14.正々堂々一対一
翌日。学校から帰宅すると父がいました、今日は非番だそうです。
ゲーム会社でも非番はあるんですね、ちょっとびっくりでした。もしかしたら九津堂特有のものかも知れませんが。
いつものようにリビングで課題をするのですが、それも終わりに差し掛かったところで、父からこっそりと試して欲しい事を吹き込まれました。
その父曰く、
「こっそり実装しておいたシステムがあるんだけど、みんな全くやる素振りがなくてね。そのデータも取りたいしやってみて欲しい」
……だ、そうです。やり方は私も千夏も聞きましたから、ログインして本日の予定である新規習得のスキルを試した後にしましょう。
なお、今日の風呂争奪戦の勝利者は千夏でした。呑気に鼻歌なんて聞こえてきます。
その間に私は課題の見直しや明日の準備を済ませてしまいます。片付けられるのなら早い方がいいですからね。
そのついで、父に気になっていた事を二点聞いておきました。例の黒猫とみつひめさんの件ですね。
黒猫の方は自立AIを仕込んでいるらしく、ベータテスト期間中はプレイヤーサイドの動きに合わせて動き回るらしいです。ということは、今後また遭遇する機会があるということですね。
みつひめさんの方は本来はもう少し先で聞ける話だったはず、なのだそうです。意図しているより早いタイミングでイベント起こしたそうですが、特に問題は無いのでそのまま進めていいとのこと。
どれくらい先の話なのか判りませんが、笑い飛ばしたうえに修正も必要ないという事はそう遠くない事だったのでしょう。
お風呂から上がって髪をしっかりと拭いて手入れをしてからログイン。
20時のログインとはいえ、この幻昼界ではまだ夕方。昼が長いというのはこういうことでしょう。
先にログインしていたジュリアと合流して、早速三番道路に向かいます。
「昨日も相手しましたが、クレイジーディアホーン……やっぱりちょっと対処が面倒ですね」
「猪だけでしたら、まだ火魔法で対処が簡単なのですが」
「通常のディアホーンと比べて攻撃が鋭いですからね。油断すると一気に持っていかれそうになりますし……」
「姉様はカウンターがありますが、私は細心の注意を払わないといけませんわね」
「カウンターもそう便利ではありませんよ? 確率であるのは変わらないのですからね」
大量に沸いているワイルドボアは経験値が美味しいので良いとしましょう。それに混じる狂化された鹿、クレイジーディアホーンが厄介なのです。
それよりも厄介な物であるクレイジーワイルドボアもいるのですが、これは奥の方で滅多に沸かないということなのでこの際横に置きましょう。
クレイジーラビットと比較してもより攻撃の出が素早く、より執拗に狙ってくるので油断できません。
レベルも10をとうに超えたとはいえ、まだ最前線レベルの一歩手前ですからね。追いつくにはもうちょっと上げないといけません。
「それじゃ、昨日覚えたスキル使ってみましょうか」
「どうぞ、姉様」
昨日の狩りと、一昨日に二番道路を突破した際に習得したスキルが幾つか。この後やる事も前提として、ちょっと手の内をお互い見せましょう。
例えお互いの手の内を知らなかったとしてもそうは行かせてくれないのがこの妹ですからね。別段見ても見ていなくても変わらないんですよ。
抜刀して手近なワイルドボアへと目星を付けます。まずは一つ目、或る意味で基本でもありますが……
「まずは……!」
走り寄りながら無警戒の猪に横から刀を勢いよく突き立てます。特にスキルがある訳ではないですが、いずれそのうち覚えそうですね。
クリティカルが入ったのでしょう、軽い混乱状態の猪にそのまま追撃と《薄月》に《行月》、適度に刀を振るってあと一撃にまで追い込んだ状態にし、それからスキルを発動。
跳躍強化によって発展した追加スキル、その名も。
「っ!」
上空から全力で振りかぶっての斬撃で猪が真っ二つになります。こちらは《刀術》と《跳躍》との複合で現れた《降月》です。
ジュリアが先に習得した《ジャンプアタック》と仕組みは似ていますが、此方は刃渡りがある分多少の調節は効きます。
その分威力は若干ながら劣りますが、それでも大打撃を与えられる現状の必殺としては非常に優秀でしょう。見栄えもいいですし。
血払いの振りをしながら納刀状態へ。血払いはまあ、その、癖ですから気にしないでください。
そこから次のワイルドボアへと目星を付けてそちらへと接近しつつ、移動アーツを発動。使用するなり、一歩踏み込むと同時に一瞬で距離を詰めます。
《居合術》がSL20になって習得した《瞬歩》です。意外と早く覚えましたが、移動距離はそこまで大きくありません。
更に距離を詰めるために《行月》へと繋げれば、中距離から不意打ちにも等しい一撃を加えられます。昨日何度か試しましたが意外と優秀なんですよ、これ。
「おぉー…」
後ろから妹の感嘆の声が届く中、私は不意打ちを加えたワイルドボアに追撃を加えます。問答無用にザクザクとトドメを刺して一丁上がりです。
《刀術》のSL上昇によって覚えた通常版の《降月》もありましたが……まあこちらは単純に溜めの付いた居合斬りですから。真空波っぽいエフェクトも加わるので少し射程も伸びます。
このくらいなら見せなくても対応してくるでしょう。そういう妹です、そういう妹なんです。
跳躍強化は言い換えれば脚力強化でもありますから、移動を組み合わせたものになりやすいのでしょう。後で掲示板に書き込んでおきますか。
「それではジュリアの番ですよ」
「ふふふ、行きますよ」
軽く後ろに下がり、ジュリアへと交代を告げれば真っ先に《ジャンプアタック》を使い、手近なワイルドボアへとストンプを喰らわせます。
最早それは慣れたものでしょうか。成功率は更に一割増し、高いSTRも併せてたった一撃でワイルドボアの体力を半分にまで削り取るのですから。
いつもならここで槍のスキルを使って一気に畳みかけるのでしょう。ですが、今回は違いました。
「っそいや!」
ワイルドボアの横に着地するなり、串刺しにした槍を突き出したまま次のワイルドボアへと突進を始めました。そもそも重いのですが、突っ込むどころではありません。
私が先に口にした《行月》の槍版と言っても過言ではないでしょう。スキル名を口にしないのでその名は不明ですが、次のワイルドボアへと奇襲の様に突き刺せば。
「《フレアプロード》!」
二体の串刺しにされたワイルドボア相手に、新たに習得したであろう火魔法を放ちます。放たれたそれは、発生地点を定めるなり火属性を伴った爆発を起こします。
一発だけではなく二発、三発とクールタイムらしき合間を挟んで放つなり槍を引き抜き、僅かに残っていた二体目に下から上へと突き上げるスキルでトドメを刺しました。
MPが低いのであまり使えないかも知れませんが、怒涛とも言うべき攻めに更に磨きがかかっている気がします。末恐ろしい妹です。
注目するべきは狙ったように複数体をまとめ、しっかりと火魔法の効果を熟知した上で使っているところでしょうか。
以前は《ファイアバレット》を短いクールタイムを利用して連続で使用していましたが、この《フレアプロード》という火属性爆破魔法であれば威力を気にせず、高威力の攻撃を可能としますから。
私に対してばっちりと見せつける様な戦い方をしてから、素材を回収してウィンク。この後にする事に対して露骨な挑発でしょう。
ついでに私よりも効率的に狩れるんだ、妹より優れた姉などいないというニュアンスも入っている気がします。後者は本当かどうか別としてですが。
槍の一撃も強力ですが、憶えたスキルに対する理解力と戦闘時での直感は本当に侮れません。現実での手合わせもだいたい引き分けですからね。
……私も負けてられませんよ。その意思を込めた微笑みを先のウィンクに返すように妹へと向けます。
そこから二時間ほど、三番道路の三分の一の地点までというくらいでしょうか。まるで競い合う様に狩りをしたのは言うまでもありません。
――◇――◇――◇――◇――◇――
熾烈な狩り合いの末にレベルが14になったところで一旦街に戻りました。お互い数を競い合う為に周りが若干引いていた気がしますが、この際気にしないでおきましょう。
いやあ、やっぱり猪の経験値は素晴らしいものです。二時間程度なのでしたが、レベルも二つほど上がりました。
付近にいる他プレイヤーの平均レベルを見るに大体が12から13。最前線では15あたりもいるそうなので、ちょっと頑張り過ぎたでしょうか。
明日には中ほど、金曜日には突破目前に王都前で控えるというボスも見えて来るでしょう。経験値の幅を見ても、その間で一つか二つ上がるか程度。
今は再び《四方浜》へと戻り、ひと休憩の最中です。手持ちの整理を行ってから料理の時間で、今日もそれに目を付けた人が数人焼きたてボアステーキ買っていきました。
制作業へと手を出しているのはまだほとんどいないようで。それでちょっと懐が潤うのですから構いはしないのですが……。
「出来上がり、っと」
また一枚と出来上がったボアステーキをインベントリ入れておきます。顔を少し覚えられたのか、通りすがりに売ってくれと言われる事があったので少し余分に作っておきます。
主な売り付け先はルプストなんですがね。ルヴィアはこちらの意図を察しているのか寄ってくる事はありません、要請が来るまで影の有名人として過ごします、ふふふ。
隣には同じように錬金を行うジュリアの姿もあります。戻って来て休み始めた当初はぐったりとしていましたが、十数分で復活して錬金を始めました。
《純水》を大量生産しているらしく、これは薬屋に持っていくとちょっとだけ高値で売れるとか。あとは海水から《塩》を生成したりもしています。
どっちを生産するにしても作業が単調らしく、ぼんやりと精神を休めながらするにはもってこいなのでしょう。《塩》は時々横から頂いていますが。
人が増えた事で少し変化はないかどうか、と聞き込みや神社に向かってみましたが特に変化はありませんでした。
祭殿ではやはりぽつんと蓮華さんが座ってお茶を飲んでいるくらいで、特に予言もない、ということだそうです。言われた通り、ボスを倒さないと進行しなさそうですね。
ちなみに一番道路に出没した正体不明の黒猫さんですが、大多数が《四方浜》に移動するにつれて姿を見せなくなったとのこと。期間限定レアイベントだった気配がします。
「では姉様。そろそろやりませんか?」
「いいですね、そろそろいい頃合いだと思っていました」
妹が時計を見てから提案してきました。そうですね、そろそろやるにはちょうどいい時間でしょう。
お互いが広げていたセットを片付け、街の広い場所……《四方浜》の港へと向かいます。こちらなら十分な広さもあってちょうどいいですね。
少し離れて向き合ってから、父に教わった通りにメニューを開いて……ありました、堂々とコマンドの一つに明記されています。
ある意味、狩りに夢中の人が多くてやらない人が多いのでは……なんて思いながらも選択しました。
「……《決闘申請》」
試して欲しいと言われたのはプレイヤー対プレイヤーのシステムです。相手に対してその申請を行い、受理される事で互いにルールを決めて行います。
選択した折に出てきたヘルプテキストを読む限り、Mobの沸くエリアでは申請できない、拒否された場合の連続申請に対するペナルティなどの注意事項や基本ルールが記載されています。
この辺はさも当然のものですね、モノがモノなだけに慎重に取り扱わないといけないものでもありますから。読み終えればチェックを入れます。
ジュリアに申請すれば、そちらの方にもヘルプテキストが表示されたようです。読み終えてチェックを入れたのか、ルールの取り決めが始まります。
「意外と細かく設定できるんですね。体力ポーションは3個制限、時間は10分、属性相性なし、フィールドの広さは中でいいですか?」
「お任せします。私は勝つだけですから」
「……その言葉はそのままお返しします。ルール決定……と」
他にも対戦者数の設定、他アイテムの使用許可、フィールド改変など……どこかのオールスター乱闘ゲームではないかと突っ込みたくなるほどの設定項目がありました。
ジュリアはどんなルールで来ても勝つから好きに設定して、と言いたげな顔で返してきます。これは姉妹対決の際はいつものことです。
……えぇ、姉妹ですから衝突することはあるんです。性格も正反対とまでは言いませんが、そこそこに違いますからね。
特にこういう、対戦とか。先の様な競い合いとか。お互いそういう気分になっている時は火が付きやすいのです。
提示したルールをお互いが確認してから承諾をすれば、画面に指定数の回復ポーション数が現れ、手元にも同じ本数現れます。効果は体力の三分の一を回復するようです。
デュエル専用のポーションが用意されるみたいですね。MPの方にも制限数があるようで、魔法を使うジュリアにはポーションが追加で現れていました。
ポーションをお互い同じようにストックへと入れ、ショートカットに設定。
そうすれば半径5メートルの円状に戦闘エリアが形成され、外部からの妨害や援護、侵入を禁止し、決着が着くまでお互いに出られない薄紅に発色する光の壁が現れます。
視界の中央に開始までのカウントダウンがスタート。それに合わせて、私は抜刀して構えを取り。ジュリアは槍を軽く振り回して準備運動してから構えます。
カウントが少なくなるほどに、互いの顔が戦闘に備えたものに変わっていきます。
3……2……1……
カウントがゼロになった瞬間、お互いの前進系攻撃アーツが交錯します。
ジュリアは先に見せた突貫アーツ、《ダスクラッシュ》を。私は対応するように《薄月》を。
互いの距離が一瞬で詰まり私は水平に刀を振るい、ジュリアは槍の柄で受け止めれば目の前に軽い火花が散ります。
それも一瞬の事、ステータス差で迫り合いは不利なのは理解していますから、拘る事無く刃を滑らせて槍を逸らしてから後方に少し下がりつつ納刀、居合の存在を警戒したジュリアも飛び下がってから槍を構え直します。
今度は《瞬歩》を使って接近をしつつ再び《薄月》を使い、槍の穂先へと補正の乗った水平の一閃を振るって跳ね飛ばして肉薄し、もう一振りを見舞おうとしますが―――
「っ、さっすが!」
その刃の届く距離を冷静に見極めて、或いはその直感で感じ取ってそのギリギリで後方へと避けます。刃の先はブレストプレートを掠った程度、ダメージもありません。
バック転のような器用な避け方をしたと思えば、その着地の反動を生かしたかのように、その脚力でジュリアは上空へと飛びます。
《ジャンプアタック》だと察すれば、そのストンプを避けるために着地点を見定めてから大きく前方へと回避。避けたその背後に大きく着地をする音が響き、すぐに振り返って迎撃準備。
案の定ですが追撃と言わんばかりに再び突貫を使ってきました。ですが、確率での反撃が行われて、その穂先を軽く打ち払っていきます。
それで生じた隙を見逃す私ではありません。再び《薄月》を使えば、明確にジュリアのブレストプレートへと大きな傷を付けてHPゲージが少しばかりの減少を示しました。
さらに追撃を加えようと《行月》を放とうとして、私の勘が警鐘を鳴らします。僅かに感じたそれは直上、先に跳ね上げられた槍をそのまま、間合いの内側にいる私に対して振り下ろしてきました。
「まずっ……!」
慌てて横に避けようとした私の左腕を掠っていきながら、勢いよく地面に叩きつけられた穂先が土を跳ね上げます。同じように僅かな量のHPが減少し、再び距離を取り直します。
お互いに削れた量は同じ、やはり妹ながらに油断なりません。私も幾つかまだ使っていないスキルもありますが、それ以上に、ジュリアはまだ魔法を使っていませんから。
姉妹喧嘩でやり慣れているとはいえ、先の様に思い切り直撃を狙った、殺気すら籠っていたように感じたそれに容赦の無さを感じてしまいます。
たかがゲーム、されどゲーム。勝ち負けに真剣になるのは昔から姉妹揃ってそうであり、対面のジュリアはにんまりと笑みを浮かべながら、かつ真剣な目で私を見つめます。
本気でやり合っても、お互いの現実の身体は傷つかないのだから本気を出せ。そういうニュアンスでしょうか。
いいでしょう、では私も勝つために手は選ばないとしましょう。
同じように私も軽く微笑んで……少し腰を落とします。ここからは手加減はなし、しているつもりはありませんでしたが、より本気で。
「……行きますよ、ジュリア」
「そうこなくっちゃ、お姉ちゃん」
姉妹だからこそライバルってやつです。次回に続く!
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