23. 誘拐そして、いきなりの途中退場!?
『彼女は養子ではなく、幼児趣味の貴族に売られてしまっていたのだった』
どんどん遠ざかる孤児院、目の前に座る怪しい黒いローブの男。
……怪しすぎる。魔導師っていうんだから貴族なんだよね。
小説の一文が頭をかすめて、顔が青ざめていくのがわかる。ローブを深く被り、顔も表情も見えないため、どんどん不安になってくる。ウルリーカの未来は変えられたと思っていたが、もしもルートが違うだけで辿る結末が一緒だとしたら……
逃げなきゃ!!
座席から立ち上がり馬車の扉のノブをガチャガチャと動かす。たとえ怪我をしてでもこの馬車から飛び降りなければ、怪我よりも最悪なことが待ち受けている。
「おい。何してるんだ?」
扉を開けようとしているウルリーカに男も気づき、慌てて手を伸ばしてくる。黒猫も異常に気づき立ちあがる。
お願い!開いて!これじゃあ、お兄ちゃんとの約束が守れない!
「やめろ、無理だ!それは魔術で……」
「私はロリコン貴族に売られるなんて嫌だ!!」
「はっ?」
『開いて!』
魔導師に手首を掴まれた瞬間、思いっきりドアノブがガチャリと音をたてたと同時に扉が開き、上半身が扉と共に外へと持ってかれる。
これで逃げれる!
そのまま外へと飛び出そうとすると、魔導師にワンピースの襟首を持たれ、強い力で引き戻され座席へと投げられる。
魔導師は風に吹かれて、壊れそうな音をたててる扉を、体を乗り出してノブを持ち力任せに閉める。
馬車の中に入ってきていた強い風で魔導師のフードが脱げ男の顔があらわになった。
「おまえ、馬鹿か!死ぬ気なのか!」
銀髪の長髪を後ろで束ねた紺色の瞳の男が、形のいい眉をはねあげて感情のままに怒鳴ってくる。年は20代後半だろうか?
ロリコンとはかけ離れた整った顔立ちに呆気にとられる。
いや見た目で騙されるもんか!シスター・ヘルマだって、裏で人身売買に加担してたじゃないか!
「だ、だって、いきなり馬車に乗せられて、もう誘拐されるのは嫌だよ。孤児院に帰してよ!」
「……お前は、神父からなにも聞いてないのか?しかもロリコンだと、俺がか?」
『ぷっ!』
目の前の魔導師が疲れたように顔を片手で覆い、座席にドサッと座る。黒猫は堪えられないようにふき出している。
「笑いすぎですよ」
『いや、お前がロリコン呼ばわりされる日がくるとはな。まあ、彼女はあんな目にあったばかりだ。仕方ないだろう』
魔導師が黒猫の言葉に大きなため息をつき、指の間から紺色の瞳でぎろりと睨まれる。その視線の鋭さにビクッと体が震える。
「ち、違うの?」
「違う。ライゼガング侯爵からは?」
私はなにも聞いてないとふるふる首をふると、さらに深くため息をつかれる。
「そうだな。説明しなかった俺も悪い」
顔を上げた魔導師に、私も投げられて倒れたままだった体を持ち上げて座り直す。
「お前は、辺境伯ロッドフォード侯爵家に養子に出された。喜べ、今日から貴族だ。姓はロッドフォードを名乗れ」
「ああ、なんだ養子ねって!えーーー!!」
私が驚きで大声を出しながらもう一度立ちあがると、目の前の男は心底うるさそうに耳を手でふさぎ顔を歪める。
「うるさい」
『ラウル、説明が下手すぎる』
「……ライゼガング侯爵の温情だ」
ライゼガング侯爵様は確かに困らないようにしてくれるとかなんとか言ってたけど……
「確かに侯爵様は私が困らないように手筈は整えているって、それが養子?なんで貴族に?えっ、貴族ってそんな簡単になれるの?えっ!?」
『だいぶ混乱してるぞ』
驚きを通り越して、呆然となり倒れるように座ると柔らかい座面が支えてくれる。
「端的にいうと、お前を保護しなくてはならなくなった。孤児院にいられてはそれは不可能だ」
「保護?」
「ああ。お前は人身売買組織に関わった。それに加えて孤児なのに魔……」
ーーガッタンと馬車が急に止まる。
魔導師が振り返る姿に、なにげなくその視線の先を追う。
どうやら後ろから誰か人が来たらしい。御者が声をかけられたようだった。馬に乗った二人組が見えるが暗闇なのではっきりとした姿は見えない。
横の窓を覗くと、話に夢中になってたのもあり孤児院のある田舎町の景色から、いつの間にか山中へと景色が変わっていた。山を越えるのだろうか、横の窓から切り立った険しい崖が見える。道幅は十分にあるが、崖下は真っ暗でどうなっているのか見えないほどの高さに怖くなって、そっと山側へと座席を移動する。
さすがリアルファンタジー、こんな崖を馬車で走るなんて今回で最後にしてほしい。
というか私はどこに向かっているのだろう?養子先の辺境伯のところなのだろうが情報が曖昧すぎて大混乱だ。
「俺の馬車を止めるとは、そうとうお偉い方のようだ」
魔導師が眉間に皺を寄せ不機嫌なのを隠しもせず、立ち上がり扉を開く。御者と少し言葉を交わし、指示を出すと同時に鞭を振るわれた馬が嘶きいきなりスピードを上げ走り出す。
「ふぎゃっ!」
急いでいるためガッタンガッタンと馬車が揺れ、準備してなかった私はしこたま体を座席に打ちつけられる。座面はふかふかだが、痩せて骨が出ているためか打ちつけたところが地味にじんじん痛む。黒猫は勢い余って私のところまで飛んできて、なんとか受け止めることができた。
「舌を噛まないように気をつけろ」
「『遅い!!』」
魔導師は平然と座っている。神経質そうに眉間に皺を寄せ横の窓を見つめながらなにか考えこんでるようだった。とりあえず、黒猫を片手で抱いて、心もとないが窓についてるカーテンを掴みなんとか体制を維持する。
……が車輪が石を踏み強い揺れが起こるたびに体が跳ねる。
『誰だ?』
「さあ?でも用があるのは、その子でしょうね。追ってくる二人は一般人を装ってますが魔術師です。魔力がだだ漏れでした。隠す気もないのか、隠せないほど焦っているのか」
「わ、わたし?」
魔導師は頷いて肯定してから、また後ろを振り返る。
「砦の口封じなのか……」
『それでは理由が乏しすぎるだろう。こんな子供を必死に追いかけ回すか?』
「そうだな。例えば誘拐されたときに、その特徴ある容姿に興味がわいた人物がいるのか……、他にも事件直後に貴族から急な養子の申し出があったそうです。名を明かさなかったので断ったようですが。それで養子先の辺境伯のところへ行ってからでは手が出せないとふんだんでしょう」
『なるほどな』
本人を無視して一人と一匹の会話は進んでいく。
私の容姿? ん? そんなに特徴的かな?
顔をペタペタ触ってると黒猫が私の顔をじっと見上げてくる。
馬車もスピードを出しているが限界にきたのか、馬に乗った二人組に追いつかれそうになる。馬二頭で馬車プラス人間四人ではスピードの差は歴然だった。
しかも急に後ろが明るくなったと思ったら、二人が手のひらに炎を出している。もう魔術師だということを隠す気もなくなったらしい。
ま、まさか、炎を馬車に当てようなんてしてるんじゃないでしょうね?
『脅しか?止まらなければ強行手段に出るつもりだな。殺しては、元も子もないだろうに』
「多少、怪我をしていた方が運びやすいってことですかね」
なんだろう、一人と一匹でものすごく恐ろしいことを平然と言ってるんだけど怖いと思う私の感覚がおかしいの?
緊迫した空気に私が一人震えていると、威嚇なのか窓の外を炎の玉が横切っていく。チッと舌打ちし魔導師がフードを被り杖を持って立ち上がる。
『どうするんだ?』
「俺が対処しますよ。このままでは埒があかない」
対処するという言葉を発した直後、ドアを開けて魔導師は馬車から軽々と飛び降りて、ふわりと砂埃を巻きあげて地面に着地する。
「さて賊に落ちた魔術師の魔力はどれほどか。俺を退屈させるなよ」
馬に乗った二人組に向かって杖を構えると、二人組は危険を察知したのか手綱を引いて馬を止める。
その間に私達を乗せた馬車は主のことなど気にせずスピードをあげて走り去る。
「ねえねえ、置いてちゃっていいの!?」
私は後ろの座席にかじりつき、窓を覗き叫ぶ。
『ラウルなら心配いらない。それよりも自分の心配をしろ』
「えっ?」
『くるぞ!』
ほんの一瞬だった窓から目を離した隙に、馬車全体に強い衝撃が走る。
「きゃあ!!」
今度は床に叩きつけられる。なんとか起き上がろうとするが、馬車が異常なほど揺れ始める。
激しい揺れに起き上がれず床に這いつくばるのが精一杯だった。
「なにが起こってるの!?」
黒猫は器用に前座席から後ろ座席へ、時には背面を蹴り飛び跳ねながら、衝撃に叩きつけられないように対処している。
『くそっ! 車輪がやられたな……、落ちるぞ!』
この場所で落ちるって、その意味はきっと……
どうしたら助かるのか正解の答えがわからず、私は動くことすらかなわなかった。
最後にもう一度馬車が大きく揺れ、急な浮遊感に襲われる。きっと、あの二人組の炎に車輪が攻撃されたのだろう、自由を失った馬車が崖から落ちたのだと気付いたのはそのすぐ後だった。
あっと思ったときには、意識が途切れてしまっていた。




