2話
ナスの入ったカゴを持って2階にある私の部屋へと駆け込む。
カゴが大きく揺れ、中のナスもゴロゴロと移動する。
「わ! わ! わ! 」
叫び声が聞こえ一度足を止め、今度はゆっくりと歩いた。
「ごめんなさい」そっとナスのカゴに向かって声をかける。
「……」
返事はない。
部屋に入って改めてカゴの中をみると、丸まっている小さな人。
やっぱりナスのフリ?
「あの、ケガ大丈夫……? 消毒液ぐらいしかないのだけど消毒させてもらっていいのかな? 人間の薬ってあなた達に使っても大丈夫なのかな?」
勇気をかけて話かけるが返事はない。
もしかして言葉が通じないのかもしれない。
そう思い至った時、小さな声が聞こえてきた。
「……怨むぞ……」
声は可愛らしい少年の声。言ってる事はとても物騒だけど。
小さな人はいきなり立ち上がると私の方に向かって叫んだ。
「僕を見世物なんかにしたら呪ってやる! 小さいからって何もできないなんて思うなよ! やると言ったら絶対やる! 覚えとけよ!」
小さいながらもよく観察してみれば、私と同じ年齢ぐらいに見える。
髪の毛はなんというか、ちょっと不思議な色。黒いような、よーくみると深い緑のような。
整った目鼻立ち、小さいながらもこの顔はかなりカッコいいんじゃないだろうか。
「おい! 聞いてるのか! 呪うぞ! 怨むぞ! さっさと開放しろ!」
顔は真っ青、小刻みに震える体。
強がっているのがわかるので、とても気の毒に思う。彼にしていれば恐ろしい巨人に拉致されてしまったのだから不安になるのも当然だろう。
「ね。足、大丈夫?」
「ぐぬぅ! 人の話を聞けえ! ……なんだ? 足?」
憎々し気にそう言い放ち、小さな人は自分の足を見る。
「うあ! なんだこれ! どうりでさっきから痛いと思った!」
どうやら気づいていなかったらしいその傷を、私もじーっと見つめる。
見たところ、思ったより深くはなさそう。
茶々の爪が肌の表面をかすっただけ、といった処だろうか。血は流れる程もでていない。
「ね、一応薬つけとこうか? 消毒薬」
「消毒薬?」
「うん。一応消毒しといた方がいいんじゃないかな? でも人間の薬だしあなた達にはどうなんだろう?」
「んー……たぶん大丈夫だと思う。昔からの記述で人間の薬でケガを治したり、病を治したりって事あったみたいだから」
「そっか! それならよかった。薬もってくるから楽にしといて」
「巨人の住処で楽になんかできるかー!」
そんな彼の言葉を尻目に私は階下へと薬箱を取りに行く。
あと、飲み物も必要かもしれない。彼はこの暑さの中茶々に追われていたのだろうし。
薬箱、冷たい麦茶、ビスケットなんかもついでに。あとは小さな小皿を持って二階へと上がる。
もしかしたら彼はもういないかもしれない、なんとなくそう思いつつドアを開いた。
ナスを背に足を伸ばし寛いだ様子の彼がこちらを見る。
……よかった、いてくれた。
「おまたせー」
「む。それなんだ?」
彼の目の前に置いたひんやりとした麦茶をジロジロと眺めながら私に問いかける。
「ノド乾いてるんじゃないかと思ってお茶もってきたよ。でも入れ物がないからこの小さい小皿にいれるしかないんだけど……」
「飲むっ!」
目をキラキラさせて私を見つめる小さい人。
彼の為に小皿に麦茶をいれてあげると、水面に口をつけて勢いよく飲み始めた。
よっぽどノドが乾いていたのだろう。そして私はその間にビスケットを小さく割る。
「良かったらこれも食べて」
小さな人は視線をお皿からビスケットへと移す。
「びすけっと……。僕、これ好きだな!」
小さめの欠片を口に放り込み、大きな欠片を手にとってもしゃもしゃと食べ始める。
なんとなく言っちゃまずいんだろうなあ、と思うので心の中で思うけど。
すっごく可愛いなあ……。
思わず顔が緩んでしまう。
ついついニコニコと彼を見つめてしまっていた。
「あれ? ビスケット知ってるんだ?」
「む。馬鹿にするなよ!? 僕たちは人間の事には詳しいんだ! 研究済みだ! だからお前達が馬鹿で残虐な生き物だって事もよーく知っている!」
そう言われてしまうとどう答えていいのかわからない。否定できないから。
それに、彼が生きていくにはそう思っていた方がいいだろうと思う。人間は悪い人ばかりでもないが、決して良い人ばかりでもないのだから。
「んと……そろそろ足の傷、消毒しよっか」
私は曖昧な笑みを浮かべて言った。
綿棒に消毒液を浸み込ませ、そっと彼の足の傷に綿棒を滑らす。どうしても服に綿棒が当たってしまい、服にも消毒液が浸み込んでしまう。
「ごめん、服も濡れちゃったね……」
「いいよ、別に。この暑さならすぐ乾くし」
「そっかぁ」
あとは絆創膏でも貼ればいいのだろうけど彼のサイズに合う絆創膏など当然あるわけがない。
空になった小皿にお茶を入れながら、どうしたものかと考える。
「お茶あんがと。でももう僕帰るよ。下まで連れてってくんね?」
「あ、うん。わかったー……」
大きく伸びをして、あっさりと別れを告げるこの小さな人に少なからず私はショックを受けた。
折角知り合ったのに。仲良くなれるんじゃないかと思っていたのに。
「……ね?」
「うん?」
「私と友達になってくれないかなあ?」