129.Black Black Water? 1
さて、翌日になりログイン。昨日はヴォログに戻ってきて大鎌と新装備の実戦テストをしたあとにログアウトしたのでしたか。
今日は合流があるのでゆっくりでいいとの話をしておいたので、現地組はまだあまりログインしてませんが……フロクスさんとアマジナさん、祖父はもうログインしていますわね。
結構早めからこちらに向かっているようですわね。そうなるとおそらく……今はヴォログの門番こと《コンパスゴーレム》のあたりでしょうか。
タンク役はいませんけれど、力量を考えれば祖父が回避盾をしていそうですわね。多分、こう、STRさえ足りてると背負い投げとかしてそうですが……
とりあえず冒険者組合で進捗を確認しましょうか。昨夜の間に何か変化があるかも知れませんし。
「っと、ジュリアさん。おはようございます」
「あらウケタさん、おはようございますですわ。今ログインしたところでしょうか」
「はい。それとひとつ相談なのですが……」
「何でしょうか? 大抵の事は対応できるとは思いますが」
冒険者組合の手前で、ちょうどログインしてきたウケタさんと合流しながら中へ。なんだか早々から悩んでいるような顔をしていますが。
組合内ではボードに防衛戦開始の日時が出ています。明日の18時から、ヴォログの北方向から攻めてくるようですわね。
手近なテーブルに付いて、まずはウケタさんの話を聞く事にしましょう。私がこちらを空けた二日間、何があったのでしょうか。
まずは戦域の拡張による防衛戦の発生。こちらは予想していた通りで、これに伴って魔物、レア魔物の発生率が上昇しているそうです。
なので祖父達以外にもこちらに向かっている人は多く、《コンパスゴーレム》もこの期に及んで渋滞を起こしているのだとか。
「それで、急ぎの件……に当たるものだと思うのですが、昨日皆で狩りをしていた箇所で《唯想》ダンジョンを発見しまして」
「おや、何事と思えば。良い事だと思いますけれど、何か問題が?」
「……そうですね、問題があるとすれば……発見したのは、ログアウト間際の撤退中のことでしたから」
「手付かずなら早々に取りに行くのも全然アリですわね。となれば、残る問題は……」
この時点で私達のパーティでも新たに唯装持ちが増えるのは喜ばしいこと。ですがウケタさんも気にするかのように、ボードに記された防衛戦の開始までの時間をちらちらと見つつ。
昨日の撤退時点での発見となれば、既に入場者はウケタさんを入れたパーティへと固定されているのは間違いないでしょう。では、気にするような問題と言えば。
……明日までにフルパーティを要求する唯装ダンジョンを攻略できるかどうか、ということでしょう。
トトラさんのダンジョンも半日掛かっていますし、タンクの唯装ということで時間が掛かる事を危惧しているのでしょうか。
私の読みであれば行けるとは思いますが、万全を期す事を考えるのであればフロクスさんとアマジナさんの合流を待ってから、ですわね。
「不安に思っているのは、今から攻略開始して間に合うかどうか……ですわね」
「その通りです。結構深そうに見えたのも一因ですが、それに戦闘によって消耗品が増えると補充を含めて明日の開戦に間に合うかどうか……」
「要は、速攻で行って帰ってくればいいわけですわよね?」
「……ええ、はい。そうなりますが……」
「御心配には及びませんわよ。それなら速攻を決められるパーティを組めばいいだけですわ」
「ですが、ダンジョンを強硬攻略となると消耗が激しいのでは……」
「その消耗から補充する手間と《唯装》の強力さ、比べるまでもないのは私のや先日のトトラさんの唯装の効果で十分に判っているはずですわよ」
「ですけれど……それも確かにそうだ。皆さんが大丈夫と言ってくださるなら、是非に……」
「明日の決戦に備えてリソースの心配をして下さるのは有り難い事ですわ。ですが、戦術的な面が広がる方がいい事ですからね」
ウケタさん、こう見えて結構慎重な面がありましたからね。豪快なごり押しで耐えるカルパさんとアカラギさんとは違い、冷静かつ上手く立ち回るサスタさんと同じようなところですが。
その慎重さと冷静さで、攻撃を見据えてしっかりと受け、弾きながら戦うのは流石なのですけれどもね。こういった時に不安がマイナスに出てはしまいますか。
私の《プロメテウス》やトトラさんの《花飾り》を見れば、あればあるだけこちらが有利に傾くのは判り切っていますから。
そのプラス分はきっと、使ったリソースを差し引きチャラにしてくれるはず……と見て間違い無い筈。何にせよ、タンクの唯装は取得者が少ないですが防御力を上げる効果があるのは間違いないですし。
さてそうなると、確実にかつ迅速に突破するならば最大火力の編成を組む他ありませんわね。祖父はおそらく慣らしをするのと、カルンさん達を見て貰うので無理として……
早速彼らに動いて貰うことになりそうですわね。それはそれで楽しみになってきますわね。
「とりあえず到着を……なんて言ってたら来ましたわね。随分と早かったではないですか?」
冒険者組合へと入ってくる、懐かしい顔二人とほぼほぼ初めて見る顔が一人。父と相談した上でキャラメイクしてたんですから、ちゃんと現実の姿とは離れていますわね。
ほぼ初めて見る方の出で立ちは初期装備……に見えて、それなり良い品質の布で作られた中華風の意匠を持った白髪オールバックの老師と言った印象。お洒落なのか黒いサングラスっぽいものも付けてますか。
後ろの二人は片方は狼獣人で、珍しく獣寄りのキャラメイク。以前よりも装備が増えて、軍服に近いサバイバル……そして多用途に適した格好になっていますわね。
もう片方は和装を纏いつつ、動きやすいような流し着。避けるのにも自信があるのか、金具による防具は腕と足を中心にて配置されています。
祖父ことシリュウ、そしてその下で修行をしていたフロクスさんとアマジナさんの二人でした。アマジナさんは役割に特化、フロクスさんはそのままスタイルの強みを伸ばしたように見えますわね。
「ふふ、遅かったかの? ジュリアや」
「グットタイミングですわよ、お爺様」
「お久しぶりです、シリュウさん。それに、フロクスさんとアマジナさんも」
「やぁやぁ、思ったよりも早く辿りつけて何よりだ。外も軽く見て来たから、ある程度今回の相手も把握できているよ」
「おう、色々と学んだことも活かせそうだ。まだウケタとジュリアしかいないのか?」
「そろそろ集合時間ですわよ。みんなすぐに来ますわ」
――◇――◇――◇――◇――◇――
「それで、トトラ達は今度こそ正真正銘のRTAをするのだな?」
「最前線復帰一発目から唯装ダンジョンの駆け抜けとはね。いいよ、付き合おうじゃないか」
「いいぜ、腕が鳴るってもんだ。聞いたメンバーも如何にも突貫突撃部隊って感じじゃねぇか」
「ひと頑張りのしどころですね! 突撃隊のヒーラーの役目、頑張ります!」
「ありがとうございます。中は何も見ていないので何とも言えませんが、私の属性から見ても闇属性だと思われます」
「闇なら皆等倍ですわね、属性を気にしなくてもいいというのは朗報ですわ」
皆がログインし集合したので現地へと移動開始。その間にウケタさんの《唯装》ダンジョン攻略のための打ち合わせ。
メンバーはウケタさんにイチョウさんの安定したサポーター、フロクスさんとアマジナさんの復帰組、私とトトラさんの《唯装》持ち火力ペアですわね。
レベルが適正であれば祖父に付いて来て欲しいのですが、ここに来るにはまだ8か10ぐらいレベル低いのですけれども……本当にお爺様はまったく。
「ほほお、ここが最前線かの。ここまで来ると慣れたいい動きをしているのも多いのう」
「腕が無いとここまでやってられませんもの。弟子入り志望が来るのも、こういうことですわ」
「ほぉ……まあ弟子が出来るのも悪くはないが、あくまで我流じゃしのう。流派の名前もないし、看板を立てるのものう……」
「だから師匠、今は悪いところを指摘するだけに留めているんだよ。それだけでも見違えるようになるんだから凄いものさ」
「どんな武器でも、っていうすげぇトコはあるがな。短剣とか刃物の類から棒術槍術弓術、ついでに投げ物もいけるときたもんだ」
「昔取った柄というだけじゃよ。それとジュリアや、呼び捨てで良いぞ。家族関係をあまり出し過ぎるのはよくないと言われておったからのう」
「む、わかりましたわ。どうしても親類相手だと癖が出てしまうのですわよ、やっぱり」
祖父……こほん、シリュウの万能性は昔からでしたものね。以前口にした通りに、姉様も私も刀と槍に限らず色んな武具を扱えるように教わっていますもの。
それだけの知識があるのでそれはもう、多少のアドバイスで動きを直せるというもの間違いではありませんし。
ちなみに看板が無い道場というのも本当の話で、シリュウの師匠と共にその昔に辺境開拓の折に編み出された対獣の武術を脈々と受け継いで来ているそうですからね。
様々な武具を扱うのは、その過程で適度に拾えるものを武器に獣などと戦う為の術を、ということが発端となります。
今では安全に暮らせるためにそういった武術を学ぶ必要が無くなったので、あとは廃れていくのみ……だったのですけれどね。
「とはいえ、魔術とやらだけはさっぱりじゃがのう。婆さん……カタクラはコツを掴んでおったが」
「……お婆ちゃん、魔術師なんですか、あとカタクラって……」
「うむ、今日はウサギやイノシシを相手に頑張って貰っておるでな、将来的には鎌を持ちたいとも言っておった。本当は片栗と名付けようとしたらしいんじゃが、間違えたらしくてのう……」
「なあ、それで聞きたいんだが……カタクラさんって体を動かしたりはしてたのか? 少し気になったんだ」
「そうですわね、シリュウのお手伝いと家事全般……あとは茶道や華道など一通りを修めているとか……?」
「あんなに魔術を当てられるコツ、なんだ? 異様なくらい当ててるんだが……」
「うーむ、カタクラに至ってはおそらくじゃが……先読みが得意じゃからのう、たぶん眼だけなら方向性は違うがルヴィアのお嬢ちゃん並みじゃと思うぞ。ジュリアも覚えがあるじゃろ?」
「覚えがある……と言われましても、ええっと……」
祖母、昨日早速始めてましたか。販売は抽選になる可能性が高いと言われていましたが、無事それも突破できてましたか。
名前に関してはもう仕方ないところもありますか……
魔術師の道を選んだのは驚きですが、この祖父あってあの祖母ですか……似た者同士惹かれ合うというかそのへんでしょうかね。
して、先読みに関して憶えがある……と言われると。何かありましたっけ……ああ、あれのこと……?
「もしかして、ハエ叩きを持たせたら歩く先々でハエと蚊が全滅していたこと……でしょうか?」
「そうそうそれじゃよ。どうにも止まっているほどに見えるらしいからのう、動体視力が凄いんじゃよ」
「それで先読みして当ててるってことなのだなー……ほえー……」
その昔の話ですが、祖母が台所に立っている時の事。梅雨が続いた日の翌日に、珍しく祖母が料理せずに母が料理していた時がありました。
曰く、その日は蚊が大量発生して祖母の逆鱗に触れたとのことで、祖母はその手にハエ叩きを手に座っていました。で、見渡せば……料理中の母に寄って来る小虫を全て叩き落していたんですわよね。
あとで片付けるのは大変でしたけれど、その日は虫に刺された人がいない程でしたからね……あれは小さいながらに驚いたものです。
「なあに、お主らにもその片鱗も出ておるし、磨ければそれ以上にもなれる。特にトトラちゃんとイチョウちゃんは素養はあるぞ」
「トトラがなのだ!? それはいいこと聞いたのだ!」
「わっ、私もですかぁ!? えっへへ、それは嬉しい話ですー」
「そうじゃよ。機会があったら何かコツがあるか聞きに行ってもよいと思うぞ」
「余はどうなのじゃ!?」
「私も、どう?」
「カエデちゃんとルナちゃんはまた別方向の才があるように見えるのう。他の人とも息の合った連携ができておるからの、いいことじゃ」
次々とシリュウが才能発掘していきますわね……眠れる才を呼び起こすのもひとつの才、なのでしょうか。
そんな方に師事してしっかり修業を積んだフロクスさんとアマジナさん、どこまで腕が上がっているのか楽しみですね。来る間はカルパさんが先に動いて仕留めるので、動きを見れなかったのですが。
装備を見る限り、大きく変わったのはアマジナさんの方ですが……どう立ち回る様になったのか楽しみになります。前は短剣二本で戦っていましたが、本格的に双剣に乗り換えていますわね。
さて、そろそろ目的の場所ですわね。私達ダンジョン攻略組はここで本隊と離脱になりますか。
「ジュリアさん達ダンジョン攻略組はこちらになりますので、皆さんとは一旦お別れになります」
「ふむ、ではまた後程じゃのう。カルン殿達をしっかり鍛え上げておくぞい」
「一応レベル差があるので、シリュウは気を付けてくださいませ。もっとも、気にするほどではないでしょうけれど」
「お爺ちゃん、全部避けそうじゃもんなぁ……」
「同意。全部、避けて時間を掛けて倒しそう」
後ろでカルンさん達が緊張でびくっと震えますが……おそらく、ちゃんと最前線に付いて来られるほど強くなっているでしょう。
紫陽花さんが三人の中で一番やる気に満ちた顔をしていますわね。これは昨日の影響もあるのでしょうけれども。
それと……あとで、皆さんのこのお爺さんが何をやらかしたのが聞いておくことにしましょうか……なんだかまたやらかしてそうな気はしていますし……
シリュウ「ふぉっふぉっふぉ」
アマジナ「やっぱあの爺さんの流派、本当は東方なんたらじゃねえのか?」
フロクス「ひょっとしたら暗殺拳の達人かも知れんぞ? 肩ポンで即死する類の」
ウケタ「そのうち素で分身して幻影を飛ばして来たりしませんか?」
トトラ「きっと半分ホムンクルスみたいな人なのだ!」
ジュリア「揃いに揃って祖父を何だと思って……」




