第七話 巨大な子供
「おい、これじゃあ歩けないだろう!」
ルシフェルは自分に抱きつき……いや、へばり付いていた。
彼女の背は自分より高い。そんな女性が自分の首に腕を回して、こちらに体重をあずけて来ている。
強化された筋力をもってすれば引きずって歩けない事はないが、歩きにくいのは本当だ。
俺を捕食して取り込む事が叶わないと知り、一番近くで密着し続ける選択をしたらしい。
これじゃあ、子供と同じだ。
いや、デカイだけ子供よりたちが悪い。
「俺は自立した大人の女性が好みなんだぞ!」
本当は少し違うが、そう言う事にしておこう。
モテない過去は異世界での出来事なわけで、新たな歴史を作って何が悪いのか!
「なるほど。理解しました。アタシは大人です。マスター」
はいはい。大人は自分自身を「大人」とは言わないもんなんだよ。
大人っぽい子供が、子供っぽい大人になっただけなのだが、寄りかかって来ないだけでも良しとしようか。
「マスターって、俺のことか?」
「はい、そうです。マスター」
うーん。どうにもしっくりこない呼ばれ方だなぁ。
勇者、マスター、~様。
どれもこれもしっくり来ない。
「俺のことは、アラタと呼んでくれ。俺の名だ。ルシフェルは特別だぞ」
「と、特別?! あわわわ」
ずいぶんとチョロい魔王になったものだ。
だが、魔王の名はどこでも気軽に呼べるものでは無いな。
「ルシフェル。俺もお前を特別な呼び方で呼ぼうと思う。
フェルというのはどうだ?」
「!!!」
喜びの余り、目に涙を溜めるフェル。
今まで恋心などとは完全に無縁であったはずの、魔王という生き物。
そんな彼女が得た初めての「恋心」という感覚なんだろう。
完全に耐性ゼロの彼女からすれば、この恋の感情はどんな劇薬よりも過激な代物なんだろうな。
そして、彼女が些細な出来事に対し一喜一憂する反応を見る限り、これだけは言える。
魔王である彼女が誰より、何よりも純粋な心を持ち合わせているという皮肉。
ほんの少し調子を狂わされたが、本来の聞きたかった情報を聞くとしようか。
「フェル、勇者について教えてくれ。それと、一番近い人の住む街にも案内してほしい」
歓喜の表情を浮かべたまま、フェルは様々な事を教えてくれた。
勇者の力や様々な偉業について。
ただ、敵対する立場のフェルからすれば、勇者の行いは蛮行として語られていた。
あんな駄神の言いなりになり、勇者は魔族を滅ぼして回ったらしい。その胸には恐らく「世界を救う」という強い使命感を抱いて……。
「くだらねぇな!」
勇者として選ばれた。それだけでなぜ誰が為に命を賭して働かなければならない?
しかも神の都合に合わせ、不都合な存在を排除する掃除屋として!
誰かが書いた小説じゃないんだ‼
都合の良い冒険活劇であってたまるか!
「俺はやりたいようにやるぜ!」
思わず言葉となってしまった。
フェルは、良くわからないと言った表情をしている。
「ああ、悪い。別にフェルが悪い訳じゃない。
ただ、あれだ。勇者は最低で、それを呼ぶ神はもっと最低だってことさ。だから、そんな神の言いなりにはならねぇぞって意味なんだよ」
現状を聞き、フェル達魔族の置かれた立場はかなり苦い……。
いや、厳しいと予想出来る。絶滅は時間の問題だろうな。
奴隷として行き長らえればまだ良いが、力を無くし人以下の力しか発揮出来なくなった魔族は、恨みの矛先としては最適だろう。
人による魔族の根絶やしを目的とした、虐殺が行われているだろう。
そう考えるのが自然だ。
そして勇者の行動は、神から救いと人類繁栄の始まりとでも記されているのだろう。
神の尖兵は勇者を名乗り、「自らは選ばれた」と勘違いをして、世界の均衡を崩す事を自らが率先して行う。
ご都合な勇者さまだよな、まったく。
何気無くフェルを見つめる。
赤い双眸には淀みなどなく、ただ真っ直ぐと自分を見据えている。
ただの気紛れだ。
別に魔法に掛けられた訳じゃないんだ。ただ、何となく……な。
「フェル、お前の望みはなんだ?」
「アタシの望みはアラタ様と一緒にいることです。ずっと、いつまでも……。未来永劫に」
う、うむ。ちょっと……と言うか、かなり重いなコレは。
それに、「惚れろ」の指示を解かなければ、まともに話しは難しいだろうなぁ。
「フェル! 俺に惚れろと言った指示を解除する」
さて、これで良いだろう。
神の指示に従い、魔族を滅ぼそうとしてきた勇者。
自らの意思で、世界を滅ぼそうと考えた自分。
ただ、どちらも何となく、そのまま実行する事に抵抗を感じていた。
誰かの書いたシナリオ通り。何故だか、そんな気がしている。
「フェル……じゃないか。ルシフェル、貴女の望みはなんだ?
俺は、勇者としての力を持つ者だ。貴女の望みを教えてくれ。
俺は全能などでは無い。だが、最大限貴女の望みを叶える努力をさせてほしい」
シナリオにある筈もない、第三者の思いに沿って行動してみよう。
ルシフェルからすれば晴天の霹靂かも知れないが、そこは協力してもらうぞ。
「俺への復讐か? それとも、神への復讐か? 人の滅亡を望むか?」
恨みも多いだろう。直近で言えば、間違いなく俺への恨みだ。
俺自身の滅亡を望むのなら、それもまた良い。
そんな思いを抱いていた。
「……我への魔法を解いたのか」
手を見つめ、拳を握り込む。
こちらに向けられた表情は、やはりフェルの時とは少し異なっていた。
特に視線というか、目力が違う。
「ああ、解除した。今の貴女であれば、俺に植え付けられた感情ではなく、本当に望んでいる事を聞けると思ったからな」
目の前にいる女性は、やはり魔王なのだ。
そう改めて感じている。
「……貴様は、勝手過ぎるぞ」
「それは、お互い様だな」
最初に二人が交わした言葉が、言い残しを問う内容だったんだ。それは、お互い様だろう。
拳を強く握り、俯き震えるルシフェル。
……ああ、そうか。彼女は誇り高き魔族。そして、その頂点に立つもの。
フェルと呼んでいた間の記憶も消しておらず、大きくその自尊心を傷付けてしまった……という事か。
彼女の心を満たすは、辱しめを受けた事への憤怒。
当然、俺に対しての復讐を望む事になるのだろうな。
別にモテたと錯覚していた訳じゃない。ただ、少し残念なだけ。
ルシフェルは怒りで赤くなった顔を上げた。
俺自身の死や滅びを望むと口にされるはずなのに、心は静かな水面のように穏やかであった。
「な、な、な、な!」
「な?」
怒りの余りに言葉になっていない。
「何故解除したのだ‼」
真っ赤な顔をして発せられた言葉。
えーと……? 何を言っている?
理解が出来ずに、首を傾げる自分。
すると、魔王の目にみるみる涙が溜まって行く。
「元に戻せ! それが我の望みだ‼」
何となく理解は完了したが……。
ねぇ、どうしたら良いの?
この状況をさ。
誰か教えてください……。
ブクマ、評価いただけると嬉しいです。
さて、アラタはどうしたら良いのでしょうかねぇ?