110.NightWorld Navigation
「トトラ! そっちに夜狼が行きましたの!」
「わかったのだ! 《ダブル・フリーズロア》!」
ルヴィア姉様と共に夜界北方の都市 《ヴォログ》に到達し、巨大な火竜……《火燐》と遭遇した翌々日。
私達一行……私ジュリアとウケタさん、トトラさん、そして姉からの刺客でありものすっごく優秀なイチョウさんとヴォログ周辺で魔物狩りに勤しんでおりました。
こちらに来て二日間、再び《火燐》さんと遭遇する事もなく、時折街に戻った際他のプレイヤーに話を聞いても遭遇したという事もなく。
しばらくはヴォログ周辺の制圧に精を出さねば動くことはない様子。と―――
「ジュリアさん、こいつをお願いします!」
「わかりましたの! ―――せっ、よい!」
ウケタさんからの声を受けて、翼を広げて足を思い切り踏み込んで翼を羽搏かせ跳躍。風を切って高空にまで飛び上がり、勢いが止まれば槍を突き立てて今度は急降下。
火を纏う唯装《火槍プロメテウス》の鋭利な穂先が、ウケタさんが足止めしていた二足で立つ人狼の背へと突き立てられて火を噴き、一気にその残りの体力を焼き切るようにして削り取りました。
私の得意とする跳躍からの高空急降下攻撃ですわね。この辺りにいた最後の一匹でしたので、これで一息、ですわ。
「この一帯はこれで制圧完了ですわね。一度戻り……おや」
「どうかしたのだ?」
「ああ、《サーニャ》ちゃんからのメッセージですわね。しばらくお待ちを」
NPCからのフレンドメッセージの着信に応じて開き、内容を確認いたします。
サーニャちゃんことサーニャ・フランドル嬢は《夜界王都リベリスティア》の王城勤めの吸血鬼メイドであり、この夜界最初の地域である《ヴァナヘイム》の《サナ》となります。
ああ、サナというのはこの《幻双界》の各地域を守護する役目を持った者達の名でございますわね。選定は無作為で力の強さも千差万別、法則性といえば……顔が似ている、くらいですわ。
そんなサーニャさんは城で集まった情報を精査し伝達する役目を持ち、意気投合した私はそのサーニャさんからの直接の依頼で動いております。
して、メッセージの内容はというと……ふむ。そろそろ時期だと思っていましたし、妥当ではありましょう。
「皆様、サーニャちゃんから一度夜王都に戻っての報告をして欲しいということでございますわ」
「わ、サーニャちゃんには久し振りに会うのだ。トトラはついてくのだ」
「ヴォログに向かう指示以降は会っていないのでしたか。《露喰十姉妹》についての情報も集めたいので、私も向かいたいところですね」
「私も興味ありますーっ、クレハさんは会った事ないんでしたっけー?」
「お姉様は夜王都最初の演説のあった日に遭遇してそれきりですわね。会ったことないのは裏の方になりますわ」
全員事情は知っているので、その場で本日の狩りは引き上げ。一度ヴォログの街に戻ることに。
サーニャさんへの報告は夜王都の王城にて直接の報告となります。場所は王城内の資料室と併設された大図書館であり、呼ばれた時にしか入れない貴重な一室となっていますのですわ。
なのでウケタさんが口にした通り、その図書館で私達が直面した新たな問題……というより、この夜界バージョン1でのボスについての情報が仕入れられるかも知れません。
報告をすれば次の指示と情報が手に入りますからね。まだまだ情報の少ない昨今については、情報が直接集約する中核にいるNPCより直で聞き出せる貴重な機会にもなります。
「それでは飛びますわよ」
「あいあいさーなのだ!」
同伴する二人も頷けば、ヴォログの街から夜王都の転移門前広場へと《転移》を使って移動。相変わらず賑やかな街道と無数の灯り、騒がしくも楽し気な人々の声に彩られていますわね。
他の街はまだまだ解放された場所も少ないですので、現状ほぼほぼ唯一の安全地域であるからNPC達も浮かれている……と思っておきましょう。
王城は街の中心、昼世界とは真逆の洋風ゴシック建築の街並みを通って向かいます。あちらと違って規則性のない街なので、裏通りもとても多いのです。
ヴォログに出発する前、トトラさんが《魔銃》の解放にその裏通りの一部を歩きましたがなんとも迷路のような場所でした。店の中も酷かったのですが……それはさておいて。
「サーニャさんに御呼ばれしましたの。取り次ぐか、いつもの図書室にご案内頂けますか?」
「お話はリーシャさんから伺っております。図書室の方でお待ちしておられるので、そちらに向かって下さい」
「今回はリーシャさんなのですね。わかりましたわ」
城に着いて衛兵にそう告げれば、合図と共に跳ね橋が降りました。何度か通っているうちに顔も覚えられたのですでに案内もなく、自分で歩くように頼まれました。
《来訪者》であれば、城内で何か事を起こすという事もないという信頼がありますからね。特に何度も通っていればそのあたりの信頼も得られますか。
《リーシャ・フランドル》……サーニャさんの対である《裏サナ》の子ですわね。こちらは天真爛漫なサーニャちゃんの対らしく白髪で眼鏡を掛けた少女で、頭がかなり回る情報担当です。
サーニャちゃんが外回りで情報を集め、城に直接集まってくる情報も合わせてリーシャちゃんが精査して再びサーニャちゃんが各地に……と言った流れですわね。
その中でも、その二人に直接依頼を受けて飛び回っているのが私なのですが……本来であれば、他にも人がいてもおかしくない筈なのですけれど。
おそらく、なのですけれど、彼女からの直接依頼を受けるための条件と思われる酒場を出入りする彼女に接触する、という条件を満たす人がなかなかいないようで。
「失礼いたします。ジュリアですわ、お待たせいたしました」
「あっ、ジュリアさんっ! トトラちゃんも!」
「わはー! トトラもきたのだー!」
「あ、どうも。皆さん今回も無事に戻られましたか。なによりでーす」
「お二人共もお元気そうで何よりです」
城内の図書館に入れば、サーニャさんとリーシャさんが出迎えてくれました。二人共相変わらず元気なようですわ。
元気そうで舌っ足らず気味、幼い容姿を残す金髪の吸血鬼少女がサーニャちゃんであり、若干ダウナー気味で銀縁の眼鏡を掛けた白髪の吸血鬼少女がリーシャちゃん。
どちらも似た顔で、もっと言えば夜霧さんと紗那さん、サクさんとツィルさんにすらそっくりですわね。もっとも種族は普通の吸血鬼とも違い、《古代吸血鬼》なのだそうですけど。
リーシャさんに指示されるまま、一番綺麗なテーブルに着いていつもの報告会が始まります。他の机? 書類の山でとても使えたものではありませんのですわ。
サーニャちゃんもまとめておいたであろう書類束とメモのための用紙をこちらに持って来て、二人も席に着きます。
「それじゃー報告お願いします。こちらで精査の終わった情報はそのあとに」
「わかりましたわ。まず《ヴォログ》の状況からですわね。周辺を狼および人狼の魔獣に取り囲まれておりますわ。他の《来訪者》も順調にヴォログへと到達、討伐を始めております」
「じゅんちょーだね! おおかみさんがいっぱい?」
「はいー、《コンパスゴーレム》の討伐によって連絡が通るようになったのも確認しました。他の地域も上手く進んでいるようですねー」
「南方であれば、確か《ヴェネツィア》に向けて進んでいるのでしたか」
「うんうん、そっちも進んでる。お砂糖がちょっとずつ流通するようになった!」
確かお姉様が《万葉》で解決したクエストで、砂糖に関するクエストが連鎖的に解放されたのでしたか。ええと、確かパンケーキをやたら欲しがる子のイベントだったとお聞きしましたが。
それを聞いたコシネさんが砂糖を調達しに南方へ赴いて、それからルヴィア姉様にお試しで作ったロリホップを試供品としてお渡しした……のでしたか。あまり質は良くなかったそうですけれど。
南方は初心者達向きのルートになっているので、開通は早そうですわね。実際、サーニャちゃんの言う通りだんだんと流通の量が増えているということはそうなるのでしょう。
ヴォログの周辺は狼および人狼族が汚染に寄って変質した魔獣達に占拠されていました。ヴォルフからかと思いますが、それはそれで。
改めて街の解放について振り返っておきましょう。バージョン1からの要素であり、街の周辺に大量に沸くことになる魔物達を狩ることでイベントが進行、その後発生するクエストの達成で解放となります。
討伐する対象は街ごとに異なり、前述したヴォルフのようにわかりやすいのもあれば、冒険者組合からのマストで発表されないと判りづらいものがあるとか。
《フィーレン》を例に挙げればゴブリンでしたからね、一定以上の討伐後に解放を目指しての魔獣の大群が攻め込む防衛戦イベントがあり、そのクリアで解放完了となりました。
―――と、その件についても話しておかなければいけませんでしたね。
「そうでした。例の竜についての続報があったんですよ」
「出発前にフィーレン防衛戦の最後に見たーって言われてた竜の事ですねー、何か見つかりましたかー?」
「ヴォルフ到着直後に再び遭遇……ルヴィアさんが救出したフィアさんとセレニアさんからお聞きしました、《露喰 火燐》、彼女が十人の竜人姉妹の一人と聞きましたわ」
「はー……ふむ、ふむ、そうきましたかぁー……」
それを告げた途端、リーシャさんの眼鏡がズレて肩をがっくりと落とし、サーニャさんはぽかんとした顔を浮かべました。
ヴォログの街に到達した直後に、ルヴィアさんが《精霊》特有の《魔力覚》によってフィアさんとセレニアさんを感知。あの火竜……火燐さんに襲われていたところを救助。
もっとも、その場で助けてくれたのは彼女達の師である《エヴァ・ローカルド》という、これまた《九津堂》大人気作である《ヴァンパイアハンター・ハンターズ》の主人公だった彼女だったのですが。
彼女の威圧に寄って火燐さんは東の方へと向けて飛び立って行ったわけで、後の事情説明で汚染の所為で竜の姿から戻れなくなり、狂暴化したままなのだそうです。
エヴァさんもそれを追うように東へと行ってしまったので……おそらく、彼女も汚染されて立ちはだかる事になるでしょう。過去作では双子でしたが、片方の姿は見えませんでしたけれど……
事の次第を話す中で気を取り直したリーシャさんは席を一度立って、資料を取りに行きました。その間はサーニャさんが知っている話を言ってくれるようですわね。
「えーっとぉ……《露喰姉妹》についてはどこまで?」
「それぞれ別々の個性を持った十人の竜人姉妹であり、フィアさんとセレニアさんと共にローカルド姉妹に師事をしていたと……」
「はいー、それであってますー。ローカルド姉妹、セルナージュ姉妹、露喰姉妹は特に夜界西方域で活躍する冒険者達でしたからねー」
「プリムおねえちゃんもエヴァおねえちゃんも、こないだ街に来てたの、見た!」
「《アメリア》さんの浄化を受けた後に王都を立ったという知らせも届いてますー、それが五日前なので……」
「……なるほど、次に会う時は」
「残念ですけれど、その可能性も否めませんねー……」
「無理しないでーって、すごくいってたのにー」
さり気なく行われていた作品の壁を越えたコラボ……実際目に出来ていたら、両作品のファンからすれば卒倒ものだったかも知れませんわね。
アメリア・フォン・アズレイア、こちらも《九津堂》の大人気作 《セイグリット・サーガ》からの出演で、防衛戦により汚染を受けた双界の住民達を浄化して回っているとのこと。
現在は昼王都を拠点に、夜王都と行き来しながら住民の浄化へ注力しているようです。《悪魔》でもあるので、近場であればあちこち飛び回っているようで。
ルヴィア姉様が去り際にエヴァさんへと浄化用の聖水を渡していましたが、それがどう作用するかは運次第……ということでしょうか、良い方向に転がるといいのですけれど。
「露喰姉妹の事に話を戻しますがー、彼女達は元々は《龍北》生まれで、こちらに来ていたのは修業だったらしいですねー」
「今回の事件が起こる以前でも、そんな武者修業しないといけないほどだったのだ?」
「そもそも夜界西部はまだ平和な方でー、東部はとんでもなく危険地帯なんですよねー。昼界も王都から北方、西側でも離れた地域ほど危ない地域は増えますからー」
「成程、龍北も過酷な地域だったからこちらの世界で修行を積んでいた、ということですか」
「そのとーり! みんなとーってもつよかったんだよ! 悪い魔獣をばったばったって!」
「はいー、その修行の最中でローカルド姉妹に遭遇。十人全員コテンパンにされて弟子入りしたそうですがー……そこがちょっとわからないんですよねー」
「わからない、とは?」
「その時には既に並べるくらいの力はあったんですよー、なのでー、何かがあったはずなんですよー……」
ううん? つまり、ローカルド姉妹と露喰姉妹を結び付けた、弟子入りするように勧めた何者かがいるということでしょうか?
どういうことでしょう。並べるくらいの力がとうにあったということは、そうも一方的に出来るという事も無い筈ですし。
……実力者であるローカルド姉妹と露喰姉妹以上、それ以上の力を持つ人物がもうひとりいる、ということ? うーん、姉様ほど頭が回る訳ではないのであまり想像がつきませんが……
「そのあたりについては再調査しておきますねー。上がってきた話でもー、結構ぼやかされてるんですよねぇー……」
「えぇ、お願いしますわね。なんだかその辺りの話に関して、とーっても嫌な予感がしますの」
「ではこちらは置いておくとしてー……各地に散っている露喰姉妹についての個々の情報ですが、こっちもかなり抜けがまだ多いみたいですー」
「そちらも纏まってからとなりますわね。では、私達の当面の活動方針は……」
「はいー、またしばらくヴォログの解放を目指して頑張ってくださいー。情報が集まり次第、こちらからお声をお掛けしますので―」
今の状態だと王都側としても情報不足、ということですか。ですが、情報を集める方向性は定まったようですね。
私達も今まで通り、まずは街の解放を目指して動くしかない……ううん、何とも歯痒い。
とりあえず、各地の情報くらいは聞いてからヴォログに戻るとしましょうか。
「それでは一応、他の街の情報も聞かせて貰えませんか?」
「うんっ! そっちならサーニャがんばって集めてるからまかせて!」
「はいー、そちらの精査なら終わっているので是非お聞きをー」
リーシャ「はいー、常に私は図書館に住んでまーす」
サーニャ「リーシャ、サーニャより頭がいいもんね!」




