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11. 私と事件の始まり

『なんか、最近ぼんやりしてるわよね』

『そうですね。前は忙しい、忙しいってバタバタ走り回ってたのに、最近は裏庭に何もしないで入り浸ってますね』

『ほら、そろそろ麗しのアシル様が帰ってくる時間よ!シャキッとしなさいな!』


「へっ?」


 頬へのペシッという痛みで、現実世界へと引き戻される。アンとドゥが私のぼんやり顔を見て、やれやれと首を振って地面に着地する。

 ああ、そうか午後は裏庭で本を読もうとしてたんだっけ。木の幹に背をあずけて本を広げたはいいが、この間の夜のことが、ちらついて集中できていなかった。本のページは開いたところで止まっていた。


『悩み事でもあるんですか?』

『ここ一週間、持ってくる食事の量も多いし、あんたちゃんと食べてんの?ただでさえ、いろんなとこがまっ(たいら)なのに、これ以上痩せてどうすんのよ』


 ドゥが心配そうに、私の膝に乗り顔を覗きこんでくる。


「そんなことないよ!!勉強、勉強!!」

『うわ!声でかっ!』

『耳がキーンとしてます』


 誤魔化すように、慌ててページをめくるが文字が目の前を滑っていくだけで、頭に入っていかない。

 あの夜から一週間たつが、シスター・ヘルマに一対一で会うのが怖くて、常に誰かと一緒に過ごすようになっていた。一人になると落ち着かなくて、自然と日中過ごす場所が裏庭になっていた。この際、人でも鳥でも誰かいてくれるだけで安心だった。

 それと同時にシスター・ヘルマも、思いつめたような表情をして考えこんでいる姿を見かけることが多くなった。いつもなら私を見つけると、嬉々として追いかけてくるのに、今は数秒見つめてくるだけで何も言わず立ち去ってしまう。ラッキーと喜ぶところだが後ろめたい気持ちがある分、不気味でしょうがない。エイミーも異変に気づきはじめ、変なものでも食べたんじゃないかと真剣に相談してきた。何かが起こってることはわかるのに、夜は一人で出歩くことを禁止されてしまって、エルマーにも会えないので解決する術もなかった。 


「やっぱり、あの夜からだよね。うーん…」


『質問の答えになってないですね』

『本が逆さまなのも気づかないなんて、相当おかしいわ』


 アンとドゥの呆れ声にも気づかず、本を逆さまに持ちページをペラペラめくる作業に没頭していた。


 どのくらい時間がたったのか、バサバサとトロワの慌てて飛んでくる羽音と声が裏庭に響いた。


『ウルちゃん!たいへんだよー!』


 緊急事態な雰囲気がでてるが、トロワの大変なんて、いつも大したことじゃないんだよな。

 私が左腕を差し出すと、いつも通り止まり上がる息を整えている。慌てるっていうか、嬉しくて興奮してる感じかな?


「もうトロワ、何処に行ってたの?勝手にうろちょろしてたら迷子になっちゃうからね」

『えー、だいじょうぶだよ。ネコちゃんとあそんでたんだ。オニごっこしてね!ってそうじゃなくてね、おみやげがスゴいんだよ!おにいちゃんがかえってきて、それでね、ウルちゃんがよろこぶとおもって…』


 トロワが、赤い羽をぶわっと膨らませて早口で色々な情報を捲し立ててくる。理解するのに困ってアンとドゥに視線を送る。


『アシルさんが、お土産を持って帰ってきたって言いたいみたいですよ。そのお土産が興奮するくらい、凄いみたいですね』

『その前に黒猫と会って遊んでたというか、追っかけまわしてたってところね。ネコちゃん、お気の毒様…』


 ウンウンとトロワが嬉しそうに頷いて、ぼく良い子でしょう?と目をキラキラ輝かせている。トロワの頭を撫でて、お兄ちゃんのところへ行こうと立ち上がると、今度はエイミーが同じように裏庭に乱入してくる。デジャブ…


「エイミー…」

「いたー!ちょ、ちょっと、アシルさんが帰ってきたんだけどね!とりあえず来て!」

「うわっ、えっ、何!」


 いいから、いいからと手をグイグイ引っぱられ、転びそうになりながら裏庭を後にした。嵐のような光景にアンとドゥがあっけにとられながら羽を振って見送っていた。

 素直についていくと食堂から賑やかな声が聞こえてくる。


「すごい、にぎやか」

「でしょ?」


 この時間に、みんなが食堂に集まるなんて珍しいなと首を傾げながら食堂へと入る。


「わーい。お菓子だ」

「クッキーもある!」

「ちぇっ、アシルばっかり。俺なんか、いつも鍛冶屋のおやじに散々こき使われるのに何もないんだぜ」


 お兄ちゃんを囲んで子供達の輪が出来ている。食堂では孤児院の子供達がお土産に興奮して、てんでんばらばらにおしゃべりしているため、かなり騒々しい。


「ねっ、すごいでしょ?」

「確かに」


 お兄ちゃんは基本、騒がしいことを好まないし、みんなの輪に加わることはない。子供達に囲まれる姿は、なかなか珍しい光景でエイミーと顔を見合わせてしまう。

 どうやって声をかけようか困っていると、輪の中心にいたお兄ちゃんが私達に気づき手招きをしてくれる。


「おかえりなさい。お兄ちゃん」

「ただいま」


 なんだかモヤモヤして、ここは私の場所だと主張するように思いっきり抱きつくと、当然のように抱っこをしてくれる。周りから、女の子達の冷たい目線を感じるが気にしない。

 どれどれと、トロワが興奮してたお土産は何だろうと、テーブルの上をのぞき込む。今日は熟しすぎた果物か?店に出せないクッキーかな?それともかったーい黒パン? 

 街の人が分けてくれるものは、お店に出せないものや良くて家庭菜園でなった御裾分け程度の野菜などだが、それでも孤児院の子供達には御馳走だった。

 子供達で分けてしまえば、一人分は極わずか。貰えるだけでありがたいことだが貧しさを知らない前世の生活を思い出すたび、悲しくなってしまう。この世界は弱者が生きるには、とても辛い。私が流行り病で生き残ったのは、とても運が良かったといえる。


「……」

「今日はね、先生の患者さんが孤児院の子供達へってお菓子をくれたんだ」


 机の上にひろがるのは孤児院ではお目にかかれない高級なお菓子だ。チョコレートに色とりどりのキャンディーにクッキーやケーキ。

 みんなは目をキラキラさせて喜んでいるが、私が感じたのは違和感だ。こんな綺麗なお菓子、前世でしか食べたことがない。

 お兄ちゃんはかっこいいから、ちょくちょくお土産をもらうけど、明らかにお情け程度にもらってくるものとは質も量も尋常ではない。

 街の人の中には孤児院に対して非寛容的な人も多いのだ。理不尽な対応や冷たい言葉をかけられることもある。もちろん優しい人も沢山いるんだけどね。

 だから、すごい違和感なんだ。このお菓子は私達をあまり良く思ってない高級店のものだし、こんな贅沢なものをくれる人なんて今までいなかった。


「ウルは何が食べたい?エイミーも遠慮しないで食べて」

「あ、ありがとうございます」


 エイミーも、見たことないお菓子にとまどいながら子供達の輪へと入っていく。


「…えっと、いつもよりすごいね」

「ああ、孤児院に病気をした妹がいるって言ったら分けてくれたんだよ」

「ええ!病気って私のこと?もう元気なのに」


 病気っていつの話だ。もう元気なのに!私の病み上がりネタは、そろそろ賞味期限切れもいいとこだ。私が抗議の声をあげると、お兄ちゃんは無表情で私の右腕に手を滑らせる。


「まだ細いままだ。体重戻ってないだろう?それに最近、食欲ないようだから」

「それは…」


 でも、それは一度痩せると貧乏孤児院の食事では戻りにくいからであって心配するほどのことではないと思うんだけど。確かに食欲は色々あって落ちていたけれど、理由なんて言えないし。


「最近、僕のせいで一緒にいてあげられないから心配なんだ」

「えっ?」

「僕がいない時にウルが、また病気になったらって」


 私を抱えている腕に力がこめられる。

 お兄ちゃんの綺麗な青色の瞳が少し陰ったような気がして、ヒヤッとする。自分の体調一つで闇落ちされては困る!


「ほ、ほら、見て!私は大丈夫だから、元気だから、」


 慌てて見て見てと、袖を捲り力こぶをつくる。しかし、10歳児の力こぶをの説得力のなさといったら。

 そんな力こぶでも、お兄ちゃんから微かに安堵の笑みがこぼれる。病気になってから過保護が加速しているとは感じていたが、これほどとは。

 私は大丈夫だよって、お兄ちゃんがいつもしてくれるように背中をポンポンする。


「ウルに慰められる日がくるなんて」

「もう10歳だよ」

「まだ、だよ」


 切ない顔をして、私の肩に顔を埋めてくる。私の体を支える腕にも力がこもる。

 食欲がないとか体重が増えないとか、私にとって大したことじゃなくても、お兄ちゃんにとっては一大事なんだ。たしかに、お兄ちゃんはウルリーカが流行り病で苦しんでる姿を間近で見てたんだもんな。エインズワース先生も二人一緒にどうにかなってしまうんじゃないかと、心配したと言ってたし。とても大切にされてることがわかって、自分でも気をつけないといけないなと反省した。良いのか悪いのか、お兄ちゃんの命は私にかかってるといっても過言じゃない。肝に銘じよう。


「あー、あー、またいちゃついてるよ」

「二人の恒例行事だね」


 周りから冷ややかな言葉を頂戴していると、玄関がバタバタと騒がしくなる。

 甘い空気をぶち壊すように一人の少年が食堂に飛び込んでくる。顔は青白くうっすら汗をかいているため、ただならぬ事が起こっているのがわかる。少年はダンといって、お兄ちゃんと同じように孤児院卒業を前に街で働いている子だ。私とお兄ちゃんの前に来ると、お兄ちゃんの腕をがっしりと掴む。


「大変だ」

「何かあった?」

「ナターリアの旦那が凄い剣幕で乗りこんできたぞ!」

「…ああ」


 お兄ちゃんは、わかっていたように驚きもせず、表情を消して瞳を細める。私でもゾクッとするほどの冷たい表情をする。


「お兄ちゃん?」


 怯えたのがわかったのか、お兄ちゃんは私の頭を一撫でして床に降ろす。


「ウル、お客さんが来たみたいだから、ちょっと行ってくる。お菓子食べて待ってて」

「うん…」


 私を安心させるように笑うと、足早に食堂を出ていってしまった。第六感というのだうか、私の頭のなかに警笛がなる。なにかが始まると…

 私は息を切らしているダンの腕を思いっきり揺さぶる。


「ダン!いったい何があったの?ナターリアの旦那って誰?なんで乗りこんできてるの!?」

「お、おい、いてえ、痛いっつーの。わかったから、離せよ!」


 私が手を離して仁王立ちで睨みつけると、お前熱だしてから性格変わってねーかと自分の頭をガシガシ掻きながら教えてくれる。


「ナターリアっていう女が、アシルを気に入ってエインズワース先生のところに入り浸ってんだよ。色目使ったり、自分の店のものを色々持ってきたり、それを旦那が勘違いして浮気だって乗りこんできてんだよ。冷静に考えれば14歳のガキが相手にするわけねえのに」


 ちらりと今日のお土産を見る。そういえば時々、私にお菓子を持ってきていたのを思い出す。高級スイーツと書いて下心だったのかー!?私が慌てて追いかけようとすると、ダンに腕を掴まれ制止される。


「おい、やめろ。チビのお前が行ったって役に立つか!怪我するぞ」

「だー! 離せー!」


 お兄ちゃんは怪我してもいいのか!?私がバタバタ暴れていても、同年代の子供達は困惑気味に目配せするだけで助けにいく気配もない。

 じゃあ、誰か助けに行ってあげてってお願いしても、みんな怖いのか目線を反らされる。


「こ、こんのー」


 ヘタレ共が!という思いをこめて、ダンの足を思いっきり踏みつける。


「いってー!おい、待て!ウルリーカ!


 腕の力が緩んだ、その隙に手を振り払って駆け出す。誰も助けないなら、私が助けるまでだ!



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