1.Hello World
こちらでの投稿は初めてとなります。どうぞよろしくお願いします。
基本1話5000~6000字前後を基本ペースとして書いているので、少し長く感じてしまうやも知れません。
疲れない程度にゆっくり読んでくださいませ。
暗闇から差し込む一条の光が天を切り裂き、眩い陽射しと果ての無い蒼となって広がっていく。
晴れた青空の下には少しばかり懐かしさを感じさせる、古き和風の木造建築物と石垣の水路。
遠方には天まで高く聳え立つ大樹と、天辺に雪冠を被った霊峰。
古き街並みを駆け巡り、二尾の黒猫が姿を消した先。眩しいほどに白い漆喰の壁の向こう、巨大な城を仰ぎ見ると―――
天守閣の上から街を一望する、金色の耳、九つの尾を持つ黒く長い髪の少女。
燦々と輝く陽の明かりを受ける少女の髪が、一陣の風に金毛の尾と共に靡いていく。
紅玉のような赤色をした瞳が見つめる先は、この先を見通すかのように城下から、その空へ。
"―――これは、ふたつの世界を救う物語―――"
世界が移り変わる。暖かな陽光が降り注ぐ蒼空から、冷めた月が照らす闇色の夜空へと移り変わっていく。
蝋燭で照らされて浮かび上がるのは、古めかしい異国の城内。
先のように木造ではなく石造の一室の中。鮮血の如き紅色の椅子に腰掛け佇む、白い髪に漆黒のドレスを纏う女性。
気高さを感じさせる彼女は不意に立ち上がり、その口元にどこか優し気な笑みを浮かべつつ窓の方へと向かい、外の景色を眺める。
彼女の視線の先には、無数のランタンに照らされる城下町。夜闇の中での賑わいは活気を感じさせて。
通りを歩く無数の人々を掻き分ける中、空には一筋の流星が瞬いていく。
流星は地平線の彼方、月明りに照らされた草原の中へと。
"―――平穏なはずの世界に訪れた災禍―――"
彼方の草原、赤い鱗に覆われた火竜と対峙する蝙蝠翅の少女。
少女は自身の何倍もある火竜へと向けて手にしている細剣を振るう。
しかし、火竜は邪悪なオーラを纏いながら細剣の一振りを避けつつ、炎を纏いながらその姿を紅髪の少女へと変化を遂げていく。
紅髪の少女は吼える。対峙する蝙蝠翅少女へと、強い敵意を持ち、瞳を怒りの色へと染め上げながら。
所変われば、今度は陽に照らされる森の中へと地鳴が響く。
森の中を所狭しと大猫の怪物が暴れて飛び跳ねる。襲い来る大猫を避けるのは狐人の青年。
大振りの爪撃を一跳びで天高くへと跳ねて避けながら、その手に握った大槍を構えて大猫へと振い、立ち向かう。
"―――人々を蝕む呪縛を祓い、世界を救え―――"
二人の少女が空で舞い踊る。それも彼女らは黒鱗に覆われた竜の尾と翼、そして赤い毛先の付いた白の龍尾。
少し戯れた後、白の少女に先導されるようにして彼女達は街に向かって飛ぶ。
その広場に鎮座する開け放たれた大きな門、湖面のようにぼんやりと周囲を映すそれに飛び込んで向こう側へと姿を消していく。
"これは、貴方達が紡いでいくもうひとつの現実を救う物語"
"世界初のフルダイブ型VR-MMO-RPG 《DCO》 今夏、サービス開始予定"
年が明けて学校も始まり、学年度末試験に向けての勉強もそろそろ取り組まなければならない頃。
ちらつく雪で白銀色に染まる窓の外を後目に、暖かいリビングで勉強していれば……点けっぱなしにしていたテレビはそれを流し始めたのです。
新作ゲームの宣伝でしょう。そう思いながら目にしていたCMも、最後の一文に大きく目が奪われることになりました。
マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム……俗にいうオンラインゲームの一種であるMMORPG。それはまだ、慣れ親しんだものだからわかります。
仮想現実へと五感をダイブさせる機器……ヴァーチャル・リアリティ・フルダイブ・システムの開発された昨今、私が幼少の頃から慣れ親しんできた数々のライトノベルでのみ描かれてきた、ゲームとしてのひとつの完成形であるVR世界を舞台にしたオンラインゲームは、多くの人々に待ち望まれてきていました。
ですが、VRの端末が完成したとしても、それはまだオンライン上で作った箱庭を歩き回ったり、簡単に意識的な運動を行える程度のプログラム技術しかなく。
複雑なプログラムやデータを組む必要のあるVRMMO、しかもRPGは発売当初から長らく、実現はとても難しいとまで言われていたほどでした。
そのVRMMORPGを実際にプレイすることを夢見た人は私だけでない筈。そう、私だけでなく、私が知る友人達も、世界中の人々が。
先程のCMはそれが今。実現したという告知でした。
ようやく。やっと。まだ見ぬ仮想現実の空想世界にあれやこれやと想像を巡らせて、私の思考はそちらへと向いていきます。
もう一度先のCMを思い出します。たった数分のそれを、しっかりと脳裏へと焼き付かせた映像を何度も頭の中で反芻するように。
深緑に覆われた東洋の大地。九尾の少女。夜闇に紛れる西洋の街並み。漆黒に彩られた王妃。
火竜と対峙する少女、大猫の化け物と対峙する狐人の男、そして空を舞う白と黒の二人の少女。
意識が完全に映像の方に向いていたのでタイトルを聞きそびれましたが―――そのゲームはどんな世界を私に体験させてくれるのでしょうか。
「ただいま、深冬」
「あれ、お父さん……最近は忙しかったんじゃ?」
ぼんやりと勉強の手も止めて空想の世界に浸っていれば。この時間にしては珍しい声が横から飛んできました。
いつの間にか私の父が帰宅し、空想に耽る私を眺めていたようです。掛けられた声にはほんのりと楽し気な、そんな感情が混じっているような気さえしました。
それにしても父がこの時間に帰宅してくるということはとても珍しい事です。いつもは陽が暮れてから帰宅してくるのが当然ですから。
「珍しく今日は早いんですね」
「はっはっは、聞いて驚くな。アルファテスト版完成祝いの早帰りだよ」
「……えっ、アルファテスト版って……もしかして?」
父の勤め先はゲームメーカーで『九津堂』と言います。実は第一作目から深いストーリーと緻密な作り込みでかなりの人気を博し急成長中で、現在は次回作を心待ちにされているまさに新進気鋭の注目株といったところでした。
そんなオンラインゲームの一種であるMMO-RPGを作り運営していましたが、ある事を契機に次作の開発方針を決め、そちらに移行していたはずでした。
つい数年前に実用化され始めた仮想現実……バーチャルリアリティ端末用の完成と発売を切っ掛けとした次世代型のオンラインゲームとしての形……即ち、VR-MMO-RPGのゲーム開発です。
そのVR-MMO-RPGのアルファテスト版が完成した、ということはつまり。先程のCMは。
「ふふふ、その通りさ」
「タイトルって、前に言ってた通りから変わっていない……?」
「うん。大方深冬が想像しているままだと思うよ。そう、タイトルは……」
実のところ、父から少しだけ開発中のゲームの話については聞いていました。
内容は漏らしてしまうと問題があるので、タイトルだけ。
父と私は声を揃えてそのタイトルを口にします、それは……
「「デュアル・クロニクル・オンライン」」
先程、私が夢中になっていたCMで発表されたゲーム。それそのものでした。
VR機器によってプレイヤーの五感を没入させ、あたかも異世界の中を現実の様に動き、感じ取り、そして冒険と生活を体験する。
従来のゲームにあった画面という壁を取り払い、コントローラーで動かしていたゲームのキャラクターを、自分の手ではなく身体、意識を動かして操作していく。
長らく困難だと言われていた技術に挑み、難題を解決して現実に変えてしまった。父の属する会社はそれを成し遂げたというのです。
これが、興奮しないはずがありません。やりたい、出来る事なら今すぐに。
父から開発が始まった、という話を聞いた日は期待に胸を膨らせて、興奮で夜も眠れないほどでした。その興奮が再燃し、その実現がもうすぐだと期待を募らせていきます。
こうなってはきっと勉強には手が付かないでしょう。たぶん、きっと今日も眠れない。私だってゲーマーなのですからね。
「難産だったよ、特に最初はね。でも、こうして世界初のものを自分たちの手でようやく完成させられたのが嬉しくてね」
「それで、サービス開始は何時の予定なの!?」
「まあまあ待て待て。それは千夏が帰って来てからでもいいだろ?」
喜々とした顔でそれを語る父。私は興奮のあまりペンを手にしたままに手を突いて立ち上がります。
もうすぐ帰ってくるであろう妹も私も。ゲームという娯楽が大好きであり、まさにそのVRMMORPGは夢に見た産物でもあるのですから。
そんな私達の後ろで夕飯の準備をしていた母も、興味を持って会話に加わってきました。
「ほら、深冬も落ち着いて座って座って。それで、最近ひっきりなしにモデルの修正依頼とか来てたけど、そういう事だったのね?」
「あっはっはっは、やっぱり勘付いてたかー」
「えっ、ということはお母さんも参加してるの!?」
「そりゃ、フリーになる前はこっちの下請けにいたしなぁ。今でもうちに来ないか声掛けてくれーって言われてるくらいだし」
「考えておくわよ。そのうちって主任に言っておいて」
目の前で行われるいつものヘッドハンティング。私の母はゲーム3DCGデザイナーですからね。
結構有名どころに所属していたそうのですが、私が産まれたのを期に退社。今は優秀なフリーランサーとして活動しているのです。
そんな母も関わっているとなれば、相当手が入っているのでしょう。ますます興奮の熱を上げずにいられられません。
「お、千夏も帰ってきたみたいだな」
言われて振り返り、窓の外を見やれば外をぱたぱたと掛けて来る音がします。今朝は少し道路が凍っていた都合、走っているとちょっと心配になりますが。
ブラウンカラーに三つ編みを二つ下げている私と違って、妹の広がったロングヘアーとわかりやすいアホ毛が揺らいでいるのが見えました。
そしてそれは家の玄関扉が開きその中へ。直後に帰宅を報せる声が上がりました。
「ただいまー、あれ、お父さんも帰ってきてるの?」
「千夏ぅ! 大事な話があるからリビングに早く! 早く!」
「えっ、ちょっとまってあたしなにかした……?」
玄関からの声に私は声を上げて。何事かと思った妹が、先程の父と同じく雪を被ったままリビングへと駆けてきます。
逸る気持ちを全然抑えきれていない気はしますが、それはさておき。家族が揃っているところで呼ばれたのですから、妹はおそるおそるとテーブルに着きました。
私の一つ下、高校二年生の妹ですが背丈は平均よりも下であり、ちんまりと座っているとまるで小鳥……それも雛鳥のような印象を受けます。
普段の性格は外見通り大人しそうな雛鳥のようですが、実際はかなりやんちゃなのですが。
こうして家族が揃ったところで、父が時間を気にしながらテレビのリモコンを手にして、チャンネルを変えました。
「お、これだこれだ。このバラエティ番組の間に挟まるんだよな」
「……あ、そういえばその番組見る予定でした」
「あはは、見せたいのはそうじゃなくてなー」
状況に追いついていけていない千夏は頭を傾げながらテレビを見つめ、私は一体何が起きるのかとワクワクしながら見つめています。
学校で仲のいい友達、その妹の方に今日はこの番組を見てほしいと言われていたんでしたね。父が見せたい物を見てから勉強がてら見る事にしましょうか。
もう一度流れ始める、《デュアル・クロニクル・オンライン》のCM。
先程私が脳裏に焼きつけたものと寸分違うこともなく、再び未だ見ぬ世界へと空想を走らせてくれるものです。
最も、今度は一緒にプレイするだろう妹が傍ではしゃいでいますが……そのはしゃぎっぷりは私が抑えていたそれでした。
唐突でなければ、私も一気に熱を上げながらこの調子で見ていたでしょうし、ね。
「……どうだ、深冬、千夏。世界初のFDVRMMORPG、《デュアル・クロニクル・オンライン》は」
喜々とした表情で父親は私に問いかけてきます。母も自分が手を掛けたところもあったのでしょう、そちらも笑顔を浮かべています。
小さなテレビの画面越しに見せられた、小さなある種の理想郷を目にした千夏は目を輝かせて、満面の笑顔を浮かべたままに固まっていました。
私が、私達がこれから飛び込む世界の一端。それをもう一度見せられれば、興奮は再び最高潮に、まだ見ぬ冒険に期待を膨らませ過ぎて。
母に私と妹、両方が小突かれてからようやく意識が戻ってきます。そうなれば、先に口火を切ったのは千夏の方でした。
「っわー! 完成したんだ!?」
「はははは。実はもう公式サイトも出来上がってるし、今のCM公開と一緒にオープンしてるはずだ。まだ記載してない情報も多いけどね」
「検索検索っ! ほらお姉ちゃんも!」
「あっ、う、うんっ。ええっと……!」
勉強のために開いていた端末を弄り、早速言われた通りにデュアル・クロニクル・オンライン……《DCO》のページを検索しました。
表示された公式サイトを姉妹二人で覗き込み、先のCMで見た光景を背景に、各種ページのリンクがあれやこれやと張られています。
ちゃんとページがあるのを確認した妹も、端末を鞄から取り出してから同じページを開きました。
「なるほど、二つの世界。それで二つ……昼と夜の二世界、西洋と東洋ですか」
「ゲーム内容は開拓系タイプの王道で、二つの世界を行き来しながら攻略を進める。二つの世界はリンクしてるから進行に関わるクロニクルクエストは同時進行、と」
「さっきのCMに映ってたのがそのクロニクルクエストのボスなのかな、ドラゴンとか大猫とか」
「大ボスや重要なクエストが切っ掛けになってストーリーが進むんですね……そういえば、シナリオ班は前作に続き?」
「もちろんあの人達だよ。今回はサブストーリーもしっかり作り込んでるみたいだから、ほとんど休みなしで好きに動いてるな」
妹と共にページや出揃っている情報を眺めながら、《DCO》の情報を読み込んでいきます。
とは言ってもまだ出来立てのようでページは少なく、世界観説明と主なシステム面についてだけですね。
NPCキャラクターについてもまだページがなく、一応ワールドマップもありますけれど詳細はないに等しいですね……。
そこから判るのは昼の世界は東洋、日本を基にした世界。夜の世界は西洋、欧州を基にしてありますが、どちらも実際の地域と比べて様相が大きく変わっています。
次に参加スタッフのページを確認……九津堂の前作は各地に散りばめられたサブストーリーが多く、それが強くメインストーリーに彩りを強く持たせていました。
それが専属のシナリオ班……あんまり社外で名前の出て来ない人達が担当しているとこのこと。スタッフ一覧にありますね、前作と変わらないメンバーが担当しているようです。
「それで深冬、千夏。《デュアル・クロニクル・オンライン》、やるかい?」
「やりますよ。こんなの見せられて、やらないっていう答えは返せませんよ」
「やるー!」
当然ですが即答でした。妹も揃って声を上げて表明しています。
ここまで煽っておいてやらないという選択肢は本当にありませんからね。
こうして改めて事前の要素を調べるだけでも、実際のプレイを空想するだけで何度も興奮できそうなほど。
「うん、だよね。だろうと思ってもう二人分ベータテストの席は確保してある」
「「やった!」」
「って言っても、1500人の枠にねじ込む事になるだけだし、クローズドベータテストは春を待つ事になるね」
「春……ってことは、もうちょっと先かぁ」
「学年末試験の後になるね、お姉ちゃん」
さすが父。早速のコネにより1500人しかないはずのベータテストのプレイヤー権確保です。
とはいえ、これに関しては以前……私達が2、3年ほど前から九津堂前作のMMORPG開発で先行パッチテストプレイなどのお願いを受けていたから、そのお礼の一環でしょう。
会社側としてもよく知るプレイヤーを一般として潜り込ませておけば、確実に幾つかのプレイヤーサイドの声も聴けるからというのもありそうです。
にしても、ベータテストは春ですか……喜々として妹がこちらに顔を向けてきましたが、こちらは勉強は大丈夫なのでしょうか。
私より若干成績低いんですよね、千夏。とはいっても、妹も中の上程度の成績をしているので低過ぎるという訳ではないのですが。
「僕も本当はやりたいんだけどねえ。多分GMの仕事を任される事になるだろうし、イベントを企画して楽しませる側で楽しむつもりさ」
「お世話にならないように気を付けないといけませんね……ですが、次パッチの開発期間中は出てこない、と」
「多分ね。パッチデータも膨大だから今からチェックとデバッグに追われる気配がするよ、ははは……」
開発者である父自身もやりたいのは先程の会話から感じます。ですが、開発者は開発者、私達プレイヤーには味わえない企画側の楽しみを味わうつもりなのでしょう。
ゲーム内でGMとして出くわす可能性も……なきにしもあらずですね。喜々としてやりそうですし、イベント絡みの時はちょっとだけ楽しみにしてますか。
「あらそうだったわ。深冬、千夏、食器を並べるの手伝ってちょうだい」
「「はーい!」」
あれやこれやの話の最中、そういえばもうすぐ夕飯時だということを忘れていました。
私は一度端末を閉じて席を立ち、母の夕食の準備を手伝う事にするのでした。
第一話を読んでくださりありがとうございます。
杜若スイセン氏サイドの主人公、九鬼朱音の幼馴染二人が主人公となります。
彼女が看板娘に取り立てられたりあれそれの裏側でなんやかんやとしていたのを楽しんで読んで頂ければこれ幸い。
こんな感じでつらつらと続けていくつもりです。あちらほど書き溜めてはいない(現在22万字の39話分)ので、ゆっくりと進めていこうかと。
ゲーム開始まで(7話)は連日更新予定ですので、どうぞよろしく願い致します。