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20. 私達の繋がる想い

 もう何日経ったのだろう…

 どこかの城に連れてこられ閉じ込められ、ウルに会えなくなって何日経ったのだろう。


 最初はウルの元へ帰りたくて抵抗したが何度も力で抑えつけられ、気力も失った。逃げ出すために魔力(ちから)を使ったが、それさえも結界とやらを張られ抑えこまれている。

 今は無意味に広いベッドに背を預け、ただ床にだらしなく座っている。

 最初は高価な物が並ぶ豪華な部屋だったが、カーテンは破れランプも初日に叩き割り、テーブルや椅子が転がり見る影もない。破けたカーテンの隙間からもれる光で夜か朝か判断できるくらいだ。外を見ればどこにいるのかわかるかもしれないが、どうせ部屋から出られない、それすらも面倒だった。

 毎日、誰かが入ってきて何かうるさいことを言ってきたが全部無視した。父親が貴族だとか、このままでは幽閉されるとか、全部どうでもいいことだ。

 それよりもウルが心配だ。拐われたウルを助けたとき、体中傷だらけでとても痛そうだった。孤児院へ帰れたのだろか?エインズワース先生が診てくれているだろうか?

 早く帰らなきゃいけないのに、できなくて歯痒い。悔しさから力加減を考えず拳を固く握りしめると、掌から血が滴った。


 不意に鍵の外れる音が響き扉が開くと、密封されていた部屋の空気が動く。顔を上げるとランプを持ち、黒いローブで体を包みフードを目深に被った背の高い男が現れた。


「派手にやってるな」


 覚えのある声と姿で砦で自分を捕らえた魔導師だとわかった。なぜか足下には、ウルが危険に晒されているときに、自分の前に必ず現れる黒猫がいた。


「何しにきた」


 魔力をこめ睨みつけると、鼻で笑われ近づいてくる。黒猫は壊れた家具を器用に跳ねながら避けている。

 男は自分の目の前にある邪魔なものを横に蹴りながら歩いてくる。そのたびに派手な物音がするが気にしていないようだ。


「我が儘なガキを説得しろと言われてな。面倒だが来てやった」


 魔導師が目の前に立つと上から見下ろしてくる。話すことはないと顔を背けると、屈んで髪を掴まれ無理矢理、視線がぶつかる。


「くっ、離せ…!」

「今までは侯爵家の息子ということで優遇されていたが、お前の立場はだいぶ悪くなっている。お前、砦以外でも魔力(ちから)を使っていただろう?侯爵が抑えているが、このままでは本当に幽閉、最悪処分されるぞ」

「侯爵の息子とかわけわからないこと言うな!家族はウルリーカだけだ!…親なんかいない」

「ウルリーカ?ああ、あの生意気なガキか… 孤児院で共に育った絆だけで繋がる兄妹か。物語なら美しい…、が所詮子供のままごとだ。お前もわかってるだろう、そんなものうわべだけで何も役にたたないと。現実(いま)、助かるためには誰に頼るべきなのか?誰を切り捨てるべきか」


 ウルを馬鹿にされ、自分達のことを何も知らない男のからかいと侮辱する声に頭にカッと血がのぼる。


「黙れ!!」


 頭を押さえつけているために、がらあきの男の顔を力任せに殴りかかる。拳が届く前に男は素早く避け、腹を蹴り上げられる。体は横に飛び壊れた家具にあたり、派手な音と共に床に転がった。


「ぐっ…」

「暴力はあまり好きじゃないんだが、しつけるには手っ取り早い」

『おい、加減しろよ』

「わかってますよ」


 もう一人、誰かわからない声が聞こえる。蹴られた痛みで起きあがれず確認することができなかった。

 ゆっくりと足音が近づいてくる。顔の近くで男の黒いブーツが止まる。


「その大切な妹やらが、このままで済むと思っているのか」


 顔を持ち上げ、男の顔をみるがフードの影で表情が見えない。


「お前が砦で廃人同然にしたのは10人だ。一人だけ逃げたようだが、そいつらから人身売買に加担してる貴族をあぶり出す予定だった。お前が全て計画を台無しにした。そのために、どれだけの期間と人を費やしたと思う?上はお冠だ」

「そんなもの俺には関係ない…、ウルを助けるためにはそうするしかなかった」

「関係ないか…、砦にいたのは下っ端だが、貴族(くろまく)は上手く逃げおおせた。お前は保護されているが、あの場に一緒にいた妹はどうなると思う?孤児なんて誰も助けてくれない」

「俺が守る…、お前には関係ない!」

「この状況でどうやって?俺にすらかなわないお前が?ただ、やみくもに魔力を撒き散らし廃人を作ることしかできないお前がか?逃げたって金もない後ろ楯もない孤児なんて共倒れするのがおちだな。愛しい妹と共に殺されて終わりだ」


「……絶対に行かない。親なんていない」


 頭上から、しごく面倒そうな溜め息が聞こえる。


「俺はお前らが、どうなろうと知ったことじゃないがな。ライゼガング侯爵は力のある貴族だ。お前が侯爵家に来るなら今までの罪もなかったことにできるそうだ。ウルリーカに後見人をつけ安全の保証もすると言っている。お前の根拠のない守るよりも現実的だろう。お前達はまだ子供だ。庇護される元へ行け」


 男は言いたいことだけ言うと踵を返し、黒猫とともに扉から出ていってしまう。

 もう起きあがる気力もなかった。ただ悔しくて床に爪をたてるが自分の指の腹に血がにじむだけで、何の傷すらつけられないことにお前は無力だと言われているような気がして惨めだった。


『僕がウルから離れることはないし、ウルが僕を不幸にすることなんて絶対にない』


 教会で、俺を不幸にしてしまうと泣きじゃくったウルから離れないと約束したのに。自分を人間にしてくれたウルの笑顔を守りたいだけなのに。

 どれを選択しても一緒に笑いあえる未来が見えない。

 側にいることすらできなくなった自分が悔しくて誰かの力を借りなければ女の子一人守れない自分の不甲斐なさに、声を殺して泣いた……


「これで満足ですか?」

『ああ…、あの二人を徹底的に離せ』

「詳しいことは聞きませんが、あの子供を使って何をするんですか?」

『さあ?』

「だんまりですか。まあ別にいいですけど」


 鍵の閉まる無機質な音が廊下に響き、魔導師と黒猫が物音がしなくなった部屋を後にした。




『ウルちゃん、じょうずになったねー』

『あら、ほんと。形になってきてるじゃない』

『完成が楽しみですね』


 お兄ちゃんとエイミーがいなくなってから、裏庭で過ごす時間が長くなった。今日も木にもたれ掛かり、お兄ちゃんにプレゼントするハンカチに丁寧な刺繍を施していく。私に気を使ってか、必ずアンとドゥが側にいてくれる。まあ、トロワはね…


「そうでしょう?失敗できないからね」


トロワが右肩に乗り手元を覗きこんでくる。


『いつプレゼントするの?』

『こ、こら、トロワ!』


 無邪気な問いかけに、アンが慌てている。

 

「気にしなくても大丈夫だよ。アン」


 刺繍途中のハンカチを膝におき、トロワの喉を撫でると気持ち良さそうに羽を震わせている。


「…もう少しでお兄ちゃんの14歳の誕生日なんだ」

『あれ?そうでしたっけ?15歳の間違いじゃないですか?誕生日はウルリーカと孤児院に預けられた日ですよね。雪が降る寒い日だったって言ってましたよね』


 ドゥが膝に乗り、不思議そうに首を傾げている。


「ううん、違ったの。この間ね、お兄ちゃんのお父さんに会ったの。色々教えてくれたんだ」


 左肩に乗ったアンとドゥが顔を見合わせ驚いている。トロワは飛んできた蝶々を追いかけて、どこかへいってしまった。


「一週間後に14歳の誕生日なんだって。その時に会わせてもらえるの。だから、それまでに完成させないと」


 なんでもないようにハンカチを取り刺繍を再開する。


『そうなの…』

『喜んでもらえるといいですね…』


「……うん」


 私の拙い言葉で何かを察して、それ以上喋ることもなく日が陰るまで、アンとドゥは側に寄り添ってくれていた。


 もうすぐ、お兄ちゃんとお別れの時が迫っていた…










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