17.うーさぎうさぎ、でっかいうさぎ
「先にA班、つまり俺たちで仕掛ける。各ゲージでHPを半分まで削ったら、B班と交代だ」
それぞれのパーティ別に集まりながら、今回のリーダーであるブランさんの元へ。私達の他……も最前線まで来ているのですから、腕は立つのでしょう。
後方にルヴィアのパーティが控え、タイミングになるまでは観察をして貰うということになります。一種のカメラマンになる気がしますが……それはそれで。
むしろ体力が減ると行動が変化する可能性も否定できませんからね。それで二グループ目が危なくなれば、こちらも参加するという形になります。
「……おっと、ムービーですか」
私達の身体……ゲーム内アバターの動きが止まり、視界の隅に赤色のランプが点灯します。先のルヴィアが各所のイベントを見た時と同じ挙動ですね。
視線が遠くへと固定されれば、田園風景と遠目に王都の端々が映る場所に、軽やかな足音と風切り音を伴って巨体が此方へと向かってきます。
一般プレイヤーの二倍から三倍ほどありそうな巨体が私達の前へと立ち止まれば、ゆっくりと立ち上がり陽の光を遮りながら私達を見下ろしました。
「もこもこですね」
「ふかふかですね」
「大きな耳じゃな」
「どう見ても、巨大なウサギ」
はい、どう見てもでっかいうさぎです。前情報通りですが、人以上の大きさのうさぎとなると可愛さよりも迫力がありますね……。
赤く眼つきの鋭い瞳をぎょろりと動かし、白い体毛を揺すり。桃色の肌が僅かに覗く鼻がひくひくと動き、大きな一本前歯がちょろりと覗いています。
クレイジー系と同じ紫色のオーラを纏って四足になり、戦闘態勢になればムービー鑑賞状態も解除され、ボスの体力ゲージが表示されました。
すぐに皆武器を抜き、こちらも臨戦態勢を整えますが相手から先に攻撃はしてこない様子。ファーストアタック待ちということでしょうか。
「ファーストアタックに合わせて《挑発》、タイミングはカウントする。準備はいいかな」
臨戦態勢を整えると同時、皆それぞれの指定位置への散開準備を始めています。皆さん慣れていますね。
実際に身体を、意識の上でではありますが動かしゲームとしてボスと戦うのは初めてだと思うのですが。これが前線プレイヤーというものでしょう。
かくいう私達のパーティもその準備を整え終わっており、ジュリアに至っては既に《ジャンプアタック》の準備すらしています。
私達の担当位置は背面ですから、飛び越えていく気満々ですねこれは……。まあ、私も《すり足》から《瞬歩》で攻撃を加えつつ背面に回る予定でしたが。
後方にルヴィアのパーティが配置に着けば、ブランさんがカウントをし始めます。
律儀にレイド参加メンバー全員の視界に数字が浮かぶようになっています。タイミング合わせでジュリアと一緒に使った時に指定も出来ましたしね。
3……刀の柄に手を乗せ、スキル発動の準備。
2……相手を凝視し、最初の行動を予測。
1……身体を屈め、飛び込む体勢を整えて一息を吸う。
「……0!」
ブランさんがヘイトスキルを使うと同時にぼすうさぎが動き始め、目標目掛けていきなり軽いジャンプの後にストンピングを仕掛けました。
間一髪でバッファーによる防御力上昇が間に合いました……が、削れたのはHPの2割。バフが無くても削れていたのは3割強くらいでしょうか?
最もどこまで効果があるのか分からないので不明ですが、意外と弱い……?
「……《瞬歩》、《行月》!」
「《ダスクラッシュ》、《ジャンプアタック》!」
一瞬の把握と考察の後、私達姉妹は息を合わせてアーツを使用。《瞬歩》でぼすうさぎの側面へと移動して攻撃、《行月》を続けて使い背面へと移動。
ジュリアも同様に突撃技で側面に回り、移動先の目測を合わせつつ飛び上がり、その背に一撃を加えると同時に私の傍へと着地しました。
後続も続々と動き出す気配も感じ取れますが、そんな事を気にすることなく続け様に攻撃を行います。流石に毛が舞う……ということもありません。
斬った感覚から、ふわふわな毛皮ではなく荒々しく固まった質感がしますね。ちょっとだけ固いですが、HPゲージを見れば徐々に削れて行っているので、防御自体もそこまでなさそうですね。
「《エレキバレット》」
「《火弾》じゃ!」
後方から少し間を挟んで雷魔術と火魔術が飛んできました。ルナさんとカエデさんのものです。
私達に追いつくために走りながら撃っていますが、目線はしっかりとボスの方を向いて一挙一動を捉えています。やっぱり二人とも慣れてますね。
その間に私も二撃三撃と加えていき、各パーティも予定の地点に付いてぼすうさぎの体力を削り始めました。
ブランさんのパーティはぼすうさぎのヘイトをひたすら維持し、適時回復とバフを受けて猛攻……というには大きくは削りにはきませんが、タンクの役割を果たしています。
そのお陰もあってか、それともぼすうさぎが最初のレイドボスなのもあってか。攻撃側パーティは安心して削りかかれ―――
「うおっと!?」
「まぁうさぎですし、やってきますよね、っと」
ぼすうさぎが大きく飛び跳ねてストンプを仕掛けてきました。それでも予兆として溜めの動作らしきものが見えたので、飛び下がって避けるのは容易でしたが。
さすがにこの程度に当たる最前線プレイヤーはいませんか。余波で少しばかりダメージが入っていますが、各パーティのヒーラーが回復を始めていますね。
「《速治》っ!」
「ありがとう、カエデさん」
「こっちにも《速治》じゃよっと!」
的確に回復するカエデさんの支援を受ければ、すぐに攻撃を再開。思ったよりも削りが早く、既にゲージの一割前後が削れています。
交代のタイミングはゲージの半分。この調子であれば交代するタイミングは早いでしょうね。
それまでに私達も試せることは試して……とは思いましたが、昨日ジュリアとやり合った所為もあった上にこのくらいの手応え。そこまで緊張感が沸かないんですよね……。
クールタイムが終わるごとに《斬月》を入れ、ジュリアも景気よく《フレアプロード》と《ジャンプアタック》でダメージを稼いでいます。
「ううむ、手応えが……《爆焔》」
「これならクレイジーボアの方が……《ボルトプロード》」
「お姉様の方が圧倒的に……《ランスピアシング》、と、またストンプ来ますよ」
「「「はーい」」」
「《ジャンプアタック》!」
「《降月》!」
ゲージが1.5割ほど削れた辺りで、再びストンプの構えを見せたぼすうさぎ。
ジャンプして飛び上がった瞬間に合わせて私達二人が飛び上がり……同時に落下攻撃アーツを繰り出しました。
何が起こるかと言えば……
「わお、そういう避け方もするのじゃな!?」
「二回目には、当たらない、なんて……さすが」
先程のダメージは地上にいたからの衝撃となれば、飛び上がっていればどうなるかと試したのですが。
結果は見事にノーダメージ。ついでにぼすうさぎには着地時の無防備なところに攻撃が入り、クリティカルヒットダメージが入りました。
掲示板に書き込みはしておいたのですが、流石に真似をする人たちはいないようですね。次のタイミングから合わせる人もいるかもしれませんが……。
ストンプを避けて攻撃を加える矢先、再びぼすうさぎが力を貯め始めますが、どうやら様子が違う様子。
「……挙動が違う!」
私の一声に反応してこちらのパーティが飛び下がります。他のパーティも気づいたようで距離を取りますが、その挙動は―――
後ろ足で思い切りタンクであるブランさんに突っ込んでいきました。おそらくタンク対象の大ダメージ攻撃だとは思います。
……その割には1/4程度ほどしか削れていません。これはおそらく、正面に固まっているとまとめて喰らうとかそういう系の攻撃なのでしょうかね。
突進が終わればぼすうさぎは再び基本攻撃挙動である頭突きによる攻撃をブランさんに繰り出します。既に此方が受け持つ量の半分が削れていますし、これは楽勝ですね……。
――◇――◇――◇――◇――◇――
それから十数分。半分削り終わり、ルヴィアパーティにスイッチしても特に何事もなく討伐する事が出来ました。……絶対これ強さの設定をミスってますよね。
いえ、それでもストンピングの挙動や突進に対して上手く回避と処理が出来なければ途端に難敵になるの……かもしれませんが。
ゲージが半分以上削れて終盤になってようやく転がるというタンク必須の動作をしてきましたが、まあ、完全封殺されていましたね。
取敢えず私達からしてのぼすうさぎの評価は。
「クレイジーボア以下、ボア以上でしょうね」
「わしもそう思うのじゃ」
「私も。ただ大きくなって、ストンプするようになっただけの、ボアと変わらない……」
……辛辣すぎる評価が下される事になりました。当然ですね。
他のパーティの面々も楽勝だった、拍子抜けした、という言葉がちらほらと耳に入ってきます。
もし後続も交えて戦うとなっていれば、先も言った通りまた違う難易度になっていたかもしれませんが……前線組のプレイヤースキルがあってこそ、ですね。
それはさておき。これでようやく待ちに待った王都への道が開けたわけです。
ルヴィアがその道すがらにイベントを発生させた後、草原と陸だった道が整備された土道、ついでに多くの田畑が見えてきました。
ぼすうさぎ討伐に参加したメンバーが並んでぞろぞろと歩いて王都への道のりを歩き続けていきますが……
「無性に走りたい。ジュリアは判るよね」
「……姉様、確かに判ります。これはちょっと荷物を槍に引っ掛けて走りたくなります」
「む……あのゲームかの」
「はい。そうでなくても、この風景にこれだけ広いと本当に走ってみたくなるんですよ」
「私達の田舎がそうなのですわ……本当にただ広いから走って遊ぶのが常でしたから……」
「なんとなーく、分かるような、分からないような……じゃのう」
「私は、わかる、けれど。」
こう、肩に刀を担いでですね。すたたたっ、と。
先駆けしてイベントを起こすわけにもいかないので、このまま皆に歩調を合わせて歩き続けます。
王都が近いとしても、モチーフにしてある年代のために田舎道になっており、ぽつぽつと茅葺屋根の農家が立つ田園街道……。
幼少期から帰省でその田舎で遊んでいた身としては、どうしても走り回って遊びたくなるんですよね。
幼馴染みんなで行った時は朱音だけ千夏の引っ張る荷車に座り、あまりの広さに呆然としてましたっけ。
「……あとでやりましょう、姉様」
「うん、そうしましょう。そうします。絶対します」
ジュリアとだけ通じるように頷き、カエデさんとルナさんは苦笑していました。
まあでも、きっと二人もやるつもりなのでしょう。都会でもこんな広さの場所はなかなかないでしょうからね。
少し都会から離れればあるでしょうけれど……それでもここまで広い事は無いでしょうし。とりあえずMobが沸かない事を前提にですが。
王都の入り口にも見える関所が見え、はっきりと判るほど近づいても結局Mobと遭遇することなく、淡々と進むばかり。
「……おや。あれは……」
「イベントのようですね。……かわいい」
……おっと、最前列のルヴィアがイベントに入ったようですね。
レイドパーティ全体が自然と整列するようになり、私は三列目くらいに紛れ込みました。これくらいなら見つからないでしょう。
それでもフリューとルプストはこちらの位置を把握しているのか軽く手を振ったり視線を送ったりしてくれてるので、少し手を振り返しておきました。
して、イベントの方ですが―――馬車を降りてきた少女に目を向けます。
「《来訪者》さんですね、お母さん……《綾鳴》様から聞いています」
「はい。遅くなりました」
「私は《紗那》、この国の女王をやっています」
あれがこの王都を統治する女王様ですか。にしては、とても年若そうな……ジュリアの本来の身長より少し大きいくらいに見える小柄さ。
ジュリアの背丈が小さすぎる気がするんですけれどね、大喰らいで運動もしっかりするのにどうしてあそこまで小さいのか……
さておき、ファンタジーものでは外見と年齢は一致しませんから、本来は……これは後にしておきましょうか。
よく見ると、尻尾……聞いていたとおりに種族は猫又のようで、豪奢な飾りに隠れたネコミミが言葉に反応してぴくりと動いているのが判ります。
しばらく私達は眺めるだけになりますから、少し静かにしておきましょうか。
ようやく王都到着。
総合評価が3桁に突入しました。ありがとうございます!
地道にゆっくりと伸びていけばいいな、と思っている所存でございます。どうかよろしくお願いしますね。
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