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24. 魔の森攻略します

 ここはどこだろうか?目を開けると明るい陽射しに目が眩む。

 おかしい、確か崖の上から馬車で落ちたはず…… しかも夜だった!

 ガバっと勢いよく起き上がる。まわりを見渡すと青々とした草原と空は雲ひとつない晴天が広がっている。あまりにもの景色の変わりように妙に納得してしまう。

 ああ、とうとう天国にきちゃったのかな?だって崖から落ちたもんね、命が無事なわけがない。それなら、それでいいか。一番嫌いな痛みもなかったし……

 でもなにか忘れているような。

 

 深く考えるのをやめて、もう一度、寝転ぼうとしたところで遠くから名前を呼ばれる。声の方へと視線を向けると少女が手を振っている。少女の綺麗な長い黒髪が風で揺れている。


「ーーー! ーーー!」

 

 何度も何度も名前を呼ばれる。

 私はそんな名前じゃないのに。

 いや。ああそうだった。あの少女は私の『僕の』……



『いいかげん、起きろ』


 バシッと額を叩かれて、はっと覚醒する。目の前には綺麗な満月と黒猫の顔が広がっていた。


「夢……?」


 慌てて起き上がると鬱蒼とした森が広がっている。後ろをふり返ると横倒しになった馬車が転がっていて、上を見ると遥か頭上に落ちたであろう崖が高くそびえたっていた。


『怪我はないようだな』

「あんなところから落ちたのに痛くない?」


 私の体の上から、黒猫が離れて地面に着地する。ライゼガング侯爵様からプレゼントされたワンピースは泥だけでボロボロになっているが、擦り傷くらいで大きな怪我はなかった。体をぽんぽん叩いてみるが、大きな痛みもない。


『ラウルが風魔法で落下の衝撃を和らげてくれたからな。着地したときに体が馬車から飛び出しから多少、傷はあるようだが』

「風魔法…… そういえば、御者の人は?馬は?」


 周囲を見渡すが人や馬が倒れてたりする様子はない。自分だけ助かるのは後味が悪い。


『ああ、落ちる直前に馬車と切り離してたから無事だろう』


 ほうっと息を吐くが、ある疑問が浮かび恐る恐る質問する。馬車は壊れて、馬もいない。頼みの綱の魔導師は崖の上で交戦中。あるのは私達を飲みこそうな深い暗い森だけ。嫌な予感しかしない。


「ねえ、黒猫ちゃん。……お迎えは来るんだよね?」

『来ない。来れないが答えだ』

「は?こ、来れない?」


 崖下はひらけているが、目の前に広がるのは巨大な苔むした木々が鬱蒼と茂る森だ。ここからでは広さも深さも想像がつかない。


『ここはロッドフォード領にある魔の森だ』

「魔……、の森」

『ここを抜けられれば目的地まで目と鼻の先だ。距離優先でこの道を選んだのが仇になったな。行くぞ』


 黒猫は颯爽と森に入って行こうとするのを慌てて抱き上げて止める。

 魔の森って、いかにもファンタジーで出てきそうな場所だ。しかもこの世界は魔法が使える……

 ファンタジー小説の愛読者ならわかるだろう。このど定番な状況の指す意味を。


『なにしてる?離せ』

「なにしてるのは、こっちのセリフだよ。やみくもに動いたら遭難するっていうでしょ?どこに行くのかわからないけど、ここで迎えを待った方が、って、いった!」


 黒猫は振り子のように器用に後ろ足を持ち上げて、私の頬を蹴り手から抜け出す。ひらりと地面に着地し軽く睨まれる。


『迎えは来れないと言ったはずだ』

「なんで?」

『通称魔の森。名前の通り、かわいい動物なんていない。魔獣がいる森だ。中途半端な魔法使いでは助けになんてこれない。ラウルレベルの魔導師でも苦労する場所だ。人の助けを待ってたら魔獣のエサになるだけだ』

「やっぱりね!」

『この森は磁石も効かない。捜索隊すら遭難する可能性が高いから、俺達を探しだし救助することも難しい。だから自分達で進むしかない』

「そんなあ!」


 黒猫は私の嘆きなんて無視してさっさっと歩き出す。私は置いてかれて魔獣のエサにされては困ると慌てて後をついていくことにした。


「でも魔獣に会ったらどうするの?黒猫ちゃんも魔法使えるとか?」

『……猫が魔法を使えるわけないだろう』

「え?じゃあ、どうするの?」

『さあ?』

「ま、まさか……』


 ノープランと続けようとしたところで、後ろから聞き覚えのある声が響く。


『あー!ウルちゃんみっけ!』

『ようやく追いついたわね』

『もう、心配しましたよ』


 後ろを振り向くと、三羽の鳥が弾丸のように腕のなかに飛び込んでくる。


「トロワ!それにアン、ドゥも!」

『わーん、ウルちゃんよかったよー!』

「どうやって来たの?」

『後を追ってきたんです。途中見失ったんですが、崖の上で魔導師の男を見つけて、ここら辺一帯を探したんです。間に合って良かった』


 黒猫がチッと舌打ちをする。


『面倒なのがきたな』


 アンの目がぎらりと光り、腕を飛び出して黒猫に食ってかかる。


『面倒だって?ウルリーカを誘拐しといて、いい度胸ね!』

『誘拐なわけないだろう』

『なーんですって!孤児院から連れ去ったのはあんたたちでしょ!』

『わめくだけで、話にならんな』

『きー!話にならないのはそっちでしょ!今日という今日は本当に許さないわよ!』

『ほお、許さないってどうするつもりだ?』


 黒猫と褐色の小鳥一羽が、火花を散らして喧嘩を始めようとしてる。大声を出してるしこのままでは、魔獣に居場所を教えているようなものなので慌ててアンを捕まえる。


「アンやめて、黒猫ちゃんも今は喧嘩をしてる場合じゃないでしょう」

『フン。だから早く行こうと言ったのに』

『シャー!!』


 黒猫は自分は悪くないと言うように顔をつんと背けて、アンは私の腕のなかで鳥なのにガルガルと威嚇している。


『ま、まあ、まあ。ウルリーカさんが無事で良かったです。誘拐じゃなくて安心しました。ところでここは、どこなんですか?』


 ドゥが話題を反らしてくれたところで、今の状況を追いかけてきてくれた三羽に説明した。トロワは終始、首をこてんこてんと傾げていたが。うん、トロワには難しいよね。



 夕闇と同じ色のドゥに森全体を空から確認してもらう。夜空を滑るように滑空し、私達のもとへと戻ってくる。


「ドゥ、おかえり。どうだった?」

『かなり大きい森ですね。しかし崖に沿って歩いていくのが森を抜ける最短距離です。明かりの見える街からはだいぶ離れてしまいますが、一番安全に短時間で森を抜けられるルートだと思います。それでも、ひらけてる場所はここくらいなので実際どのくらい時間がかかるのか……』

『ふむ。時々、鳥どもに空からルートを確認してもらいながら進むとするか』

『鳥どもってどういうことよ!』


 また、黒猫に食ってかかろうするアンを抑える。


「もうアン、静かにして。魔獣に見つかったら大変なことになるんだからね」

『うっ、ごめん』

「黒猫ちゃんもアンを煽らないでよね」

『ふんっ、さっさっと行くぞ』


 黒猫はさっさっとドゥの提案したルート通りに森の中へと入っていく。

 アンとドゥは私の両肩にそれぞれ乗り、トロワは私のポケットのなかですやすやと眠り始めていた。いつ襲われるかわからないのに呑気なものだ。

 

 整備されていない道を行くというのは、どんなに大変なことか身をもって体験する日がくるとは。真っ直ぐ歩きたくても木々や身長ほど生えた雑草に邪魔されて、崖からどんどん離れていく。時々、ドゥに確認してもらいながら修正していくが思ったより進まないのが現実だ。

 なによりもワンピースとエナメルの靴の私は歩きづらいことこの上なく、草を掻き分けながら歩く場所もあるため、足や手にどんどん擦り傷が増え靴擦れも起こしていた。一張羅がみるも無惨な姿に成り果てている。


『ちょっとウルリーカ大丈夫なの?足が傷だらけじゃない?』

「うん大丈夫。でも靴脱いで歩こうかな。靴擦れが痛くて」

『だめよ。下は石や枝がごろごろしてるのよ。余計に怪我するわ』

「そ、そうだよね。いたた……」


 私は地面に座って靴を脱ぐ。右足の踵がかなり擦れていて靴下に血が滲んでいた。私は髪を結んでいるリボンを取り、ぐるぐると踵を保護するように巻きつける。お兄ちゃんからもらった大事なリボンに血がついてしまう。でも躊躇している暇はない。ここで死んでしまったら、お兄ちゃんにまた会うことすら叶わなくなる。

 もう諦めたくなる気持ちを奮いたたせて、立ち上がる。


「よし!行こう!」

『でも、そんな足では……』


 アンとドゥが私に痛々しそうな視線を送ってくる。

 黒猫はため息をこぼす。


『これ以上は無理だな』

「えっ?」


 黒猫は周囲を見渡し顎をしゃくる。その先を視線で追うと山肌にぽっかりと洞窟が口を開いているのが見えた。


『ここで少し休もう』


 黒猫はさっと洞窟に入り中を確認する。


『中はそうとう深いが、獣の臭いは感じない。入り口付近で少し休め』

「で、でも……、魔獣がきちゃったら」

『それでもだ。肝心なときに逃げられなくなる。体を休めろ』


 だいぶ気を張っていたのか、休めと言われ急に疲れがどっと襲ってくる。洞窟のごつごつとした地面に座ると、眠気も襲ってくる。


『ウルリーカ、寝るのは危険ですよ』

「うん……、わかっ、てる」


 ドゥの声が遠くに聞こえる。


『ちょっと、あんた何処に行くの?』


 アンの鋭い声にパチッと目が覚める。黒猫が洞窟から出ていこうとしている。


『……周辺を見てくる。無駄な体力を使わないように道を探す』

「でも黒猫ちゃんも疲れてるでしょ。迷子になっちゃうよ」

『お前は休んでろ。すぐに戻ってくるから、いいか寝るなよ』


 黒猫が木々の中へと消えていく。


「本当に大丈夫かな?道を空から確認しないと迷子になっちゃうんじゃ……」

『あー、もう、あいつは勝手な行動をして!あたしがついていくわよ!』

「ちょっと、アン!」


 私が不安を口にするとアンが怒鳴りながら洞窟から飛び出していく。少したつと、外からアンと黒猫の言い争う声が響いてくる。だから、大きな声出さないでって言ってるのに……


『ウルリーカ、あれでいいコンビなんで心配無用ですよ』

「……そうだといいんだけど」


 ポケットのなかですやすや眠るトロワを出して膝のうえに乗せる。

 ドゥも地面に降り立ち、羽を休めている。


 洞窟内のしんと沈んだ湿気のある空気と物音ひとつない静かな空間に、眠るなと言われたのに自然と瞼が閉じていった。






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