ。あとで俺らにもくれ」
「私も食べたいですー!」
フィールドを見てどう戦うかの相談をしていると思えば、ジュリアが祖父が持って来たビーフジャーキーの所為で話が逸れましたね……
まあ、私達は《飛行》のスキルレベルが段違いに高いのでSPの消費も少なめなのですが。それでも長期戦になれば補給をしなければいけませんから。
問題は、相手がどのような攻撃をしてくるか。斬炎、というだけに絞るのなら、眠る彼女が揺らす長い尾に警戒を向けるべきですが。
翼も翼膜が無い、一見すれば骨だけに見える翼肢だけであり、先端には翼爪が付いてはいる……ううん、形態が変わるのか、何かしらギミックがあるのか。
「皆さん、準備出来ているのなら突入しますよ。ビーフジャーキーは後です」
「ですわよ。さあさ、持ち場に付いたら戦闘開始ですわよ!」
クレハの竜退治、本番スタート!




