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19. 私の決意

 私は馬車に揺られて、とある貴族の住まうお屋敷へと向かっていた。隣にはエインズワース先生が座り、顔色の悪い私を気にして声をかけてくれるが耳を素通りして空返事を繰り返している。

 乗っている馬車は、その貴族が用意してくれたものでシンプルだが乗り心地も良く、座面やクッション、内装も品が良く高級な素材が使われているのがわかる。孤児のウルリーカが、一生かかっても乗ることはなかったであろうものだ。着ている服もいつもの着古したシンプルなワンピースではない。深緑の上品な光沢のある生地に袖や裾に繊細なフリルがあしらわれ、腰回りも可愛らしいリボンで絞られている一級品のワンピースだ。足をぷらぷらさせると真っ白な靴下と艶々に磨かれた黒い靴が輝いている。

 現実逃避するため外を眺めると見慣れている田舎町の風景はなくなり、徐々に道は補整され大きな建物が多くなり街の外観も賑やかになっていく。


 とうとうこの時が来てしまった…


 遡ること数日前、私は神父様の仕事部屋へと呼び出されていた。エインズワース先生もいて三人でくたびれたソファに座り向かい合っていた。呼び出された時点でお兄ちゃんの話だろうと予想はついていた。神父様が気まずそうに、柄にもない紅茶を啜っている。私には暖かいミルクが出されたが飲む気になれなかった。沈黙に業を煮やして言葉を発したのはエインズワース先生だった。


「ウルリーカ、今日呼び出したのは」

「おい!いきなり話すのか?」


 本題を話し出そうとするとエインズワース先生を神父様が慌てて制する。


「世間話するためにウルリーカを呼び出したんじゃないでしょう?」

「だからってなあ」

「ウルリーカは賢い子なんですよ。単刀直入に…」

「物事には順序ってもんがあるだろう?」

「その煮え切らない態度で、何度も失敗してるのを忘れたんですか?」

「なっ!?それとこれとは関係ないだろう!」

「いえ、今日という今日は言わせてもらいますがね…」


「…お兄ちゃんのことでしょう?」


 言い争いになりそうな雰囲気になったので、堪えきれず口を出した。この二人は止めないと永遠に、口論を続けるのだ。本当に仲が良い。


「わかってるよ。私は大丈夫だよ神父様」

「子供に気を使わせて」


 エインズワース先生が神父様を睨むと、肩をすくめて渋々話し出す。


「あー、そうだ、アシルのことで話があるんだ。ずっと喋れなくて悪かったな」


 私が気にしないでと首をふると、どう伝えようか迷っているのかあー、うーと唸りながらエインズワース先生に頼むと一言呟いた。


「まったく…、ウルリーカ、アシルは今、私達の住んでいる領地を治めている辺境伯爵の城にいます。ウルリーカは見たようですがアシルが魔力持ちだということがわかり、危険な魔法を使用したことで拘束されてます。拘束といっても牢屋に入れられてるわけではなく待遇も良いそうです」


「良かった…」


 私がほっと胸を撫で下ろすとエインズワース先生が少し微笑んで話を続ける。


「ここから本題なんですが、ウルリーカ、一般的に庶民は魔力を持たないのは知ってますね」

「はい。稀にいるけど弱いものだと本で読みました」

「そうです。けれどアシルは違いました。貴族が持つ魔力というものは、それぞれの家系で特徴を持ちます。血によって受け継がれるので全ての魔法が使えるわけではないのです」

「そうなんだ…」

「アシルが持つ魔力は、ある一つの家系の血族でなければ現れない稀少なものだとわかったんです。それが意味することは…、それは」 


 今まで雄弁に語っていたエインズワース先生が言葉をつまらせる。神父様は心配そうに私の表情をうかがっている。


「お兄ちゃんが貴族で、家族が見つかったってことでしょう?」


 この時がくるのを予想して覚悟していたのに、私の瞳からポロリと涙がこぼれる。私の涙に動揺して神父様が腰を浮かせる。エインズワース先生が苦しそうに一つ息を吐き真剣に見つめてくる。


「そうです。ライゼガング侯爵家の直系だそうです」

 

 両手をぎゅっと握りしめて泣かないように下を向く。神父様が慰めようと手をのばしてくるのを無視した。優しくされたら涙が止まらなくなるから。


「もうお兄ちゃんは帰ってこないの?会えないの?」

「それはわかりません。ただ」

「ただ?」

「父親のライゼガング侯爵様が、理由はわかりませんがウルリーカに会いたいそうです」


 私が顔上げ、すがるようにエインズワース先生を見る。


「お兄ちゃんに会わせてくれるの?」

「それは保証できませんが、会える確率は高くなると思います。たぶん拒否すれば永遠に会えなくなるかもしれません。どうしますか?」


 自分のなかで、これからどうするのかもう決めていた。あとは覚悟を決めるだけだ。


「会う!会います!」

「そうですか。そのように手配しましょう」


 神父様とエインズワース先生が安堵の表情をしていた。誰かが孤児院に寄付をしてくれたらしい、そんな噂を聞いた。有無を言わせない貴族の申し出を断るなんて庶民にはできない。それでも私に決定権を委ねてくれたことに感謝したい。

 お兄ちゃんのお父さんに、どんな思惑があって私と会おうとしてるのかわからなかったが、ただお兄ちゃんに会いたい、その一心だった。

 承諾すると、すぐに日程とともに丁寧な手紙と洋服一式が届いた。感謝の気持ちだそうだ。


 ライゼガング侯爵に会う場所は辺境伯爵の縁故の邸宅ということになった。お兄ちゃんに会うためには、ライゼガング侯爵に会うことが条件だ。喜ぶべきことなのに、その先に起こることが予想できるだけに先伸ばしにしたい、それが本音だった。無情にも時は一瞬で過ぎ、貴族の邸宅についてしまった。


「これが…」


 窓に手をつき、初めて貴族の邸宅というものを見た。大きく真っ白な邸に同じ色の高い塀が囲んでいる。豪華な門を馬車が通り過ぎていく。色とりどりの花が咲き乱れる庭園を通りすぎると正面玄関で馬車が止まる。

 出迎えの使用人がずらりと並び、御者が扉を開けるとエインズワース先生が平然と先に降りる。私の身長では馬車を降りるのは高すぎて、エインズワース先生がスッと手を伸ばしエスコートしてくれた。手慣れた様子にエインズワース先生の育ちの良さを感じた。神父様が付き添いを断固拒否したのがわかる。気圧されながら地面に足がつくと一斉に使用人たちが頭を下げる。突然のことにビクッと肩が跳ね上がりエインズワース先生に笑われた。もう、そこからは緊張で記憶がなかった。この邸宅の主であろう不遜な貴族に挨拶をして、気づけば応接間に通され椅子に座っていた。隣にいるエインズワース先生は物珍しげにキョロキョロする私を注意せず、この邸宅の初老の侍従は小動物を見るような眼差しで暖かい紅茶をすすめてくれた。


 ほどなくしてノックの音が室内に響く。教えてもらった通りにエインズワース先生に合わせて立ち上がり入室者を迎える。

 入ってきたのは髪に白いものが混じっているがお兄ちゃんと同じ髪色で、背が高く姿勢の良い紳士だった。目が合うと息を止めてしまうほど、お兄ちゃんにそっくりだったのだ。髪も瞳の色も同じ、顔立ちはお兄ちゃんより柔らかさがあるが、皺が少しある目元はお兄ちゃんそのものだった。時が止まったように動けなかった。

 紳士はエインズワース先生と挨拶を交わし、すぐに私の方に向き直った。


「ライゼガング侯爵様、この子がウルリーカです。ウルリーカご挨拶を」


 エインズワース先生が背中を押してくれて、お兄ちゃんのお父さん、ライゼガング伯爵と対面する。私は挨拶をと言われたのを忘れてポツリと呟いてしまう。


「お兄ちゃんにそっくり…」

「う、ウルリーカ!?」


 エインズワース先生が焦って私に声をかけてくる。何度も挨拶を練習したのに頭からすっかりぬけてしまった。

 私の無礼にライゼガング侯爵は、嬉しそうに目を細めてくれる。


「そんなにそっくりかい?」

「はい……って、ああそうだ!お初にお目にかかります。ウルリーカと申します。ご招待ありがとうございます」


 慌ててカーテシーをとって挨拶をする。


「呼び出したのはこちらだ。気楽にしてもらってかまわない。初めまして、私はアンベール・ライゼガングだ。爵位は侯爵を賜っている。さあ堅苦しいのは終わりだ。座ってくれ」


 侯爵に促されエインズワース先生とともに椅子に座る。目の前のエインズワース先生と談笑する侯爵から目が離せない。


 ああ、お兄ちゃんと私は家族ではない。侯爵を見るたびに現実を突きつけられる。


「さて」


 侯爵が一息ついて侍従に目配せすると、侍従と数人の使用人は部屋を出ていってしまう。


「エインズワース殿もいいだろうか?あまり他人に聞かせられる話ではないのでね」

「しかし…」


 エインズワース先生が心配そうに私をちらりと見る。


「エインズワース先生。私は大丈夫です」


 エインズワース先生の目を見て大丈夫だと頷く。エインズワース先生は席をたち、何度か振り返りながら部屋を出ていった。アシルが庶子だと小説では語られていたが、愛人の子供なんて貴族には醜聞でしかない。


「アシルと私が似ていると言ったね」

「はい。髪も瞳もそっくりで驚きました」

「そうか、実際、私はアシルに会えていないんだ」

「えっ!」


 私が驚くと、侯爵が苦笑いをする。


「会ってもらえないが正解だな。面会に行っても拒絶されているんだ。自分の家族はウルリーカだけと言ってきかないそうだ」

「……ごめんなさい」


 嬉しい反面、実の父親の前に申し訳なくなってしまう。


「いや、嫌われて当然だな。私は彼を守れなかったからな。私と妻の間にはなかなか跡継ぎが産まれなくてね。この国の貴族は血を重んじる。特に私の家系は稀少な魔力を持つため跡継ぎをつくるのは必須だった。君のような子供に話すことではないが、愛人を作り跡継ぎを産ませることにしたんだ。しかも産まれた子を取り上げるつもりだった…、酷い話だろう?」


 なんと答えていいのかわからず、私は必死に首をふる。私は貴族ではないから、その重責など想像もつかないが、きっと命令に近いものなのだろうと苦しそうに眉をひそめる侯爵からわかる。


「結局、愛人との間には子供は産まれなくて、妻が妊娠をしたんだ。その子がアシルだ。元気に産まれてきた日には神に夫婦で感謝したほどだ。だが愛人を粗末にしすぎたのが原因で、激怒した彼女がアシルを拐ったんだ。産まれた日にだ。必死に探しても見つけられなかった。妻も気を病んでアシルを心配しながら儚くなってしまった。全部私のせいだ」


 侯爵が机の上で組んでいる手を色が変わるほど握りしめる。冷静な声音だが、計り知れない悲しみと後悔が感じられた。

 そっか、お兄ちゃんは庶子じゃなかったんだ…

 語られる真実にお兄ちゃんが与えられるはずだった幸せに胸が痛む。


「アシルを私の家に連れて帰りたい。亡くなった妻を安心させてあげたいんだ。事件のことは聞いている。私が彼を教育するということで許しは得た。しかし…、私のもとにこなければ、彼は一生幽閉されることが決まっている」


 ライゼガング侯爵が私に会いたいと言った理由がわかったような気がした。


「……私がお兄ちゃんを説得すればいいんですね」


 お兄ちゃんにそっくりな顔で、私の真意を探るにように顔を上げる。


「実の父親が、こんなことを君に頼むのはおかしいと思っている。しかし私では彼を説得できない。君とアシルが兄妹のように育ったのは聞いている。力を貸してほしい」


 身分の低い私に貴族として命令すればすむことなのに、侯爵は父親として私に助けてほしいと言える優しい人だ。

 アシルはこの人のそばにいるべきだ。アンベール・ライゼガング侯爵が家族なんだ。冷静にストンと胸に落ちた。

 この現実に私が駄々をこねたり、嫌だって言ってもどうにもならない。そんなことをしたら、お兄ちゃんに二度と会えなくなる。この先どちらを選んでも会えなくなるのは確実だが、だったらお兄ちゃんにとって明るい未来を選んであげたい。


 今度は私がお兄ちゃんを助ける番だ。


「私はお兄ちゃんに、たくさん幸せにしてもらいました。孤児の私に家族というものを教えてくれました。今度は私が恩返しする番だと思っています」

「こんな話をするのを悩んだが、君が聡明な子で良かった。アシルが家族だと大事にしているのがわかる。今までアシルの側にいてくれてありがとう」


 侯爵が私の手を取り、ありがとうと頭を下げる。大人の男の人が涙を流すのを初めて見た。この人なら、お兄ちゃんを幸せにしてくれる。


 帰りの馬車では、ただ目を瞑っていた。侯爵から話を聞いたのだろう。エインズワース先生は何も聞かず隣に座り孤児院に着くまでの間、寄りかかる私に体を貸してくれた。


 




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