file8.愚者
「過去に行って欲しいだって?無理に決まってんだろ」
至極真っ当なことを言った。人間が過去の世界に行くなどあってはならない。
それが世界の理であり、真理なのだから。
「…昔ね、この世界には時間を司る魔術を生み出した生き物がいたんだよ」
「そんな生き物いるわけ…」
「その生き物の名はイスの偉大なる種族。自らの技術で滅んだ哀れな生き物。自らが従属させていた生き物に滅ぼされた可哀想な生き物さ」
その青年はさも当然のように語る。
いるわけがない筈の生き物の名を語る。
いるわけがないのに、何故か自分の身体は恐怖し、鳥肌を立てている。
「そうか、君はただの人間だもんね。ただ少し知ってしまっただけの人間、それが君だもんね…」
「意味がわかんねえよ!突然過去に行けと言われて!俺はただあの時出会った生き物を知りたかっただけなのに!あの時死んだ少女に対しての償いのつもりだったのに!」
発狂し、捲したてる。意味不明なことを言う青年に対して捲したてる。
「そうか、仕方ない。強制的に送らせてもらおう。その結果がどうなろうと僕は知ったこっちゃない。あの憎たらしいブクブクと気色悪い音を立てる王の事なぞ知るか。そもそもアイツの落とし子のせいでこうなったのに…。自分の尻拭いは自分ですればいいのに…」
そうして綺麗な青い石を持った青年が近づいてくる。
「この石は君の助けになる筈だよ…。君が作る新たな世界、それに僕は興味がある。せいぜい、退屈させないでくれよ?」
「やめろ、やめてくれ…死にたくない…」
「大丈夫、死にはしないよ。ただ君を過去に送るだけさ」
そう言って青年は石を投げ付ける。そして、視界が白く染まる。
「君は過去で副王のなり損ないを殺すんだ。30年前の夜宮村で起こった事件を君が消すんだ。君が殺す男の、その愚者の名は…」
その言葉を聞く前の俺は、過去へと送られた。30年前の夜宮村に。




