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3. 私の愛しい悪役

 私には大好きなファンタジー小説があった。タイトルは、えーと、あれっ?思い出せないや。まあ、いいか……

 最初は入院の暇潰しに売店で手に取ったのが、きっかけだった。馬鹿にしていたのにお約束通り読み始めたら見事にはまり、全20巻両親に初めておねだりをした。

 その小説は、よくある逆ハー物で女子にかなり人気があり漫画化、乙女ゲーム化されていった。一応、結末を迎えている物語なのだが私は二部構成の第一部を読み終わったところで、天に召されてしまった。入院生活の唯一の癒しだった。


 小説の舞台は魔法のある世界。王族や貴族にしかないといわれる魔力を平民の少女が持って生まれたことから物語は始まる。平民にも魔力持ちはいるけど、それは微々たるもの。ちょろっと指先から水や火がでるくらいのレベル。しかし、この物語のヒロインは王族に匹敵する強い魔力を持ってしまったため、強制的に王立の魔法学園に入学させられてしまうのだ。

 まあ、そこからは王道というべきか最初は平民と蔑まれながらも、ヒロイン属性の持ち前の明るさと根性で周囲を認めさせ、仲間とともに冒険し成長していくのだ。もちろん仲間たちは色々なタイプのイケメン、逆ハーの恋愛もあるのだから乙女たちは黙っていない。

 その第一部の悪役をつとめるのが『アシル・ライゼガング』

 目的のためなら手段を選ばない冷徹非道の天才魔導師として登場するのだが、金髪碧眼、甘い王子様並のルックスも相まって悪役なのに主役ばりに人気があったのだ。

 彼の生い立ちも、その人気に拍車をかけてたんだよなー。生まれた時からの悪人はいないっていうのは、まさに彼のことを指すだろう。彼は孤児だった。母親は娼婦なんだけどアシルが4歳のときに好きな男のために彼を捨てた。彼には母に捨てられた、その日に出会った大切な女の子がいる。その子の名前は『ウルリーカ』

 大切というよりは依存とか執着に近い、強い感情を持っている。たぶん、そこには母親との関係に問題があったと思うんだけど、なぜそこまでウルリーカに執着したのか詳しいことは思い出せなかった。それなりに幸せに暮らしていたが、ある時、人生を変える転機が訪れる。父と名乗る貴族が現れたのだ。彼は庶子だったのだ。

 最初はウルリーカと離れたくなくて養子を断っていたが、しょせん孤児院出の子供など先は見えている。大人に言いくるめられたのもあるだろうが、これからの未来を考え彼は貴族になることを決断する。そしてウルリーカに誓う。自分が一人立ちしたら、必ず迎えにくると。本当の家族になろうと約束するのだ。ただ幼い二人は、知らない。連絡手段もままならない環境では家族でも一度離れたら生涯会えなくなることもあるということを。

 二人は将来を誓いあって別れ、その時に彼は『アシル・ライゼガング』という名前を父親から与えられている。幼い子供達の口約束ではあるが、その約束はアシルを励まし、強い魔力持ちだった彼を天才魔導師にまでに育てあげた。

 19歳の時にアシルはウルリーカを迎えに行くのだが、そこに彼女の姿はなかった。彼女はアシルが孤児院をでた1年後に養子に出されていたのだ。諦めきれず必死に探し、見つけたのは貧困街の路地裏。彼女は養子ではなく、幼児趣味の貴族に売られてしまっていたのだった。少女と言われる期間は、あっという間にすぎ彼女は何度も転売されている。

 15歳にしては小さく痩せ細った体、艶のなくなった黒髪に綺麗な緑の瞳は灰色に淀み何も写さず、耳はアシルの声を聞くことは叶わなかった。ただアシルが強く抱き締めたときに彼女が一言、迎えにきてくれたの?アシルお兄ちゃん…と。

 虫の息のウルリーカにアシルは、あの時手を離したことを悔い、幼い自分の過ちに嘆く。全てが絶望に染まっていく。そう、彼の人生は彼女が全てだったから…

 そして彼は魔術を使って、死にゆく彼女の時間を止める。


「うっぎゃーーー!」

「うわ、何!?」

「ウル!うるさいっ!!」


 夜中に自分の叫び声で悪夢から目が覚める。夢なのに体験したように、胸がバクバクと鳴っている。

 こ、これはひどすぎる。

 成長したお兄ちゃんは、とても美しかった。漆黒のローブに身を包み、髪は長く金糸のように輝いていた。顔立ちは作り物のように整っていて、隙のない表情をしているのが気になったが、あの碧眼に睨まれたら軽く鼻血……否、死ねる……

 こんな素敵な人とお近づきになれるなんて、転生も悪くな……

 いやいや、そーじゃなくて、私が驚いたのは最期のウルリーカの姿だ。あれは実写で見ると、かなりトラウマレベルだ。


「……ていうか、あれが私の未来なの?」


 今の子供の姿からしても15歳になったウルリーカは、可愛い女の子になってるだろうなぁなんて、すごく期待してたのに昔の面影すらない容姿を変えてしまうほどの壮絶な生活って、想像もできない。

 とんでもない!とベッドでゴロゴロと転げ回っていたら「うるさーい!!」と同じ部屋の女の子たちに、ポイっと廊下に投げ出されてしまった。


 うう、ひどすぎる。私は病み上がりなのに。絶対、女の方が冷たいと思うんだよね、こういう時って。芋虫のように転がってシクシク泣く真似をするが、誰も相手にしてくれなかった。


 そうなのだ、私は気づいてしまった。転生した世界は私が大好きだったファンタジー小説の世界なのだと。

 聞いて驚け、私は『アシル・ライゼガング』を最悪にして最狂の悪役にしてしまう『ウルリーカ』に生まれ変わってしまったのだ。いやいや、そんなわけあるか!と考えることを放棄していたら、毎晩少しずつ小説の内容を夢で見るようになってしまった。

 そして全てのピースが一致していく。

 最近では第一部の最後に語られるアシル・ライゼガングの生い立ちや、なぜ彼が狂気に目覚めたのか?の部分まで見ている。実写化なため、リアルすぎて最早、悪夢といっても過言ではない。


 ズルズルと寝起きの重たい体を引きずりながら、廊下の隅に壁を背にして、ちょこんと座る。窓から青白い月の明かりが射し込んでくる。廊下は少し寒いけど、壁に頭をあずけて目を閉じると冷静になれる。


 この後、アシルはウルリーカのために魔術を使って踏み入れてはいけない禁忌の領域へと手を出し始める。人間の命の再生へと、ウルリーカを昔の姿に生き返らせようとするのだ。すでに彼のなかでウルリーカ以外は人ではなくなっており、彼を人体実験へと駆り立てていく。


『大切なウルを実験なんかに使えない。ならば同い年くらいの女の子…… ウルを傷つけた私利私欲にまみれた貴族達を使ってだ。そうだ彼らの子どもがちょうどいい……』


 恍惚の表情を浮かべるアシルは恐ろしいほどに美しい。

 魔法学園の生徒が誘拐されはじめ、それを阻止するのが物語の主人公達。物語のアシル・ライゼガングの最期は自分で研究所に火をつけ、ウルリーカを抱えながら朽ちてゆく。でも、不思議なことに焼け跡からは二人の遺体は発見されなかった。彼らが死んだのか、今だに生きているのか誰も知らない……

 エンドロール。第二部へ……


 体を揺さぶられ、目が覚める。また、夢を見ていたようだ。物語は終わった。終わってしまった。最悪の結果で……


 誰だろう?ぼんやりと顔を上げると月明かりで伸びる私の影から上半身を出し、片肘をつきながら手をひらひら振るエルマーが目の前にいた。というかエルマーが床から生えていた。


「!!?エッ!ふがが……、ふが!」

「ちょっ!大声は勘弁して」


 エルマーが某ホラー映画のように井戸から這い出るようにではなく、私の影から軽やかにヒョイッと飛び出してきて、悲鳴をあげようとした私の声は彼の両手で塞がれた。


「ふが、ふが、ふが!」

「わかった!わかったから。手を離すから騒がないでね?」

  

 こくこくと首を縦に振ると、エルマーは絶対だよと念を押してから手を離してくれた。


 「久しぶりだね。今はウルリーカだっけ?」


 懐かしいというのは言い過ぎかもしれないけど、変わらないエルマーの笑顔に、なんともいえない思いがこみ上げてくる。もしかしたら、彼は私の代わりに消えてしまったのかも知れないと思っていたからだった。

 すっかり数分前の約束を忘れ、私の大声が廊下に響いたのだった。

 


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