14話
親の事なんてどうでもいい。何故ならあの人達は私を捨てたのだから。
あの人達に捨てられた瞬間に私もあの人達を捨てたのだから。
ただ……。
祖父と祖母の顔が浮かんだ。
ひどく心配そうな、悲しそうな。
そうね、きっと心配するだろう、悲しむだろう。折角友達になったあの子も私の為に泣いてしまうのかもしれない。
もう、名前も思い出せないけど。
ごめんね。有難う。そんな言葉しか出てこないけど。
本当にごめんなさい。
――そして、さようなら。
♦ ♦ ♦
風がすぐ傍を通り抜け、私は顔をあげる。
なんだろう? 何だか見られているような? キョロキョロと見回してみるけど誰もいない。
まあ、こんな古ぼけた神社、来る人間なんて限られたものだし、そこの茂みに狸でも潜んでいたのかもしれない。こんな田舎じゃあね。
いつもの通り天狗に会いに来た私、母の言葉を思い出して顔をしかめてしまった。
だってさあ「頼むから一人であんな人気のない神社にいかないで!」なんて言うんだもん。私が天狗さん大好きなの、お母さんだって知ってる癖に、さ。
……そりゃあ、あんな事があったんだし、お母さんの言いたい事もわかるよ?
実際、叶の祖父母の取り乱しようは見ていられなかった……。
叶の祖父母はきっと誘拐されたのだと涙ながらに主張した。
警察は、家出、事故や他殺等も視野に入れている。
ご近所の心無い人達は都会からきた叶がこんな田舎になじむわけもないと思って都会の男の元にでも戻ったんじゃないかと噂していた。
叶はとても綺麗な子だったから……実際はもっと下卑た噂が広がっていたりもする。
「ひどい話だよ! 叶はそんな子じゃないのに!」
口を両手で塞ぎ、キョロキョロともう一度辺りを見回した。
ははは……本当に田舎だ。苦々しくもフッと笑いが込み上げてくる。この神社どころか、町にだってほとんど人の姿を見かけることはない。
叶じゃなくたって……こんなとこ……。
「おかしいなァ……?」
ギクリとして振り返る。さっきまで確かに誰もいなかったはずなのに、そこには男が一人たっていた。
派手なシャツ……あんなのこの町じゃどこにも売ってやしない。それどころか、あんな派手なシャツをお洒落に着こなせるような人、この町にはいない。
町の人間じゃない。
背中に冷たいものが走る。
男はニコニコと愛想よく近づいてくる。
歳は四十……五十? 長めの無精髭はあるものの、整った顔立ちをしている。
鼻がとても高く、日本だけじゃなく他の国の血も混じっているような気がする。
「やァ。そんなに警戒しなくても怪しい者ではないよ。――な~んて言ってもそれこそ怪しいだけか」
気づかれないようにゆっくりと後ろに下がる。
いつでも逃げれるようにしておかないと。
……ああ、お母さんの言うとおりにしておけばよかった、なんて悔やんでも遅いのだから。
「君の悩み事はあれだろう? 今、町で噂になってる神隠しの女の子の話」
この人!?
叶の事を知ってる!?
「やだなあ。そんな目で見ないでくれよ。僕が知ってるのは町の下らない噂だけなんだから。女の子の名前は『叶ちゃん』、さっき君が叫んでいた名前の子だろう?」
ああ、そっか。さっきの私の独り言聞いてたんだ? とは言ってもこの人が怪しい人には変わりはないのだけど。
「『そんな子』じゃないんだろう? なら君は何をそんなにイライラしてるんだ? 下らない噂なぞたかだか75日で消えるぞ。君は君の中の叶ちゃんを信じてればいいんじゃないか?」
私はその人を睨みつけると一目散に神社から走り去った。
背後から追いかけてくる気配はない。
家まで一気に走って帰った、と言いたいところだけど、私、走るのは苦手よ!
途中何度か足を止めて息を整えた。だけど怖くて後ろを振り返る事もできなかったけど。
そして。
なんでだろう。
翌日、私はまた同じ場所に立っていた。
昨日あんなに怖い思いをしたというのに。
周囲をキョロキョロと見回す。
もちろん誰もいない。あの人だって、きっともう都会にでも帰っているに違いない。
「ああ、やっぱり! 君はまた来ると思っていたよ。なんだか嬉しいなァ。君が想像通りで、さあ」
見回して誰もいなかったのに……あの人はいた。いつのまにか目の前に。
「さぁて。君は僕に何を言ってもらいたいのかな?」
この人の言ってる事、私にはわからない。
私がこの人に何を期待してるというの? どんな言葉を望んでいると?
何を……?
「叶は……誘拐されたのかなあ? それとも自分の意志でどこかに行っちゃったのかなあ? なら何故私に何も言ってくれなかったのかなあ? 私は叶の友達にはなれなかったのかなあ……?」
言葉があふれるように出てきた。それと一緒に涙も。
男が私の頭をポンポンと軽く叩く。
「そうだねえ……僕はただの通りすがりだから事情はわからないけど。友達なんてそうそう簡単に出来る物ではないがね、叶ちゃんの為に泣く事ができる君はちゃあんと彼女の友達なんじゃないのかい?」
「私だけが友達だって勝手に思ってるだけで叶は友達だなんて思ってなかったのかもしれない。だから彼女は私に何も言わずに行っちゃったんじゃないのかなあ?」
嗚咽を漏らしながらの言葉は聞き取りづらいだろうに、彼はうんうんと優しく聞いてくれ、そして微笑んだ。
「君は……叶ちゃんが自分の意志でどこかに行ったと思っているんだね? それはどうして?」
「だって! 叶が誘拐されたり、こ、ころ……そんなの絶対嫌だもの~!」
「ははは。君は優しい子だなあ。ほら、この本をあげるからもう泣き止みなさいよ」
優しく頭を撫でるこの人の大きな手、ちょっとドキドキする。
けど、全くの子ども扱い! 失礼しちゃう!
渡された本にの表紙には何のタイトルもかかれておらず、大きな大きな女の子と小さな小さな男の子が笑っているイラストが描かれていた。
絵本のような児童書のような?
「う~ん、これはイトの気持ちわかっちゃうなあ。そうだねえ、一緒にいるのはまずいよねえ……」
「……えっ? 何か……?」
「いやあ、こっちの話。じゃあまたね、詩織ちゃん」
ニッコリ微笑みながらさっていくおじさん。また? あの人、この町に住むのだろうか?
また私と会ってくれるのだろうか?
……あれ? 私、自分の名前、あの人に言ったかしら?