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4. 私の物語


 月明かりにぼんやりと光るステンドグラスを背に祭壇の前を陣取り、エルマーと2人で向かい合い、床の上に直に座っている。私の命令で正座をしているが、エルマーは初めてなのだろう、座りごごち悪そうにもぞもぞ動いている。

 私達は今、孤児院の隣にある教会にいる。

 エルマーが突然現れたせいで、私の声が孤児院に響き渡り、みんなが起き出してきてしまったので急いで場所を変えたのだった。

 というわけで人がいなくて話を聞かれる危険性のない、なおかつ窓が多く月明かりの入りやすい教会(ばしょ)を選んだのだった。


「今までどこにいたの?いきなり現れて驚かすし!いっぱい、いっぱい…… し、心配したんだからねー!!」


 短期間に色々起きすぎて、どうしたらいいのか混乱している時にエルマーの顔を見て、抑えていた感情が決壊するように涙が溢れ出した。

 もう何から話したらいいのか頭の整理がつかなくてめちゃくちゃだった。


「今まで一人にして本当にごめんね。僕が悪かったから、泣かないで」

「うぐっ、うぐっ……、たくさん話したいことや、き、聞きたいことがあるのに、えっエルマーはいないし…… えっぐ」


 エルマーは慌てて片膝を立てて身を乗り出し、服の袖で私の涙を拭おうとしたが、手は私の顔をすり抜け宙をきってしまった。


「エル……」

 

 エルマーは宙をきった両手を数秒見つめてから、苦笑いを浮かべながら私に目線を合わせた。触れることはできないのに頭を撫でるように手を動かしてくれている。


「僕にもわからないんだ。気づいたら暗闇(キミ)の中にいて、君を介してしか外の世界をみることができなくなっていた。唯一、月明かりがある夜に姿を現すことはできるみたいだけど…… 僕って、お化けみたいだね。ん?でも君と初めて会った時は魂だけだったし、別に何も変わらないのか?」

「もうっ、いつも冗談でごまかして!お化けなんて言わないで!私だけ、私だけ、生まれ変わるなんて……もう!もう!」


 感情に任して手を振り回したが、エルマーに触れることは叶わなかった。


「冗談じゃないし、ごまかしてもない。君が罪悪感を感じることはないよ」


 今まで立てていた膝を崩して、エルマーがあぐらをかいた。なんてことないんだよと子供をなだめるような優しい笑顔に、冷静さを取り戻すことができ涙も少しずつ引っ込んでいく。


「僕は君のおかげで、あの場所から出られた。それだけで、いいんだ。君を通して見る世界は、なかなか楽しいしね」

「エルマーと会ってから、私は色々なことが起こって混乱してる。私に何が起こってるの?夢を見てるみたいで現実感がないの」

「……君と僕が出会った時、君は死んで魂となって、あの場所に来た。それは事実。僕はずっとあの場所にいて沢山の人に会ったけど、僕に気づいてくれる人は君だけだった。あの扉と化け物は何なのかはわからないけど帰ってきた人はいなかったから、僕は扉の向こうへ行く選択肢がなかったんだ。でも現状を変えるには扉を開けるしかないけど、勇気がでなかったんだ。長い間一人だった。だから僕に気づいてくれた君となら、扉の向こうへ行ける気がしたんだ。覚えているのはこれだけ。ごめん、僕も前の記憶が曖昧になってきていて、何かをしなくちゃいけなかったような気はするんだけど」

「えっ!私を助ける交換条件って話は?約束したでしょう?」

「交換条件?そんな約束したかな?」


 顎に手をあてて、エルマーは考えこんでいたが、わからないというように頭を横に振った。


『みんな、少しずつ忘れていくんだよ』

 エルマーとで会った時の言葉が脳裏をよぎる。エルマーだけが頼りなのに忘れられては困る。この世界のことも教えてもらわないと!


「私は?私の今の状態はわかるの?私は生まれ変わったの?もしかして、前の私がウルリーカの体に入っただけなの?」

「ああ、君は生まれ変わったのは確かだよ。君はウルリーカとしてこの世に生を受けた。10年間、見てきたからわかるよ。僕も一緒についてきちゃったみたいだけどね」


 その言葉にホッと息をつく。自分の中でウルリーカならこの時、こんな行動をするなって冷静に考えている自分がいた。お兄ちゃんの望む自分になろうとするたびに、もしかしたら流行り病で亡くなったウルリーカの体に私の魂が入ってしまっただけもしれないという思いが、心の片隅にあったからだった。お兄ちゃんとの思い出が、自分のものだということに心の底から安心した。それと同時に10年間、エルマーを忘れてしまっていたことが本当に申し訳なかった。


「ごめんなさい……」

「全て僕の責任だから謝る必要なんてないよ。君が幸せそうで、僕もうれしいよ」

 

 何もとがめることなく、心からエルマーが自分のことように喜んでくれる。


「うん、幸せだと思う。10年も忘れてたんだ。思い出してから、私もエルマーにずっとありがとうって言いたかった」

「どういたしまして。君が記憶を思い出すとは思わなかったから、姿を現すつもりはなかったんだけどね。もう少し、ウルリーカと一緒にいさせて」

「一緒に……、ウルリーカって、そうだ!!」

「おおっと」


 膝をパンっと叩いて、今度は私が前のめりになる。ファンタジー小説と同じ、この世界について聞かなければ!


 私はエルマーに、この世界は前世であったファンタジー小説の世界であること。自分たちは、その物語の登場人物だということ。この世界には主人公がいて、その主人公を中心に世界がまわること。いずれ私は、お兄ちゃんが悪役になるために殺されてしまうことを話した。

 エルマーは、私の話を疑うことなく真剣に聞いてくれた。

 全て話終えると、思案する様に首をかしげて、考えがまとまったのかポツリと呟いた。


「そのウルリーカは君なの?」

「えっ?だって、物語の登場人物と同じ名前だし…… 顔もそっくりだよ?」

「いや、その物語の女の子と君が僕は同じ人物には思えないんだけど」

「設定も一緒だよ?」

「設定って、なかなか悲惨な話だね。悲劇だけど感動する。自分の身に起きたら、すごく恐ろしいことだ。でも、あくまで本の中の話だ。それに、その登場人物に僕はいるの?」

「いなかったと思うけど…… 何が言いたいの?」


 エルマーの謎かけのような問いかけに少し苛ついてしまう。私は答えを求めているのに。

 エルマーが真面目な顔で私を見つめて、言い聞かせるように私の名前を呼ぶ。


「ウルリーカ。現実を見るんだ。ここは小説の世界じゃない。今、君が生きている、君の人生なんだ。どうして前の自分に戻るんだ?なんで自分のことを他人事のように語るの?僕の親友を簡単に、物語の都合で殺されるなんて残酷なことを言わないでよ」


 エルマーの言葉に息をのむ。

 大好きだったファンタジー小説の世界に転生して、夢で自分のラストシーンを見た。初めて物語を読んだときの高揚感や次の展開への期待や感動なんて一切なかった。正直、怖いって思ってたのに。物語の中なら悲劇であっても、読者達を盛り上げるスパイスになる。しかし現実は美しい物語にはならない。ロマンチックな幻想のようにとはいかない。

 だって私の心臓は動いてる、息をしている、切られれば痛いし、裏切られれば心は傷つく。私達は生きているから、物語が終わっても現実は続いていく。

 私はウルリーカで、生きている。みんな登場人物なんかじゃないのに。


「私……」


 涙がまた、ポロポロとこぼれてくる。意識が戻ってから、いつも前の自分と比べていた。どうしたら正解か考えて、現実感がなかった。前世の記憶を思い出した自分も全て、今のウルリーカなのに。

 私を心配してくれる大切な人達を登場人物だなんて……


「良かった、気づいてくれて。ずっと気になってた。君は自分を軽んじる癖があるから、今の君は前の君とは違うんだ。行動する前に全てを諦める必要なんてないんだよ」

「うん、うん。私は生きたいって叫んだのにね」

「そうだね、ウルリーカは今、生きている。例え小説のように物事が進んでも……」

「そんなこと絶対にさせない!お兄ちゃんを悪役にさせないし、私はこの世界で生き残る!」

「その調子、その調子」


 涙を、袖でぬぐってもぬぐっても止まらない。エルマーは頬杖をつきながら、泣いている私を優しい目で見つめてくる。


「僕は、もう頭を撫でてあげられないし、涙もふいてあげられない。自分で涙をふいて立ち上がるんだよ」


 エルマーの言葉を聞いて、涙を堪えるためにグッと目もとに力を入れて頷く。


「でも、たまに出てきて話は聞いてくれるでしょう?エルマーは私の中にいるんだから。それに、こんなことになってるのはエルマーにも原因があるんだからね。最後まで面倒見ないと許さないんだから」


 私が顔をツンッと高飛車にそらすと、そんなのお安いご用だと笑顔でオッケーサインを送ってくれる。


「あっ、そろそろお迎えにきたかな」


 エルマーが教会の扉へと視線を向けると同時に、勢いよく扉が開かれる。


「ウル!!」

「お兄ちゃん!」


教会のなかに月明かりと共に、アシルお兄ちゃんが飛び込んできた。






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