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0.『物語』のはじまり

 目の前には緩やかに上へ向かう真っ白な階段と果てはどこなのかわからない霞がかった空間が広がっている。誰かがテレビで語っていた花畑や川もないけれど、私はこの場所がどういうところなのか知っている。


「そっか、私は死んだのか…」


 最後の記憶は病室の天井とのお母さん泣き声だった。まあ、そういうことなんだろう…

 産まれた時から体が弱く人生の半分以上を病院で過ごし、生きていくため生活にも制限が多く、学校も休みがちで友達もいなかった。いつも一人きり、狭い空間で本を読んだりゲームをしたり、それが日常だった。改めて考えると、特に語ることもない人生だったなと少し悲しくなった。


 もしかしたら夢なのかもと頬をつねってみたけど目覚めることもなく、つねったはずの頬にも痛みがなかった。

 毎日あんなにだるくて重かった病気の体は、ピョンと飛び跳ねても息は切れないし胸も痛くない。羽が生えたような体の軽さと共に、自分が死んだんだという現実がつきつけられる。不快に思う感情はあるのに生身の体はないから辛くない。なんとも不思議な感覚だ。


 長く伸びる階段を見上げると暖かな光が漏れる小さな扉がみえた。

 あの扉の先は天国なのだろうか?何のために生まれてきたのか分からない私を神様が地獄へ落とすことはないだろうと願いたい。

 最後に今まで禁止されていたことを思う存分やって天国に行きたいところだけど、何もないこの場所でできることなんて…例えば。


「やっぱり、これよね」

 体を動かすことだろうとクラウチングスタートで勢いよく走り出しそうとした私を、爽やかな笑い声が引き留める。


「ハハッ!」

 

 笑い声の方へ視線を向けると何もなかったはずの階段に座り、目を細めて笑う男の子がいた。


「天使…?」

「僕が見えるの?」

「えっ?」

「いや…」


 思わず出てしまった言葉だが、その言葉がしっくりくる容姿をしていた。15歳の私と同い年くらいだろうか?パッチリとしたエメラルドグリーンの瞳、艶やかな黒髪、整った顔立ち、とにかく何が言いたいのかというと美少年なのだ。100人全員が太鼓判を押すであろう、まごうことなき美少年なのである。


「驚かせてごめんね。この場所で飛び跳ねたり、走ったりする子、初めてだったから可笑しくて。僕はエルマーって言うんだ」


 ぼんやり見つめていると、天使じゃないけどと男の子は笑いながら立ち上がり、手を差し出してくる。

 同年代の男子にあまり免疫のない私がもじもじしてると、私の右手を強引に握りブンブンと握手してくる。


「私は、私は…えっと」


 その気安い態度に安堵し自分も自己紹介をしようしたけど、私の名前はなんだっけ?喉の奥に小骨が引っかかるように吐き出そうとしても出てこない。

 名前が思いだせなくなっていることに愕然とする。

 男の子…エルマーは顔を真っ青にしてる私の頭をポンポン撫でるといいんだよと悲しそうに笑った。


「みんな、少しずつ忘れていくんだよ」


 慰めるような優しい声に、もしかしたらこの人も私と()()なのかもしれない。


「エルマーは、その…えっと私と一緒なの?」

「一緒? あー、そうだね。ある意味一緒かな?」


 曖昧な歯切れの悪い言い方だな。


「あの扉の先は天国なんでしょう?」

「君は天国に見える?だったら僕は行けない」


 質問に質問で返され、首を傾げられる。エルマーが何を言ってるのか意味がわからず横に倒れるんじゃないかってくらいを首を傾げたところで、右手を握られ階段の前に連れていかれる。


「君はあれが、天国に見える?」


 隣を見上げると頭ひとつ高いエルマーが階段の先の扉を睨んでいる。繋いでる手が強く握りしめられて、ちょっと痛い。

 私も扉を見つめるが何も変わらない、暖かな光を放つ扉にしか見えない。むしろ、早く行かなくちゃって焦燥にかられる。

 一歩踏み出そうとしたところで、強く引き留められる。


「よく見て、君は感覚がするどいだろう?病院で足音を聞き分けたり、帰るお母さんの後ろ姿をずっと窓から見てただろう?」

「人より少し耳と目が良いだけだし、ってなんで知ってるの?」

「いいから、いいから、気にしない」


 そりゃあ小さい頃から、遠くまでよく見えたし、人の聞こえない音までも聞こえていたけど…役に立った覚えはない。むしろ病院の雑音に悩まされたり、見たくないものまで見てしまうことも多かった。何の特にもならない特技だ。

 

 エルマーの誤魔化すような態度に、ブツブツ文句を言ってると大丈夫だからと前に押し出される。

 チラリとエルマーを見れば、スッと目を細められ視線で促される。

 有無を言わさないような雰囲気に、もう一度、目と耳を集中させる。


 確かに光が漏れているが、わずかな隙間から闇のような黒いものがじわりじわりと漏れ出ていた。耳を澄ませば、カリカリと落ち着かない扉を引っ掻く音も聞こえ始めている。心地いいとはほど遠い不快な音だ。


「これって…」


 これは入院してたときに聞いた、いわゆる心霊系のヤバい音に違いなかった。一歩後ずさると、もう待ちきれないとばかりに扉が轟音をたてて飛び散るのと同時に、黒い無数の腕がが飛び出してくる。勿論、私達を目掛けて襲ってきた。


 これは…これは…


「天国じゃないのーー!!?」


 この時ばかりは自由に動く体に感謝、足が震えそうになるのを抑えながら階段に背を向けて走り出す。今まで数えるほどしか走ったことがない体は足はもつれるし、全然スピードがでなかった。


 神様なんて信じない!

 最後に地獄行きなんて酷いじゃないか。

 毎日、痛い治療も苦い薬も治るから頑張れって我慢してきたのに。両親に迷惑をかけたくなかったから、我が儘だって言わなかった!

 あれか?あれなのか?親より早く死ぬのは罪だって?ふざけないでよ!


 恐怖に涙がこぼれて視界がぼやけてくるのを必死に振り払い走っていると、隣をエルマーが涼しい顔で走ってくる。


「ひどい!エルマーは死神だったのね!」

「死神じゃないよ。天使でもないし神でもない」

「じゃあ、これは何なの!?」


 走りながら後ろを指差した瞬間、黒い手に腕を捕まれ空中に持ち上げられる。


「ィヤッー!もう殺される!絶対、殺される!」

「もう、死んでるんだけどなあ」


 私の悲鳴がうるさいとばかりに、エルマーは手で耳を塞ぎながら顔をしかめている。そんなエルマーも片足を捕まれて私の頭上高く持ち上げられていた。

 なんてまぬけな姿なの。


「なんで、そんなに冷静なのよ!」

「君だって生きてるとき、冷静だったじゃないか」

「それはっ…!だから、なんで知ってるの!?」

 

 毎日疲れた顔をした両親。病室に来るたび、泣き出すお母さんに辛いなんて言えるわけないじゃないか。お父さんは色々な理由をつけて背を向けるように病院に来なくなったじゃないか。誰に助けを求めればいいんだ、我慢するしかなかったじゃないか。


 悲しい記憶を思い出した瞬間、私達を捕まえた黒い手がしゅるしゅると逆再生のように扉へ戻っていく。

 恐怖なのか悲しいのか、涙が溢れて止まらない。


「君はどうしてほしいの?」


 相変わらず足を掴まれたまま宙吊りのエルマーが真剣な表情で聞いてくる。

 私は、私は…

 涙でぐちゃぐちゃの顔をゴシゴシ袖で拭うと大声で叫んだ。


「私は生きたいの!まだ死にたくないの!エルマーが死神でも天使でも、どっちでもいい!私を助けてよ!!」


 もう死んでるのに、生きたいなんてめちゃくちゃだ。自由な体に欲が出たんだろう。私自身が生きたいと声を出せることに驚いていた。


「やりたいことがたくさんあったの。学校も行きたかったし、友達もほしかった。自由に色々なところへ行きたかった…」


 最後は喉が枯れて声にならなかった。これが私の本音なんだ。


「だから死神じゃ、まあいいか。君の望みは必ず叶える。その代わり、あるお願いがあるんだ」

「何でもする!手伝うからからお願い!地獄は嫌なのー!」

「よし、契約成立だ!よっと」


『お願い』が何かなんて聞く余裕はなく、エルマーの提案にいちにもなく飛びついた。

 エルマーはナイフを取り出し、振り子のように身体を持ち上げると、自分の足に絡まる腕を切り落とした。

 落ちてくるエルマーが、私の左手を握る。手が引きちぎれるんじゃないかと思ったが、それは肉体のない身体フワッと宙に浮き二人で扉へ引っ張られていく。


「ちょっ、ちょっと、一緒に引っ張られてどうするの?扉にどんどん近づいてるよ!」


 (ひら)いた扉には、もう暖かな光はなくて真っ暗なブラックホールが、いまかいまかと大きな口をあけて待ち構えている。

扉に近づくごとに、吸い込まれる速度はどんどん速くなっていく。


「大丈夫!」

「何が!?」


 あまりにもの速度に、言葉が聞き取りづらくなってくる。

 エメラルドグリーンの瞳をキラキラさせながら私の手を握りしめて、エルマーがとんでもないことをことを言い出した。


「僕は君の一番目の友達だ。もう寂しくないよ、一緒に扉の向こうへ行こう。ずっと一緒だ」

「なっ!?」


 ストーカーも真っ青な恐ろしい言葉を吐いたエルマーと絶句する私は呆気なく扉の中へ吸い込まれていった。



 


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