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12. 私が知らなかった彼の姿


「…どうして、こうなった?」


 教会と孤児院には通りとの境を遮断し、周りを取り囲むように塀があるのだが、建物自体が古く石壁のため所々崩れて決壊している。小さな子供達が、よく通り抜けをして遊んでいるのを見かけていた。

 わたくし、ウルリーカはただ今、その小さな塀の欠けた穴にはまっている。教会の前にある通りにうつ伏せで上半身だけ出ているという間抜けな格好で。

 前に進もうにもお尻が引っかかって抜けず、押して駄目なら引いてみろで戻ろうとしてみたが、洋服が引き裂けるどころが内蔵が持ってかれそうなほどの痛みが走る。前進できたのに後退できない、この不思議。


 教会のある場所は小高い丘の上であり、街を一望できてすごく眺めがいい場所に孤児院とともにポツンと建っている。何が言いたいかというと、教会に用がある人しかこの通りを通らず、辺りを見渡してもひとっ子一人いないということ。裏庭だったらトロワ達がいるけれど、ここには表通りだから絶望的な状態である。しかも私の下半身が出ている塀の前には伸びきった植木があり、私をうまく隠してくれていた。誰にも発見されず、日だけがどんどん落ちて行く。

 絶対絶命のピンチ!これでは早々に途中退場になりかねない…


「誰かー…誰か助けてよー!!」


 私の叫び声だけが空しく通りに響いたのだった。


 遡ること、数十分前?いや数時間前?あらぬ疑いをかけられ、ナターリアの旦那と対峙すべく出ていった、お兄ちゃんを助けるため、私も外へ飛び出した。もちろん、こんなチビが大人に敵うわけないので、神父様を呼んでもらうように頼んでおいた。到着するまで、どのくらいかかるのかわからない。なんとか大事にならないようにしなくてはと考えていた。

 二人を見つけたのは孤児院の門の前、小さな子供達がいるので、怖がらせないように通りに出たようだった。見つからないように、用心深く門に半分隠れるようにして様子を伺う。


「でかっ…」


 ナターリアの旦那という奴は、あの手で繊細で綺麗なお菓子が作れるのか疑うほど熊のようにでかい強面のおじさんだった。

 遠目で見ても顔を真っ赤にさせて、お兄ちゃんを罵っている姿は足がすくむほど恐ろしい。けれどお兄ちゃんは表情も変えず冷静に話を聞いてるだけで、怯えている様子もなく通常運転のように見える。終いには面倒くさそうにため息までついてしまった。その態度に、私の方がハラハラしてしまう。

 妻可愛さに冷静をかいてるナターリアの旦那が馬鹿にされたと思ったのか憤怒というか鬼の形相に変わる。

 顔色は赤というか、赤黒くなっている。もう人じゃないと思う。

 冷静に考えれば、お前の妻を怒れよ、14才にちょっかいかけてんだからと思うがなにぶん脳筋なのだろう。考えるより、まず直情型の行動タイプのように見える。

 こうなると感情に任せて次に出る行動は…


「暴力!?どうしよう、どうしよう?」


 私がどうしようかオロオロしていると、考えるより早いかナターリアの旦那がお兄ちゃんの胸ぐらを掴んだ。神父様を待っている暇はなくなった。いくら体の大きめなお兄ちゃんでも、殴られたら怪我しちゃう。

 私は慌てて仲裁に入ろうかとも考えたが、今の私は10歳児、敵うわけがない。むしろ被害を甚大にする可能性もある。

 ならばと前が駄目なら後ろからだと考えついた。不意打ちを食らわせれば逃げる隙位は作れるだろう。庭に落ちている少し大きめの木の棒を持ち、数日前に見つけた塀の穴をくぐれば、敵の背中へまわれる。

 少し穴が小さいかなと思ったが、通り抜けて遊んでいる子供達もいるし考えている暇はないと、木の棒を先に通りに放り投げ匍匐前進で進む。上半身が出たところで、二人を確認するとナターリアの旦那が拳を握ったところだった。

 やばい!と慌てて飛び出そうとした瞬間、お尻がはまり前のめりにビターンと効果音が出そうなほど、顔を地面に強打した。


「いったーい!!」


 うえ~口に土が入った。って、や、やばい。痛がってる場合じゃない。急がないとと焦るが、どうにもこうにもお尻が抜けない。お腹を引っ込めようが、暴れようがそこから先に進めないのだ。

 そうこうしているうちに、お兄ちゃんへ拳が振り上げられる。

 もうダメだ!っと見ていられなくて地面に顔を伏せたが、いつまでたっても人が殴られる音も誰かが倒れる音も聞こえない。むしろ、無音。

 最悪の状況を想定して恐る恐る顔を上げると、ナターリアの旦那は拳を上げたまま固まっている。お兄ちゃんは怯えるでもなく、その顔を無表情にただ見つめていた。

 ゆっくりと拳が下げられ、胸ぐらを掴んでいる手も離される。

 どうしたんだろう?話し合いで解決できたのだろうか?でも話し合いなんて通じる相手じゃないし、それならそもそも孤児院に乗りこんできたりなんか来ないだろう。

 そんなことを塀にはまりながら考えていると、ナターリアの旦那はくるりと、お兄ちゃんに背を向けて歩いてくる。

 や、やばい。こんな塀から顔を出している私を見つけたら、何をされるか! 苛ついて蹴飛ばすくらいはされそうだ。私は、サッカーボールではないのでごめん被る!

 慌てて後ろに引き返そうとしたのだが…


「いた、痛い!!」


 見事に体がはまっているのか、戻ることも出来なかった。

 靴音が徐々に近づいてくる。目の前に靴の先が見えたときに恐る恐る顔を上げると、私の存在なんかに気付いてもいないナターリアの旦那が空中を虚ろな目で見ながら、ぶつぶつと何か喋りながら過ぎていく。あの鬼の形相が嘘かのように魂が抜けた顔をしている。

 お兄ちゃんは何事もなかったかのように孤児院へと戻っていった。


「へっ?何が起こったの?」


 よくわからないけど解決したのか?結局、なんの役にもたたなかったな。

アシルの物語はシリアスのお涙頂戴ものなのに、なぜか私が関わると周辺はシリアスどころか、コメディータッチになってしまう。

 今だって、塀にはまって、はま…


「って、私はどうやって、ここから脱出するんだ!?お兄ちゃんー?」


 お兄ちゃんを呼んでも返答はなく、冒頭へと戻るわけだが。


「うおー!」


 ジタバタもがいてみるが、ビリっと服の破ける音しかしなかった。やばい、破けた。いやいや、ウルリーカ冷静になれ!遭難したときは、動かず助けを待てと言うじゃないか。その前に、これは遭難なのか?

 一人ではどうにもできなくて、地面に顔を伏せて泣いているとツンツンと肩を叩かれる。

 はっ、救助かと顔を上げると、真っ黒な肉球で私をつついている一匹の黒猫がいた。


『なんだ、生きていたのか』

「黒猫ちゃん!」


 この艶やかな黒毛と緑の石のついた首輪をしている猫は、最近、孤児院をうろうろしているトロワお気に入りの黒猫ちゃんだ。


「黒猫ちゃん、いいところに!誰か呼んできて!」

『はっ?』


 黒猫は、意味がわからないと訝しげに顔を歪め、首を捻っている。


「見てわからない?ここから出れないの助けて!」

『はっ?』


 一瞬、呆けた顔をしていたが、私の姿を見て合点がいったのか顔を横に背けて、ブフッという声と共に体がプルプルと震えている。


「…笑わないで」

『いや、失礼。なんでも後ろ向きに考えず経験するものだな。世の中には色々な人がいることがしれてよかっ…ブフフ』


 ぶわーっと自分の顔の熱が上がっていくのがわかる。


「そんなことよりも早く誰か呼んできて!」


 黒猫は思う存分笑って落ち着くと、背筋を伸ばし上から見下ろしてくる。その姿は洗練されており気品に満ち溢れてって、なんかとても偉そうだ。


『それが人にものを頼む態度か?』

「ぐっ…な、なにを」

「人にものを頼むときはどうするのだ。そんなことも教えてくれないのか、孤児院(ここ)は?」

「…イジワル」

『口の聞き方を知らないようだな。では…』


 黒猫は立ち上がり未練もなく、ひらりと私に背を向け立ち去ろうとしている。


「ちょっ、ちょっと待った!」

『…』


 猫の流し目が、私に降参しろと促してくる。

 もしかしたらお兄ちゃんは私がいなくなったことに気付いて探しに来てくれるかもしれない。し、しかしだ。体がもう限界だった。お腹がなんか痛い、というかトイレに行きたい。このままでは末代までの恥をさらしてしまう。物語的に完全アウトだ。

 屈服するしかないのか。そうだ、全て穴にはまった私が悪いのだ。そう黒猫は私を助けてくれる勇者なのだ。

 人にものを頼むときは、お兄ちゃんに教わったじゃないか。

 大人になるんだウルリーカ。相手は小さな動物じゃないか。


「…お願いします。助けてください」

『うむ。仕方ない』


 悔しくて地面をバンバン叩いていると、ふんと鼻で笑われた。く、屈辱、私は地面に突っ伏した。裏庭で見かけていた時は、大人しい可愛い猫ちゃんだなって思ってた自分を殴りたい。


 黒猫は私の頭で揺れているリボンを、口で引っ張り取ると、それを加えて颯爽と孤児院へと走っていった。

 そこからは早かった。神父様やお兄ちゃん達が駆けつけてくれて、壁を少し崩して私は無事に救出された。神父様には悪戯はほどほどになと苦笑いされて、お兄ちゃんには怒られた。理由を聞かれたけど、お兄ちゃんが心配で庭に出たけど誰もいなくて、そのまま遊んでたとしか言えなかった。

 ナターリアの旦那を追い返した場面を一部始終見てたわけだが、お兄ちゃんはその時の事を一言も口にしないし、なんだか気まずかった。見てはいけないものを見てしまった気がしたからだった。

 トイレに行って一通り落ち着いたころ、黒猫に、もう一度お礼をしようと思ったが、すでに姿はなかった。





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