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驚愕(?)の解答編

 エピローグ

 火曜日の早朝、一人の少年が玄関扉を開けた。痩躯長身の、高校生らしき少年である。チタンフレームの眼鏡が、知性を表出させているかの様である。周囲を窺う様にしながら外へ出ると、ゴミ袋を取り上げ扉を閉めた。半透明のゴミ袋の中には、レモン色の、何か大きな板が何枚も押し込められているのが見えた。門扉を開け、網の掛けられたゴミの回収場所までやって来る。既に一つ、ゴミ袋が出されていた。それを見越した上で、彼は出て来たのであった。

「やぁ、篠原、翔君かな?」

電柱の影から不意に声を掛けられ、網を持ち上げかけた左手が止まる。

「…あんた、誰?」

瞠目しつつ少年は、電柱の影から現れた登士満に問い掛けた。登士満は、ゆっくり、近付いていった。

「君達が仕掛けた悪戯に関して、調べている者だよ。それが、その証拠だね?」

言われて、翔は足元のゴミ袋を背後に隠した。

「これは、ただのプラスチックゴミで…そんな事、どうでも良いでしょ!?」

「そういう訳に行かないんだ。君達の悪戯で、迷惑を被っている人々が居るんだから」

「な、何なのさ、その、悪戯って!?」

「判っている筈だよ?猪村竹也君と尾谷拓哉君、そして君とで仕掛けた、怪談の実演だよ」

あくまでニコやかに、登士満は近付いてくるが、翔にとっては、悪魔か何かが迫って来ているかの様であった。

「さぁ、渡してくれないかな?」

手を差し出され、思わず尻餅をつく翔であった。


 その日の夜、ハンバーガーショップには、竹也の仲良し三人組と、直樹が呼び出されていた。既に八時を回っていた。

「夜分にご足労頂いて、本当に済みません」

頭を下げる登士満。

「いや、それは構わないのですが。あの怪談の事実が判ったと?」

「はい。ねぇ?」

直樹に頷いたあと、竹也達に同意を求める。三人は気まずげに視線を外した。

「どういう、事ですか?」

「要するに、佳名さんの体験は、心霊現象などではなかった、という事です。この三人の仕掛けた悪戯で」

「え、あれが?」

驚愕の表情を浮かべたまま、直樹は三人を見遣った。

「そうです。まずは、その方法から説明しましょう。この悪戯には、三人必要でした。一人は佳名さんを尾行しながら、指揮を執る役。一人は、もちろん幽霊役。そして一人は、歩道橋の上でタネを仕込む役。この役は、最終的な悪戯の決行、中止を判断する役目でもあります」

「それが、この三人だと?」

「はい。それぞれの配役は、指揮役が近所に住む篠原君、幽霊役が尾谷君、タネ役が猪村君、ですよね?」

三人に問い掛けると、渋々、小さく頷く。

「タネは篠原君が用意し、現地で猪村君に渡しました。大きめの物なので、持参するのは大変だったでしょう。篠原君は駅で、尾谷君は例の十字路、猪村君は歩道橋の上で、それぞれスタンバイします。あるいは、尾谷君は篠原君から合図があるまで、コンビニに居たかな?」

「ああ、そのままの服装でね」

頷く尾谷。これといって特徴のない顔立ち。身長は、三人の中で一番低く、幽霊役とぴったり合致する。

「さて、佳名さんがやって来ました。少し間を置いて、篠原君は尾行を開始します。下見はバッチリだったでしょう。イヤホンマイクを付けた尾谷君は合図で道から姿を現わし、前を歩き始めます。二人の間隔は、篠原君の指示で調節していたのかな?」

「まぁね」

尾谷がまた頷く。

「さて、その頃猪村君は何をしていたか?歩道橋の上で、歩行者の状況を気に掛けながら、タネをセッティングする合図を待っていた。そのタイミングは、恐らく彼女が角を曲がる前後。更に、悪戯決行の最終判断のタイミングは、尾谷君が歩道橋の間近に来た時。他に歩道橋を利用する者があれば、タネを回収し向こう側へ立ち去る。尾谷君は、そのまま何事も無かった様に、歩道橋を渡る」

「…見てたのか?」

少し口惜しげに竹也が呟いた。

「さて、悪戯決行となり、猪村君はタネを残し、歩道橋を立ち去ります。尾谷君は、螺旋階段を上りきり、こんなタネを使って姿を隠します」

言いつつ、背後の間仕切りを数度、ノックする。立ち上がったのは、一志であった。大きな、レモン色で円筒形の物体を持ち、やって来る。三人組の面に、口惜しさが滲み出す。

「それは、何ですか?」

首を傾げながら、直樹は訊ねた。プラスチック板を貼り合わせた物を分解した跡を、ガムテープで補修してある。直径一.五メートル程の、茶筒の蓋の様な形状で、側面の高さは六十センチ余り、天井部分の外周の三分の二余りしかない。

「見覚えは、ありませんか?」

「…あの、まさか、歩道橋の、螺旋階段の支柱の?」

暫し黙考し、ようやく直樹は答えた。一見して、見た覚えがある様な気はしたが、まさか、と打ち消そうとする気持ちが邪魔をしたのであった。

「そうです。支柱の天辺、平らな場所の上に、猪村君はこれを被せておきました。階段を上がりきった尾谷君は、この隙間から入り込み、音を立てないよう回転させます。入口が、階段を上がりきった佳名さんから見えない角度になる様に」

「そんな、単純な方法で?」

「はい。尾谷君は、三人の中で一番小柄です。それほど難しくも、時間も掛からなかったと思いますね。篠原君が、ちゃんと予行演習していたでしょうし」

「いや、でも、こんな単純な方法に、彼女が気付かなかったなんて、そんなとても思えないなぁ。何年間も利用してきたんですよ?振り返って、時計を見るのが習慣になってたんだし」

「そうですね。この時の時刻をよく憶えていなかったのは、酷く動揺していたから、と言っていましたが、実際に、これのせいで見えなかったのでしょう」

理容室の看板の時計は、支柱のほぼ直上二十センチ余りの所に見えていたのであった。

「それなら!彼女が異変に気付き、幽霊役を見つけてもおかしくないのでは!?」

「そうでしょうね」

意外なほど、登士満はアッサリ認めた。

「だったら、こんな事をして何になるんです!?」

「猪村さん。この悪戯は、弟さんのちょっとした意趣返しなんです。もし佳名さんが尾谷君を見つけたとしても、ちゃんと言い訳は用意してあった筈ですよ。例えば、街中で隠れんぼする様子を動画投稿するつもりだった、とか、キレ気味に言い返せば、反論は出来ないと思いますよ。彼女が尾谷君の顔を知らない、少なくとも、弟さんとの関係を知らなければ。あの怪談は、ごく一部の人しか知らない筈ですしね」

「二年ちょっと前に、少し顔を合わせた事はあったけどね。ま、憶えてないだろうな」

自嘲気味に尾谷が言った。

「もし怪談話を成立させられなくても、人の邪魔をしてしまった、悪い事をしたと罪悪感を抱かせられるかも知れない。そこまで計算していたのかな?」

「…一体、貴方は何なんですか?」

篠原の、畏敬混じりの問い掛け。

「ある意味、ここまで上手くいきすぎたのは、君達にとって誤算だったんじゃないかな?話が深刻になりすぎて、どうして良いか判らなくなっていたとか。全てを話し、謝るのには抵抗があったろうしね」

俯いてしまう三人。と、不意に直樹が手を伸ばした。

「竹也君!」

竹也の襟首を掴み、引き寄せた。

「何て事をしてくれたんだ!彼女が本気で怯えていたのが判らないのか!?」

「どうでも良いだろ!?そもそも、兄貴が怪談を作ったのが悪いんだろうが!」

「ああそうだ!でもな、それを実体験させようなんて、考えもしなかった!!」

「俺だって、唯との事で出しゃばってこなきゃ、こんな事しなかったさ!」

今にも殴り合いになりそうな二人の間に、登士満が割って入る。

「兄弟喧嘩なら、後でお願いしますよ。ここは公共スペースなんですから」

意外なほど迫力のある声。右手を軽く叩かれ、直樹は気まずげに竹也を離した。座り直す。チラチラと、互いを盗み見た。

「とにかく、私達の出番はここまで、という事で。後の事は、そちらでお願いします」

一同を見回した後、登士満は一志に合図すると立ち上がり、タネを残して二人は立ち去ったのであった。


 数日後、一志から電話があった。

『結局、あの後全員で謝りに行ったらしいよ』

唯から聞いた事の顛末を、登士満に報告する。

「へぇ。佳名さん、怒ってた?」

『最初は怒ったみたいだけど…唯が間に入って取り成したら、折れたって。二人の間の事に口を挟まないで、ってきっぱり言ったら、私も大人げなかった、って謝ったって』

「ふぅん。じゃあ、二人の付き合いも公認した訳だ?」

『それはまた別問題、って言ってたらしいけど…まぁ、そういう事になってくだろうね』

一志はつまらなそうであった。武士の情け、ここは弄るまい、と登士満は判断した。

「そうか。ま、これで一件落着かな?」

『何か、姉妹でお礼したいそうだけど?』

「別に良いよ、そういうの。こっちも面白い話を聞けて、創作意欲が刺激されたし」

第一照れ臭いし、とは言わなかった。

『そう?』

「ま、お役に立てて良かったです、とでも言っといて」

『判った。じゃあ』

電話は切れた。スマホを机の上に置く。ノートパソコンのディスプレイ上に開かれたウィンドウには、書きかけのプロットが表示されていた。

「ちょっとだけ、拝借しようかな?」

後で猪村さんには話しておこう、と思いながら、キーボードを叩き始める登士満であった。

END


いかがでしたか?また思い付いたら、上げたいと思います。

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