第三話 呪いを吐く者
声は響いたが、特に何もない。
神に対して唾を吐いた訳なのだから、何らかの神罰があっても不思議ではないかと思っていたのだが……。
少し拍子抜けしていた。
周囲を見渡すが、相変わらずのどかな異世界風景が広がる。
遥か上空には相変わらず、翼を生やした何かが悠然と飛んでいる。……翼竜というやつなのか?
「人様の頭の上を気持ち良さそうに飛びやかって!……落ちやがれ!」
何気なく口にした言葉。
当然、本心から飛ぶものを落としたいわけでもない。
だが、俺の口にした言葉は文字通りに実行された。
上空を飛ぶ翼竜っぽい何かは、急にもがき始め、先程までとはうって代わり慌てた様子になった。
次の瞬間、どうやら本当に落下を開始したらしく、緩やかにキリモミしながら落下してきている。……こちらに向かって。
遥か上空を飛んでいたので大きさが全く分からなかったが、みるみる大きくなるその体躯に、とんでもない大きさなのだと理解した。
まだかなり上空にいるにも関わらず、足元の草原には25メートルプール程の巨大な影が落ちている。
「やっば!」
慌ててその影の外に逃れようとするが、影が大きくなる速度の方が遥かに早かった。
自分で立てたフラグで死ぬのか……?
直撃コースであることを悟り、そんな思いを巡らせる。
上空を見上げると、そこには翼竜の巨大な顔があり、金色をしたその瞳と視線が合った。
「と、止まれ~‼」
直撃はもうどうやっても避けられない。
そして、落下するこの巨大な翼竜ですら、もうどうする術もない。
思わず願いに近いものを叫んでしまっていた。
硬く目を閉じながら、その瞬間を待った。
全てを吹き飛ばす衝撃か、圧倒的な上方からの圧力。
どちらにしても致命傷は間違いがない。
「ん?」
片目を薄く開け確認すると、翼竜の顔が目の前にあった。
それこそ鼻息が届くような距離。
その鼻の穴も頭が入るほどに大きいのだが……。
改めて翼竜を見ると、完全に停止していた。
宙に浮いたままで……。
一切動く気配が感じられない巨大な翼竜、時が静止したかのように、止まっていた。
これは……もしやスキルというやつなのか?
乳女神が言っていた、勇者に授けるというヤツなのかも知れない。
であれば、勇者はどんだけ無茶苦茶なんだよ。
全く動く様子がない翼竜は放っておき、自身のこのスキル検証を始めた。
「水よ出でよ!」
何も起きなかった。
言葉にした内容の全てが叶うものではないらしい。
これならどうだ?
「俺は空を飛べる」
頭の中に空を飛ぶ方法という情報が流れ込む。
その手順に従い、空を飛ぶ自分を想像する。ふわりと体全体が重力から開放される感覚がある。
ふわふわと宙に浮き、紛れもなく飛んでいる!
「マジかよ‼」
与えられたスキルというものは、想像以上に凄いものなのかも知れない!
空を見上げ、浮かぶ島々の間を縫って飛ぶ自身をイメージする。
体が上昇を開始し、上空に向かってものすごい勢いで加速していく。
息が出来ない程の速度にまで達し、空気の刃で肌が引き裂かれそうになった。
飛んでいるというよりも。飛ばされるという拷問に近い感覚……。
「ゲホ、ゲホ……。し、死ぬかと思った……」
人の体は飛ぶようには出来ていないのだと、改めて理解した。
こんなので世界をどうにか出来るものなのだろうか。
う~む……。
「む! そうか! 俺は死なない!」
これで当面は大丈夫なはずだ。
ただ、体がバラバラになったままでも死ねないとか、そんな風に意味を曲解されると辛いのだが……。
試せる訳も無いしなぁ……。
自分は自身の能力を『言葉にした内容でバフを附与するもの』こう考えた。
であるならば、たくさんの保険を掛けておく事にしよう。
「俺は最強」
「俺は無敵」
「俺は剣技の達人」
「俺は格闘技の達人」
「俺は誰よりも早く走れる」
「俺の体は見えない力で守られている」
「俺はあらゆるものを見通す」
「俺の体は、刃や銃弾を受け付けない」
「俺は不老不死」
これでとりあえず、簡単に死にはしないだろう。
ついでに希望に近い未来の事も声に出してみる。
「俺は神に復讐できる」
「神々は俺の前に服従する」
「神々は力を失う」
「……俺は元の世界に帰れる」
ちょっと神に対するデバフもあった気もするが、まあ良いだろう。
実際に通るかも分からないのだから。
最後に忘れちゃいけない一言があった。
「俺は世界を崩壊させる……」
さて、それでは異世界ライフを楽しむとするか。
最後におまけだ。
「世界は俺に味方する」
楽しみかたも色々ある。
少なくとも世界は俺に優しい筈だからな。
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