172.燃え盛る広野
さて翌日……九月十九日。皆が集まってからすぐに《リグロッサ》から移動を開始の予定なので、少し早めにログイン。
《ティレイオ火山》の麓町なだけあって、頑丈な煉瓦で造られた家屋が多いですが……その壁面はやたらと煤けているように思えます。
噴火の影響による火山灰、もしくは……なんとなしに感じる、この街を満たす気配でしょうか。
少し情報収集がてらにショップを回ってみましょう。まだ未開放エリアではあるので、品揃えはそこまで良くないとは思うのですが。
「《来訪者》さんだね、いらっしゃい。新しい武器の調達……には見えなさそうだな」
「あはは、わかりますか?」
「そりゃあここは鉄鋼業の街だ。しかもアンタが持ってる刀は《唯装》だろ、しかも結構な手練れにも見える」
「ご名答です。そこまでわかりますか」
そう、ここは鍛冶の街なのです。その為か大きな鍛冶屋など鉄材を取り扱うショップが多く、ホカゲさんとアマジナさんは到着早々に喜々として投げ物調達に回っていました。
おそらくですが火山を鎮静化させることで解放され、第二の《フィーレン》となるのでしょう。加護の力としてはこっちの方が強そうですけれど。
鉄材の豊富さや火山の傍といった、良質或いは希少な鉱石が獲れる可能性が大きいでしょうから。何なら設計図なんてものもあるかも知れません。
それと私達からすると唯装なのですが、住民達からすると《想装》も合わせて《アーティファクト》の扱いのようです。
特に武具を取り扱うこの街で歩きながら話を伺うと、唯装持ちは皆アーティファクト持ちだと呼ばれ、見せて欲しいと懇願される事も少なくありませんでした。
ただこれにも傾向があって、私やジュリアなどが持つ金属製武器であれば見せて欲しいとまで言われるのですが、ルナさんやカエデさんが持つ魔書や衣類には全く反応がありません。
これ、いつか特殊な鉄製武器を手にして来ると何かしらのイベントが起きそうな気配がしますね……
「長年やってりゃ、そこそこな。《来訪者》さんの目的は銀竜退治かい?」
「銀竜……はい、その通りです。この一帯の異変を聞きまして」
「早めに頼むぜ。ここはまだ麓だからいいが、上……《マレヴェネ》は噴火の所為で大惨事になっているらしい」
「……大惨事。壊滅したというわけではないんですね?」
「何とかな、ただまあ……たまに降りて来る鉱石売りもいなくなったからそろそろ怪しいかも知れねえ」
……次の目的地であるマレヴェネですが、予想していた以上に大変なことになっているようですね。
特に火山内部への入り口に最も近い位置にあるという事をジュリアから聞いている分……そういうことなのかも知れません。
ある程度想像はしていましたが、ダンジョン前として何かしらの門番がいると考えても良さそうです。様子を考えると街自体にボス級が潜んでいそうですが。
何が潜んでいるかは……実際行ってみることにしましょうか。さておき……
「結構質のいい武器が並んでいますね?」
「そりゃあそうさ、《ヴァナヘイム》の鉄製武器の産地といえばティレイオ火山だ。特にここリグロッサは名工も多い」
「へぇ……そのうちお世話になる事もありそうです」
「流石にアーティファクト級の製造となると限られるが……まあ、質はいいぞ」
並べられている武具を軽く鑑定させて貰いますが……最前線級とは言えずとも、前線で戦うのであれば十分すぎるスペックをしています。
特にここに到達できるレベル帯であれば、十二分に使って行けるような。ちょっとだけ低いのは解放がまだだから、でしょうね。
流石に唯装並みの性能を持つものはないので、情報をくれた事に感謝の言葉を伝え、すぐに店を離れて歩きます。
……しかし、この段階での店売り装備と比べても、そろそろ防具の方について質の差が気になり始めますね。
耳飾りは《想装》なので気にならないとしても、バージョン0の頃から改修を重ねつつですからね。防御力も少し物足りなくなってきました。
そろそろ何かしら対策を講じなければならない頃なのですが……いい水属性の素材が取れないのも辛いところ。
一応先の海上戦で相手をしたサメの素材を大量に手に入れる事が出来たので、それを応用して改良……うーん、そろそろ新造の方がいい気がするのですが。
同じ属性で考えるのなら、ここがひと段落したらちょっと《水葵》さんに当たってみましょうか。
さて、先の事はまた考えるとして、今は次の街であるマレヴェネの状況についても考えなければ。
「マレヴェネには今日中には辿り着く予定ではありますが……ボス戦の備えも必要そうですね」
「で、ござるなぁ。クレハ殿、お早いでござるな」
「ホカゲさん。もう来てましたか」
「昨日見廻って目星を付けておいたものを買い集めてきたでござるよ。昨日のゴーレム素材はいい値で売れたでござるし」
「ぱっと見金属塊も付いていましたから、値も付きそうかと思っていましたけど」
「耐熱性の高い岩だとかで、そっちでも価値が付くらしいでござる」
「生産職も欲しがるでしょうね、これ……」
歩いていればホカゲさんと合流。手裏剣やクナイなんて売ってるんですか……ちょっと形が歪なので、特注なのかも知れませんけれど。
ゴーレムの素材はあとでガインさんあたりに持って行ってみましょう。ここの加護についての話も含めて、いい土産話になるでしょう。
――◇――◇――◇――◇――◇――
「それでは出発ですわー!」
「おー! なのだ!」
全員集まってから山道へと入ります。昨日と同じような風景ですが、なだらかな斜面になっており遠くには小さく次の目的地が見えます。
結構距離があるので細かくは見えませんね、《鷹眼》持ちなら見えそうですけど。周辺の魔物はやはりゴーレムが多いのですが、新顔がちらほらと見え始めていますね。
以前見た《浮草玉》の火属性版、《燃草玉》や……トトラちゃんが知っている、と言いたげな《バーンフラワー》など。
それに数は少ないですが……樹が動いてますね、あれはちょっと近づいて見てみましょう。火山に影響された植物が変化した魔物が多いですね。
「緑が多くなった、と言うべきでしょうか、なんというか」
「あっちこっち燃える植物の魔物が多いですねー……」
「どう見ても嫌な予感がするやつをクレハが見てるな……」
「ですけど、いいものが採れそうじゃないですか?」
「それはそうですわね……けど、昨日程時間に余裕があるわけではありませんのよ」
「マレヴェネにボス魔物が控えている情報も多いからな。それに……ああ、なんか見えるぞ」
紅蓮色の葉を揺らしながら歩く《バーンウッド》を相手にしようとする手前、アマジナさんが先の街の様子を見つつ、目を細めます。
……やっぱり何かいるようですね。それならそのための時間も考えないといけないわけですが。
その前に、ジュリアもうずうずしているのでちょっとだけ、ちょっとだけ……
「あんまり時間は取らせないので、一体だけ……」
「私もですわ。一体だけ倒しておきたいのですわ」
「一体だけですよぅ! 回復も温存したいので!」
「クレハさんふぁいとーですー!」
ちょうど眼前に二体いるバーンウッド。ジュリアは左方を狙っているので、私は右方を狙いますか。
お互い《飛行》を使いながら戦闘前準備。一瞬目配せをしてからお互い武器を構え―――先に飛び出したのはジュリア。
先手突撃技で飛び出したのですが、瞬間的な移動だけであればこちらの方が上。《瞬歩》からの《行月》で距離を一瞬で詰めながら刀を振り上げての唐竹割り。
ダメージを与えたのはこちらが先ですが、ジュリアは初手から立て続けに《竜眼》を使った《トリプル・ソルブレス》でダメージを稼いでいきます。
こちらも《八卦・水》を使った《白雲》で《花月》を繰り出して乱れ斬りを繰り出してバフを付けつつ、《術撃》の《水刃》で追撃し、《薄月》にまで繋げて大ダメージ。
ここに来てようやくバーンウッドが動き始めて顔のような亀裂が燃え盛り、思い切りその幹を揺らし始めます。
「っと」
「そういうこと、しますわよね!」
直後燃え盛る木の葉が降り注ぎますが、私は一気に飛び下がり範囲外へと出ながら《三撃・波濤》で攻撃。
ジュリアは何度か槍を叩きつけた後、自身へのダメージを無視して大きくその竜翼を羽搏かせながら直上へと跳び上がり―――いつもの落下攻撃を見舞うつもりですね。
それならこちらも、一気に勝負を付けにいきますか。ジュリアも最大威力の出る頂点へと達し、槍を構えての落下を開始。
降り注ぐ木の葉に当たらないように再び接近しながら、体当たり……に見せかけて木の葉にわざと触れるようにしながら《鏡月》によるカウンター。
最大威力の蒼白い一閃が思い切りバーンウッドを引き裂くと同時、隣でもジュリアの相手をしていたバーンウッドに《トリプル・フレアプロード》と雷鳴が如き《エアリアルダイブ》が炸裂。
同時に二体のバーンウッドが崩れ落ち、どすんと大きく地を揺らして葉が舞い散りました。
「「私の勝ち!」」
「……ドローなのだな」
「ドローですねー……」
くっ、倒したのは同時で引き分けですか……ジュリアも物凄く不満そうな顔を浮かべています。
この決着は竜退治でとして……おや、ギルドチャット経由で連絡が来ていますね? どうやら祖父からのようです。
内容は……なるほど、そういえば昨日で五日目でしたね。
「お爺様とカルンさん達とカルパさん……チヨさんという方もこちらに移動開始したようですわ」
「チヨちゃんは私への弟子入り志願をしてきた子です」
「流石お爺様ですー、きっちり五日間で仕上げて来たんですねー……」
「カルンさん達も結構な数の後続を運べたようですし、合流して役立ちたいとのことです」
「戦力はあるだけあれば楽ですもの。前回の戦いが物語っていますものね」
チヨちゃんの修行が終わったという旨と、こちらと合流するという事の連絡ですね。
《メルシナ》から《タルミナ》への海路が開いたそうなので、それを使ってこちらへの合流を早めるとのこと。
ただ《カラドゥリア》と《メルシナ》間に比べて道中の難易度は高くなるので、その分時間は掛かるかもしれないとの事ですが。
……私も帰り際に利用してみますか。帰るだけなら《転移》で帰れますが、行ってみたら何かしら素材が採れるかもしれませんし。
「ところで、お姉様の方は全く情報をくれないので知らないのですが……チヨさんはどういう方なのです?」
「ええ、先日《城宿城》の攻略の折にご一緒したんですよ。私との動きをほとんど合わせられる逸材ですよ」
「お姉様の動きに!? 冗談では?」
「それ、本当ですよー。ワンテンポのズレはありましたが、素晴らしい連携でしたー」
「……マジか、すげえな。会うのが楽しみになってきたぞ」
「俺も気になる。しっかし、そんな逸材がなんでまた今まで噂にもならなかったんだ……?」
「彼女、今まで逃げながら戦っていたらしいんですよ。だから、他の人ともあまり関わりが無かったとかで」
「逃げながら……また対極のような方ですわね」
イチョウさんもその腕前を認めるほどでしたからね。それが修業でどこまで洗練されているのか楽しみです。
好戦的な《紅炎の通り魔》と比べれば、ある意味言う通りに真逆。まあ、好戦的になっていたら同族もいいところになるんですけども。
「それと……カルパさんも無事《唯装》を手に入れられたそうですよ」
「やりましたわね。これであとは……」
「はっはっは、これであとは私だけだな」
カルパさんも《唯装》入手から余程嬉しいのか相当盛り上がった勢いで書き込んできていますね。
紫陽花ちゃんから見ても船上で魔物相手に物凄い勢いで暴れているようで。聞くにその唯装は大斧なのだとか……
山賊風の風体をしている彼にはとても似合いのものでしょう。……というより、やっぱり狙ってそうな気配するんですよね、デザイン。
まだ持っていないフロクスさんですが、実のところ目星はあるのだとか。ここの攻略が終わったら取りに行くそうですが。
「フロクスさんはどうして取りに行かなかったんですの?」
「ああ、単純な話だ。ソロ専用ダンジョンかつ難易度が高すぎたのさ、流石に難しくてねえ」
「……フロクスさんって相当腕が立ちますよね、それでもなおって……」
「私の技量じゃレベル差は埋められなくてね、それを埋めてから行こうと思ってたんだ」
「ということは優先権自体は取ってるのですわね……格上ダンジョンが見つかる事、やっぱりあるんですわねえ」
確かに今までありそうでなかった例ですね……王都近郊は初心者向けと評しつつも、時折高レベルダンジョンが混じっていたりしますし。
私達が早期攻略に掛かった《他無神社》への道もそうでしたからね。そこでレベル上限の倍近い魔物に鍛えられたようなものですが……
しかし、最前線レベルでレベル差があって越えられないというのもなかなかないような。一体どんな要求をされているのやら。
さて。襲い掛かってくる魔物を薙ぎ倒しながら進む事二時間ほど、本日の目的地……マレヴェネが見えてきました、が。
「思ったよりひどい状況……いえ、そういう立地なのかも知れませんけど」
「……なーんか見覚えのあるタイプの魔物がいますわね」
「ジュリアはそれ捕獲しようとしてたのだな……」
マレヴェネは溶岩の川に面した小さな街ですが……えぇ、赤く燃え盛る物体が複数飛び跳ねています。
それらは街を取り囲む岩壁を取り囲んでおり、街の入り口に当たる門の前に王冠を被った一際大きなものが鎮座していますね。
可愛らしい外見なのですが、相当厄介だった……と、以前ジュリアが言っていたような。
「……スライムですね」
「あれがスライムですわよ」
次回、久しぶりにヤツらがやってきた!
ジュリア「テイムスキルは何処ですの!?」




