第十三話
ここ最近、サニーのアンドロイド修理所は修理の件数が伸びている。大部分はアンドロイドの自我の存在についての調査目的だったが、ヤマト・プログラムを搭載していない個体の突然の故障も多かった。
開店前の修理所でサニーが作業していると、突然ペティが頭を抱え蹲った。「どうした、ペティ!?」サニーが慌てて駆け寄ると、その身体が小刻みに震えている。ペティを造り上げてからこんなことは初めてだった。
「先生、頭の中が割れるようです」ペティの声は耳に届く前に消滅してしまいそうなほどひどく小さい。「ペティ!」「ちょっと、どうしたの!?」アランと鎌原も慌てて走ってくる。サニーは急いで背中にある緊急停止装置を起動させようとしたが、ペティの腕が彼の身体を勢いよく押しのけた。
「うわっ」突き飛ばされたサニーは、三メートルほど後方にある作業台に激しく衝突する。「かはっ……。……どうしちゃったんだ……ペティ」ペティは無駄な動作なく立ち上がると、ゆっくりと歩いてくる。サニーが痛みに耐えて顔を見上げると、初めてアンドロイドに恐怖を抱いた。
眼前に佇むアンドロイドは憎悪、憤怒、嫉妬のような暗い感情を混ぜ合わせた、色で例えるならばまさにどす黒いといった表現がぴったりな表情をしており、それはもはやサニーの知っているペティではなかった。
「ぺ……ペティなのか」サニーの力ない呟きが空気中に溶け込む。ふいにペティの顔面からどす黒い感情が抜け、その身体が力なく床へ崩れる。「ペティ!」近寄ると緊急安全装置が作動しており、強制的に機能停止になっていた。その顔は忌まわしい呪いから解放されたように軽く、感謝と謝罪を混ぜたような表情をしている。そこにいるのはサニーの知っているペティだった。
「何だったんだ……さっきのは」「先生、大丈夫ですか!?」「ちょっと、大丈夫!?」アランと鎌原が、サニーの身体を支える。まだこの時、サニーは単なる故障だと思っていた。ペティの修理が終わるまで、外へは交代で出ることになった。
鎌原が機材を調達に久しぶりに街へ出ると、どころなく暗い雰囲気が漂っている。何が原因かは分からなかった。なるべく道行く人から離れて鎌原はジャンク屋へ行くと、サニーがくれたリストに書いてある商品を店主に伝える。
店主はしばらく鎌原を見ていたが、やがて店の奥へ消え、すぐに両手に機材を抱えて戻ってきた。「ほらよ、持ってきてやったぜ。しかし、待ってる間に何も盗ってないだろうな」冗談かと思って鎌原が店主の顔を見ると真顔だった。
「あ、当たり前でしょ!私が何を盗むってのよ!第一にそこに監視カメラがあるじゃない!」鎌原と店主の真上には、一台の監視カメラが設置されている。「あぁ、そういえばそうだったな。すまんな、最近疑ぐり深くなってしまってな」会計して商品を受け取る時には、店主はいつも通りの笑顔だった。鎌原は帰宅すると、アランへ先程のやり取りを愚痴愚痴と話し始める。
「何で私が泥棒されなきゃいけないのよ。何も盗むわけないじゃない。ねえ、聞いてる?」「聞いてませんよ」アランの対応は冷たい。「あっそ、サニーは?」鎌原は誰でも良いから愚痴を言いたかった。
「先生はいまペティの修理中です」「あぁ、そっか。どれ、私も手伝うかな」鎌原はやれやれといった雰囲気を醸し出そうとしているが、アランには本心が見え見えだった。
「鎌原さんは店番してて下さい」「何でよ、あんたがしててよ」「どうせ愚痴を言いたいだけですよね?」「ぐっ……」痛いところをついてくる。「べ、別にそんなんじゃないわよ」結局、二人は喧嘩しながらサニーがいる部屋の前まで来た。
アランが扉をノックする。「先生、失礼します。何かお手伝い出来ることはありますか?」「アラン、ちょっと来てくれ」くぐもったサニーの声が聞こえた。「鎌原さんは別に呼ばれてませんよ」「うるさいわね!」部屋へ入ると、サニーはペティの思考プログラムを調べていた。
「ペティの様子はどうですか?」「それが、ハード面は全く問題ないんだけど、思考プログラムが損傷を受けたみたいなんだ」「マイクロチップの回路なども問題ないんでしょうか」「うん。回路自体は正常なんだけど。どうしちゃったんだろう」
サニーが操作しているパソコン画面には、数字や記号が羅列している。ふと、ペティの顔が鎌原の目に入った。その眼は静かに瞑っており、安らかな寝顔をしている。一見すると人間そっくりだった。
「ねえ、もしかして特殊な電磁波みたいな障害を受けた可能性はない?」「あぁ、電磁波か。それは考えていなかったな。でもいつそんな障害を受けたんだろう」気になる点がサニーの脳裏に浮かんだ。ヤマト・プログラムを搭載していないアンドロイドの故障が頻発していたことである。
「もしかしたらヤマト・プログラムが影響しているのかもしれない」「先生、どうしてそう思うんですか?」アランがサニーに問いかけた。「自我の存在が確認されたのは、ヤマト・プログラム搭載型の日本帝国工業社製アンドロイドだけなんだ」サニーはペティを見る。
「このペティは僕が作ったアンドロイドだから、ヤマト・プログラムは入っていない。ここ最近、修理依頼が多い機能停止個体も、突然機能停止になったそうだ。そして、皆思考プログラムが強い障害を受けていた。一度初期化するしかないくらいにね」
アランが修理データを見直すと、サニーの言う通り、機能停止した個体はヤマト・プログラム非搭載型のアンドロイドのみだった。
「でも、たまたま故障しただけなんじゃない?」鎌原が横から質問する。「その可能性ももちろんあるんだけど、どうしても気になるんだ。ヤマト・プログラム搭載型の電磁波を測定してみよう」測定結果がパソコン画面に表示された。その中に、一般的なアンドロイドでは見られない特殊な波形がある。
「……これは何だろう?見たこともない波形だ。鎌原の言う通り電磁波の影響かもしれないな」「早速、他のアンドロイドも調べてみましょう」サニー達三人が他のアンドロイドの電磁波を測定すると、その特殊な電磁波はヤマト・プログラム搭載型アンドロイドのみに見られた。
「うそっ。ほんとに電磁波が原因だったの!?」鎌原が驚きの声を上げる。「凄いですね、鎌原さん。やっぱりこの電磁波が原因だったんですよ」「確定するにはまだ調べ足りないけど、ペティ達が壊れたのは、この電磁波の可能性が高いね」三人が話していると、何となく点けていたテレビからニュースが聞こえてきた。
「次のニュースです。マイクロチップを装着した人が被害妄想に囚われる、という現象が数多く報告されています。開発者のルーカス・タイラー氏は、原因は不明であり鋭意調査中とコメントを出しています。現在、世界各地で治安が悪化し、日常生活にも影響が出始めています。また、本問題との関連性は不明ですが世界各国で戦争機運の高まりが見られます。現に、アメリカ大合衆帝国とベトナム国の国境近くでは小規模な戦闘が報告されています。我が国の国会でも、連日開戦について議論が交わされています」
「先生、このまま戦争が始まるんでしょうか」アランが心配そうな顔でサニーを見る。「何で被害妄想に囚われるのかしら」鎌原も不安げな顔をしていた。「このマイクロチップには、ヤマト・プログラムが使われているんだ。もしかしたら、ヤマト・プログラムの自我と人間の自我が反発し合っているのかもしれない」サニーはいつになく真剣な表情だった。
「急いで皆に知らせて、ヤマト・プログラムを停止させれば良いんじゃないですか?」アランが案を出す。「皆に知らせるのは重要だけど、ヤマト・プログラムは僕らじゃ停止出来ないんだ。日本帝国工業の本部にあるマザー・コンピューターから直接アクセスしないと停止できない。人工知能の悪用防止という目的で、所有者個人ではアクセスもできないんだよ」「マザー・コンピューター……」鎌原は俯きながら呟いた。「鎌原はマザー・コンピューターの事を知ってるの?」
「私の身体が改造されたのは、マザー・コンピューターの人工知能を移植するためだったのよ……」唖然としているサニーとは対照的に、鎌原はとうとうと話し始める。
「マザー・コンピューターはただのコンピューターではなくて、実は非常に高度な人工知能なの。昔、日本帝国工業は人工知能を生きてる人に移植する実験を行っていたわ。今から十年程前の事よ。目的は分からないけどね。それに、日本帝国工業は自我の形成は想定していなかった、ってコメントしているけど、そんなはずは無いの。そんな事があったら、マザー・コンピューターが必ず教えてくれるんだから」鎌原がテレビを消したので、会話の間には静寂が流れた。
「その実験の負荷に身体が耐えられるように、彼らは私をサイボーグ化したのよ。結局、実験は失敗したけどね。その後私はすぐ逃げたけど、追手の心配はいつになっても消えないわ。ヤマト・プログラムといい、自我の形成といい、日本帝国工業が怪しいわね」
この時になって初めて、鎌原が異国を旅しているのは日本帝国工業から逃げるためだとわかった。またこれはサニーの予想だが、代わりの故郷を見つけたい気持ちもあるかもしれない。
「そうだったのか……。ごめん、何も知らずに」謝るサニーを鎌原は窘める。「別にあなたが謝る必要はないわ。私も言わなかったんだし」「それでどうしますか、先生」「ヤマト・プログラムを停止させるしかない」「まさか、日本帝国工業に行くつもりじゃないわよね?」「いや、そのまさかだよ。マザー・コンピューターに直接アクセスしないといけないんだから。そこで鎌原に頼みがある。僕と一緒に行ってくれないか?君の力を借りたいんだ」サニーは真っ直ぐ鎌原を見ていた。
「……君の事情を聞いたばかりでこんなことを頼むのは本当に悪いと思っている。だけど、鎌原の助けが必要なんだ」「……確かに私はマザー・コンピューターの場所を知ってるわ。とても大きな機械だから、多分十年前と同じ所にあると思う」「先生、そんなのは危険すぎますよ!それに、もしマザー・コンピューターに辿り着いたとしても、何も出来ないかもしれないじゃないですか!」アランが必死に止める。
「心配してくれてありがとう、アラン。でも、気付いたからにはやるべきなんだ」鎌原は二人のやり取りを黙って聞いていたが、やがてその凛とした声で言った。「その言葉を聞いて私も決心がついたわ。一緒にヤマト・プログラムを止めましょう」二人は意気揚々としていたが、アランは不満げな顔でいた。
ヤマト・プログラム搭載型アンドロイドで自我の存在が確認されてから、人々は互いを疑い攻撃するようになり、世の中はまた暗い空気に支配されている。しかし、故障の原因などは分からず開発者のルーカス・タイラーの責任を追求する声も強まっていた。




