144.セカンドライフを楽しむ老夫婦
現実世界とこちら……仮想空間上では全く違う姿にすることは、現実での個人情報を守るために推奨される事。
むしろ現実とほぼ近い姿を取っているルヴィアが少し珍しい……のですがあれは事情ありき。なので現実の姿とはかなりかけ離れた姿になる人も少なくありません。
目の前の祖母はまさかまさか。おそらく本人の趣味もあったのでしょうけれど、誰も昔の写真を基にするとは誰も思わなかったでしょう。
……おまけに多少なりと幻双界チックな姿になっているのは、流石デザイナーである母方の祖母、と言ったところですね。
「……お婆ちゃん、いえ、カタクラさんですね?」
「おお、み―――こほん、クレハ。元気にしておったかえ?」
「はい。御祖母ちゃんも始めていたのは聞いていましたが……」
「ふふふ。クレハちゃんが帰ったあとでも、シリュウが楽しそうにしてるのがどうしても気になってねえ。画面で見るだけじゃあ物足りなくて、抽選販売に参加したのよ」
「それで運よく、ということですか。あの抽選率の中でよくぞ……」
「うちは昔から運が良いからねぇ、ふふふ」
私の母にも似たような外見ですが、格好は祖父に似させた中華風。チャイナ服のようなものに近いですが、肌の露出はズボンや長い袖で極力隠していますね。
流石に《紗那》様並みに可愛らしく……とは行きませんけれど、これなら外見から本来の年齢を察するのは非常に難しいでしょう。というか、ちゃんと老齢で作ってる祖父と並ぶとお爺ちゃんと年頃の娘ですね。
さて、祖母が始めたという話自体は一昨日頃に聞いていました。始めて暫くはゲームに慣れる事に注力し、祖父の拠点である《万葉》への自力到達を目標に動いていたそうで。
戦闘スタイルは魔術師と聞いていますし、怖いものは祖父の傍にいるので慣れっこでしょう。というか、もう最前線にも小さく声が届いてくる技量を見せつけているとか。
「それで、どうしてここに?」
「ああ、シリュウの門下生に鍋料理を振る舞ってあげたくてねえ。いい火力を持った器具と鍋、あと笊を探しているんだけど、なかなかいいのがなくてねえ……」
「確か基本の調理セットに入っているはずですが……」
「それだと大きさとかが足りんと言い出してのう。ここ露店広場の調理師は特注の器具を使っとると弟子が言うから、見に来たんじゃ」
「なるほど……確かに作れそうですけど……」
「でもなかなかいいのが見つからなくてねぇ、腕のいい鍛冶師さんを頼りたくても伝手がねぇ」
調理器具のカスタマイズですか。私は基本的に基本セットで足りるようにしてましたから、考えもしませんでした。
祖母は料理大好きですからね、拘るとすればとことんやるのもいつも通り……ガインさんのところに連れてくのが一番早そうです。先程行って出戻りになりますけど。
ついでにコシネさんにも紹介できれば……あ、笊と言えば先程の《水竹》も素材に使えますし、他にもいくつか祖父にお渡ししましょうか。
「それなら紹介しますよ。私達もお世話になってる人ですけど」
「いいのかい? 助かるねえ」
「ほっほっほ、ついでに儂の農具も作って貰えるとありがたいのう」
「農具もやってくれると思いますよ、こっちです」
二人を先導するように、元来た道を戻ってガインさんの露店へ。
知らぬ間に私達の周囲には人だかりが出来てますが、通り道は空けてくれているので出来るだけ気にしないようにしておきましょう。祖母は物珍しそうに見てますけど。
「ガインさん、手空いてますか?」
「おう? 今のさっきじゃねえか。どうした?」
「お客様の紹介ですよ。オーダーメイドの調理器具一式と農具が欲しいそうです」
ガインさんは後ろを眺めるようにして、依頼主である祖父祖母の顔を見つめて納得したように。まあ、顔は知られていますもんね。
一方の祖父祖母もこの人が? といった顔で見ています。同時に後方にいる他の面々にも視線を動かしている模様。
「話に聞くクレハの……なるほどな。俺はガイン、筆頭の鍛冶師とここの取り纏めをしている」
「ほうほう。儂はシリュウ、こやつはカタクラじゃ。農具が儂で」
「調理器具がうちだよ。弟子に料理を振る舞ってやるために大鍋と竈、他に幾つか欲しいんだけど作れるかい?」
「それくらいなら作れるな。オーダーメイドになるから少し高めにつくのと、素材は取って来てもらう必要があるが……」
「戦わないといけないんだねぇ。大分慣れはしてきたんだけど……」
「まあ大抵の素材は私が提供できるので……流石に持ってないものは取りに行かないとですが」
「ふむ。あちらで取れた狼鉄では足りぬか?」
「狼鉄は軽くて硬いが耐熱性が少し低くてな、農具や器具には使えるが調理には厳しいな」
「この辺で火に強い鉄となると……普通の鉄に色々混ぜ込んだ鋼鉄とかになるんでしたか」
「そうなる。だが、それ使うならもうちょっといいモンがちょっと待てば流通するようになるしな……」
「出来るだけ安くて頑丈なのがいいんだけどねえ。けどイイもんがあればイイもん食わせてやれるからねえ」
早速商談が始まりましたね。いいものが出来るように話がまとまればいいのですけれど。
シリュウの求めるものは簡単に作れそうなのですが問題はカタクラが欲する物ですね。普段のワンランク上のものとなると、素材もそれなりいいものが欲しいそうで。
多少金額を払ってもいい調理器具が欲しいのも同意の上となると……数日後なら私達も行く予定である《虹彩魔鉱山》の再解放で良い金属が流れて来そうなんですよね。
待つのもアリでしょうけれど、カタクラ的には出来るだけ早く欲しい様子。んー……となると、やっぱり。
「お婆ちゃん、お爺ちゃん。私としばらく一緒に行動してみませんか?」
「クレハとかや? 確かに面白そうだけれど、まだうちはレベルが低いからねえ……」
「大丈夫ですよ、ここ数日は高難度の場所に行く予定はありませんから。その代わり、美味しい物が取れる産地や目的の鉄類が取れるダンジョンに行く予定ですので」
「確かに考えりゃあ、クレハの目的地はどれも合致してるな。腕があるなら俺からもオススメできる」
「ほほっ、それならいいかのう。カタクラの足りないところは儂がカバーしよう」
「シリュウさんがご一緒ならー、安泰ですねー!」
私の目的も明日は夜草神社で進化の見届けで、ついでにこちら産の特上野菜の仕入れ。その戻り道で《水田迷宮》へ行き、《大藁人形》の素材を確保。
明後日は《虹彩魔鉱山》で調理器具に必要な鉄材の確保で、私は《魔水鉄鉱》を掘り出して錆びた刀の修理に充てましょう。
そのついでに私の装備を一新できる何らかの素材が手に入ればいいですが、これはまたしばらく後になるでしょうね。近くに繊維となる植物系のダンジョンはないですし……
ともかく。水鉄鉱だけでもそれなり改善されるでしょうから暫くはそれで我慢しておくとしましょう。こればっかりは仕方ないので。
「今日はもう少ししたら日課……《猫幽霊》のところに行くので、明日にしましょう。それでいいですか?」
「うむ、儂は準備をしておこう。カタクラや、今のうちに《大鎌》の解放に行くか」
「そうねぇ、ここまで出る事は滅多にないもの。そうしましょう」
「大鎌使うんですか……」
少し扱いたい武器については聞いていましたけど、本当だったんですね……のんびりとしている老夫婦はこれから夜界の方へ向かうのでしょう。
私とイチョウさんは《城宿》へのルートへ様子見に行きましょうか。あそこ、入口から離れると私以外は殆ど来る人いないのですけど……
っと、そうでした。ついでにクリヌキさんに作って貰っておきましょう。
「あっ、お婆ちゃん。ちょっと待っててください。クリヌキさんいますか?」
「おう、いるぞ。別口の注文か?」
「水路で久しく《水竹》が取れたので、笊などの竹製製品にしてもらおうと思いまして」
「……すげぇ勿体ねえ使い方だな」
「獲れるダンジョンは解放したのでこれから流通量が一気に増えますよ。二セット欲しいですが、どれくらいで出来ますか?」
「そうさな、それくらいだったら三十分もありゃあ作れるだろ。おいクリヌキ、仕事だぞ」
取れたての《水竹》を取り出してちょうど休憩から帰って来たであろうクリヌキさんに渡されます。内側に水を含んだ竹で、防水性が凄く高いんですよね。
今の私の装備にも使われていますが、直近であれば《水葵》さんのレイドや先程のミズチ戦などで役立っています。……意外とまだ属性持ち、少ないんですよ。
さて暫く待っている間何をしましょうか……何て考え込んでいたら、調理組の面々がうずうずとしていますね。視線の先は先程から調理の話をしているカタクラ。
ははぁん、さては門下生経由で話を聞いているのでしょう。掲示板を見る限り、結構な人がお世話になっているみたいですし。
「お婆ちゃん、調理組の面々がすごく話したそうにこちらを見ていますよ」
「おややっぱりここにも調理師の人達がいるのかい? いいねぇ、うちも話を聞きたかったのよ」
「……だ、そうですよ。コシネさん以下数十名」
「よっしゃ山料理の達人から話を聞くチャンスだぞ!」
「おやまぁ、そんな言われ方をしてたのかい? 悪い気はしないねぇ」
私が促すように視線を向ければ、ばっと駆け出して質問攻め。まあ牛豚はともかく、ウサギや猪に鹿と来ると都会の人間は調理方法のアレンジはなかなか効きませんもんね。
調理組の皆さんはベータの頃から色々切磋琢磨し創意工夫を積み重ねていたとはいえ、目の前にいる祖母は何十年と山で料理をしてきた訳ですし。スキルレベルの差では測れない技量差がついてますし。
中には祖父の方に行って作物の専売契約を打診している方もいるようで。そういえば《農業》があるとはいえ、まだ本格的にそれを行っているプレイヤーは少ないのでしたか。
今こそは夜草神社経由で販売されている高品質野菜ですが、そのうちプレイヤーメイドでも高品質の野菜が出来るようになればその分安上がりですもんね。それを見越しての事でしょう。
現に《農業》のスキルレベル、祖父が今一番抜きんでて高いまでありますからね。門下生も興味を持った人はそのまま続けて《万葉》周辺の貸し畑で励んでいるとかなんとか。
「ほんと、あの二人はセカンドライフとしてこのゲームを楽しんでますね……」
「ですねー。私のお婆ちゃんも誘ってみようかなー、なんて」
「イチョウさんも? とはいっても、あの二人はまた特殊ですからね」
「あう、そう言われると……楽器演奏が上手なんですけれどねー、まだその手のものらしきは《精霊》とタラムさんのほねほねしかないですしー……」
「そのうち楽器演奏による攻撃手段が確立されれば、ですね」
「ありそうですけどねー、まだまだ……」
見ていれば祖母が調理組の所へと通されていき、調理の実演をし始めていました。手始めにウサギ、次にカエルと手早く調理をしていますね。
肉類はある程度カットした状態でドロップするのがこのゲームの常ですが、それでもカットされただけ。そこからは調理手順によって品質も味も大きく左右されて行きますから。
祖父曰く、細かい部位で手に入ればいいのに、とか言っていたとか。《解体》に関してもそろそろ何らか発展系がありそうですし、部位も手に入るようになりそう。
まあ、その場合。真っ先に餌食になるのは《如良》近辺の牛でしょうね。あのあたりならレベルは手頃ですからね、素材として取るならあそこでしょう。
「……そういえば、図書館とかありましたっけ。ここ」
「夜の方でしたら王城の中に大規模な図書館がありましたねー……って言っても、資料ばっかりで使えた物ではありませんでしたが」
「そうなると図書館の解放はバージョン1の後半か、次のバージョンでしょうね。何かしら技術の類であればそこに多く記されてそうなのですけど」
「あー、確かにそうですー。RPGであれば、図書館とかはヒントやアドバイスの塊ですもんね」
「現時点でもノーヒントで進められるということは、相応に道標が散らばっているからですね。今は解放を楽しみにしましょうか」
笊の出来上がりを待っている間にスープやらステーキ、炒め物が出来上がっていきます。いい香りが漂ってきますし、試食した面々も打ち震えるほどなようで。
そのうち私達にもスープが回ってきました、山菜スープのようです。試しに一口……うん、食べ慣れた味ですが、ゲーム内での品質による味補正もあってより美味しく仕上がってます。
本当に楽しそうに作っている様を見ていれば、こちらに遊びに来る切っ掛けを作れただけでも良かったと思えますね。
……結局、乗りに乗った祖父の商談が終わり、祖母が満足するまで料理を作り終えた頃には午後六時を回っていました。夕飯も近いのでログアウトし、その後は改めて猫幽霊退治。
手応えを感じたところで本日は終了。ええ、これなら準備を整えれば突破も出来そうですね。
カタクラ「みんなこんなお婆ちゃんに優しくしてくれて嬉しいねぇ」
全員「「「お婆ちゃん……!?」」」
外見と聞こえてくる声が絶妙にマッチしていて、一目だと中身が老婆だなんてわかるはずもなく。
でも祖母の戦闘に関してはまた後日!




