12話
私はそのタイガーアイのように美しいものをじっくりと見つめ、そして納得する。
こんな美しい物を妖精が作った薬だというのなら納得するしかない。
食べるのが勿体ない……
そう思いつつイトをチラリと見やると、私が食べるのをワクワクとしながら待っていた。
うん、イトにこんな顔されたら食べるしかないよね! 記念に取っておきたいと思ったりもしたけどどんな効果があるのか気にもなるし。
口の中にポイッと勢いよく放り込むと、それはまるで泡のようにサーッと溶けてなくなってしまった。
あんなに硬そうなのに不思議。味はなんとなく凄く甘いのを想像してた。色のせいかな? 実際はほんのり酸っぱくてほんのり甘い……レモンのような爽やかさ。凄く美味しい。
が。何も起こらない。
「美味しいけど……何も起こらないね? これはどんな効果のある薬なの?」
私はイトに聞いてみた。
「効果ならもう現れてるよ! 叶、もっとよーく見てよ!」
興奮した様子でニンマリとするイト。よく見ろと言われても、いつもの部屋、いつものイト、他に変わった物なんて何もない。
「もっと! もっとよーく!」
部屋を見渡す。何かを探るようにじっくりと。もっと、もっとゆっくりと、もっと、もっとじっくりと。
――ゆらり
あれ? 今、目の端っこで何かが揺れた?
カーテン?
私は窓に近寄ってカーテンを見ようとした。
「……え? えええ!?」
「見えた? 叶、あれ、見える?」
「何これ! 何これ凄い!!」
カーテンが凄いのではない。
カーテンを見ようとして窓に近づいて窓の外が目に入ったのだ。
そして。
フワリ、フワリと。波間を漂うクラゲのように、夜の闇を漂う半透明な何か。
「ようせい……?」
「見えた? ね、素敵だろう? 妖精じゃないけど狭間に生きる者たちだよ!」
「狭間? こっちとあっち?」無意識に言った言葉、こっちは私達の世界。あっちは……どこかはわからない、でもあっちの世界。
イトは「うんうん!」と頷いて満足そうにその狭間の生き物を見つめている。
「あれ? イト、薬食べてないのに見えるの?」
「見えるよ~。だって僕も狭間で生きる者だもの」
「……え? え? イトってあのクラゲみたいなのと同じ世界から来たの?」
「違う違う~。もっとここから近いとこ。こっちとあっちの重なる場所だよ」
私は頭をフル回転させて考えた。でも……よくわからないよ~。
「ん。叶が言うあっちの世界って言うのはさ、叶が思っている以上にたくさんあってね? 全く違う世界もあれば、ここと全く同じ世界……でも何か一つだけが違う世界だって存在するんだ」
「え? 全く同じ世界? それって人も同じって事? まさか私やイトも存在してり?」
「うん、そう。だけど何かが違う世界。例えば僕と叶が出会う事のなかった世界、誰かが存在しない世界、あるいは……そうだなあ、叶の今日の服が違う色だったりするぐらいの違いしかない世界だったりとかさ」
「そんなの! もしその世界に迷い込んじゃったらどうなるの? 私が二人になって大変な事に……」
「ならないよ。……ならないんだ。近すぎる世界は薄皮一枚隔たりがある程度の世界。近すぎる世界は凄く遠いのと一緒なのさ」
「イトは近い世界を見たことがある?」
「あるよ。何度か」
「……ふうん。自分とは違う自分の世界ってどんなのだろう? 面白そうだなあ」
フワフワと漂うクラゲを見つめてそっと呟いていた。
フワフワフワ……半透明のそれらはゆっくりと闇の中に消えていく。そして最初からまるで存在しなかったかのように、目の前には闇だけが広がっている。
「時間切れだね」
「……うん。あんなに綺麗で見てるとわくわくしてたのに……なんだろ、見えなくなっちゃうと寂しいね。」
まるでお祭りの後のような、なんとも言えない寂しさを味わっていた。
狭間。
イトは自分も狭間で生きてるって言ってた。私の目の前にいて、こんなに傍にいて、ちゃんと触れたりもする。あのクラゲとは全く違うのに。
近すぎて遠い……なんとなく、イトと私の関係がそうだって言われたみたいな気がした。
嫌な予感がする。
ねえ?
イトはどうして私にこの魔法を見せてくれたのかな……?