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脳汚染  作者: 青空あかな
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第八話

『出社拒否するアンドロイド』

 人類に代わる従順な労働力と期待されてきたアンドロイドだが、ここ最近奇怪な行動が報告されている。具体的には与えた業務を拒否したり、オーナーの管理から逃げ出したりなど人類への反発とも受け取れる事例である。我々は何体も自宅にアンドロイドがいるという、実業家のジョージ・ハイランド氏に話を聞いた。


「俺の家には昔からアンドロイドがいたんだ。言うことはちゃんと聞くし、夜になると自分で充電装置の所に行く。頑丈だしほんと良い奴らだったよ。それなのに、最近のアンドロイドはどうだ。躾のためにちょっと頭を叩いてやったら何て言ってきたと思う?暴力を振るう方とは一緒に仕事できません、もう出社したくありません、だとよ!人間みたいなこと言ってんじゃねえって、すぐ追い出してやったよ。もう日本帝国工業のアンドロイドは買わないね」ハイランド氏はそう語る。


 アンドロイド製作会社は日本帝国工業以外にも多数存在するが、今まで報告されてきた事例は同社の個体のみ報告されている。同社の開発したヤマト・プログラムは従来のものとは比較にならないほど優秀な人工知能と言われているが、これでは使い物にならない。同社は一連の事例については故障という結論を出しているが、この先事例が増加するようであればグループ全体の信用にも関わりかねない。引き続き調査を行っていきたい。


 「なぁ、お前はどう思う?」ルーカスが眼鏡をいじりながらデヴィットに問う。「記事にも書いてあるけど、ただの故障だったんじゃないの?」デヴィットが答える時には机上の記事は消えていた。


「故障ねぇ。俺は、アンドロイドにも自我が芽生え始めてきたんだと思う」ルーカスは急に真顔になって言う。「自我が芽生える?開発者が自我を持つようにプログラミングしたんじゃないの?」「今までどんなに懸命に研究しても、アンドロイドに自我を与えることはできなかった。どこにもそんな技術はないさ」デヴィットは何か言いたげであったが、間もなく帰宅の時間である。


 「さて、そろそろ終いにしようかね」「何だよ、もうちょっといいだろ」「だめだ、そろそろ帰らないとまたホームレスになりかねないからな。君も家庭を持てばわかる」デヴィットは店員を呼び会計を頼んだ。ルーカスには飲んだ分だけきっちり支払わせる。


 ルーカスはブーブー文句を言っていたが、財布を取り上げ無理矢理払わせた。些か強硬手段ではあったが、仕方がない。外に出ると、雨は上がっていた。


 ルーカスとは店の前で別れ、一人無人タクシーに乗り込む。少し眠ると家に着いていた。電子決済で会計を済ます。デヴィットは指紋認証で鍵を解錠すると、暗闇に紛れて自宅へ入り込んだ。


 寝室へ行くと、アナはすでに寝息を立てていた。平和な愛する妻の寝顔が、ちくりとデヴィットの心を刺す。その横顔を見ながら眠りに就こうとした時、デヴィットは傘を店に忘れてきたことに気が付いた。


 その後、デヴィットが統計整理を始めてから、数か月ほど経過した。若年者の患者が増加している点以外に、もうひとつ気になる傾向がある。家族間や友人関係など、患者と関わりの深い者の発症が多いことであった。これは認知症について今までにない特殊な点である。もしこの認知症が感染性を持っているのであれば、すぐに世界中へ知らせなければならない。デヴィットはデータ整理を急いだ。


 「やはりそうだったか」ある診療が終わった日の深夜、デヴィットはパソコンの前で疲労を感じながら呟く。彼が同僚等と供に解析を進めた結果、若年者で認知症が増加している点と濃厚接触者で発症が認められる点の二つの結果がはっきりと示されていた。彼の同僚達もこの結果に驚愕している。すぐにデヴィットが来月ニューヨークである学会で発表することになった。


 会場の前方の席で久しぶりの発表を控え、デヴィットはやや緊張していた。あと十分ほどで彼の番である。そっと後方を見やると、彼の同僚達が来てくれていた。デヴィットが気持ちを整えていると、前の演者の発表が終わった。


「では、次はニューヨーク・スティーヴンスクリニックのデヴィット・スティーヴンス先生で、演題は感染性が疑われる認知症の報告、です。それではスティーヴンス先生、よろしくお願いいたします」司会者が発表を促す。


 「この度、認知症の患者の統計についてまとめていたところ、非常に興味深い傾向が認められましたので、報告致します」デヴィットは理路整然と発表を始めた。


 「認知症は患者からその他の人間へ感染しないことは明白でありますが、当クリニックと協力頂いた病院の患者の傾向をまとめますと、患者の濃厚接触者への感染が疑われました。特に若年者の発症率が顕著に高く認められます」デヴィットは整理した結果を懸命に説明していたが、途中から様子がおかしくなる。


 デヴィットは何故自分がここにいるのか、分からなくなっていた。えっと、僕は今何をしているのだ。デヴィットが周囲を見渡すと、スーツに身を包んだ険しい顔つきの初老達がこちらを眼光鋭く睨んでいる。中には比較的若い者もいたが、皆フォーマルな服装をしていた。


 目の前にはノートパソコンが置いてあり、その画面と同じものがデヴィットの後ろにあるスライドに映し出されている。それを見て、デヴィットは駆け出しの医者の頃を思い出した。ここはどうやら学会会場らしい。スライドのさらに上を見ると、垂れ幕に第219回世界認知症学会と書かれている。


 なぜ私は演者席に立っているのだろうか。そうだ、これはきっと何かの間違いだ。私の専門は眼科なのだ。認知症の学会で発表するはずがない。早く帰って母が入れてくれた熱いコーヒーでも飲もう。デヴィットは呆然としている会場を意気揚々と後にした。

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