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7. 私達の変わっていく未来

 あれから私達の日常は、少し形を変えて過ぎていっている。



「うー」

 後頭部で束ねた髪をゴムで纏めようとするとばらばらと落ちてくる。朝起きてからずっと鏡の前で自分の髪と格闘している。私の髪は直毛で癖がないため、扱いづらい。しかし今日は、どうしてもリボンを結びたくてポニーテールに挑戦してるけど、なかなか上手くいかない。


「もう、やだ!」


 自分の不器用さにあきれて、髪の毛をモシャモシャ掻きむしるが直毛ゆえに、すぐストンと元通りになる。おんぼろドレッサーの前で絶望的になっていると、のんびりした可愛い声が背後からかかった。


「ウルちゃん、準備できた?」


ヒョコッと栗色の三つ編みを揺らして少女が鏡越しに顔を出した。私が口をへの字にして椅子に座った時と同じ髪型で頭を振り、おずおずとエメラルドグリーンのリボンを指差すと可笑しそうに少女がクスクスと笑う。


「エイミー、全然駄目…」

「貸して、ウルちゃんの髪の毛は真っ直ぐだから」


 この子はエイミー・アボット、栗色の髪と瞳を持つ薔薇色の頬がチャームポイントの女の子。年も近く穏やかな性格で孤児院の女の子の中で一番仲が良い。

 エイミーが白いシャツの袖をめくり、ブラシを持って、私の髪を結いはじめる。小さい頃は、お兄ちゃんにいつも髪を結んでもらっていた。ある程度、大きくなって部屋が別々になってからは私の不器用さもあって、ほとんどブラシでとかすだけになっていた。


「はい、完成」


 私の苦労はなんだったのかと思えるほど、エイミーは簡単にポニーテールを作ってくれた。椅子から降りてクルリとまわるとエメラルドグリーンのリボンも頭のうえで綺麗に揺れていた。残念なのは、洋服が色褪せたワンピースということかな。


「わー、すごい!ありがとう。エイミーは天才ね」

「どういたしまして、大げさなんだから。さあ食堂に行こう」


 自然と二人で手を繋いで食堂へと向かう。前世(まえ)は友達と呼べる同性はいなかったので、手を繋ぐという行為に自然とにやけてしまう。お兄ちゃんやエルマーとは、違う感覚でなんだかくすぐったくなる。


「ウルちゃん楽しそう。そのリボンはアシルさんからのプレゼント?」

「うん!そうなの。だから、どうしてもつけたくて」

「良く似合ってる。目の色と一緒だね」


 そう、エメラルドグリーンのリボンは、お兄ちゃんからのプレゼントだった。

 私達が孤児院にいられるのは15歳まで。15歳になったら、孤児院を卒業して一人立ちしなければならない。男の子は神父様のつてを使って住み込みで働いている子が多い。

 お兄ちゃんは、私が流行り病にかかって考えることがあったらしく、エインズワース先生に相談し、医師という職業を選択した。勿論、孤児が簡単になれる職業ではないし、学校に通うためのお金もかかる。お兄ちゃんが賢いことをわかっていた先生は、後見人となり学費を援助することを約束してくれた。今は先生の所で勉強しながら、お仕事の手伝いをしている。ゆくゆくは学校へ通い資格をとる予定になっている。

 少しだけどと、お駄賃程度のお金をもらえるらしく、自分に使ってほしいのに、ある程度貯まると私にお菓子やリボンなどを買ってきてしまうのだ。


「みんな、羨ましがってるよ」

「そうかな、なんか心苦しくて…」

「ウルちゃんは、時々難しいこと言うね。そこは嬉しいでいいのに」


 エイミーと付き合いやすいところは素直なところだ。お兄ちゃんはカッコイイし、私は何もせずのほほんと過ごして、未来の心配もないと年上のお姉さんに睨まれているのに、エイミーは気にせず仲良くしてくれるので本当に天使だ。

 この国で女の子が一人立ちするのは大変だ。選べる選択肢は少ないし、お嫁に行くのが一番良いと言われてるくらいだ。みんなから色々、言われるのは仕方ないかなと諦めている。女の子の妬みは怖いから波風立てないのが一番だと前世で読んだ小説で書いてあったしな。経験することはなかったけど。

 ただ心苦しいというのは他人の目ではなく、私はお兄ちゃんから貰ってばかりで返すものがないということだ。今の私では、お金もないし、やれることは限られているので言葉でお礼は言うようにしてるけど、私が喜ぶと、お兄ちゃんがエスカレートしていくから難しい。


「あっ!おはようございます!」


 エイミーの大きい声で現実へと意識が戻ると、食堂の前にお兄ちゃんが立っていた。


「おはよう。そろそろ来るかなって待ってたんだ」

「お兄ちゃん!」


 最近、一緒にいる時間が少なくなり、お兄ちゃん不足のためか急いで駆け寄り、ぎゅうと腰にしがみつく。


「走らなくても逃げないよ」

「おはよう、お兄ちゃん。もう行くの?」

「うん。ごめん…」

 

 お兄ちゃんを見上げると、申し訳なさそうに軽く抱きしめてくれる。

 お兄ちゃんがいる生活が当たり前だったため一人の時間はかなり心細くて、気の利いた言葉も出ず、毎朝困らせてしまっている。きっと顔に寂しいですって書いてあるんだろうな。お兄ちゃんは必ず、私の顔を見てから出かけるのが日課になっていた。大変なのはわかっているけど、待ってなくて良いよって言えない。だいぶわがまま娘になってるかもしれない。


「リボンを使ってくれてるんだ?」


 頭を撫でようとして、お兄ちゃんがリボンに気づき嬉しそうに笑ってくれた。まだまだ甘えたいのを我慢して体をパッと離してエイミーの横に並ぶ。


「そう、エイミーに結んでもらったんだよ」

「そっか。エイミー、ウルと仲良くしてくれてありがとう」

「い、いいえ、いいえ。じゃあ私は先に行く、行きますね」


 基本、お兄ちゃんは私以外には滅多に話しかけないので、お礼を言われてエイミーが少し顔を赤くしながら、そそくさと食堂へ入ってしまった。


 お兄ちゃんが、このまま医師になれば天才魔導師という選択肢がなくなっていくのかなとぼんやり考える。

 ただ不安なのがお兄ちゃんが将来の選択をするときに、必ず私が第一優先になっていること。この世界で夢なんて生きていくために甘っちょろいこと言ってられないのはわかっているが、そこにお兄ちゃんの希望があるのかモヤモヤしてしまう。この間、私が泣いたこともあって二人が離れないための選択だったのではないかと勘ぐってしまう。


「お兄ちゃん、お仕事楽しい?」

「楽しいよ。来年、ウルと離れるのが憂うつだったけど、今はウルといるために頑張ってるから辛くない」

「そう…」

「どうしたの?」

「ううん、何でもない」

「…じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

 

 手を振って、お兄ちゃんを送り出す。


 私が15歳になるまでに、お兄ちゃんは私を引き取ると言っていたと神父様が苦笑いで話してくれたことを思い出す。


『ウルリーカはまだ10歳だからお前が決めるな。今、やるべきことがあるだろうって言っておいたけどよ。ウルリーカはどうしたい?』

 すごく嬉しかったし私と離れないという約束を守ってくれたのだとわかっていても、その問いに答えを出せなかった。

『…わかんない』

『そりゃ、そうだよな』


 子供だから、わからないと装ったが神父様は、私の顔を数秒見つめると頭をポンポン優しく叩いて、深く追求せず終わらせてくれた。


 私達は小説と違う道を歩き始めたのだろうか?考えないようにしてるのに頭をかすめるのは、私達の最後の姿。間違った選択肢をしてないだろうかということ。


「うー、だめ、だめ。私は小説の中のウルリーカじゃない。目の前のことを頑張るんだ」


 頬をパチパチ叩いて自分に言い聞かせながら、エイミーの後を追って食堂に入った。





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