第八話 価値あるもの
真っ赤な顔をしたまま、ルシフェルはこちらを睨み付けている。
目には涙が溜まり、眉間に刻まれた深い皺。
真っ赤な顔と、への字に結ばれた唇。
泣いてるのか、怒っているのか、恥ずかしがっているのか……。
ああ! これは全部なパターンか!?
俺に女心を理解しろと言う方に無理がある!
「戻すのは簡単だ。それこそ、ひと言で済む。 だか、他には何か無いのか? 例えばこう、俺に対する恨みとか、人間に対する怒りとかさぁ?」
必死に墓穴を掘っているって?
そんなん、知らん。
「アラタは何も解っておらぬ。我等魔族の事をな!」
そりゃあ、知るわけもない。
元の世界には居なかった種族なんだから。
いまだって、角と羽根はコスプレなんじゃないかとも感じる位だ。
大成功!とか書いた看板持って出てくる奴がいたら、放送出来ないような惨事になるだろう。……方法は察してくれ。
「だがな、ルシフェル! 最初は「きさま!」とか言って俺を罵ったじゃないか。俺が強引に埋め込んだ感情でしかないはずだろう?」
「だから、アラタは魔族というものを全く知らぬのだと言っている!
魔族は日々、砂を噛むような感覚を味わいながら、生という地獄を味わっている。
我等は生が地獄なのか、死が地獄なのかすら解らずに日々を過ごして来たのだ。これで少しは理解出来るか?」
生を地獄と表現するとはな。
確かに魔族の事など、これっぽっちも分からない。
理解しようとすらしていなかったのは、事実。
ただ、ルシフェルの言葉尻から予想するに、生きるも死ぬも地獄では、救いなど本当に皆無だ……。
「俺に救いを求めれば良かったのでは?」
苦境に喘いでいるのであれば、その環境をどうにかする方法だってある。
「……我は初めての光を見た。明るく温かく、心が安らぐ光をな。そして同時に無限の深さを持つ絶望も知った。
……お前を失うという絶望をな。
我は……光と深淵を見続けたいのだ。アラタの隣でな」
なっ! なんだよ、これっ‼
くっそ! 反則だるろ!
自身の顔は燃えているように熱を帯び、言葉が出てこない。
正面切ってこんなことを言われるとは、予想外なんだよ!
深呼吸を、何度も何度も何度も何度もしてみる。
……無敵でも最強でも、十分に殺される可能性はあるじゃないか! 異世界、恐るべし!
呼吸を整え、慌てぶりを悟られぬように努めて冷静を装ってみる。
「戻して欲しいのは理解した。たが、普通に隣に居れば良いだろう? 俺の隣に居るためには、別に魔法の力は必要ではないからな」
「ほんとうかっ!?」
被り気味に返された返答。
頷いておいてやる。
「……アラタよ。も、もう一つだきけ望みがあるのだが……」
モジモジしているルシフェル。
うむ。かなり、魔王らしくない姿だ。
「我をフェルと呼んでくれぬか?」
正直言って、自分もフェルとのやり取りを楽しんでいた。
何がと言われても良く分からないが、とにかく楽しい。
そして、ある考えが浮かぶ。
「魔族を救い、神と人を駆逐するのも面白いかも知れないな。フェル」
魔王らしくない笑顔が弾ける。
フェルには今、勇者としての力は及んでいない。
本心からの笑顔。
俺は今、どれだけ価値あるものを手に入れたのだろう。
測る術などないが、自分にも何か光が見えた気がした。
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まだまだ無茶な展開になりますので、お付き合い下さいませ。